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Bとロゼ4

 

 

 

 

 

「わ、私、帰ろうかな」


 今まで静かに話を聞いていたロゼだったが、Bの視線が向いた瞬間動揺したような素振りを見せて立ち上がった。


「えっ、なんで!?」


 ロゼの行動の意味が理解できなかったらしいBは、驚きながらも急いで店を出ようとするロゼの手を掴む。


「は、離して」


「いやや」


 Bはロゼの手をしっかりと握っているものの眉が情けなく下がっている。あれではどこからどう見ても捨てられそうになっている犬だ。

 緊迫した二人の様子を見たところ、これこそ口は挟まないほうがよさそうだ。痴話喧嘩みたいなものだろうし。たぶん。わかんないけど。


「ローゼさん、なんで突然……いや、っちゅーか帰るにしても俺が送って行きますし」


「いいの、大丈夫だから離して」


 いや、やっぱりこれこそ助け舟を出すところだろうか……Bが困惑し過ぎて挙動不審になってるし。

 さっき暗礁の上に泥の助け舟を出して砂にしてしまったところだからな、今回はもうちょっとちゃんとした助け舟を出さなければ、と考えていると、今まであまり喋らなかった宮廷騎士団の男2が口を開いた。


「イーヴン、その子は?」


 という、なんともストレートな質問だが果たしてこれが助け舟にな……


「俺の恋人の、」


「ちが、ちがいます無関係です」


 ならなかった!

 食い気味で否定されたんだけど! と、私とAは思わずB達から顔を背けて必死で笑いを堪える。

 あの人が出した助け舟は泥どころじゃなくおそらく綿菓子の舟だ! 私のより脆い!

 いや喜んでる場合ではなかった。

 あの全否定はおかしいだろう。ここに来る直前のロゼはあんなにも嬉しそうだったのだから。


「なんで……? 俺のこと嫌いになってしもたん?」


 Bはお前そんな小さい声も出せたんだな、と言いたくなるほどか細く悲しげな声で言った。


「ちがう……けど、あなたは……私なんかが隣に居ていい人じゃない」


「??」


 あぁ、Bが全然理解してない顔してる。

 私もちゃんとは理解していないが、隣に居ていい人じゃない、とは。


「俺はローゼさんのこと好きやし、ローゼさんも……あー……俺のこと、嫌いやないなら……」


 なんとも歯切れの悪い話し方ではあるが、Bの言い分は分かる。


「だってあなたは宮廷騎士団の団員様で、私は元孤児の使用人で」


 元孤児コンプレックスか? でもロゼがそんなに卑屈になるようなタイプだっただろうか。

 いくら宮廷騎士団が高い地位に居る人たちだからと言って、彼女がこんなにも唐突に?


「今はもう元宮廷騎士団ってだけやし」


「元宮廷騎士団もとても地位の高いものだと聞いたことがあるわ」


 というロゼの言葉を聞いた私が首を傾げながら青い騎士さんを見れば、彼は私を見て「俺のような一介の騎士よりもはるかに高いですね、地位」と教えてくれた。

 Bの地位は思ったより高かったらしい。知らんかった。


「そんなこと関係あれへんよ」


「……あるわよ、私は……私の母親は……」


「ないよ。元孤児やろうが使用人やろうが母親が誰やろうがローゼさんはローゼさんや」


 どこか青褪めたロゼに、Bは必死で言い聞かせる。しかしロゼも引かない。

 完全に俯いてしまったロゼの横顔を見ながらふと考える。ロゼの母親……いつか聞いたことがあったはずだ。彼女の母親についての話を。


「俺アホやから、難しいこと考えるんは苦手やけど、ローゼさんのオカンには感謝してんねん」


 ロゼは弾かれたように顔をあげ、Bを見ながら首を傾げる。


「ローゼさんのこと産んでくれてありがとう、て。ほんでローゼさんが孤児やったからこそ、使用人になったからこそ俺達は出会うことが出来た……んと、ちゃうかな?」


 必死で考えながら喋っているBを見て、なんとなく奴の成長を感じる。

 頭で考えるよりも先に手を出すような典型的な脳筋が、頭で考えて喋っているわけだから。

 恋は人を成長させるのだな。


「だってな? どっか別んとこの娘さんやったら俺に会う前に別の男に取られとったかもしれへん。そうならんと使用人になって、葉鳥と会って、そんで、そんで……せやろ?」


 と、突然こちらを向いて私の同意を求めてきたので顔が笑ってしまわないように頑張ってこくこくと頷いて見せる。


「関係ない、なんも関係ないねん。俺が元騎士でも、ローゼさんがどこでどうやって生まれて今なにしてても、俺はローゼさんが可愛くてしゃーないし、離したくないし、離れていってほしくもないねん」


「イーヴン……」


 ……あれは本当にBかな?

