プロローグ 「召喚」
世の人々が寝静まる時間。時計の針が二十四時を過ぎる静かな夜に、3点バーストの銃声音が鳴り響く。銃声といってもスピーカーから出ている音で彼はゲームをしている最中であった。
「あー。敵がそっちに行ってると思う。俺は裏に回るわ」
「おっけー。挟み撃ちだね? 僕はこっちに敵を引きつけておくよ」
友人とゲームをしているので、ヘッドセットのマイク越しに話かける。
――数分後。
「残念。それは悪手だったな。挟みこまれてる時点で試合終了なんだよ」
「疲れてなければもうちょっと早く終われたね」
不敵な笑みを浮かべゲームに勝利する。普通であれば大きな声を出して喜びを感じ合う所であるが四六時中ゲームをしているので、そのような体力もテンションは残されてはいない。
その後も飽きることなくゲームを続けたので、窓から太陽の光が差しこみ朝が来た事を俺に知らせる。徹夜でゲームしていることを実感すると、急な眠気が体を襲った。
「んー。いい時間だしそろそろ寝るわ」
「おっけー、またねー」
彼の名前は 『漣 朱鷺』十八歳。日本のサブカルチャーであるオタク文化を愛している。アニメ・ゲーム・マンガが生活の大半を占めており、世間でいうインターネット中毒者だ。恐らく、インターネットの無い世界に行くと彼の生きがいは無くなるといっても過言ではない。外に出ることも少ないことから身だしなみもなってなく髪も伸びている。
「ご飯を食ってさっさと寝るか」
電気ケトルのお湯をカップラーメンに注ぎテレビのチャンネルを操作する。ご飯を食べながらテレビ番組を見る。不規則な生活をしているので決まった時に番組をみている訳でない。取り立てて必要のない事ではあるがご飯を食べる最中の暇潰しとして習慣付いたことだ。
『ASA航空宇宙局が重大な発表を行い、地球に接近している小惑星を発見したという発表を伝えま――。』
話の途中であったが興味のある内容では無かったのでチャンネルを回す。結局はアニメの再放送を見てご飯を食べ終えた。
「ふわぁー、眠い……」
ご飯を食べ終え、いつもの様に歯磨きをしてから布団に入る。明日もまた今日と同じような日が続く。そのような当たり前のことを思う余裕もなく、睡眠欲に身を任せゆっくりと目を閉じた。
「――ん、眩しい。空が見える……ここはどこだ? 夢でも見てんのか?」
目を覚まし上体を起こすと、そこには日常と違う風景があった。周りに高い建物は無い。辺り一面に、木が生い茂っている事から森の中にいるようだ。服装はパーカーにチノパンで靴も履いている。自分の体に異常がないかさわってみるも、特に体に異変は感じない。
「痛っ!」
夢かと思い自分の頬をつねってみると痛みはある。夢ではないようだ。思考も普通であることから夢である可能性は極めて低い。
「なんでこんな所にいるんだよ!」
少し周りを歩いてみるも人工物は見当たらず途方に暮れる。よくあるドッキリであれば嬉しいが誰もいない。そもそもどれだけ熟睡していても運ばれていたら流石に途中でおきるだろう。
マンガや小説である異世界に召喚されたということはあるだろうか? であれば特殊能力の受け渡しであったり世界の理についての説明を飛ばしているじゃないか。ゆとり世代にひどい仕打ちだ。
「とにかく何か行動を起こさないとまずいな……」
現在時刻は分らない。日が落ちれば動きにくくなる事は目に見えている。もし家から離れた場所にいるんなら捜索はあてに出来ないない。なにか計画を立てないといけないな。
持ち物は特に無い。とりあえず必要なものは水と食料になるが水は川を探すしかないだろう。
食料はどうしたものか? 昆虫などは食べたくない。移動するのであれば山とは逆方向だろうか? 平野に街があるのが一般的だろうしな。自問自答を繰り返す。
ガサッ。
考え事をしていると背後から物音が聞こえた。そこに目をやってみると少しはなれた所で熊がこちらの動きを伺っていた。体は大きく立ち上がれば二メートルは超えそうだ。
「おおぉおぉ!」
短距離走を全力で走ったように心臓がばくばくと脈打つ。かなり焦ったが相手を威嚇しないようゆっくりと身構えた。
(さて、どうしたものか……って悠長に考えている余裕は無ねーよ!)
「フーッ」
深く息を吐き出す。気が動転した状態で現状をどう切り抜けるか。
(冷静になれー! 冷静になるんだ!)
まともに戦えば俺はミジンコ同然だ。ひとつでも行動を間違えれば死につながるので、必死に念じて考える。某RPGゲームなら霜降り肉をあげれば仲間にできるかも知れないが、肉は持ち合わせて無い。肉があるとすれば自分自身でそれは死を意味している。
(対処法を少し思い出した。素早く背後を取り裸絞をすればいいと聞いたことがある!)
(――よし、ネタだろうし実際にそんな事は不可能だ。やめておこう)
そんな事を考えていると足元に『よさげな木の枝』が落ちていたのでゆっくりと拾う。とはいってもただ持ちやすい普通の木の枝で、特に現状を打破しうる物ではないが素手で戦うよりは幾分かマシだろう。見事なへっぴり腰で木の枝を構える。
「グルル……」
声で威嚇してされているようだ。相手もこちらを警戒しているのか睨み合いが続く。
俺としては逃げの一手。ゆっくりと相手を見たまま後ずさり距離を取る。このまま立ち去ることができればいいんだが……。
ガサッ。
そう思った瞬間に後ろからも物音が聞こえた。
挟まれている? もう一匹背後に居たのか? そう考えた時に寝る前の事を鮮明に思い出した。
『残念。それは悪手だったな。挟みこまれてる時点で試合終了なんだよ』
自分の言った言葉がブーメランになり帰ってきた。
「ここまでか……」
「あれ? ひょっとしてお困りですか?」
もうダメだと思い後ろを振り向いた先に可憐な少女がそこにいた。