Bとロゼ3
Bがどんなに不機嫌になろうと私達が部外者であることに変わりはないわけだから、私達が取るべき行動は外に出ることだ。
相手は宮廷騎士団であり彼らは王宮で、王族と密接に関わりのある場所で働いているのだ、庶民に話せない機密事項の一つや二つ、いやそれどころか三つや四つ……もっとか、ごまんとあるだろう。
そして私はそれを聞きたいわけではない。どうにかしてBを宮廷騎士団の手伝いに捻じ込ませたいだけだしそれをロゼに見せたいし、最終的にはリリやルーシュにも乙女の憧れ宮廷騎士団の団員を見せたいだけなのだ。
ということは、宮廷騎士団側が部外者に聞かせたくない理由とやらを聞くのではなく、Bがどうしても行きたくない理由を聞くべきだろう。
「……で? Bはなんで行きたくないの?」
誰も口を開かなかったため、私が突破口を開く事にした。少しでも助け舟になるのなら、と。それが泥舟にならなにように言葉は慎重に選ばなければならない。
「なんでて俺、上司と揉めて揉めて揉め散らかした挙句辞めてんで? 今更ほいほい戻れるかいな」
泥舟が一瞬で暗礁に乗り上げた気がするが……出来れば気のせいであれ。
「そういや前なんかそんなこと言ってたな……でも、」
「しかも上司とタイマン、やなくて結構な騒ぎになってな。俺が揉めて辞めたんはわりと有名な話になってしもとる」
この泥舟、乗り上げたんじゃなくて最初から暗礁の上に居たのでは?
Bの行きたくない理由が騎士団の仕事をしたくないだとかこの店の仕事があるだとか、そういう説得しやすいものならどうにか言いくるめることも出来た気がしたのだが、これではお手上げだ。
どう足掻いても騎士団の内部事情に首を突っ込まざるを得ないのだから。
結局私が出した泥舟は砂になってさらさらと消えていった。
見事説得に失敗し、黙るしかなくなってしまったこちらを一瞥した宮廷騎士団の二人は、一度二人で顔を見合わせた後、今日何度目なのかも分からない溜め息を零し、近くにあった椅子に腰を下ろした。長期戦を覚悟した瞬間だったのかもしれない。
「あの上司はお前が辞めた後退団した」
うわ、思いっ切り内部事情喋りだした。
「はぁ?」
宮廷騎士団二人のうちどちらかというと饒舌そうなほう、と呼ぶと長いので宮廷騎士団の男1だな。その宮廷騎士団の男1が苦笑いを浮かべながら元上司の退団を告げると、Bは怪訝そうな顔で声を上げる。
そんな顔をするということは、こいつは自分が辞めた後の内部事情を何も知らないのだろう。Bも知らないようなことを、本当に私達が聞いていいのだろうかと今更不安になってきた。
しかしまぁ話が始まってしまったのだから仕方ない。極力黙って何も聞いていないフリでもしておこう。
「お前と揉めた元上司はあの後、私怨で優秀な人材を喪失させた罰で宮廷騎士団絡みの称号を全て剥奪された。元宮廷騎士団を名乗ることも出来ないから戻っても来ない」
なんと、Bと揉めた上司はもう騎士団員ではなくなっているらしい。
しかし称号剥奪とは、相当な悪事を働いたのだろうか。私怨で優秀な人材を……
「優秀な人材て誰なん?」
きょとんとしたBが問いかけると、宮廷騎士団の男1は呆れたようにクツクツと笑う。
「誰って、お前だよイーヴン」
彼の言葉に、店内は一瞬しんと静まり返った。まるで誰も居なくなったかのように。
「優秀な人材……?」
「優秀な……人材?」
黙っていようと決めたはずだったのに、私とAは思いもよらない言葉のせいでうっかり口を開いてしまった。
それを見たBは「いやなんで首傾げてんねん」と不服そうな顔をしているが、優秀って。Bが優秀って。
「イーヴンが優秀だったからこそ、元上司は彼に目を付けたんだ」
と、宮廷騎士団の男1は完全に私を見ながらそう言った。
私に語りかけているということは、もう黙っている必要はないのだろう。
首を横に振りながら「いやいやいやでもあれ優秀やとかそういうあれやないねん」と言っているBを尻目に、私はBに向けてではあるが口を開く。
「目を付けられたってことは、いじめにでも遭ってたの? ……いや、アンタがいじめられたからって理由で辞めるとも思えないな。いじめに遭って反撃でもしたの? それで問題が大きくなって?」
私がそう言うとBはあからさまに目を泳がせた。どうやらいじめられて反撃だなんて簡単な話ではなさそうだ。もしもそんな簡単な話なら、声を大にして反撃したと言うような奴だ、Bは。
「あー……やっぱもうこの話やめへん? 内部事情やん、騎士団の。外部の人に騎士団の内部事情を話したらあかんてさっき言うてたやん、俺どうかしてた」
