第十六話 幻獣狩り 前編
幻獣狩猟の依頼を受けてから四日後。
時刻は夕方で日が落ち始め、場所はラーファから貰った地図に記された秘密の狩場。その鬱蒼と茂る森の中である。
昼頃から狩場を進んでいるのだが、先ほどから屋久杉並に太い巨木の前に戻って来てしまうのだ。緊急事態である。俺たちは遭難したのだ。今も目の前に太い巨木がある。まるで石兵八陣に迷い込んだ呉軍のようだ。勘弁してくれ。
「まーたこの木か。一体どうなってんだ八度目だぞ」
「お兄さん。戻るなら早い方がいいと思うけど」
ラハヤも疲れ顔だ。
「私もお腹が空きました。野営して朝方戻りましょう」
モイモイが杖に寄りかかって今にも倒れそうだ。
そもそも明日戻れるのか怪しいが、ひとまず落ち着く必要がある。幸いにも麻のような物でできたマットと、薄い掛け布団のロールを三組持って来ていた。運んでいるのは荷物運び専用の魔狼となったクー。
「ビバークするか」
俺の言葉の意味も理解してないであろうラハヤとモイモイも、疲れ果てて頷くだけの気力しかない。俺は二人を巨木の近くで休ませると小枝を集める。
何故ここが秘密の狩場と呼ばれていたのか、非常識な秘密があるに違いない。
「お兄さん。やっぱり私も手伝うよ」
「ラハヤさんは休んでてくれ」
俺の言葉に若干むっとしたように見えたが、ラハヤも疲れているのだ。付き合わせたのは俺なのだから、ラハヤには休む権利がある。モイモイも同様だ。
「……私だって手伝えるのに」
俺は集めた小枝に布製のガムテープを丸めて着火剤とした。このガムテープは替えがないものだが、緊急時には作業を簡単にして労力を最小限にするべきだ。
「シドーさん。それって魔道具ですか?」
「魔道具じゃねえし、お前も休んでろ」
「魔導士ってのは好奇心旺盛なものなのですよ。あ、火の出るそれも面白いですね~」
俺のライターに興味を持ったらしいが、俺も疲れているのだ。あしらう余裕がない。
「後でじっくり見せてやるから、ラハヤさんを見習って休んどけって」
「ラハヤなら野草を獲りに行きましたけど」
「……何だと?」
「だから採取しに行きました」
……ラハヤさん。どんだけ役に立ちたかったんだ!?
日暮れ時の迷いの森で自殺行為にも思える。だが、彼女は危機意識が他の人より低く、一度こうだと決めたら突き進む女であった。
ラハヤの性質を思い出すのと同時に、採取しに行った彼女が前からやって来た。疲れ顔はどこへやら。沢山のキノコやら野草をマントで包んだ彼女は得意顔だった。
「じゃあ私が調理するから。お兄さんとモイモイさんは休んでて」
「……まあ、それならお願いしよう」
「腸詰めに黒パンがまだあります。これなら明日も頑張れそうですよ」
今度から火点けはモイモイに任せて、いやこいつは火事にしそうだ。今度それとなくラハヤさんには何か簡単な仕事でも任せよう。
ラハヤが作ったのは、腸詰めと野草とキノコを炒めたものだった。それに黒パンが付いている。普通は硬い黒パンを浸して食べるためのスープも作るのが定番だが、今回はスープに使えるほど水がない。なので彼女は代替案として黒パンをいつもより薄くスライスしていた。
食事の前に俺はいつも通り「いただきます」と述べると、ラハヤとモイモイが不思議そうにしていた。
「お兄さんの『イタダキマス』ってどんな意味?」
「これはどんな意味だっけな……」
いつもやっている習慣であるため、意味を聞かれてもすぐには出てこない。確か食材になった命への感謝とか、料理を作ってくれた人への感謝だったような気がする。
「食材になった命への感謝だったはず」
「じゃあ、シドーさんが食後にやってる『ゴチソウサマ』って何なんですか?」
「ごちそうさま? それはあれだ。作ってくれた人への感謝だ」
改めて聞かれると気恥ずかしいものがあるな。
「……別に感謝なんて」
謙遜したラハヤが何やら嬉しそうだった。
「何やら聖職者みたいなことを言い始めましたね」
「それよりもだ。天才のお前なら打開策とか持ってないのか?」
モイモイが腸詰めを咀嚼して飲み込むと提案する。
「この森を燃やすのはどうでしょう? エルフの環境利用魔法が原因なら打開策になり得ますけど」と物騒なことを言い始めた。
「それは止めろ。というかなんか新しい言葉が出てきたな。環境利用魔法ってなんだ?」
エルフは自然の囁きが聞こえるってのか?
「簡単に説明すると自然にあるものを利用するんです。例えば木とか岩とか花や草、水もエルフに掛かれば魔法の媒体になります。種族固有の魔法って奴ですね」
俺はいまいち想像が付かなかった。俺にとって魔法を使う奴は、すべからくビックリ人間だ。この世界の常識を飲み込むまで時間が掛かる。
「んー。エルフの魔法って何があったっけ?」
ラハヤも詳しくは知らないようだ。
「そうですね……。草を踏んだら爆発するとか、冬に凍った葉が敵を切り裂く罠になったり。後は結界とかもあります」
「結界ってどんなのだよ?」
「今回みたいな相手を迷わせて場所を秘匿するのとか、ですかね」
「解決策はあるのか?」
「エルフは秘密主義者ですから、私たちが推測するしかありません。あの巨木とか途中に有った変な形の岩とか怪しいと思います」
「……明日は巨木を観察してみるか」
そうして次の日の早朝。
俺たちが巨木を観察していると、鹿角の生えた兎が茂みから飛び出して来た。
「見てください。兎です。可愛いですねぇ」
「あ、お兄さん。あの兎を朝食にするのはどう?」
「そうするか」
「ちょっと止めてくださいよ! 可愛そうじゃないですか!」
モイモイの大声にびっくりした兎が、鼻をひくつかせて二本足で立ち上がり辺りを見回す。
そして、兎は巨木に向かって走り出すと中に消えた。消えた瞬間、波紋のように巨木が波打ったように見えた。俺は寝ぼけているのだろうか。
「なあ、消えたよな? 見間違いじゃないよな?」
「ちょっと私が触ってみる」
ラハヤが巨木に触れる。ぺたぺたと幹を調べていくと、根っこの近くに変化があった。兎が消えた時と同じように巨木の表面が波打ったのだ。
「お兄さん。這いつくばればここを通れるみたいだけど。これが正解ってことかな?」
「なるほどな。こりゃ分かんねえわ」
「良し! 行きましょう!」
まさか正規ルートが巨木であったとは、厄介なエルフの魔法に俺は呆れ果てた。




