第十三話 情報収集 前編
帝都到着から翌日のことである。
本日は晴天。絶好の狩り日和ということで、ラハヤはモイモイと一緒に罠猟に出かけた。依頼の内容は兎の家なるカフェに卸す兎を収穫する、というものだ。この世界の兎は小さな鹿の角が生えているらしい。そんな不思議な兎を拝んでみたい気持ちもあった。
けれども俺にはやることがある。元の世界に戻るための情報収集と、狩猟の神様とやらを調べなければならないのだ。
そして、今現在の俺は商人組合の玄関前にいる。組合の建物は、高級感があるハイカラな洋館だった。
黒壇床にシャンデリア。窓はすりガラス。どこか懐かしい雰囲気があるのは何故だろう。どことなく大正あたりの混沌とした日本建築を思い出すのだ。あの和洋折衷な建物である。ここのインテリアは異世界めいて小さい種族用の椅子や変なオブジェもあった。和洋異折衷であると言うべきか。
「すみません。ゴブリンの偉い人っていますかね?」
「お名前は?」
「鹿室志道です」
受付の女性が「呼んできますね~」と奥へ行く。そうしてしばし待つと、鼻に掛けるタイプの眼鏡を掛け、シックな服を着た老ゴブリンを引き連れて戻って来た。
その老ゴブリンは、智的で落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「貴方がカムロシドーさんですか」
「ええ、少々お聞きしたいことがありまして」
「どうぞ奥へ」
書斎に案内されて俺は確信した。この世界に流れ着いていたのは日本人だ。ハイカラな書斎に似合わない木彫りの地蔵菩薩が、書棚に飾られていたのだ。
座るように促され花柄の椅子に座る。
「ゴブリンは見ての通り背が低いので、お客様の椅子よりは些か小さいですが」
俺の緊張を解すように、彼は自虐を交えて話し始めた。
「シドー様はダイニホンテイコクから来られた方ですかな?」
だ、大日本帝国? 日本は日本でも昔じゃねえか……
「大日本帝国は昔の名前で……」
「ああ、これは失礼を。……何から話しましょうか」
しばらく考え込んで老ゴブリンは「シドー様は我々が崇めている神と同じ種族だと思っております」と落ち着いて語り始める。
「日本人の神様?」
「そう。ニホンジンです。神名をフルカワサブロウニトウヘイ。ニホンゴで書くと古川三郎二等兵ですな」
老ゴブリンが羽ペンで小さな紙に漢字を書く。
二等兵までが神名……
彼らは日本軍の階級を知らないのだ。そういう行き違いも、ままあるのだろう。
「ちなみにそれは何年前の話ですか?」
「今から三〇〇年は前の話です」
この世界の年月の進みが早いのか? それともこの世界に俺を連れて来た奴が、時空さえ越えれる存在なのか?
何やら突拍子もない年月を聞かされ、俺の思考も突拍子がなくなった。そもそも何でもありな世界なのだ。思考をとんでもなく広くせざるを得ない。頭が痛くなって来る。
「どういった方だったんですか?」
「始めは我々の国に突然と現れ、我らで一番の兵士を簡単に伸してしまい『貴様は強くない』と凄まれたと伝わっております。強く智的でまさに全能の神でありました」
どこの時代の人かを俺は考えた。日清戦争の辺りか、日露か、第二次世界大戦時のいずれか。
「シドー様が背負っておられるのは、もしかしたらサンパチシキと呼ばれる物では御座いませんか?」
「いえ、これはレミントンM700と言って三八式歩兵銃と似たような物ですよ」
日露以降だな……
銃袋から猟銃を取り出して見せた。すると老ゴブリンは深く頭を下げて手に取る。
「確証が一つ得られました。色や材質は違いますが間違いない。ベイテーと戦う神の国からやって来たお方だ」
「……ああ、そっちの時代の人」
「他の種族に憎まれて嫌われていた我々に、経済という武器を教えて下さいました」
「頭のいい人だったのか。学者だったのか?」
老ゴブリンが笑う。
「神が居た一六年の歳月で当時の唯一の盟友であるドワーフたちと共に、今では大陸の四分の三を我らが資本で牛耳っております。もちろん裏からですよ? おっとこれはご内密に」
「商人組合を作ったのはゴブリンとドワーフなんですね」
「我らの祖国は鉱物資源が豊富でしたから」
おっと、いかんいかん。話を戻さねば。
「その、今日来たのは頼みがあるからでして」
「何なりと」
「元の世界に戻る方法を知りませんか? 古川さんも探していたと思うんです」
「確かに探しておられました。我々がお手伝いしたことも御座います」
「それなら……」
「残念ながら、当時の我々の力では見つからず。神もこの世界で亡くなっておられます」
目の前が真っ暗になりそうな感覚に襲われた。
だが、冷静に考えて大陸の四分の三を裏から牛耳る現在の彼らなら探せるような気がする。俺は気を取り直して頼むことにした。
「探してはもらえませんか? 元の世界に高いジムニーやら家のローンやら残して来ちゃって……」
「それはお痛ましい。神と同じく恋人も待っておられるのでしょう?」
「居ません」疾風の如き即答。
「あっ……」
「……居ませんよ」
半年前に俺は『可愛い動物を殺すのが好きな人とは一緒に居たくない』と俺の狩猟趣味が原因で完膚なきまでに振られている。それはもう心に深い傷ができた。今でも胸の辺りが痛い。
気まずい雰囲気が流れる。居た堪れなさそうに老ゴブリンは立ち上がって伝声管で喋ると、また席に着いた。
「そのご依頼お受けいたします」
「本当ですか!」
「銀貨二〇枚でいかがでしょう?」
まあ、金は取るよな。
「どうぞ」
「それでは今から昼食でも食べて行きませんか? 丁度お昼の時間ですし」
「いいんですか?」
「我らの神に食べてもらおうと日夜研究した日本食で御座いますよ」
ここに来て日本食が食べられるとは思いもしなかった。これはここに来て一番の吉報かも知れない。
先ほどの受付の女性が食事を持って来た。
「こちらが肉じゃがと麦飯。芋焼酎で御座います」
テーブルに並べられたそれは肉じゃがに見えないこともない。違和感を覚えたのは角煮みたいにごろっとした肉があって、人参の色素が少し薄いことだった。糸こんにゃくもない。
「芋焼酎もあるのか凄いな……」
仄かに芋の香りがする。一口飲むと雑味はあるが、紛うことなき芋焼酎の味だ。
「神が亡くなる前に、お出しして差し上げたかった」
戦中にこの世界に飛ばされた古川二等兵は、故郷に帰りたかったに違いない。俺と違って恋人やらが居ただろうし。
俺はありがたく彼らの作った日本食風の料理を食べる。
「……銅貨一五枚で御座います」
「ん? は? え? ああ、なるほど。そっか、銅貨一五枚もするんだ……。はは……」
俺は銅貨一五枚を支払った。
まあ、味はそこそこ再現されていた。




