(1年)スケルトン・人型編 その1
はい、一年生の皆さん、さっさと席に座ってください。授業を始めます。
また完璧というわけではありませんが、皆さんはもう動物スケルトンの蘇生のコツを掴みかけていますね。というわけで、今日は人型の説明を行うと思います。実行するにはまだ先のことになります、まずは理論を十分に理解してから、実技に移りましょう。中期テストはすぐ目の前ですよ。
トーマス君のことは残念ですが、犬はやめろって何度も言ったはずです。というわけで、本日の実演はトーマス君を使わせてもらいます。その前に、幾つかのことについて説明します。
周知の通り、人型アンデッドは動物型より扱い難い。真っ先に目に付くところは、二足歩行のことです。今までの動物に比べると、バランスを取る難易度がぐーんと上がります。子供は歩けるようになるのに一年ぐらい掛かりますが、アンデッドはそういうことが出来ないので、最初から二足歩行が出来るような完成度が必要となります。また、腰や膝など、関節への負担も多くなるので、ちゃんとケアしないと、例え出来上がってもアンデッドの寿命はかなり減ります。
――というのは、初歩的な事だと考えてください。|《死霊術》という言葉の重点は、「霊」にあります。要するに、肉体的な事より、魂の方が遥かに重要なんです。これから色々学ぶことになりますが、それだけは決した忘れないでください。
肉体は魂の器。そして、その器の容量は、生物の知能に直接に繋がっています。人間の知能は犬、豚より遥かに高いので、その分、魂の量も多い。この法則は死後でも適用します。魂の器として、人間の死体は一般動物の死骸より容量が大きい。故に、蘇生するためには、より多く魔力を注入しなければなりません。それも困難の一部に過ぎないのですが、次は実演しながら説明します。それでは、トーマス君に注目してください。
先程にも説明しましたが、動物型に比べると、人型アンデッドはバランス及び強度方面の難点があるので、補強の重要性も高まります。今回の品は幸い喉の傷が骨まで深くなかったので、ほぼ完全状態で手に入れたのですが、損傷した状態の骸骨を入手した場合、予め補強作業を施さないと、全然上手く動けないこともあります。前回の課題で補強に苦労した人もいたようなので、それを含めてお手本を見せるので、ちゃんと見てくださいね。はい、前に出て、テーブルを囲んでください。
今回は動作の頻度が多い、幅も大きい肘を膝の二箇所を重点として補強します。ほとんど最低限の処理なんですが、これだけで十分に安定性が上がります。必要があるなら後で補強を追加しても問題ありません。多少手間が増えるぐらいのことです、
膝より、肘用の革紐は少し細い。まだ少年だったトーマス君の骨格は成人より小さくて、骨も軽いので、それに合わせた革紐を用意しました。成人用の革紐を使っても別に問題はないが、細部への注意や不注意は完成品のクオリティーに映ります。こういう所に気を付けるのは優秀な死霊術師にとって重要な美徳です。早めにいい習慣を養成すれば、これからは苦労せずに済みます。あ、オードリー君、ちょっと右足を抑えてください。はい。もう片方。はい、これでよし。
それでは魔力注入の段階に入ります。それでは、人型アンデッドにまつわる魂に関する難点のもう一つ説明しましょう。
以前、魔力を注入する時、対象との繋がりを感じ、全面的に構造を把握すして、骸骨の魔力を充たす、という話をしたよね。人とは形がまるで違う豚や羊より、同じ人間の死体の方が、繋がりを築くことも中身を把握することも難易度が低い。人体構造にそんなに詳しくなくても、直感で何とかなることが多い。正式訓練を受けていないはぐれ死霊術師でも人間の死体を蘇生出来るのはそれが原因です。ある意味、動物よりやりやすいから。
しかし、それこそが問題です。最初動物に魔力を注入した時、多少違和感を感じたでしょう。器の形が違うから、それは当たり前のことなんです。
でも同じ人間の場合はどうでしょう。個体差があるとはいえ、魂の器としては大差がない。比較的に居心地良く、あまり違和感がないから、魂が自分の体だと勘違いする可能性があります。その上、容量が大きいから、多く魔力を注入しなければならない。下手にすると、本当に魂の一部が移してしまう危険性があります。これで身の破滅を招いた野良術師も少なくはない。
それは死霊術だけではなく、一部の高等治療魔法でもある危険性なんですが、初歩からそれを向き合わなければならないのは死霊術だけ。死霊術が長い間禁術と見なされる理由の一つじゃないかな。だから、最初の段階ではしっかりと監督下に作業させてもらいます。
まぁ、危険性のない魔法なんて存在しないし、ちゃんと注意と練習を重ねると、死霊術はむしろ安全な類に入ります。魔法実験の事故は、ほとんど何らかの不備が関わっています。ここでこの話をするのも、皆さんが安全に死霊術を実践できるように、早い段階で基礎と安全第一の思考を心掛けさせるためです。トーマス君みたいにならないようにね。
では本題に戻ります。そろそろ魔力の注入が完了です。普段ならもっと手短に作業しますが、今回は実演説明なので、一歩ずつお見せします。しっかり見てくださいね。要領は四足動物とはそこまで大差はないけれども、しっかりと両手の両足に区別をつかなければなりません。「前足、後ろ足」ではなく、ちゃんと機能が違います。四足動物よりも足の負担が大きいので、そこに入れる魔力の割合が上方修正されます。一方、細かい作業をする両手にはそこまで魔力の「量」がいらないが、きちんと精密にやらないと満足に動けません。焦らずに慎重に行きましょう。
それではちょっとテーブルから離れてください。自律型の契約を結び、動かせます。人体は色々と複雑だから、動作確認はしっかりと行うように。まずは自力でテーブルから降りて、直立させます。はい、トーマス君、立ってくださいーーよろしい。腕を前から上にあげて。横から降ろす。腕を前に交差して。次は右腕を横から上に振り上げて左曲げ起こして。逆方向。よし、腰と前に曲げて、起こして。体を後ろにそらせて。起こす。腕を振りながら膝を曲げて。伸ばして。もう一回繰り返す。そこの鉛筆を拾って、先生に渡して。うん、先生の話はちゃんと聞いています。生前よりはいい子ですね。
簡略化したけど、これでひとまず主な関節に問題はないと確認できました。また、自律型において、ちゃんと音声命令を理解できることも確認しました。もちろん完全な確認作業はもっと長いのです。詳しい手順は教科書に載っているので、先に予習してください。
それでは、そろそろ時間です。トーマス君はこれから実験室で働いてもらいます。次の実技授業の内容はまだ動物のままなんですが、人型に関わる作業を意識してやってみましょう。まだ課題が残っている人はもう少し頑張って、一刻も早く動物型を安定に蘇生出来るようになってください。ちゃんと今の授業に追い付けないと、第二学期は厳しいですよ。
では、今日の授業は終わりにしましょう。