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第3話 「異世界で初めての食事」

 現状として、フレアを頼ることはできないだろう。換金できる物はナシ。所持金はゼロ。そして、今から必要になるものが食事と宿だ。――となると、行う事はひとつだ。


「ちょっとそこらへんで皿洗いでもしてくるよ。繁華街を教えてくれ」

「まさか、食い逃げしてから捕まるつもりですか?」


 うわーっと小さな声を上げて、フレアが少し後ずさる。


「違うわ!飲食店で働けば賄いとお金が貰えるだろう!まぁ、寝床は住み込みできないか聞いてみるつもりだけど……」

「そうでしたか。てっきり悪に走るのかと思いましたよ。私もご飯を食べたいと思っていたので、繁華街に移動しましょうか」



 薄暗い街並みだが、辺りの店から漏れる光や客の声で賑わっているのが良くわかる。飲食店が立ち並ぶこの道は、食べ物の良い匂いも例外なく漂い、俺の胃袋周辺の頼りない軽さを認識させる。その証拠にお腹がかすかに、くぅーっと情けない音を発した。


「お腹が減ったんですか? つまめるものでも買ってあげますよ。少し待って下さいね」

「悪いな。正直言って助かるよ」


 嫌な予感はするが背に腹はかえられないので、フレアに出された提案に乗っかる事にした。そうすると、客数のない小さな店舗で袋詰めの何かを買ってきた。


「どうぞ! パンを買ってきました!」

「あぁ、ありがとう。さっそく頂くよ」


 受け取った袋の中を除くと茶色がかったパンが入っていた。見た感じは、小さいフランスパンのようだ。店に入った訳ではないので机や椅子は無い。食べ歩くしかないので、そのままパンを口に頬張った。


「これは……」

「素朴な味で美味しいですよね?」

「そうだな……」


 正直に言うと硬いし美味しくない。素朴な味と言えば聞こえはいいが、味付けは無いと言っても過言ではない。この世界の平均的な味付けが分らないので何とも言えないが、買ってきて貰った手前、何も言う事はできなかった。


「私も食事所を探すので、トキは仕事探しを頑張ってください。あと、迷子にならないように、このナイフを渡しておきますよ」

「そのナイフで俺を爆破する気か?」

「違いますよぉー。愛用している武器をトキが持っていれば、どこにいるか分るじゃないですか」

「そうだったのか。 まぁ、護身用の武器とでも思っておくよ」


 ナイフを受け取るとすぐに別行動になった。時は金なりと言うし急いで店を探すとしよう。インターネットは無いし、求人情報が分らないので手当たり次第に店の店員に話かけるしかない。現世では、パソコン欲しさにファミレスで仕事をした経験はあるので何とかなるだろう。


 ――そう思っている時期が俺にもありました。


 数十件回ったが、全戦全敗だった。今は人気(ひとけ)のない壁に腰をかけて下を向いている。初めの数件は勢いで頑張れたが、流石に心が折れそうだ。恥ずかしくて人気(ひとけ)のいる所に近づけない。また、長い事歩いたのでお腹が減ってきた。今となっては、あの味気ないパンもいい思いでだ。


(無いと思うが、あのパン屋に仕事は無いか聞いてくるか)


 今まで回った所は全て大きな店舗を回ってきた。美味しい賄いに、高い給料があるかもしれないと考えていたからだ。それに、小さい店舗は人手は足りているだろうと思い立ち寄らなかった。

 店の前に着き扉を開けると、白い髭の生えた目が据わった爺さんが、椅子に腰かけ酒を飲んでいた。辺りを見渡すが客はいない、品数もないので当然ではある。


「こんばんわ。さっきここのパンを友人に貰ったんですが、素材を活かした味で最高でしたよ。もし、良ければ、ここで働かして欲しいのですが、いかがでしょうか?」

「ふっ。小僧はここのパンを食べてうまかったのか?」

「えぇ、美味しかったですとも」


 ふっふと小刻みに笑っているが、何が面白いのか分らない。


「ここにあるパンはワシが焼いたパンなんじゃ」

「それがどうかしたんですか?」

「ワシは元々パン屋で働いておらん。仕事を引退して趣味でパンを焼いておる。つまり、ここのパンは不味いんじゃよ。そんなに美味かったなら、ここにあるもんを好きなだけ食ってもいいぞ。」


 普段なら食べたいとは思わないが飢え死にするよりましだろう。


「いいんですか?」

「こんな所で働きたいと言うんじゃから、金も持ってないんじゃろう。元々、捨て値で売っとるし、美味いという奴に食ってもらった方が、作った甲斐があるわい」

「いただきます!」

 

 捨て値のパンで、恩を売りこむフレアに一服盛られた気分になるが、そんなことはどうでもいい。チャンスを逃す事はできないので、味気のないパンを出来るだけ口に運んだ。

 少しするとお腹の中が満たされて重荷を下したように安心した。あとの問題は寝床とお金。図々しいが、爺さんに召喚を除いた経緯を話して頼んでみることにした。 


「――ていう経緯でお金も持ち物も無いんです。この店の床でもいいから泊めてくませんか?」

「この店に金目の物は無いしのう。寝泊まりくらいなら別に構わんぞ。ただ、小僧を雇う余裕はないから、そこは他を当たるんじゃ」

「寝場所だけでも助かります!」


 今日は、なんとか凌げそうだ。後は仕事を探すだけだ。先が見えてきたので実家へもどったような気軽さを感じる。今の俺ならなんでも出来そうだ。


「そうじゃ、もうすぐ戦があるからのう。行く当てがないならそこでお金を稼いではどうじゃ?」


 今の俺ならなんでも出来そうだ? 嘘です! 戦地に行けばすぐに死んでしまうのは目に見えている。ついさっきまでは安心していたが、絶望的なものが満ち潮のように押しよせて来るように感じた。

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