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天使は恋敵?

Aとシュトフとお客さんと、天使と青騎士を添えて。

シュトフ視点です。シュトフ視点なのでA(=オッド)が標準語です。この世界には方言がないという設定にしたばっかりにAが標準語を喋っています。猛烈な違和感に襲われながら書いたのでどうか皆さんも襲われてください違和感に。

 私は今猛烈に混乱している。

 なぜかというと目の前に居る項垂れた人と隣に居る大笑いしている人に挟まれているからだ。

 そして私もどちらかというと笑いたいほうなのだが、項垂れているのがお客さんなので笑うに笑えない。


「かわいらしい喧嘩だなぁ!」


 隣の大笑いしている人ことオッドさんがそう言えば、お客さんはなんとも情けない表情を浮かべながら私を見る。


「かわいらしいことはないと思わない?」


 なんて言いながら。

 私が曖昧な表情のまま何も答えられないでいると、オッドさんはけらけらと笑い続けながらも口を開く。


「要するにあんたの彼女は天使の歌声が聞きたいってことだろう?」


「そう。でもあの子は聞いたことがない。そして俺は二回も聞いた……だけど偶然だよ? 俺が自ら聞きに行ったわけじゃないのに怒られたんだよ!?」


 お客さんは私とオッドさんの顔を交互に見ながら訴えている。

 彼の話を聞けば聞くほどかわいらしい痴話喧嘩だと思うのだけれど、彼があまりにも悲壮感を漂わせているせいで私はやはり笑うに笑えないでいた。


「しかし喧嘩になるほど人気なのかぁ、天使の歌声」


 ようやく笑いを収め始めたオッドさんが呟く。笑いを収めたとはいえにんまりと笑っているので、オッドさんはきっと天使の正体の姿を思い浮かべているに違いない。


「人気らしい。女の子達の間では天使の歌声が聞けた、ってのが自慢になるんだと。シュトフちゃんは? 聞いたことある?」


「あ、はい、あります」


 なんなら目の前で歌ってもらったこともあるのだけれどそれは言えない。天使に……いや、トリーナに迷惑がかかっちゃうから。


「あるんだ。オッドさんも?」


「あるある。俺たちはトーン子爵と仕事もしてるし結構行くんだよ、あの屋敷」


 オッドさんがそう答えると、お客さんはなんとなく憮然とした表情で頬杖を付いた。


「どうしたら聞かせてやれるんだろうなぁ」


 と、呟きながら。私もオッドさんもその呟きには答えられず、小さな呻り声を零すことしかできなかった。

 なにしろ最近巷で評判の天使の歌声は、いつ聞こえてくるのか分からないのだ。それは天使の正体を知っている私たちでさえも。


「気まぐれみたいだからな、天使」


 と、オッドさんは言う。実際は気まぐれではなく使用人の仕事がないときだったりお屋敷で他の講習をやっていないときだったりすると天使本人が言っていたのだが、それを言ってしまえばなぜそんなに詳しいのかと問われかねないので口は開けない。

 頭の回転が速いオッドさんならば問われても簡単にかわしてしまうのだろうが、私はきっとすぐにボロが出てしまうから。


「うーん……」


 何か気の利いた助言ができないものかと考えていると、お店のドアが開いた。


「お、ハトリ」


 ドアを開けた人物にいち早く気が付いたオッドさんが微笑む。


「どもー。ここにチョコレートタルトがあるって聞いてきたんだけど」


 ドアを開けた人物はトリーナ……ではなく子爵家の騎士様だった。

 そしてトリーナは相変わらずオッドさん相手に物怖じすることなく話しかけ、お決まりのカウンター席に腰を下ろしている。騎士様はトリーナの隣に座るようだ。まぁそれもお決まりなのだけど。


