(1年)スケルトン・動物編
はい、一年生の皆さん、席に座ってください。授業を始めます。
前にも説明した通り、一年の実技内容はスケルトン中心で、期末の課題は人型スケルトンを自律的に動かせることです。そのためには、まず動物スケルトンを蘇らせることから入ります。本日の授業はその課題を説明します。その前にはまず蘇生術の基本を復習しましょう。
この世の中の生き物はすべて|《魂》を持っています。人間もしくは一部の生物は魂のエネルギーを制御して、物理現象を始め色々なものを干渉することが出来ます。我々はそれを|《魔力》と呼ぶ。要するに、我々が取扱う|《魔力》というものと生き物の|《魂》とは本質が同じです。
基礎魔法の授業でも習った通り、魔力の源は自分の魂だけではありません。自身で生成した魔力ほど自由に扱うことはできないが、大気中にも魔力が満ちていて、コツを掴めば利用できます。例えば、一人の魔力量では手が負えない強力な魔法を唱える時にですね。
生き物は魂があるから、生きていると見なされます。死後、肉体との繋がりを失った魂はあっという間に形を無くし、大気の中に消散して、さっき言ってた「大気中の魔力」と化します。蘇生術というのは、魂の無い亡骸に魔力を注入して、まがい物の魂を与えることなんです。
それでは本題に入ります。先程にも話した通り、今回の課題は「動物のスケルトンを蘇生させる」ということなので、まずは動物のスケルトンを手に入れなければなりません。使う動物は羊、もしくは豚が最適です。「小動物で始まるべきじゃないか」と思う人もいるかもしれませんが、魂、要するに魔力の容量は概ね体格に依存します。注入した魔力が少なすぎると上手く動けない、多すぎると暴走か爆発します。サイズが小さいということは、許される誤差も小さいので、多少体積がある動物の方がゆとりを持たせます。少なくとも猫クラスのサイズがないと、初心者としてはなかなか扱い難いでしょう。
はい、トーマス君、質問ですか。
犬?
そうですね……サイズ的には問題ありませんが、基本はお勧めできません。確かに犬は使い魔として色々便利だし、熟練な死霊術師なら誰でも一匹二匹持っていますが、攻撃性が強いのが問題ですね。魔力の制御に何かのミスがあった場合、術者を襲いかねないから、初心者はまだ犬で試さない方がいい。どうしてもということなら、せめて小型犬にしなさい。暴走しても被害を最小限に抑えられます。
同じ理由で、牛・馬などの大型動物もしばらく避けた方がいい。草食動物とはいえ、体が大きいだけで危険性があります。生きている動物と同じです。また、サイズが大きい動物は必然的に動かせるための必要な魔力量が多いので、それでハードルも上がります。とにかく、今の段階では羊や豚が一番無難です。
出来れば完全なスケルトンを用意しましょう。何らかのパーツが欠けていると、蘇生の難易度がぐーんと上がります。骸骨を用意することについては、学院側から調達することは可能です。要請を出せば大抵数日以内実験室に届きます。ちゃんと肉と内臓を取って綺麗にしてくれるから、処理する手間が省けます。なお、直に肉屋か農家に頼めば、もっと手頃の価格で手に入れることもあります。ただし、場合によっては自分で下処理しなければなりません。
そこでもう一つ注意事項があります。学院周辺の住民は魔術に慣れていて、我々の仕事には割と寛大なんですが、ご実家で練習する時はちゃんと先に調べてください。たとえ法律に容認されても、周りの住人が寛容な態度で接してくれるとは限りません。場合によっては公に動物の死骸を用意することを避けた方がいいかもしれません。ここ数年、うちの学科に火刑を受けた生徒はいないが、しっかりと注意すること。
骸骨があれば、まずは処理です。農家などからまだ肉が残されている死骸を手に入れた場合はちゃんと綺麗にしてください。衛生は大事だし、余計な軟組織は術式の支障になります。実験室の蟲箱を使えば骨に傷つけずに取り除け、依然最終処理の必要があるものの、手間が大分省けます。しかし、同時に利用する人数次第、数日掛かることもあるので注意してください。期末が近い時はいつも混んでいるからね。なお、一年生は必ず教員の監督の下に蟲箱を利用すること。つい先日の夜中、一匹の猫が蟲箱の中に迷い込んで、ちょうど新学期が始まったばかりだから、虫たちはかなり飢えてたみたいで、朝となったらもうきれいな白骨しか残っていませんでした。次の授業の材料になりたくなければ、ちゃんと利用の申し込みと出してください。
