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第十九話 開かずの鉄扉 前編


 エルフが管理する秘密の狩場から帰還した翌日。


 ユニコーンの角をエルフの錬金術師ラーファに納品した。報酬としてラーファ製無煙火薬の入った小瓶を三つと、制作方法が書かれたメモを受け取る。


 この無煙火薬は見慣れた黒い粒状の物ではなく、粒状に成型された白い火薬であった。俺は火薬についても調べたことがある。その記憶を辿ればこれはB火薬と酷似しているものだった。


 性能に申し分はなさそうだが、若干性能が落ちるのは致し方ないだろう。異世界製実包の特性も今後は慣れる必要がある。ともあれ、これで実包問題は解決するのだ。実に喜ばしい。


 ドヴァの鍛冶屋を訪ねてラーファからもらった無煙火薬とメモを渡す。彼はメモに目を通すと、後ろ頭を掻いて目を丸くした。


「やはりエルフってのは頭が逝かれてやがる。こりゃ、原価が高くなるぞ」


「原因は?」


「ダークエルフから燃える黒い水を買う必要があるんだよ。ゴブリンたちに頼めば買うこと自体は容易いんだが、燃える黒い水は値が張るんだ。加えて問題がもう一つある」


 ドヴァが困ったように腕を組んで首を横に振る。


「俺の知り合いの錬金術師じゃこいつは作れないな」


「……ラーファさんにまた頼む必要がありそうだ」


 今度は何をやらされるのか分かった物ではない。俺は溜息を付いた。


「ここまで複雑だとあのエルフにしか作れねえだろ。まあ、今ある火薬で作れる分だけ実包を用意しよう。ああ、すまんがお前さんが持っている実包を参考にくれないか」


「ええ、どうぞ」


 俺は弾差しから二発ほど実包を渡す。これで残りは十発だ。


「三日で五〇発は作れると思う。三日経ったら来てくれや」


「ありがとうございます」


「いいってことよ」


 ドヴァが豪快に笑う。


「それにしても、ユニコーンを良く倒せたな。光速の一突きの前じゃ、熟練の冒険者でさえ一発で殺られるのによ」


「光速の一突きって何ですか?」


「角がぴかっと光ったら急所を貫かれている。ユニコーンの攻撃魔法だよ」


 ……外してたらまた痛い目に遭ってたのか俺は。運がいいのか悪いのか。


 鍛冶屋を後にして、この日の夕方である。


 宿屋に戻るとラハヤとモイモイから『兎の家』なる軽食屋で夕飯を摂ろうということになった。この『兎の家』は、以前にラハヤとモイモイが依頼を受けた場所だ。


 その依頼は兎の生きたままの捕獲であり、二人は箱罠を使ったらしい。兎を(さわ)れるカフェのようなものなのだろうか。モイモイの目の輝きから俺はそう思った。


「きっと兎を抱きながら食事ができる店に違いありません!」


「兎を抱きながら?」


 モイモイが両腕でガッツポーズを取るが、俺とラハヤは疑問を抱いていた。猟師であったから兎肉が(きょう)されるのではと頭にあったのだ。


 その店はハイカラな店だった。商人組合の建物と同じように、すりガラスや店内には綺麗なシャンデリアがある。客も貴族ばかりで高級感を醸し出していた。


「随分と高そうだけどな。大丈夫なのか?」


「うん。この前の依頼で無料券をもらったから大丈夫だよ」


「ここは貴族御用達のお店なんですよ。今からでも涎が出そうです」

 

 店内のウエイトレスは美少女しか居なかった。彼女たちはクラシカルなメイド服に身を包み、凝りに凝ったメイド喫茶のような(おもむ)きだ。自然と鼻の下が伸びた俺に、ラハヤが少し不機嫌そうな顔をした。これは生理現象だということでご理解頂きたい。


 ウエイトレスに案内され席に座りメニューを見る。


 メニューにはいつも見慣れた何々硬貨が何枚というのと他に、見慣れぬ記号が書いてあった。その記号はMの筆記体に似た文字の上に、小丸が書かれた不思議な文字だった。


「この記号って何だ? 読めないんだけど」


「これはマルカっていう王や貴族、商人にしか普及してないお金の呼称ですよ」


「今まで見なかった訳だ」


「説明しますと青銅貨一枚が一マルカ。銅貨一枚が一〇〇マルカ。銀貨一枚が一〇,〇〇〇マルカ。金貨一枚が一〇〇,〇〇〇マルカですね」


「ちなみにお前の借金は?」


「二億マルカです。……って何言わせるんですか!」


 モイモイが憤慨する。


 ……こいつ二億も借金してやがったぞ。


「ゴブリンたちが普及させようとしてたよね」


 ここでも古川三郎という知恵の実を得たゴブリンが関係してきた。


 この世界に日本人が多大な影響を与えたのだ。俺には到底真似出来そうもない。


「ええ、でも目論見通りにはいかなかったようですよ。今でも庶民たちは枚数でお金の価値を覚えていますし、マルカは帝国とゴブリンとドワーフの国だけですからね」


 さながら統一貨幣化の黎明期ということだ。古川三郎二等兵神が降臨したことにより、バタフライエフェクトが発生したのだろう。バタフライエフェクトが分からない人に説明すると、小さな事象が因果関係の末に大きな結果になってしまう的なあれだ。