ついさっきまで部外者という言葉にキレていたとは思えない言い草だ。
あまりに思い切った掌返しだ、と呆れながらBを見れば、引き攣った笑いを浮かべながらこちらを向いていた。
その目は私とAを捉えている。どうやら主に私とAに聞かれるのが恥ずかしいらしい。
こうなったら聞き出すしかないではないか。面白そうだし。
「B……いや、コイツに関する話、差し支えなければもう少し聞かせていただいてもいいですか?」
宮廷騎士団の男達に向けてそう言えば、彼らはまた一つクツクツと笑った後に語りだした。
「ある日、元上司はイーヴンが弟のように可愛がっていた後輩に酷い嫌がらせを始めたんだ」
「あー! やっぱその話するん!?」
Bは全身全霊で聞かれたくないアピールをしているが、説明してくれているのだから聞くしかないだろう。
「後輩に、ですか? コイツ本人じゃなく?」
私がそう問いかけると、宮廷騎士団の男1はこくりと頷く。
「その元上司というのは、まぁ簡単に言えば実力ではないなんらかの力で上に立ったものでね、イーヴンの圧倒的な強さが妬ましかったんだろう。だけどイーヴンに直接何かをしようとしたところで敵わないから」
だからBが可愛がっていた後輩に八つ当たりをするようになった、ということだった。
要するになかなか歪曲した奴だったのだろう、その元上司とやらは。そもそも彼が言ったなんらかの力というのは十中八九コネなのだろうし。……と、そんなことよりも、だ。気になるところは元上司の性格などではない。
「……なに? ってことは、その後輩の身代わりで辞めたの?」
そう言った私の顔は、おそらく訝しげに歪んでいただろう。だって話の内容があまりにも意外なものだったから、つい。
しかし宮廷騎士団の男達は私の表情にも、何も答えず明後日のほうを向いているBにもお構いなしに続きを話し出す。
「元上司の嫌がらせでその後輩だけが汚れ仕事ばかり押し付けられていることを知ったイーヴンは、原因が自分にあると気が付いた」
ちらりとBを一瞥すると、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。この話をされるのが恥ずかしいのか、当時のことを思い出しているのかは分からない。
「気が付いてからは自分から率先してその汚れ仕事を手伝ったりしていたな」
「まぁ……してたけどもやな」
Bは唇を尖らせながら答えた。
「しかしそれだけでは止まらなかった。最初の嫌がらせからしばらく経ったころ、その後輩の体中に痣や生傷が目立つようになり始めた。もちろん、その傷を作ったのは元上司だ」
嫌がらせというものは得てしてエスカレートしていくものだからな。しかし暴力とは。
「暴力はアカンなぁ、って」
私もそう思う、という意をこめて頷く。
「そしてイーヴンは元上司の胸倉を掴んで言ったんだ、俺が辞めれば満足するんだろう、と」
「で、すぐ辞めてん」
Bはそう言ってけらけらと笑った。しかし目元は笑っていないのでその元上司のことは今も許していないのかもしれない。
「へぇ、そんなことがあってんな。それは俺も初めて聞いたわ」
と、いつの間にかその場に居た全員分のお茶を用意していたAがぽつりと零した。
私よりも先にBと再会していたAもこの話は初耳だったらしい。
「しかし、あれだね、昔のアンタだったら考えらんないね」
「なんでやねん」
「なんでって、昔は後輩だろうが関係なく積極的に喧嘩売るタイプだったじゃんアンタ」
私がクスクスと笑うと、釣られたようにAも笑い出した。
そう、中学三年生の頃のBは相手が年上だろうと年下だろうと関係なく、正面に立った相手全てに喧嘩を売るようなヤンキーだったのだ。
「あったなぁ、Bが後輩と喧嘩しようとして葉鳥に止められたこと。あれ葉鳥の友達やったんやっけ」
「知人」
「せやった、あの時仲裁に入ってきた葉鳥に肩殴られて次の日腕上がれへんようになったんやった」
というAとBの会話を聞いた宮廷騎士団の男達がきょとんとした顔で私を見る。
「……その話やめよっか」
私が凶暴みたいな話になるじゃないか。
一瞬の間があったが、宮廷騎士団の男1が気を取り直したように咳払いをする。
「なぁイーヴン、今回の任務にアイツも来るんだ。イーヴンに会えるのを楽しみにしてる。だから、来てくれないか」
どうやら例の後輩が来るらしい。
じゃあもう行かない理由なんてないのでは?と思っていると、Bがなんともいえず情けない唸り声を零しながらロゼを見る……が。
「……っ」
思いっきり目をそらされていた。
「ローゼさん……?」