第二四話 大いなる獣 その1
仕事の残業やら、飲み会やらで体力的に更新が止まっていました。誠に申し訳ありません。失踪はしないので、どうぞこれからもよろしくお願いしたします。
ブラックリリーが面白い光景が見れると言ったのは、大いなる獣が既に復活したことを知っていたからだ。魔食会のナッセンバルと知人同士なのだから、よくよく考えれば分かることだった。けれども、分かったところでどうしようもない。ただ、腹が立つ。
「……お前、知ってやがったな」
「だから、どうと言うのじゃ?」
「フン゛ッ!!」
固く握られた俺の鉄槌がブラックリリーの脳天に刺さる。
「い゛っ!? ほぁぁあぁぁあぁ~~!!??」
涙と鼻水を垂らしながらその場で蹲るブラックリリーを見て、多少は冷静になれた。俺たちの目前にいる、邪神にしか見えない大いなる獣とやら相手にも、平静を保てていたはずだ。そいつが低い声で、俺の逆鱗に触れるようなことを言われなければ。
「おお、緋色の女。我が妻よ。いつの世界、いつの時代、いつの時間においても我の真の愛人足り得る女よ」
あ゛?
「……私はこんな化け物の妻なんかじゃない。自分の幸せは自分で決めるんだ」
体を震わせ、小さく呟いて否定するラハヤ。それに聞いて尚更に、先程の自分勝手な言葉に腹を立てた。本人の意志関係なく、勝手に己の思うままにしようとする行為は下劣極まる。反吐が出る。そう思ったのは俺だけではなかった。
「シドーさん、今なら不完全に復活したあれに打撃を与えられるかもしれません。私もああいう輩は大嫌いですから。……やりますか?」
「ああ、やっちまえ」
高らかに魔杖を掲げて、モイモイが詠唱した。厨二めいた詠唱が今は頼もしい。
「世界の核たる焔よ、汝の力の一片を今ここに示せ!! 焔核!!」
大いなる獣の頭上に巨大な炎球が出現し、直後に大爆発が巻き起こる。熱風が俺たちの肌を撫で、土煙が噴き上がる。土煙が消える頃には、翼が半ば溶けた姿になっていた。
見た目は恐ろしくとも、地面に這いつくばる大いなる獣を組み易しと思ったのだろう。ギムレット皇太子が震えながら高笑いする。油断と慢心が感じ取れる笑い声。それに隠れるように、ボコボコと沸騰するような音が大いなる獣から聞こえた。だが、それが聞こえなかったのかギムレット皇太子は宝剣を掲げて近衛騎士たちに命令した。
「帝国の威信を掲げ、今ここに怨敵を誅す!! 斬りかかれ!!」
命令が下り、近衛騎士たちが一気呵成に雄たけびを上げて、抜刀し大いなる獣へ切りかかった。ところが、いや、やはりというか、大いなる獣から沸き起こった黒い霧に纏わりつかれて尽くが昏倒した。こんなけったい奴が雑魚な訳がないのだ。
「おお、我が作りし子らが歯向かおうとも、我に届き得る刃が有ろうか? この世界の魔法も、種族も、神や世界でさえ我が作ったというに……」
「なんということだ……。余の精鋭が……」
傷があっという間に癒えた大いなる獣と、切り掛かったと思ったら昏倒した近衛騎士を比べて、やっとギムレット皇太子は埋めることが出来ない戦力差だと気づいたらしい。だが、そこで諦めるほど賢くない男だった。
「しかし! ここで諦める余では――な゛がっ!?」
この馬鹿殿は、勝手に突っ込んで勝手に死ぬぞ。しゃあねえな。
案の定、宝剣を抜いて切り掛かろうとする皇太子の後頭部を、俺は銃床で殴って気絶させる。
「段々と皇太子の扱いが雑になって来たのではないか?」
「うっせえ。馬鹿が犬死するのを防いだだけだっつの。キセーラこそ、何か打開策を思いついたのかよ?」