 今の俺に当てはめると、この世界へ来てしまったことが大きなことへ繋がるかもしれないのだ。だが、俺はそこまで大層な人間ではない。頭に矢だって刺さったし、危うく強姦魔になりそうだったし。あ、人生初被弾していたのを忘れていた。


 酷い目にしか遭ってないな……


「ご注文はお決まりですか?」


 これまた可愛らしい黒髪ツインテールの、スタイルのいいウエイトレスだった。

 

 おすすめの料理を頼み、待つこと数十分。


 やはりというか兎料理だった。モイモイがゲージの中の兎を見て「兎って可愛いですよね」と言っている。目の前にも兎はいるぞと言ってやりたかった。


「えっと、モイモイさん。これはその……」


 ラハヤも困り顔だ。勝手に勘違いさせておけば穏便に済みそうだが、友人を騙す感じでよろしくない。


「まあ、食べよう」


 料理は兎の葡萄酒煮込みだった。まるで高級フレンチだ。


 やはり美味い。この世界は食べ物だけは常識的でほっとする。もしも食べ物が合わなければ、今頃は発狂死していた。


「ここのお店美味しいけど、やっぱり高いね。銅貨が一五枚もする」


 ラハヤがいつの間にか赤い葡萄酒を頼んでいたようで、ぐいぐいと飲んでいる。前から薄々と感じていたが、彼女は酒を飲みだすと止まらなくなるタイプのようだ。タダだからラハヤもモイモイも遠慮がない。


「いやぁ美味しいですね。この鶏肉」


 兎肉は鶏肉の味に良く例えられる。だが、旨味が兎肉のほうがあるし、肉質も兎肉のほうが弾力がある。人によっては癖があるとか、硬いとか言われるが俺は好きだ。


 そろそろ誰かモイモイの奴に、真実を教えてやってはくれないかな。


 そんな和やかな食事をしていたのだ。客の誰かが『お宝を砦に貯め込んだ野盗』の話をしなければ、それは続いていたはずだった。


「その話を詳しく教えてください」


 俺とラハヤのヒモになっているモイモイからしたら、絶好の機会が到来したと同義。小耳に挟んだ途端に、彼女はさっさと食べ終えて客の横に立っていた。


「ああ、グレーメンと帝都を結ぶ北山街道にある砦の噂だよ。本当かどうかは知らんよ?」


「それでも構いません」


「山火事騒ぎの後に、兵士たちがその砦に行ったら開かずの鉄扉があったんだと。そんな噂があって、冒険者が見に行ったら、本当に開かずの鉄扉は存在したらしい。それだけの話だよ嬢ちゃん」


「なるほど。ありがとうございました」


 モイモイが戻って来る。俺は嫌な予感がした。それはすぐに的中した。


「……何か言いたげだな?」


「私たちも見に行きませんか?」


「うん。行こっか」


 酔っているラハヤの意見はなしにしてくれ。


「でもその鉄扉は開けられないんだろ?」


「お兄さんなら何かいい手が思いつくんじゃないかな?」


 ラハヤが俺に寄りかかる。彼女は酒に酔って気が大きくなっているようだ。


 顔が近い。彼女の息がこそばゆい。俺は顔を逸らす。


「……極低温で冷やしてハンマーでぶち割ればいい」


 そういえば、モイモイが山火事騒ぎを起こした時にいた護衛の冒険者が、氷魔法と大きなハンマー持ちだったな。これも運命と言う奴か。


「なるほど。そうと決まれば明日、冒険者組合で募集しませんか?」


「……でもなぁ」


「そう言わないでさ。お兄さんも行こ?」


 酒で色っぽくなったラハヤが微笑んで誘うので、俺は根負けしてしまった。本当は行きたくない。嫌な予感がするのだ。俺が不利益を被るようなそんな予感が。


「気は乗らないが……。まあ、いい。行こう」


 こうして猟師から逸脱した行為が行われることになった。


 この夜の帰りは、ラハヤが案の定寝てしまったので俺が背負って宿屋へ帰った。翌朝にちゃんと起きてくれるといいが、起きなかったら俺が起こしに行こう。


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