(1年)スケルトン・人型編 その2
はい、一年の皆さんーーおっと、ちゃんと席に座っている。えらいですね。それでは授業を始めます。
理論授業はすっかり人型アンデッド関連の内容に入っていて、次の実技授業はいよいよ人類の骸骨を扱ることになります。今日の授業はその予習だと考えてください。
動物とは違って、人型アンデッドの扱いに関して幾つかの法規が制定されています。基本、人型生物の蘇生を行うには、第一種死霊術免許が必要です。当学院の卒業生は自動的に同等の資格が認められ、バイトや実習のために在学中に免許を取る生徒もいますが、皆さんはまだ受験資格を持っていません。学院の特免において、生徒の学業に関する死霊術の使用と研究は認められているので、学園内なら監督の下に行われる蘇生は許されます。しかし、一年生が学園外で人型アンデッドを蘇生させることは、法律で禁止されています。罰則は司法権や事情次第異なりますので、警告で済むところがあれば、懲役に処されるところもあります。また、校外での無責任な魔法使用は校則違反になるので、確認された場合、退学処分になることもあります。くれぐれも注意してください。
そこで、「人型」という概念をきちんと説明しましょう。法律において、「人型」の定義に生物学的にヒト科の属する生物がすべて含まれています。一般的に言うと、直立二足歩行が出来る、かつ道具の使用を行う生物は、基本ヒト科に入ります。前述の法規はその定義に当たります。一方、死霊術の実技は概ね生物学の分類に従うが、多少異なるところもあります。ちょっとそれについて説明するプリントを作成しました。トーマス君、配りなさい。
人型と言えば、真っ先に思いつくのはヒト属です。人類以外にエルフ、ドワーフ、ハーフリングとオークもそれに属します。これらの種族に体格、特徴、身体能力、習性など色々異なるところがありますが、主の内部構造に大差はなく、生理も知能も近い。最も重要なのは、種族の間の生殖が可能ということです。以上の種族及び異種交配により生まれた子供は皆ヒト属に分類されます。
死霊術において、ヒト属に対する要領はほとんど同じです。もちろん体格の差があるが、そこから生み出す影響は同族の間の体格差とほぼ変わりがありません。オークは体格がちょっと大きい。ドワーフとハーフリングは背が低い。人類である皆さんは人類を基準にして、対象の体格に合わせればいいのです。力を誇るオーク族だろうが鼻が高いエルフ族だろうが、死んだら案外みんな同じさ。
次のカテゴリーは混人属です。猫人、鳥人、蜥蜴人など、獣人種族は基本それに分類されます。多少性質が違いますが、半竜人とマーフォークも混人属に入ります。昔は「亜人」とも呼ばれていたが、その言葉は現在差別用語と見なされることが多いので、「混人」と呼ぶのは一般的です。実際、生物学的に見ると、これらの種族はヒトの亜種でも派生でもなく、完全に別の分岐になるので、混人と呼ばれた方が正しいでしょう。
混人属自体も割と大雑把な分類で、中にも色々分岐があり、生理的に相違するところも多い。同じく獣人でも、異種交配及び生殖が可能な組み合わせが少ないし、中に卵生の種族もあります。しかし、知能と言えば、どの種族も大して勝るところも劣るところもなく、またヒト属の諸種族に比べても有意な差は認められていません。身体能力も体格も、ヒト属より多少相違がはっきりしているものの、そこまで並外れるものがありません。
混人を蘇生させる時に注意すべき要点は、混人はたいてい名前通り二種類の生物の性質が混じっているので、事前に両方の特性を調べておいて、作業する時はどっちもちゃんと意識した方がスムーズに進めます。ヒト属の要領だけで作業しても大した問題はないが、それぞれの種族の利点を十分に発揮するためにはやはり十分の準備が必要です。スケルトンの段階ではまだそこまで差異がはっきりではないが、二年生になってゾンビに関する課程に入ると、混人属とヒト属の相違点がもっと目立ってきます。
死霊術において人型とされるものは、主にヒト属と混人属の二種類となります。もちろん、オーガ、トロール、巨人族など、以上の分類に属しないヒト科生物がたくさんあるし、その蘇生も関連法規によって規制されています。しかし、実技の観点から見ると、それらの種族の特性はあまりにも人間から離れているし、何よりいずれも結構難易度が高いので、初心者には任せられないので、それぞれ上級生の授業内容に入っています。そこで唯一例外とされるのは、ゴブリンです。変異体を除いて、体格が小さくて、身体能力も知能も低い種族なので、能力が低いけど割と扱いやすい対象です。何より人間の死体より手に入れやすいので、皆さんもそう遠くないうちにゴブリンを取扱うことになるでしょう。