 いや、いやいや恋は人を成長させるんだ。そうだ。きっとそうだ。あれは成長したBだ。


「俺、ローゼさんが嫌ならこの肩書き捨ててもええよ? ローゼさんに嫌われるくらいなら」


 Bのその言葉に、宮廷騎士団の男達はギョッとしている。肩書きを捨てるというのは彼らにとってとんでもないことなのだろう。

 騎士として上り詰めて得た地位を捨てるということなのだから。


「嫌いになんか、ならない」


 Bは必死で掴んだままだったロゼの手を両手で握り直し、自分の胸の高さで祈るように指を組んだ。


「ほな、俺の側におってくれる?」


「うん」


「ずっと? ずーっと俺の側におってくれる?」


「うん、ずっと」


 Bが満面の笑みを浮かべたところで私の口が我慢の限界を向かえた。


「はいはいご馳走様ー」


 私の声に、突如我に返ったらしい二人は一気に真っ赤になる。


「まさかイーヴンがこんなに幸せになってるとは知らなかったな」


 宮廷騎士団の男1がくすくすと笑っている。


「本当だよ。結婚式には呼んでくれよ」


 宮廷騎士団の男2も口元を隠しながらもくつくつと笑う。


「お、おう、ええで、呼ぶわ……多分」


 多分て。


「しかしロゼは自分を卑下し過ぎよね。元孤児で現使用人だからって別に悪いことしてるわけじゃないんだから」


 というかそもそも私だって元孤児の現使用人である。


「だ、だって……」


「いや、実はそのアホが嫌いで、本当は別れたいっていうならそういう言い訳使って逃げればいいのよ?」


「好きよ! でも、でもっ、私の母親は娼婦かもしれないし、もしかしたらその、騎士団員の方と会ってたりして……」


 最初の言葉には力があったものの、だんだんと尻すぼみになるロゼの声。


「あぁ、強制的に娼館にっていう、さっき言ってたあれ」


 青い騎士さんが宮廷騎士団入りしなかった理由のやつ。

 そう言いながら青い騎士さんの顔を見ると、す、と目を逸らされた。


「もしそれで、誰かに気付かれて妙なうわさが流れたりして、イーヴンの名誉に傷でもついたら、って」


 結局はBのためにこの場から逃げようとしていたのか。なんとも可愛らしいしやっぱりBには勿体無い子なのではないだろうか。しかし、だ。


「考えすぎよね。上司と揉めて退団してる時点で名誉もくそもないでしょ」


「葉鳥さん辛辣~!!」


 Aがそう言ってげらげらと笑い出した。Bも釣られたように笑い出す。


「いやー! 俺猛烈に元気とやる気が湧いてきた。宮廷騎士団の手伝いでもなんでもするっちゅーねん。で? 仕事内容てなんなん?」


 Bがそう言うと、宮廷騎士団の男達の表情がぱっと明るくなった。なんやかんやあったけど説得に成功したわけだから。


「長期任務になると思うんだがな、まずはこの近辺の街の調査だ。なんでも今度この街に第四王女の関係者が来ることになってな」


 調査さえ上手くいけば第四王女が来る可能性もある、とのことだった。

 しかし何故この街に王女様が?


「っちゅーことは王族関係者の護衛かぁ」


 Bは少し面倒臭そうに唇を尖らせたが、宮廷騎士団の男1は首を横に振って見せた。


「王族関係者の護衛は別の班の仕事だ。我々が護衛をするのはその王族関係者が会う人物。トーン子爵家の天使、とやらだ」


 その言葉が出た途端、AもBもシュトフもロゼも青い騎士さんも、全員揃えたようにこちらを向いた。そしてその目は驚いたように見開かれている。

 いやいやいや一番驚きたいのは私なんだけど。

 知らないぞそんな話。


「なんやめっちゃオモロそうな仕事やん! なんでそれを早く言ってくれへんねん!」


「お前が頑なに聞かなかったんだろうが!」


 Bが怒られているのを尻目に、私は我が身に降りかからんとしている面倒事について考えてぞっとしている。


「超逃げたい……」


 と、小さく呟くと、Bの唇はにたりと弧を描く。


「ほな俺らの仕事は護衛だけやなくその天使とやらが脱走せえへんように見張りもせなあかんな」


 当然なんのことだか分からない宮廷騎士団の男達はただただ首を傾げていた。


 しかし私には一切関係のない話だと思って聞いていたのに、まさか流れ弾が飛んでくるとは思いもしなかった。

 この数日後、護衛対象であるトーン子爵家の天使として現れた私を見て、この宮廷騎士団の男達が目を丸くしたのは言うまでもない。





 

第四王女が来る理由はまた別のお話。


これにてこのBロゼ回は一旦終了でございます。

次回はまた全然関係ない話が始まります。多分。

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