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そんなお猫の独り言

作者: 河鹿有海

長い人生のほんのひとコマを切り取って表現しました。

今後もいくつかの断片を繰り広げたいと思います。


ヒマつぶしに楽しんでいただけたら幸いです。

人生の小さなひとコマ  その1

   そんなお猫の独り言



 めずらしく軒下の風鈴が鳴った。日当たりの悪いこの部屋は、あまり風も入ってこないので滅多に風鈴も鳴かない。一抹の風に、ジメリと重い空気が少し動いた。


「チリンっていいよな。このガラスの風鈴は。空気が、スウッと澄むようだ」

 

 とうさんは、自分が買ってきた風鈴を褒めた。真っ赤な金魚が、得意そうな顔であたしを見おろす。かあさんは首を傾げる。


「っていうより、カカカって音よ。グラスの中で氷を掻きまわすときの音ね」


 とうさんは黙って片足を引きずりながら、窓際に寄った。大工のとうさんは先週、屋根から落ちて足を折った。それから毎日部屋にいる。

 かあさんは最初のうちは心配したけど、毎日ゴロゴロしているとうさんを次第に疎んだ。収入が減ると文句を言って、急きょパートの時間を増やしたので忙しくなった。

 かあさんが仕事に出て行くと、あたしを膝に乗せて背中を撫でる。あたしは暑くて舌を伸ばしたま、ゴロゴロと喉を鳴らして甘える。


「おまえはいいよな」 


 たった一言つぶやくと、とうさんはゴロリと横になって団扇をつかった。相変わらず忘れたころに風鈴が鳴る。

 あたしは窓辺に下がるあの風鈴に住む金魚を狙っている。魚のくせにあんな高い所にいるから、飛びつこうにも高すぎて届かない。

 夕方パートから帰って来たかあさんは、急に金切り声を上げた。


「なんて暑い部屋なの! ああ、お金を貯めてエアコンを買おうって矢先に怪我をして。私のパートだけじゃ食べていくので精一杯よ」


 とうさんは、団扇の向きをかあさんに向けた。優しい風が、汗でかあさんの顔に張り付いた髪をなびかせた。


「もう少し。そしたらまた現場に行くから」


「わかっているわよぉ」


 かあさんは音をたてて襖を閉めた。その勢いのせいか、風鈴が落ちた。欠けた。

 あたしは畳にころがった金魚にじゃれ付く。


「これ、前足を切ってしまうよ」


 そう言うと、とうさんは引き出しからボンドを取り出し割れた欠片をくっつけて、また軒下につるした。

 ボンドでつけられた風鈴は、チリンともカカカとも鳴けなくなった。あたしには、鈍いトトトって音に聞こえた。

 次の朝、かあさんはまだ不機嫌が治らない表情でパートに出かけた。

夕方に、とうさんは足を引きずりながら台所に立っていた。いい匂いがしたころ,かあさんが帰って来た。


「おかえり。作ったから食ってみろ」


「この暑いのにお好み焼?」


 かあさんは汗を拭きながら、それでも皿に手をのばした。そして「あっ」と言った。


「懐かしい。粉とキャベツだけのお好み焼。一緒になった頃、お金がなくていつもこればかり食べていたわね」


 かあさんは汗を流しながらお好み焼きを頬張った。

 トトト。トトト、と風鈴が忙しくなり始めた。ラジオが低気圧とか前線って言葉を流す。


「台風は近づくけど、それるらしいわよ」


 かあさんは食べ終えると饒舌になった。それに風鈴を見ながら笑っている。

 とうさんを仕事に送り出すときの笑顔が復活した。


「なんだかヘンな音になったわねえ」


 急に機嫌よく饒舌になったかあさんに、とうさんは何も言わずに笑顔をむけた。

かあさんが乱暴に閉めたから落ちて割れたとか、それをボンドで貼ったとか。一切、言わなかった。

 かあさんが笑う。そして、とうさんも笑った。言葉を使わなくても、いつも通りなかよしになる二人。

 なんともシマらない夫婦の日常なので、あたしが一声で幕を引こう。


「にゃあ!」


おつきあいしてくださって、ありがとうございました。


よい一日でありますよう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 優しく、温かみのあるお話しですね。田舎の(僕が読んだ感覚だと、田舎だと思いました)貧乏夫婦と猫という関係性が、安心感というか、何とも言えない空気感を出していて、面白いです。
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