幕間 彼の世界と心
静かにベッドから降り、シンが寝ているベッドへとそっと近づき、顔を覗き込む。別になにかをしようとした訳ではない。しっかりと寝ているか確認しようと思っただけである。
シンは昨日と違って穏やかな顔で寝ていた。昨日は悪夢でも見ているかのように、苦しそうに顔を歪めていた。
余程、炎晶石が手に入って安心したんだろう。
シンの様子を確認して、シンが寝ているベッドの足の部分に掛けられている〔穏やかな風〕のローブを手に取る。ローブには、シンが『清潔』の魔法をかけてくれていた。
ローブを羽織ると、動いた気配を感じてうっすらと瞳を開けて瑠華を見ていたマリアとムツキが飛び起き、肩に飛び移った。瑠華がマジックテントの外に出ることを敏感に察したようだ。
瑠華は二頭を撫でながら外に出る。瑠華の気配を感じて、テトとリトが目を開いて首だけを動かし見つめた。
「どうした、主よ?眠れないのか?」
「子守唄でも歌ってあげましょうか?」
テトとリトの完全な子供扱い的な嘲いに、瑠華は小さな笑みで応えた。
「そういうのはいいよ。ただ、皆で話をしようと思っただけだよ。昔のようにね」
「なんだ、やっぱり寂しいんじゃないか」
テトの笑いとともに言われた言葉に、瑠華以外がおかしそうに笑う。
テトとリトの前、手を伸ばせば届く距離に座りながらため息を吐く。あぐらをかいて座った瑠華の足の間に、マリアとムツキがお座りする。二頭を撫でて気持ち良い感触を堪能しながら瑠華は苦笑する。
「だから違うって。ふと昔の旅を思い出したんだよ。皆は元気でいるかなって」
脳裏に過る大切な人達を想い、遠くを見つめるようにダンジョンの天井を見る上げる。
そんな瑠華の姿を、従魔達はただ静かに見つめていた。
「………前に話しただろう?勇者や聖女、他の奴等も元気でやっているさ」
「と言っても、私達の情報は一ヶ月程前のものだけどね。私達は主を通して外の世界と関わっていたから、主が居なくなれば関係はなくなるもの」
「リト、それを言ったら見も蓋もない」
「きゅぅぅ」
従魔達の会話に再び苦笑が漏れる。
この世界に帰ってきて、再び彼等を喚んでシェシカルの街で説明をした時、以前の仲間達、特に勇者と聖女について瑠華は聞いていた。
けれどテト達は【カイン】と誓約した従魔であり、彼が居なくなれば繋がりは無くなる。
テト達とここにはいない他の従魔達は【カイン】が死んだ後、遺体が埋葬されているフィンランディの領地で彼の墓の墓守をしていたらしい。
そして時折訪れる者達と話をするぐらいで、外の世界のことは気にしていなかった、と。
瑠華はそれでいいのか、と話を聞いて思ったりもしたが、それが魔物や幻獣の本来の在り方だと思い出したのでなにも言わなかった。
最後に墓に訪れたのはレミーディア皇女殿下で一ヶ月程前、“他の人達も元気でいるから安心してね”、と【カイン】に向かって話をしていたんだとか。
その言葉が【カイン】を安心させる為の言葉だったとしても、テト達から見ても元気そうだった、と聞いて瑠華は安堵していた。
瑠華はこの時、テト達の言葉を疑っていなかった。
テト達も別に嘘をついているわけではない。ただ全てを語っていないだけだ。
確かにテト達から見て、聖女は元気そうではあったが、決して“大丈夫”なようには見えなかった。
聖女の元気さは、空元気に見えたからだ。
聖女の心情をテト達は正確に把握していたが、自分達ではどうすることも出来ないのでなにも言わなかったのである。
彼女を、“本当の意味”で救える存在は、もうこの世界にはいなかったから。
その時は。
けれど今、その存在はここにいる。彼等のすぐ側に。
本当なら今直ぐにでも逢わせてやりたいけれど、瑠華は創造神から大事な頼まれ事をされている。従魔達からすれば、それは酷く重いものに感じていた。【カイン】が与えられた使命と同じように。
テト達は【カイン】の、瑠華の従魔だ。彼の望みを叶えるのが従魔達の総意で存在意義となる。瑠華がまだ彼等に逢わないと決めたなら、否、と答えることはあり得ない。
聖女より主を取るのは必然。
だから言わなかった。
聖女に対しての僅かな罪悪感を押し隠して。
「早く皆には逢いたいけれど、ダンジョンも放ってはおけないからね。実際にダンジョンが出来たせいで、こうして被害が出ているんだし。これを放って逢いに行っても会わす顔がないからね」
「ふふ、確かに。勇者と聖女に怒られるわね、きっと」
「マナに怒られるのは勘弁したいね。アカは顔面に“ぷっちょん”を張り付けてやるけれど」
マナの可愛い怒り顔と、アカの面白い泣き顔が目に浮かぶ。
“ぷっちょん”とは“勇者専用克服教育”としての役割を持つ従魔で、フェアリーキャタピラーという魔物の姿をした幻獣である。名前はプール=エンジェ。
体長は三十セル程で、フェアリーの名の通り背中に透明な羽根が生えている。普通の芋虫のような気持ち悪さはなく、可愛くデフォルメされたようなとっても愛らしい姿の芋虫である。
芋虫なんだけどね?
