第十七話 幻獣狩り 後編
俺を先頭に巨木の幹を四つん這いになって通り抜ける。
景色は鬱蒼と茂る森から、良く整備された森へと変わっていた。どうやらこれが秘密の狩場の正しい姿ということらしい。
早速俺たちは均された道を進む。すると前から緑の装束を着たエルフの女たちがやって来た。彼女たちは胸当ての付いた緑の服にスカート、下に黒いスパッツのようなボトムスを着て、頭には緑のベレー帽。等しく金髪碧眼で、どれも絵に描いたような美人か美少女しかいない。
「そこで止まれ」凛とした声での忠告だった。
彼女たちは密猟者から幻獣などを守る、反密猟摘発団体なのだろう。こちらに対して弓を構えていた。人数はリーダー格らしきセミショートヘアの女エルフを合わせて六人ほど。
「俺たちは帝都ゲルトの錬金術師ラーファさんから依頼を受けて来ました」
俺の説明に、まだ警戒を解かない彼女は「証拠は?」と詰問を続ける。
「この地図が証拠になると思います」
一人の女エルフが奪い取るように俺の手から地図を持っていくと、リーダー格の女エルフがそれを確認する。
「ふむ、なるほどな。書かれてあるエルフ語の筆跡は、ラーファライリのもので間違いないようだ」
「貴女たちは?」とラハヤが質問する。
「我々はユニコーンを管理する者。神聖処女隊だ」
非処女と非童貞に大層厳しいユニコーンを管理するためには、処女や童貞で構成しなければならないのだろう。だが、男の場合はどのような呼称なのだろうか。
神聖童貞隊? いや、違うな。……神聖賢者隊?
「男のエルフは居ないのですね」
モイモイの疑問に、リーダー格の女エルフが半笑いを浮かべて鼻で笑う。彼女は俺を見て笑ったような気がした。
……こいつ俺を見て笑わなかったか?
「それは公開処刑という奴だ。女の我々とは違う」
「……あー、案内を頼みます」
「元よりそのつもりだが?」
「お兄さんが一番危険だと思うんだけど大丈夫?」
ラハヤは本気で心配してくれている。けれども、彼女の心配は無用かつ俺にダメージを与えるものだ。
俺は大丈夫なんだ。それとなく察してくれ。
「大丈夫。俺たちは魔獣ベヘモスだって一発で仕留めたんだ」
「あれ、まだ若獣ですけどね」
「……え? あれで?」
一四メートルぐらいあったのに、若獣だとは思わなかった。
「成獣はあれの倍ぐらいになって、一度喰らった攻撃の耐性を持つようになります。魔法だって本当は使ってくるんですよ。運が良かったですよ本当」
「私はお兄さんが心配だな」
幻獣ユニコーンに対して先手は必ず打てるが、初弾を外した場合は当然反撃を試みて襲ってくるに違いない。今から猪を相手する訳ではないのだ。相手は未知の獣。不安が過ぎった。
「安心しろ。そこの男は勇者だ。一発で仕留めれば良いだけの話さ」
リーダー格の女エルフは横目で俺を見て、また鼻で笑った。
彼女の態度にイラッと来る。
「エルフっての、背はあまり高くないんだな」
「森の中を駆けやすいよう、神が慮ったのだろう」
彼女たちは背が高くても一六〇後半ぐらいだったので嫌味を言ってやったのだが、彼女たちにとっては嫌味にはならないらしい。負けた気分だった。
聞きたいことや話すこともなくなって、道を進んで行くとラーファの家で見たような空中に浮く白い毛玉が群れでふよふよと飛んでいた。
「ラハヤさんあれって何なのか分かる?」
「ケサランパサランって妖精だよ」
「神聖な森にしか生息してない奴ですね」
ラハヤとモイモイの説明に納得し、俺たちはさらに進んで行く。
やっと森を抜けると、美しい景色に俺たちは感嘆の声を上げた。
目に映ったのは、白百合と赤薔薇が咲き誇る清らかな泉だ。
「注意事項が二つ。肉を獲ってもいいが放血の際は泉の水を使わないこと。解体は我々の小屋があるのでそこでやること。以上だ」
