第5話 「築城の始まり」
後方では、怖い人達が屯している。出来るだけ距離を取ったが、同じ部屋にいるのだから、肉食獣と同じ檻の中にいるようで居心地が悪い。よくよく考えれば。飛び込みで出来る力仕事となると、定職に付かない『ならず者』が多いのかもしれない。
「おぅ、兄ちゃん、来る所を間違えてるんじゃないのか?」
「作業中に不幸が無いといいなぁ~!」
「……」
後ろで何人かに暴言を言われているが振り向かない。俺に言っているとは限らないので、気付かない振りをする。もちろん、俺に言っている確立が高いのは理解しているが、絡まれている事を認識したくないのだ。
「てめぇー、無視しやがって! ふざけてんのかぁ?」
肩をがっしりと掴まれる。
「あー、俺に言ってたのか?」
「お前以外にいないだろう! お前、調子に乗ってんなぁ!」
爺さんに、敬語はやめた方がいいと言われたのを思い出したので、タメ口で答えてみたけど、全然ダメじゃん……。
「騒がしいぞ、少し黙れ!」
少し離れた横側の位置に貴族ぽい服装をした男性が声をあげた。ツーブロックの赤髪で、整った顔つき。身長や体つきは、見た感じ平均的だった。
少し特異な点を上げるとすれば、すごく高そうで洗練された鎧を着た女性の従者が、近くに立っていることだ。その従者の見た目も整っており、黒髪セミロングで髪を後ろで束ねている。腰には剣を帯刀。こんな状況だからか、今にも剣で人を切りそうな目付きで、その茶色い目には殺意を感じた。
「なんだぁ? お前から相手してやろうかぁあ?」
ならず者の標的が赤髪に変更したようで、俺から離れて向こう側に移動した。
「やれ、エイル」
「あまり問題は起こして欲しくないのですが……」
ならず者は赤髪に向かい手を伸ばそうとしていたが、エイルと言う鎧を着た女性は、ならず者の頭をわし掴みにして、そのまま床に打ち落とした。
バンっと大きな音が出て、会議室に鈍い音が鳴り響き渡る。
周りの連中は何の言葉も発しない。華奢な体つきをした女性にそぐわぬ豪快な行動に、只々唖然としていた。
「殺したのか?」
「いえ、気絶です。アドバルド様」
すごい音が出たので、俺目線では死んでいると思う。
流石に音が響いたのか、少しすると役所の関係者らしき人が会議室に入ってきた。
「この部屋から大きい物音が聞こえたが何かあったのか?」
部屋の中は沈黙に包まれている。ならず者を倒した人は良い人そうだが、いきなり問題を起こすと心証が悪くなりかねないので、助けてもらった礼として、俺は手を上げる。
「はい! そこの人が独りでに倒れました!」
「やれやれ、まだ何も始まっていないのに、困ったもんだ。少し待ってくれ、人を呼んでくる」
結局、ならず者は担架に乗って、意識の無いまま会議室の外へと退場していった。
「――さて、色々あったが、この度は築城の仕事に協力頂き感謝する。私は皆の指示役を預かるレイ・ミリトゥム参謀将校だ。今回の報酬や条件は知っていると思うので省かせてもらう。作業に関する説明は現地でするので、まずは現地まで私が案内しよう!」
鎧を着た短髪茶髪の男性で、短い髭が生えている。屈強な体つきで、普段から鍛えられているのが見て取れる。比較対象が悪いのか、エイルと呼ばれる女性の鎧と比べると参謀将校の鎧は少しボロく見えた。
あぁ、今回の報酬? 爺さんに言われて来ただけだから聞いてなかった……。
――街から離れた場所まで歩き、参謀将校に案内された場所は荒野。月に出来たクレーターのように、中央は平たい平野で、外側が徐々に上り坂になっている。既に工事は始まっており、向かいの方でも築城されていた。つまり、平野を挟んで対称的な形で砦化されている最中なのである。
「ここが戦場になる星見の丘だ。先に重要な注意事項ひとつだけ伝える。向かいではシュラハト帝国が築城している。絶対に近づかないよう気を付けてくれ。私達は現在地から少し下の場所に堀を作る事になる。では、各自こちらで用意したショベルを持って持ち場に移動開始だ!」
参謀将校が指示をだすと皆が動き出す。俺も皆の後を追って重い腰を上げる。
一斉に動き出したので、ショベルの受け渡しに列ができていた。少し遅れて動き出したので、俺は列の後方に並んでいる。
「おい、何をしている。私達はレナトゥスの本陣に行くぞ」
背後から声を掛けたのはアドバルドで、腕を組んで立っている。従者のエイルもショベルは持っていない。
「えっ? 下で堀を作るんじゃないのか?」
「それは末端の仕事だ。俺達は自陣で皆の働きを視察する」
俺も末端の一員なんだけど……。参謀将校の言う事を聞かなくていいのだろうか?
「俺も自陣に移動していいのか?」
「そのマントには、菊の刺繍がされている。見た限りでは王族から送られた物だろう。分る者にしか分らんが、その刺繍は、最上級位の勲章に値する」
確かにマントのワンポイントとして、見事な金の刺繍が施されている。
「王族からの物で間違い無いかと思われます」
なぜ爺さんが、そんな服を持っているのかは分らないが、エイルさんのお墨付きも貰ったし、間違い無いのだろう。
「ふむ、お前の顔には見覚えが無いな。名は何と言う?」
「トキだけど?」
「名前にも聞き覚えが無いとなると、親族が貴族というとこか」
パン屋にいるから違うと思っていたが、俺には爺さんが貴族かどうかは分らない。
「どうだろうな。俺も良く分らないんだ」
「ふむ……親族の地位も分らないのは、長男が優秀で家督を継げない為、そういった教育はされてこなかった。二男のお前は戦場に志願する事で、顔を売る事と小遣い稼ぎを目的に来た。……遠からず当たっているだろう?」
「アドバルド様。見事な自己紹介です」
「私は違うだろう? 確かに優秀な兄がいるが、私はきっちり教育を受けている。王子である私の顔も民衆に知られているんだよ!」
エイルさんの突っ込みで、この特殊な状況を伝える手間が省けて助かった。しかし、目の前にいるこの人が王子だとは気付きもしなかった……。