魔物としても稀少種であり滅多にお目にはかかれない。それが幻獣なんだから見つけた時は本当に驚き、即行で従魔契約を頼んだ。その場で契約を結べた時は舞い上がってしまった。
話は逸れたが、勇者達には逢いたいが今は我慢する。
実は瑠華の中で一つの考えがある。
これより四ヶ月後に大きな祭があるのだ。そこには勇者を初めジルトニア皇家一族、フィンランディ公爵家一族、《紫紺の太陽》など縁ある者達が一同に集まるであろう舞台が。
そして瑠華も、その舞台となる町に行くつもりだ。その舞台に参加することで【カイン】だと伝える計画だった。
瑠華は“参加する側”、勇者達は“観戦する側”となるだろう。
その舞台で伝えることが出来れば、勇者達一人一人に言うより良いと思う。面倒くさくないだろうし。主に僕が。
「ところで主よ、シンに聞かないのか?」
瑠華が心の中で、“ぷっちょん”を見せた時のアカの泣き顔を思い出してにやにやしていたら、テトが唐突に問いかけた。
「シン?シンの事情のこと?聞くわけないでしょう?」
先程見て、頭の片隅に焼き付いているシンの顔を一瞬強く思い浮かべたけれど、直ぐに消えた。
「何故?気にならないの?」
リトも不思議そうに聞いた。マリアとムツキが瑠華の足の間から見上げ首を傾げている。
か、可愛い!
「そりゃあここまで一緒に来たし?戦ってもきたよ?あんなに必死だったから気にはなるけれど………………………でも皆、忘れてない?」
今度はテトとリトも首を傾げている。
可愛い過ぎる!もふってもいいかな?いいよね⁉
けれど抱き付く前にぷにぷに肉球に阻まれてしまった。ちっ!
「僕は基本的に、他人に興味がないんだよ?」
「「「「………………」」」」
そう、瑠華は他人に興味がない。瑠華が、というのは語弊があるが。
一度目の人生での僕の世界は、とても狭いモノだった。
自分と母親という女、そして薄暗く汚れた小さな部屋。世界はただ、それだけだった。
【唯一の人】と出逢っても世界の狭さは変わらなかった。寧ろ、彼女が世界の全てになったから狭まったとも言える。
でもそれでよかった。彼女以外必要なかったから。
それは正しく、“依存”。
そして【唯一の人】を失って、永遠に奪われて、奪った世界に絶望して、“彼”の世界は壊れた。
あの白い空間で創造神セラフィミリムと話をした時、“彼”は自らの世界を自らの手で修復した。
【唯一の人】が与えてくれた想いをこの世界で返す為に。
継ぎ接ぎの“彼”の世界。
絶望に染まった“彼”の世界。
【カイン】として生を受け、前世の記憶がないこの世界の普通の子供として、両親から周りから愛情を惜しみ無く与えられて育った。
けれど三歳の時受けた“洗礼”で、全てを、“彼”の世界を思い出し心が絶望に染まる。
前世を思い出したことは間違ったことではない。
思い出さなければ【唯一の人】のことも、何故神の願いを受け入れたのかも分からなかったから。
そこには意味がある。
でも、もしも思い出さなかったら、ただ普通のこの世界の住人として神に使命を与えられたなら、もっと普通に他人と付き合えただろうか?