「案内ありがとうございます。あの、一応お名前は? ラーファさんに報告する際に『処女隊の人たちが手伝ってくれた』ってだけじゃ格好がつかないので」
「そっちが名乗るのが先だろう」
「それはそうだ。俺は鹿室志道。そっちの灰金髪の子がラハヤ、銀髪の子がモイモイ」
「私の名前はキセーラ・マクセルという。再び会うことはないだろうが、お前の名前は憶えておこうか。カムロシドーとやら」
神聖処女隊は警備に戻った。
泉で待つこと数十分。ユニコーンが姿を現した。
その白馬は額に真っ白な長い一本角を持ち、毛並みは競馬場で見る葦毛の馬とは比べようにならないほど純白だった。肩高は二メートルほど。重さはサラブレッド並の五〇〇キロは有りそうだった。
俺は銃袋から猟銃を取り出しラハヤたちの方へ振り返ると「今回は申し訳ないんだけど、俺だけでやるから」と伝え、殺気を抑え姿勢を低くして歩き、距離を縮める。
距離はだいたい三〇〇メートル離れた位置から進み始め、一〇〇メートルほど進んだ位置。
猟銃のボルトを引いてチャンバーを開け、弾差しから一発だけ弾を取り出して入れる。前にボルトを押し、下にガチっと倒す。これでいつでも撃てる。
俺は残りバッテリーが少ないレーザー距離計で測距し、二〇〇メートル付近にいることを確認する。猟銃を膝射に構えて四倍にしたスコープを覗き、前脚の上あたりにある心臓を狙い定める。
「……す~……ふぅ~」
「全然襲ってきませんねぇ」
「……げほっ! ごほっ! ……な、なんで付いて来てるんだ二人とも」
後ろを振り返ると、姿勢を低くしたラハヤとモイモイがいた。クーまでもが伏せの状態でいる。
「だって私とラハヤは襲われないの確定してますし、やっぱり気になるじゃないですか」
「……何がだよ」
「何がって、お兄さんの安全だよ」
俺だって襲われねえよ!! 百パー安全だよ、ちくしょう!!
「気づかれると不味いから二人は静かにしててくれ。一発で仕留めるから」
本当に気づかれると不味い。二重の意味で。
「うん。分かった」
俺は狙いを定め直し――引き金を引く。
ズバァン!!
発射された弾丸はユニコーンの心臓を破壊した。
はあー、良かった。……ははっ。
「おお、相変わらず凄いですね~。この距離から仕留めるとは」
「お兄さんだってやる時はやるよね」
「……まあ、うん」何とも言えない気分だった。
仕留めたユニコーンはやはり五〇〇キロ近くあるようで、とてもじゃないが持ち運べない。どうしたものかと俺たちが立ち尽くしていると、神聖処女隊の女エルフが様子を見にやって来た。キセーラとは違う、癖毛金髪の女エルフだ。
「大きな音がしたので見に来たんですけど~」
「ああ、すみません。それ俺です」
「お茶を飲んでたキセーラさんが、驚いて服に零しちゃうほどだったんですけど~」
なんとも間の抜けた喋り方をする。話も聞いてないようだ。
「あの、だからそれは俺です」
話を聞かないエルフに俺は逆ギレ気味だった。
「あ~。獲ったユニコーンが運べないんですね~」
間の抜けた女エルフがユニコーンを軽々と持ち上げた。
俺たち三人は驚き顔だったが、いち早く復帰したモイモイが手を打つ。
「なるほど。重量操作と筋力操作ですね!」
モイモイは納得したようだ。俺は納得出来なかったが。
「ユーマラが運ぶので~。付いてきてくださ~い」
小屋にはユニコーン用の解体場があった。鉄製の頑丈な作りの、クレーンに似た物を使ってユーマラが収穫物を逆さに吊るし上げる。逆さに吊るすのは異世界であっても共通だった。
「解体ができる人は手伝ってください~」
「あ、はい」
「うん。分かった」
「それなら私は後ろを向いてます。見たら吐くと思うので」
モイモイの奴はまだ慣れないのか。
モイモイは未だ慣れないようだ。いつかは慣れる時が来るだろう。それを気長に待つしかない。
そうして俺たちはユニコーンの腹を縦に裂き、内臓を取り除くと抜皮をして枝肉にした。




