第1話 「現状把握」
「ジャイアントベアーを相手に何をしているんですか?」
金髪ショートヘアーの少女は、なぜ敵を倒さないのか不思議そうな顔をしている。
倒せる物なら倒したいが地力が違う。少女を見た感じ身長は俺より低く戦闘力はなさそうだ。銃を持っている様子も無いのだから絶望的な状況だ。スカート丈のマントをしており可愛い顔はしているがこの状況では役に立たない。
「野生の獣を相手に勝てる訳がないだろう」
「勝てそうにないと?」
「あぁ、ここは逃げるしか方法はないと思う。君もさっさと逃げたほうがいい」
「仕方が無いですね」
少女は太ももの装飾にあるホルスターから匕首の無いナイフ三本を手に取り出し、二本のナイフを素早く投げた。
「グォオォオオオオ!」
ナイフはジャイアントベアーの両眼に命中。ジャイアントベアーは苦しみもがき転げまわる。少女が残り一本のナイフに手を添えると少女の手の周りが暖かい色に包まれる。
ボンッ!
ジャイアントベアーの断末魔と共に肉の焼ける臭いがする。あまりの事にびっくりして尻もちをついた。気が抜けたので今となっては利用価値の無い木の枝も手から離れた。
「やっ、やったのか?」
「これで逃げなくても問題ないですね」
「助かった……。感謝するよ」
やさしい人だ。立ち上がるろうとする俺に可愛い笑顔で少女は手を差し出した。
「ああ、悪い」
立ち上がる手助けをしてくれたのかと思ったが、手に触れようとすると少女は手を引っ込める。
「なに勘違いしてるんですか? いやらしい。お金ですよ。お・か・ね!」
「いきなりお金を要求する方がいやらしいと思うけど……。すまん。金は持ち合わせていない」
「……」
先ほどの笑顔と打って変わって鋭い目で俺を睨みつける。まるで俺が居なかったような仕草で彼女はナイフを回収して、ジャイアントベアーの手首を切り落とし袋にしまう。
「では、私はこれで」
そういうと少女は背を向けて歩き始めたので後ろについて歩く。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。ここはどこなんだ? 街に行きたいが方角がわからないんだ」
「タダ働きさせておいて、よく話かけれますね」
話かけるも彼女は立ち止らず歩き続ける。
「それについては申しわけ無いが気がついたらここにいたんだ。家に帰ることができれば謝礼金を渡す事もできるんだ」
俺を無視して歩いていた少女は立ち止まりこちらを向いた。
「それを早く言ってくださいよ。仕方が無いので近くの街まで案内しますよ!」
「俺の名前は漣 朱鷺だ。トキって呼んでくれ」
「分りました。では近くの街に向かいましょう!」
仕方が無いと言いながら顔は満面の笑みじゃないか。そう思い街に向かい歩き始めた。
森を歩く最中に現状把握の為に色々な話を聞いた。
「さっきナイフの命中精度もすごかったが、最後はナイフに爆薬でも仕込んでいたのか?」
「変な事を聞きますね? 投擲スキルでナイフを当てて、爆発魔法を使っただけですよ。普段から愛用している同型の武器ですから、手元のナイフに魔力を通せば投合したナイフから火が出るわけですよ」
少女はしたり顔で事の詳細を語ってくれるが、何を言っているのか理解が追いつかない。
「魔法? そんなもの存在しないだろう。何を言っているんだ?」
「トキは魔法を知らないんですか? よほどの田舎に住んでいたようですね」
少女は指をパチンと鳴らし、人差し指に火を灯す。
「これが魔法ですよ」
「すごいな!」
「まぁ、それ程でもないですけどねー!」
『それ程でもある』というドヤ顔をしているがそっとしておこう。
「ところで魔法が使えるなら、わざわざナイフを使わなくてもいいんじゃないか?」
「強い魔法を使うと後始末が面倒な事がありますからね。先ほどの場面で大きな火がでる魔法を使うとしましょうか。どうなると思いますか?」
「うーん。ジャイアントベアーは燃えて死ぬんじゃないか?」
答えを当てに行くも彼女は渋い顔をする。
「違いますね。その答えは三十点です。倒した後で森に火が移る事もありますよね? 消火にも魔法を使うと疲れると思いませんか? 下手すると燃え移った分、消化作業の方が魔法を使いますよ?」
「確かにそれはそうだけど、うまいこと火力調整して体の一部だけ燃やす事はできないのか?」
「中途半端な火力で相手が生き残った時が一番面倒ですよ。手負いの獣はなんとやらって言うでしょう? まあ、火だるまの相手にハグされたいなら話は別ですけど?」
火の灯る少女の人差し指が俺の目の前に迫る。
「一流の魔法使いは無駄な魔法は使わないんですよ。時や場所を選ぶんです。分りますか?」
「分りましたあああ!」
ちょっとした脅迫じゃないか。人の顔の前で火を燃やすのは場所を選んでいない無駄使いの気がするが、前髪から少し焦げた臭いがしたのでこれは言わないでおこう。
「いやー、俺が悪かったよ。だから指先の火を消してくれないか?」
「まったく、仕方が無いですね。魔法を使うのは簡単ですけど、後始末の方が難しいという事は覚えておいてくださいね?」
納得したのか彼女は指先に息をかけ火を吹き消した。
「そういえば、最後にジャイアントベアーの手を切り落としていたが何か使えるのか?」
「駆除対象の魔物ですからね。倒した証拠を役所に持っていけばお金になるんですよ」
「魔物かー。そうかー。魔物もいるんだなー」
世界広しといえども魔法に魔物と聞くと異世界にいるとしか考えれれないが、一縷の望みにかけて街の様子を見てから判断することにするか……。得意技の『決断の先延ばし』である。
数十分も森を歩いていると街が見えてきた。その街には俺の知る発展した街は無く中世に見える城壁がそこにあった。
「なぁ、電話って言葉を知っているか?」
「いえ、聞いた事がありませんね。それ、お金になるんですか?」
――俺は現実から目を背けるのをやめた。