銀色の訪問者
猫とトリーナと青い騎士
以前活動報告に載せたお話です。
「キキョウ様、ほら見てください、猫ですよ」
私が洗濯物を干していたときのことだった。
どこからかお屋敷内に入り込んできたらしい猫を、青い騎士さんが私の元へ連れてきてくれた。
「わぁ、可愛い! わーいにゃんにゃーん!」
私は青い騎士さんに抱かれた小さな猫ちゃんの顔を両手で包み込むように撫でまわす。
「にゃ、にゃんにゃん……」
「珍しいですね、猫なんて。おぉ、ぺろぺろしてくれるの? 可愛いですねぇ、えへへ」
「……そ、そうですね。珍しい……」
青い騎士さんの言葉があまりにも歯切れの悪いものだったので、何事だろうと猫から青い騎士さんへと視線を移す。
するとそこには少し頬を赤らめて明後日の方向を向いている青い騎士さんが居た。
「どこ見てるんですか?」
そう言いながら青い騎士さんの視線を追うも、そこには何もない。
「いえ、なんというか、」
「あ、猫ちゃんは肉球の色ピンクなんだねぇ、かわいーいぷにぷにー!」
「キキョウ様の様子がいつもと違っていて、胸が、」
「え、あぁ気持ち悪かったですか? すみません。動物を前にすると思わず猫撫で声が出てしまいまして」
「いえ気持ち悪いわけがない! 可愛すぎて胸が痛い!」
……と、力説する青い騎士さんも充分気持ち悪いので謝ったことを若干後悔したわけだが。
「しかし珍しい色の猫ですね。青い騎士さんの髪の色とそっくり」
青い騎士さんが変なことを言い出す前に、と私はすぐさま話を逸らした。
「そうですね、銀の猫は俺も初めて見ました」
「私は……、いや私も初めて見ましたね」
なんとなく、見たことがあるような、どことなく懐かしいような、そんな気がしたのだが、それが何なのかは思い出せない。
「さて、折角の猫ですからおもてなしをしましょうか」
「食堂に連れて行きます?」
「はい」
日本ではペットとして可愛がられていた猫だが、この世界では、猫は神聖な生き物とされている。
なので、人が猫を飼うことは出来ない。
しかし猫がその屋敷に住み着けば追い出してはならない。万が一にでもいじめたりしたら罰せられる。
そんな決まりがある。
住み着いてもらえればその家が繁栄するとかしないとか、そんな言い伝えがあるので猫が近寄ってきたらおもてなしをしてその家に繋ぎとめようとするのだ。
まぁ、この世界の猫も気まぐれな性格だそうなので、そう簡単に住み着いてはくれないのだけど。
そんなこんなで今、青い騎士さんが連れてきた猫は、食堂で美味しそうなものをたらふく食べた後、去らずに寛いでいる。
「んふふー、可愛いなぁ」
ぐるぐると喉を鳴らしながら、青い騎士さんの膝の上でまどろむ猫を見ながら呟く。
「ええ、可愛い」
青い騎士さんは膝の上の猫が落ちないように、と猫の背中を片手で支えている。
「青い騎士さんって、猫には優しいんですね」
首を傾げながらそう問えば、彼はきょとんとした表情で暫く私をじっと見る。
「キキョウ様にも優しくしているつもりですが、足りませんでしたか?」
足りませんでしたかって何だよ。
「そうじゃなくて。青い騎士さんって他人に厳しいし動物にも厳しいのかと」
「動物は好きですよ、キキョウ様の次に。キキョウ様も動物は好きなのですね。虫は嫌いなのに」
「動物は大好きです。虫は……まぁ、苦手ですけど」
ふと顔を上げると、にこにこと笑っている青い騎士さんと目が合う。すると突然気恥ずかしさに襲われた。
可愛いものが好きだとか、小さい動物が好きだとか、私には似合わないはずなのであまり人に知られたくないと思っていたのに、久々の猫にテンションが上がってしまって色々と変な行動を彼に見せてしまっていたのだから。
一言で言えば、やっちまった。
そんなことを考えていると、青い騎士さんの膝の上に居た猫はすたん、と小さな音を立てて床へと降り立った。
「行ってしまうようですね」
お腹も満たされ、ある程度寛いで気が済んだらしい銀色の猫は窓から外へと出て行った。
「ずっと居てくれてもいいのに」
「そうですね。猫が居てくれれば可愛いキキョウ様が見れますからね」
「……見なかったことにしてくれます?」
「無理です。もう脳内にしっかりと焼き付けました」
もう、ホント、恥ずかしいから忘れてほしい。
なんて思いながら窓の外を見ると、去って行こうとしていた銀色の猫が立ち止まってこちらを見ていた。
「また来てね、銀猫さん」
小さく手を振ると、挨拶をするようににゃーんと鳴いてまた歩き出した。
「あーやっぱりずっと居てくれればいいのに!」
「あの気まぐれな生き物をそんなに簡単に繋ぎとめられるのなら、俺だってキキョウ様を繋いでおきたい……」
「……まぁ、私は別に繋がれなくてもここに居ますけどね」