そう、ふと思ったことが何度かあった。
思っただけで、自分が選んだ選択を、後悔したことなど一度もないけれど。
絶望に染まった“彼”の世界は狭い。【カイン】が与えられた愛情は、“彼”の世界を少しだけ広げて色を付けたけれど、世界の、心の根底は変わらない。
“彼”が【唯一の人】以外興味が無かったように。
【カイン】もまた他人に興味はない。
そしてそれは瑠華も。
家族や支えるべき皇家のように繋がりがある人に対しては、その人を認識して、というのはおかしいがその人そのものを見て接することはある。
だが、繋がりがない他人には、興味も関心も持つことはない。
心からどうでもいい存在。
だから、繋がりがない他人に興味や関心を持つには、なにか切っ掛けがないと“他人”のままで終わる。
尤も、興味や関心を持ったとしても、ゼロどころかマイナスからの始まりになるけれど。
瑠華はそもそも孤児院の院長や神父様、幼馴染み以外に関心がなかった。
それは、ただ単に人との関わりが面倒だったからなのだが、それは瑠華を取り巻く世界が“幸せ”だったから他はどうでもよかっただけだ。
第三者が見たら殴られてもおかしくない無邪気な傲慢さ。
“彼”とは真逆の無関心。
一度目からの全てを思い出した今は、やはり根底は変わらない。心は絶望に染まったまま。
でもそれでいい。
このままでいい。
全ての事が、僕が“僕”である為に必要なものだから。
シンについてだが、流石に関心は持っている。何故あんなに必死だったのか、何故炎晶石が必要だったのか気にはなる。
でも、今はただそれだけだった。
一応ダンジョンを破壊して、シンを安全な場所まで送り届けようと思ってはいる。
けれどこの先なにもなければ、その場でスッパリ別れる。
シンについては、そんな感じでしかない。
「う~ん、シンが自分から話すなら聞くけど、僕の方からは尋ねないかな。今のところ本当に興味がないんだ。テト達が知りたいなら聞いてみれば?」
「いや、我はいい」
「そうね、私もいいわ。只の興味本意だもの。シンもそんな気持ちで軽々しく聞いてほしくはないだろうし」
確かに。なんというか重そうな、それでいて深刻な気配を感じるしね。
「炎晶石って主に武器の加工か、火を使う魔道具に必要なのよね?そんな物をあんなに必死で探すなんて、どんな事情かしらって思っただけだから」
シンのことは彼次第。こちらからはなにもしない。薄情かもしれないけれど、それが僕達の総意。
でも、君が助けを求めて手を差しのべたなら、僕はきっと迷うことなくその手を取るだろう。
「あっ、そういえばマナ……………………」
「ん?聖女がどうかしたのか?」
「…………………いや、ごめん。なんでもない」
僕はなにを聞こうとしているんだ?こんなことを聞いても、テト達を困らせるだけじゃないか。
――マナの隣には誰がいる、なんて………。
本当に女々しくて情けない。
瑠華は深いため息を吐き、マリアをゆっくりと撫で続けた。
そんな瑠華の様子を、従魔達はやはり静かに見つめるだけだった。
「そろそろ寝た方がいいんじゃないか?」
「そう、だね。灼熱地獄から極寒地獄になって地味に疲れたからね。そろそろ休むよ」
「あれは主の自業自得だ」
テトの言葉にけらけらと笑って答え、おやすみを言ってマリアとムツキを腕に抱きマジックテントに入る。
マリアとムツキをベッドの上に乗せてから、ローブを脱いで『清潔』をかけてから、シンのベッドの足元に置いておく。
マリアとムツキが枕元で丸くなり、瑠華はベッドに腰掛け先程の自分の問いについて考えていた。
なぁ、マナ?君の隣には今、誰がいるんだろうね?君の隣に居るだろう男の事を考えると、腸が煮えかえるように熱くなるんだ。
なんて自分勝手なんだろうって呆れるよね。君の想いを知っていて、でも応えられないと自分の都合で拒絶したのに。
僕を忘れて君に幸せになってほしいなんて、綺麗事まで言ったのにね。
触れられる距離にいる君に触れてはいけないこの苦しさは、君があの時味わったモノと同じだろうか?
これが自惚れではなく、君が同じ苦しみを味わっていたならばそれは僕の罪であり、これは罰なんだろうね。
あの日約束した通り、僕を忘れた君が今幸せになっているなら、僕の存在はきっと君を苦しめてしまうかもしれない。
それでも、どうか一目君に逢いに行くことを許してほしい。
君の隣に誰が居ても、ちゃんと心から祝福するから。
君の幸せを願うこの心は偽りではないから。
だからどうか、以前と変わらない、僕の心を暖かくするあの笑顔を見せてほしい。
僕も君に心から笑顔を贈るから。
君に僕の想いは、決して伝えはしないから。
読んで頂いてありがとうございました!