プランBとか。
「そんなものは端からないが?」
ないらしい。
「俺としちゃあ、こんな糞みたいな奴を悠々とのさばらしとくのは本意じゃないんだが……」
「攻撃魔法が大して効果がないのでは、どうしようもないですね」
「魔石じゃ、体内の肉体と魂を繋ぐ魔石を狙えば良い。不完全で他の魔獣の骨を使った召喚なんぞ、不安定極まるのが通説じゃ。そこの魔狼のクーとやらも、狼の骨に混じって犬の骨が使われているからこそ、本来の力が出せないのじゃ。それはあの大いなる獣も同じ」
ブラックリリーの助言に、俺は納得した。俺の後ろに尻尾を丸め、伏せた状態で唸り続ける情けないクーだって本当はもっと魔狼らしく気高いのだ。大いなる獣も今なら倒せる。
「犬の骨ですか!? あの、糞店主……!」
「お兄さん、ここで仕留めるの?」
「不完全で弱っちいんだろ? 弱ってる時に仕留めるべきだ」
「シドー、本当にやるのか? この人数で?」
キセーラが不安そうに言い、ジャックとミュラッカも覚悟を決めあぐねているようだ。しかし、俺の考えは変わらない。
エンチャントされた弾丸を五発弾倉に、一発をチャンバーに装填する。銃口を向けた所で、大いなる獣は俺に低い声で語り掛けた。
「おお、その肌の色、ライフル銃、その一種の諦観のような胆の据わりようは日本兵か。我が愛する妻との再会を邪魔するとは、辺境の民族らしい。余計な他人事に首を突っ込み、己の力を過信する傲慢さ。鷲獅子の尾を踏むことを躊躇わない愚かさ。日本人はどこの世界であれ、時であれ、変わらぬのだな」
「あんたの言ってること。俺には分からねえけどよ。自分が万能で相手より上だって思ってる奴ほど、足元をすくわれるってのは変わらないんだよ。それに口ぶりからして、昔の日本を知っているようだが、あんたが思っている程、傲慢でも愚かでもねえよ。それより、あんたの自分より弱い女を思うままにしようとする行為こそ反吐が出るね」
人間と獣の違いは理性があるかないか。本能のまま、力を振るうのは野性に他ならない。ならば、目の前のこいつは本能のまま欲望の赴くままに人を不幸にしようとする害獣である。俺は害獣を狩る猟師。それが例え、元が人間であろうが関係ない。人を害する害獣ならば狩る。それは俺がいた自衛隊が、国益を守る為に存在することと同じ必然なのだ。撃たない理由はなかった。
大いなる獣が、大きく羽ばたいて後ろに距離を取る。
「シドーよ! 儂が援護してやるのじゃ! 茨呪!!」
それに合わせてブラックリリーが黒魔法を詠唱し、大いなる獣の足を黒い茨が巻き付き束縛した。すかさず、猟銃の狙いを大いなる獣の中央に合わせる。
引き金に指を掛ける。数十の魔法陣が展開した。
ズバァーン!!
弾丸が魔法陣を通り抜ける度に高温度に熱される。一筋の熱線のように大いなる獣の胴体を貫いた。並の魔獣なら一発で倒せたであろうエンチャントされた弾丸も、大いなる獣を一時的に地に伏せさせるだけで致命の一撃には成り得なかった。
ボコボコと体が沸騰するように沸き立ち、機械油のように粘性な黒い雫が大いなる獣から零れ落ち続ける。俺たちが息を飲む間さえなく、黒い影のような人型の化け物が生まれ出た。それも数十、数百では数え足りないほど。
「……お兄さん、これは流石にやばいんじゃない?」
「ラハヤさん、そこの倒れてる殿下を引きずって今すぐ皆と遠くへ行くんだ」
「お兄さんは?」
「近寄って、直接引導を渡してやる」
猟銃の銃口の下に、ドヴァから貰った黒い刀身のナイフをガムテープで取り付ける。




