第2話 「城塞都市 レナトゥスの街」
「それより見てください。レナトゥスの街が見えてきましたよ」
「ああ、大きい城壁はみえるな」
その街は壁でぐるっと囲まれていて、壁上には衛兵が歩いている。街の中央あたりに城の様な高い建物があるのか壁の上から城の一部が顔を覗かしている。簡単に言うと洋風の城塞都市のように見える。
「どうですか? トキの家は近くにありますか?」
「いや、ここからだと少し遠くになりそうだ」
「それは残念です……」
正直に言うと異世界にいるので、どうあがいても家に辿り着く事はないのだが、真面目に答えるとこのまま放置されそうなので嘘をついた。
「そういえば、謝礼金はどのくらい払えばいいんだ?」
「おまかせしますよ」
「えっ? まぢか?」
かなりの額を吹っ掛けてくると思っていたが冗談を言っているようにも見えない。守銭奴な印象とは一転したことを言うので面を食らってしまった。
「どうしたんですか? コカトリスがファイヤーボールをくらったような顔をしてますよ?」
「なにそれ? どんな顔してるんだ?」
「生憎ですが鏡を持っていないんです。今度コカトリスがいたらお見せしましょう」
俺は魔物と同じ顔をしていない。絶対だ。生涯そんな顔を見たこと無いのだから是非とも見せてほしい。絶対に違うのでその時は全力で抗議しよう。
「それはともかく、極論ジュース一杯分の値段でもいいのか?」
「トキの命がジュース一杯と等価というなら…… 残念ですが仕方ありませんね。まぁ、トキに払える上限もあるでしょうし何万円でも我慢しますけど……」
「そうだよなー!」
前言撤回。少なくとも数万円は必要なやつだ。さらに自分で決めた俺の価値の分だけ包むお金が増えるとはえげつない。まぁ、お金の単位は現世と同じで円というのは分りやすくて助かるな。
「これからの方針なんだけど、家に帰るのは難しそうだからレナトゥスの街でお金稼ぎをしようと思う」
「時間が掛かりそうですね。私はしばらく滞在する予定ですからいいですよ。長い付き合いになりそうなので私の自己紹介もしておきましょうか」
確かに名前を聞くのを失念していた。短い付き合いになると思い教えてくれなかったのだろうか。
「今さらだが名前を聞いていなかったな」
「そうですね。私の名前はフレア、魔物を狩ったり、冒険したりで生計を立ています。えー、趣味は色々ですねー」
なんか色々と雑な気がするが、取りあえず詮索はしないでおこう。せっかく異世界に来たのだから難しい事は考えずに、俺も魔法を覚えて冒険者になりたい。今は何も魔法を使えないが、もしかするとスゴイ魔法を使えたりするかもしれないしな。
「俺も魔法を覚えて魔物狩りで頑張ってみるよ」
「魔法適正があればいいですねー。下手すると返り討ちに遭うから考え直した方がいいと思いますよ」
「やってみないと分らないだろう!」
そんな話をしていると街の門前に近づいてきた。そこには何人かの守衛官が見張りをしていた。
「門の出入り口の守衛が居るように見えるが止められる事は無いのか?」
「通行費も要りませんし、怪しい行動でもしなければ、余程の悪人顔でもない限り止められませんよ」
守衛は形だけで基本は顔パスのような物なのか。外には魔物もいる物騒な世界だし、好んで外にでる人もいないせいなのか、門の前に着くまで人通りはほとんど無い。参考にできる人がいなくて少し不安になる。怪しげな行動をして止められないように堂々と門を潜ろう。
「――あっ、そこのキミ、ちょっと待ちなさい」
「えっ、なんですか? 何もしてませんよ?」
まさかのアウト。堂々としていたのに止められてしまった。
「何かするつもりなのか?」
「いえ、違うんです!」
フレアを横目でみると口に手を当ててクスクスと笑っていた。笑っている暇があるなら助けてほしい。
「あー。そこの人は大丈夫だと思いますよ。武器も持っていないでしょうし、怪しいならボディーチェックでもしてみたらどうですか?」
「それもそうだな」
結局ボディーチェックの末に街に入る事が出来た。
「――なんで守衛に止められたと思う?」
「この辺ではあまり見慣れない服装をしているからじゃないですか?」
「そう思うなら守衛に止められる前に言ってほしかったな」
「言っても着替えが出てくるわけでもないですからね」
妥当な答えが返ってきたので言い返せない。良く考えればこの時代にロゴ入りのチャック付きパーカーは珍しいかもしれない。化学繊維も入っているし見慣れない素材かも知れないな。悪人顔で止められたと言われなかっただけ良しとするか。
「しっかし、外からみてもで大きく見えたが、中に入るとますます大きな街だなー」
「私の知る中でもトップクラスの大きさの街だと思いますよ」
外の通行量は少なかったが、街の中に入ると色々な人で賑わっていた。よくある小人や獣ッ子などの異人も見受けられるのでまるでゲームの世界にいるようだ。不思議と街にある文字は日本語やアルファベットなので読み書きには問題なさそうだ。
「私は役所の換金所に行きますけど、トキはどうします?」
「俺もついて行くよ。この街は初めてだしな」
この街だけではなく、この世界が初めてだからついて回るしかないだろう。選択肢は用意されていないのだ。
役所は街の中央当たりで、門の入り口からは少し離れた場所にあった。白レンガで統一されており、年月のせいなのか少し茶色がかっている。色々なアーチの形が施されており、かなりの高さがあったので遠目からでも屋根が見えない大きな建物だ。
「では、行ってきますね。トキはここで待機してください」
「ん? 俺はダメなの?」
「トキの恰好で悪目立ちするかも知れません。役所に目を付けられるのも嫌なんで外で待っていて下さい」
「分ったよ。ここにいるから終わったら声をかけてくれ」
これだけ立派な建物にいる組織に目を付けられたくない理解はできる。街並みを見るだけでも新鮮だから良いけれど、出来れば中に入りたかった。慰めとして、換金から帰ってきたら魔法の習得場所でも教えてもらうとするか。
――数分後。
「おまたせしました。換金は終わりましたよ」
「思ったより早かったな。少し提案なんだけど、魔法を覚える場所を教えてくれないか?」
「もうすぐ夕暮れ時ですよ。まずは寝場所の確保が先じゃないですか?」
言われてみれば一理あるが、所持金ゼロの俺には頭の痛い問題だ。
「私は宿を取っているので、トキは雨風を凌げる所を探した方がいいんじゃないですか?」
「一緒に泊めてくれたりは……」
「ないですね!」
「ですよねー!」
異世界生活一日目。まさかホームレス予備軍だとは思わなかったよ。