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Bとロゼ1

このお話はトリーナ視点です。

 

 

 

 

 

 きらきらと輝く木漏れ日と少し冷たくなり始めた風が優しく頬を撫でるとても穏やかなある日の事。

 トーン子爵家寮棟一階にある食堂内では外を流れる穏やかな心地を弾き飛ばすような、そわそわとした浮き足立った空気が流れていた。

 そんなお世辞にも居心地がいいとはいえない空気の中、何度も何度も使用人達の熱い溜め息が零れ落ちている。

 一体なぜこんなことになっているのか、理解出来なかった私は内心ただただ首を捻っていたのだが、リリが口を開いた瞬間使用人達が堰を切ったように喋りだしたのだ。


「トリー聞いた?」


 と、リリは少し赤らめた自分の頬をもにもにと揉みながらこちらに声を掛けてきた。


「何を?」


 なんとも言いがたい異様な雰囲気に軽く引きながら首を傾げると、次はロゼが口を開く。


「この街に宮廷騎士団の団員様が来るそうよ」


 ロゼまでもうっとりと目を細めている。いつも大人びて落ち着いているロゼの表情をここまで変える存在ということは、その宮廷騎士団というのは余程すごい存在なのだろう。知らないけど。


「もしかして宮廷騎士団をご存じないの?」


 私のきょとんとした顔に気付いてくれたのはルーシュだった。


「きゅうてい……いや、宮廷……騎士団? あれ、どっかで聞いた事ある、けど、それが?」


 宮廷騎士団ってどっかで聞いたな。あれは、あ、そうだ……


「どうしてそんなにそっけないの!?」


 リリが物凄い力で掴みかかってきた。どうして、と言われても、むしろどうして皆がこんなにもそわそわしているのかが分からないのだけど。


「あの乙女の憧れ宮廷騎士団が見られるかもしれないんだよ!?」


 信じられないといった様子で、リリは掴みかかってきた状態のまま私を前後に揺さぶっている。

 しかし凄い言葉が飛んできたな、今。乙女の憧れって。


「そんなにすごいの?」


 揺さぶられながらもそう言うと、ロゼがこくこくと頷く。

 そしてテンションを上げ散らかしたリリがさらに声のボリュームを上げながら言うのだ。


「王都でもなかなか見られないのに! ここで! 見れるかもしれないんだよ!?」


 と。なんとなくわかったからとりあえず落ち着いてほしい。


「太陽の光を浴びて鈍く光る漆黒の甲冑、風になびくビロードのマント、そして」


「いやわかったからリリ。超わかった。で? なんでそんな王都でも見られないような人達がこの街に?」


「それは知らない」


 知らないんだ。知らないというか、理由などどうでもいいとでも言いたいような様子だった。

 要は見られればそれでいいのだろう。

 よくよく聞いてみたところ、使用人達は誰一人として宮廷騎士団を見たことがないらしい。

 そもそも宮廷騎士団なのだから、普段は王宮に居るわけだし、王都から離れた場所にあるこの地に居て見られるわけもなく。


「キキョウ様は、宮廷騎士団に興味はないのですか?」


「おわ、びっくりした」


 いつのまにか背後に居た青い騎士さんに声を掛けられた。

 振り向いて彼の顔を見上げればにっこりと微笑んでいるが、目の奥は笑っていない。


「うーん……興味は、ありますね」


 一応、と小さく付け加えていると、少し離れた場所で話を聞いていた赤い騎士さんが驚いた様子で「あるの!?」と声を上げていた。

 そんなに驚かなくてもいい気がする。


「ある……んですね……」


「だって乙女の憧れとか言われてる人達なんでしょ? 私も一応乙女の端くれとして、見れるものなら見てみたいとは思いますよ」


 ちょっとした野次馬みたいな気分ではあるけれども。

 あ、でもどうしよう、王宮で働けるほど選び抜かれた騎士ってことはいい筋肉を持った逸材が沢山居る可能性も……


「でも何しに来るのか分からないんじゃ、見れるかどうかは分からないわね」


 というロゼの言葉で冷静になった。

 確かに、この街に来るとは言えどこに来るのかも何をしに来るのかも分からない。これだけ何も分からないのなら、見れる確率も上がらないというもの。

 それに気付いた使用人達のテンションは、潮が引くように下がっていった。と、思ったのだが。


「ところでトリー、今日の予定は?」


 何故だかロゼだけはまだご機嫌のようだ。


「今日は旦那様におつかい頼まれたからA達の店……あぁ」


「私も行っていい? 私、今日お休みだから」


「ふぅん、デートかぁ」


「あ、いや、その……」


 ロゼは私の言葉を聞いて一気に頬を染めた。今日はいつもと違うロゼが沢山見られてとてもいい日かもしれないな。


「では、行きましょうかキキョウ様」


「あ、はい護衛よろしくお願いします」


 私が問題児であるばっかりに、今日も騎士の護衛が付く。


 いつもの見慣れた町並みを眺めながら、私とロゼと青い騎士さんとで並んで歩く。

 するとやはり思い出されるのは先ほどの件で。


「しかしなんでこの街に宮廷騎士団が来るんだろうね」


 と、私が呟けば、ロゼも青い騎士さんもううんと呻りながら首を傾げる。


「分からないけど、宮廷騎士団なんだから、王族絡みのお仕事があるってことよね?」


「青い騎士さんは宮廷騎士団について何か知らないんですか?」


 大きな括りでいえば同じ騎士なのだから、何か知らないのだろうかという単純な興味からそう聞いてみたが、彼も小難しい顔をして首を傾げるばかりなので何も知らないのかもしれない。


「あまりいい印象がない……というか、実は昔、宮廷騎士団からの勧誘が続いている時期があってどちらかというと苦手なのです」


 知らないとかいう次元じゃなかった。勧誘て。


「勧誘されたのに、騎士団には入らなかったんですね」


「騎士団に入ると規則だの掟だのと色々面倒臭いのですよ、キキョウ様」


 断る理由が面倒臭いから、って、青い騎士さんも思いのほか普通の人みたいなこと言うんだな。なんて思っているとロゼのくすくすという小さな笑い声がする。


「噂で聞いただけだけど、宮廷騎士団の騎士様達は高貴なお嬢様に手を出してはいけないからと娼館に連れて行かれるそうよ。強制的に」


「まさか青い騎士さん……」


 そう言って青い騎士さんの顔を見上げると、彼はどこか遠くを見ていた。

 騎士団入り断った理由そっちだったかー!

 女嫌いが娼館に連れて行かれるなど、地獄でしかないのだろう。

 苦い顔をしている青い騎士さんを見て、私もロゼもけらけらと笑うのだった。


 相変わらず吹き抜ける穏やかな風を感じながら、今日はそんな穏やかな一日が過ごせることだろう。そう思った。


 まぁもちろんそんなことはなかったのだけど。





 

もうちょっと続きます。

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