各種族アンデッドの特性は概ね生前に従います。ドワーフは頑丈だけど、素早い移動には向いていない。猫人は動作が機敏だけど、多少パワーが欠けている。これは生理的な差だけでなく、死体に入って形を持つようになった「魂」によって決められたものなんです。術者の手際によって多少弱点が埋められるが、完全には覆せない。業界において一番需要のあるのは全面的に身体能力が優れているオーク、その次点はエルフ。一方、力が弱いハーフリングや鳥人は比較的に汎用性が低いが、特殊任務で活躍することもあります。一流の死霊術師になるためには、上手く種族の差を扱いこなせ、然るべき種類を起用するのも重要な課題です。まぁ、逆手を取って、安い価格で人気のない種族の死体を手に入れる人もいるけどね。
人型アンデッドの能力について……ちょっと待ってください。トーマス君、アレックス君を一発殴ってください。
目が覚めたのか、アレックス君?骨の拳は痛いでしょう。授業中は居眠りしないように。
何を言おうとしてたっけ……あ、そうですね。先にも説明した通り、アンデッドの特性は生前のものに準じます。人間の身体能力は動物の中では優れていないし、人型アンデッドだって、身体能力は生きた人間とはあまり変わりません。オークの勇士を蘇らせても、その力は到底牛に及ばない。犬や馬のアンデッドは、どんな人型よりも遥かに素早い。一応、人間には自己強化の魔法が使えるみたいに、アンデッドの身体能力を常人を遥かに超えるように上昇させる手段がありますが、同じ処置は動物型にも施せます。むしろ、元々存在する長所を強化した方が効率がいいのでしょう。
だったら、人型アンデッドに何のメリットがあるのでしょうか。人間に近いから作業しやすい、人間が活動する場所に入れる、工具が使える、というのはもちろんのことですが、最も重要なのはやはり「知能」です。
死霊術に与えられた魂は所詮まがい物。本当の魂を与えたわけではないので、蘇られたアンデッドに自我意識や自由意志があるわけではありません。しかし、結ばれた契約によって、使い主の指示に準じて行動することも出来るし、簡略な指示をもとにある程度自律的に行動することも可能です。アンデッドの「知能」というのは、いわゆるその方面の情報処理能力です。どれほどの指示を理解できるのか、どこまで複雑な指示を実行できるのか、それは知能によって差が出ます。
さっき、トーマス君にアレックス君を一発殴ってもらいましたよね。一見簡単な指示ですが、少なくとも「アレックス君は誰なのか」、「アレックス君はどこにいるのか」「殴るとは何なのか」、「一発とは何なのか」を理解しなければ、実行することが出来ません。また、私は何も明言しなかったにも関わらず、ちゃんと大した怪我させずに、痛いで済む程度の力で殴ったことはつまり、予め「どの程度の力で殴ればいい」ということもすでに理解しています。簡単な一言でも相当な情報量が入っています。むしろ指示が簡単であるほどそれを理解する知能が要ります。
では、その場にいたのは牛のスケルトンにしよう。その場合、まずアレックス君のことを認識できるかどうかはすでに怪しい。攻撃態勢に入るのか、待つのか、その程度の指示は理解できますが、牛程度の知能では特定の相手を認識させたり、敵味方を識別させたりするのは一苦労です。仮にアレックス君だけを攻撃するように指示出来ても、どうやって手加減の指示を出すのか。生きた牛に指示を出すことを想像してみよう。術者と対象の繋がりを利用して、ある程度意識を共有すれば、言語に縛られず口頭より制御が効くけど、精神を消耗することになるし、その時点で自律型の利点が削られます。どの道、処理能力の限界はどうにもなりません。
人型アンデッドに言葉が通じる。それだけで動物とは大きい違いが出ます。知能が限られている動物型にはは番犬の役目、もしくは簡単なお使いしか務められません。しかし、人型なら幅広い分野で活躍出来ます。複雑なことも理解できるし、一一はっきり言わなくてもある程度自力で指示の穴を埋めます。トーマス君を見れば分かるでしょう。死霊術の業界は広いけど、どこまで行っても人型アンデッドから離れることはあまりないし、一人の死霊術師として生計を立てるためには必要不可欠だと言っても過言ではない。当学院の課程が生徒に人型の基本を掴ませるためにほぼ丸一年を掛けるのはそのためです。
それでは今日の宿題です。教科書144ページ目「口頭指示」をしっかりと読んで、明確かつ曖昧さを回避する指示の要点をまとめて、そしてそのページに載ったお題に答えて、次回の授業まで提出してください。授業中数人の解答を選んで、トーマス君で動作確認させてもらいますので、恥ずかしい目に遭いたくなければちゃんと勉強して来なさい。
では、今日の授業は終わりにしましょう。