「あるある。ちょっと待ってな」


 オッドさんはそう言って一旦厨房のほうへと下がっていった。


「はーい。青い騎士さんもなんか食べます?」


「俺は結構です。甘いものを食べるキキョウ様を眺めているだけで満たされるので」


「いやなんか食っててくれたほうがありがたいんですけど」


 ……なんか、なんなんだろう、この二人。

 私がそっと首を傾げていると、ケーキを持ったオッドさんが戻ってきた。


「へい、お待たせ」


「わーい!」


 私は知っている。あのケーキを作ったのは伯爵様だ。伯爵様が今朝作って置いていったものだ。あれはトリーナのために作っていたのか。

 なんてことを考えていると、痴話喧嘩のお客さんがトリーナに向けて声をかけていた。


「そちらのお嬢さんは天使の歌声を聞いたことはありますか?」


 と。ただ声をかけてはいるのだけど、丁度二人の間に座っている騎士様が邪魔をしていて二人の目が合うことはなさそうだ。


「ん?」


 ケーキを頬張るトリーナが首を傾げると、オッドさんが分かりやすく説明をしてくれる。


「こっちの兄さん、トーン子爵家の天使の歌声を聞いた聞いてないで彼女と喧嘩したんだと」


「……あぁ、天使。聞いたことありますね、多分。一応。ちょっとよくわかんないけど」


 そもそも聞いたことがあるどころか発生源である。


「ということは皆聞いたことがある……これはやっぱり俺が悪いんじゃなく彼女の運が悪いだけでは……?」


 お客さんは真剣な目をしながらそう言った。

 しかしもしかしたら本当に運が悪いということもあるのかもしれないが、それをそのまま彼女に言えば喧嘩が悪化しそうな気がしないでもない。そしてもしそうなれば天使が悪者になりかねない。天使の友達として、それだけは嫌だった。

 何か言葉を探さなければと頭を捻っていると頬張っていたケーキを飲み下したトリーナが、ケーキから視線を外すことなく口を開いた。


「運というより間が悪いだけじゃないですかね」


 と。それを聞いたオッドさんも「確かに」と呟きながら頷いている。


「間……ですか?」


 お客さんは騎士様の向こう側にいるトリーナに向けて問いかける。視線はやはり騎士様に邪魔されて、さらにはトリーナがケーキから一切視線を外さないため合うことはない。


「運がないと聞けないほど珍しくはないでしょう、多分。あんたも何回か聞いてるでしょ? 子爵と仕事してるし」


 トリーナはオッドさんに話を振った。トリーナなりにお客さんにヒントを与えてくれようとしているのかもしれない。


「そうだなぁ、言われてみればそうかもしれないな。二日に一回か……三日に一回は歌ってたりするかもな」


「本当か!?」


 お客さんが前のめりになった。そんな風になるほど彼女に聞かせてあげたいのかと思うとちょっとほっこりする。


「今日は聞こえませんでしたよ」


 そりゃあここに居るものね、天使が。


「ということは明日にでも……」


「聞けるかもな?」


 そんなオッドさんの言葉を聞いたお客さんは、どことなく軽い足取りで帰っていった。

 ケーキを食べ終えたトリーナは彼の背中を見送り、ドアが閉まったことを確認するとほんの少しだけ笑って言うのだ。


「明日歌わなきゃいけない流れじゃん」


 と。

 明日はきっと、天使がとびきりの歌声で二人を仲直りさせてくれることだろう。



 それから数日後のこと。

 例のお客さんがお店にやってきた。

 天使の歌声の感想を聞かせてくれるかもしれないとわくわくしたのも束の間、彼はカウンター席に座るなり頭を抱え深い深い溜め息をつく。


「ど、どうしたんですか……?」


 私が恐る恐る声をかけると、彼は悲しげな顔でこちらを見る。


「……彼女が天使の歌に夢中で俺の相手をしてくれない」


 彼のあまりの悲しい声にぎょっとしていると、私の隣でそれを聞いていたオッドさんが声を上げて笑い出した。

 こうして私はまたしても項垂れる人と大笑いする人に挟まれて混乱することになってしまったのだった。




 

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