では次のステップに入ります。術式で魔力がちゃんと骨を繋がってくれるはずなんですが、先に強化を施せば随分安定性が上がります。期末の課題では補強せずにスケルトンを蘇らせてもらいますが、今の所はちゃんと強化作業を行って、まず初めての成功を目指しましょう。関節部分を布、縄、もしくは革紐で結びつけることによって、靭帯のような機能を発揮し、固定された関節はもっと安定に動けるようになります。ただし、あまりきつく締め付けると逆に動き難くなるので、ほどほどにしてください。他にネジを入れるなど、幾つか補強手段がありますが、多少手間がかかるし、下手すると逆に骨に傷つけることもあるので、今の所これぐらいにするのは無難でしょう。先にちゃんと補強すれば、魔力への負担が減るし、作り上げたアンデッドの能力も上がるので、時間さえあれば損することはないでしょう。
準備が終わったら、いよいよ本題に入ります。それでは予め処理が行われた羊のスケルトンでお手本を見せましょう。
魔力を注入する時は頭部からするのは一番いい。魂は頭に集中することはもちろんですが、もう一つの理由は対象がぴくっと動く可能性があるからです。草食動物の場合は蹴ります。大型動物を避ける理由でもあるし、男性諸君は特に気を付けてください。
大型儀式なら大気中の魔力を使いますが、こういう細かい作業が必要な場合はやはり自分自身の魔力を使った方がいい。となると必然的に精神に負担を掛けるので、練習中には疲労に気を付けてください。今の皆さんは、成否に問わず2、3回ごと休みを取って、マナポーションを飲んでから作業を再開してください。疲労によって魔力が上手く制御できない場合、暴走してしまう恐れもあります。
魔力の注入に関しては、まず少な目から始めて、ゆっくりと魔力量を増やしましょう。先程説明した通り、魔力が少なすぎると上手く動けないが、それはやり直して済む話です。いきなり大量の魔力を注入して、スケルトンを破壊してしまったら、また新しいのを用意しなければならないし、スケルトンの暴走で自分が怪我する可能性もあります。どっちかというと少なすぎた方がリスクが低い。また、魔力の注入が均一でない場合、蘇生対象の片足が効かないなどの問題が起きることがあります。自分と蘇生対象との繋がりを感じ、骸骨の形を全面的に細かく把握して、魔力を全体に満たす。そればかりは話すだけで分かるものではないので、とにかく練習を重ねなければならないが、対象の身体構造を上手く把握すればイメージが浮かびやすくなります。そのための解剖学の授業ですから、そっちも疎かにしないでくださいね。
このように魔力を注入するのは、あくまで魂の「材料」を提供することに過ぎない。実際に死骸を蘇らせるには、最後の術式が必要です。
死霊術により蘇生されたアンデットは二種類に分けられます。制御型か、自律型か。前者は一切自律することなく完全に術者の支配下にあり、術者の意志によって行動します。もちろん術者のスキルによりますが、熟練者なら割と自分の体のように細かく動かせることが出来ます。しかし欠点も明らかであり、いくら上級者だからといって、同時に2体以上を操作することは無理です。
一方、自律型はほぼ使い魔扱いで、制御型よりも魂の形が完成されたので、指示を出せばある程度自分の意志で動くことができます。どれほどの指示を理解できるのか、どれほど指示をこなせるのは、素とした死体の種類と製品の完成度次第です。ただし、契約の難易度は自律型より高く、失敗する場合は制御が効かず暴走する可能性があります。
今回の課題は制御型で十分及第点に達しますが、教科書には自律型の術式も載せているので、制御型を安定に蘇生出来た人はそれに挑戦してもいい。豚や羊ぐらいなら、暴走しても大した危険性はないでしょう。
はい、これで終了です。熟練な死霊術師なら瞬きする間一体出来上がりますが、経過を見せるためにゆっくりと作業を進みしました。提出する時、課題に幾つかの動作をやらせてもらうので、先に教科書で確認作業の手順を予習してください。
今日はここまでにします。何か疑問があれば私のオフィスに来なさい。あと、スケルトンの用意は早めにした方がいい。「まだ届いてない」という言い訳は聞かないからな。
では、今日の授業は終わりにましょう。