02 カーウェン鍾乳洞 その一
寒さを感じて震え、目を開ける。
どうやら、冷たい地面に横になっているようだった。ふらつく頭を押さえながら起き上がり、ずれていた眼鏡を直し周りを見れば、幼馴染み達が倒れていた。
瑠華が全員に声をかけながら揺らせば、皆すぐに目を覚ました。やはり頭がふらつくのか、それとも状況が理解できないのか、皆ボーとしている。
両方だろうな。突然こんな見知らぬ場所に居て、冷静に状況が理解できたらびっくり仰天である。感心しちゃうね。
僕?冷静であろうとしているだけだよ。心臓はドキバクっているよ。
辺りを見回すと、見えるところ全てが岩と水晶?だろうか、しか見えなかった。肌寒く白い空気、水晶?があることから考えて鍾乳洞のようだ。
テレビでしか見たことがないから、確証はないけれど。
今は一一月の半ばで寒く、冬の下履きに厚手の上着を着ていても、ここに長時間居たら風邪を引くだろう。
風邪を引くと面倒なんだよな。大丈夫だって言ってんのに病院に行けって言われるし。
一二月の寒空に寒中水泳をやったって風邪を引かなかったんだから、そこら辺丈夫なんだよ、きっと。
そんなどうでもいいことにうんうんと腕を組んで一人で納得している様は、明らかに冷静ではなく動揺していることに彼は気づいていない。
考え込んでいるうちに、他の者も正気に戻り始める。
「……………なに、ここ?………」
「………さっきまで教室にいたのに?」
「…………いったいなにが?………」
呆然と呟かれる言葉に、瑠華も思考を一時中断した。
「皆、大丈夫か?怪我とか痛むところは?」
瑠華に言われて、全身をくまなく見て首を振る皆の姿に、取り敢えず安堵する。
改めて周りを見回してみると、かなり広い空間のようだ。立っている場所から見て前後に二本の道が延びている。道の幅は大人が立って横に並んでも大丈夫そうで、ここから出られないということがなさそうで安心する。
立っていた位置から近い方の道に近づき覗き見ると、道はくねくねしているようで先が見えない。岩というか水晶?(もう水晶でいいか)のお陰なのか、周りがうっすらと光っていて暗くて見えないってこともなさそうだ。
「瑠華、行けそうか?」
道の確認をしながらつらつらと考えていたら、後ろから声をかけられる。振り向けば、櫻花が立っていた。
「櫻花、ああ、行けると思うよ………もう大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ。ありがとう。皆も落ち着いたよ」
櫻花の肩ごしに見れば、確かに皆しっかりした目でこちらを見ていた。
うん、大丈夫そうだ。
櫻花と共に皆のところに戻りつつふと見れば、静葉が寒そうに腕を擦っていた。
女子組は当たり前だがスカートで、ニーハイソックスを履いているが教室内だったから上靴だ。上は長袖のブラウスに薄手のカーディガンという格好。寒くて当然だろう。
着ていた上着を脱いで静葉の肩にかけてやると、静葉が不思議そうに上目遣いで瑠華を見た。
「寒いんだろう?着てなよ」
「…………ありがとう」
上目遣いも頬を染めはにかみながら笑う姿も、可愛いとは思う………が、何故お前達はそんな生暖かい目でこちらを見る?
少し睨みながら幼馴染み達に視線を返せば、然り気無く視線を逸らす者と、ニヤリという効果音が似合う笑いかたをする者に分かれる。
踵落としでも食らわしたろか?と呪詛めいた言葉を心の中で呟いたら、それを感じ取ったのか疾風が咳払いをしつつ口を開いた。
「さ、さて、取り敢えず状況を整理しよう。俺達は、さっきまで教室にいた。そして床が突然光ったかと思ったら光に吸い込まれ、気づいたらここにいた。ここまではいいよな?」
全員が頷きを返す。
「問題はここが何処で、なんでいきなりこんなところにいるのかってことだけど……………」
その問題の答えは、残念ながらこの場の誰にも答えられない。
けれど瑠華には、そしておそらく環と刹那にも一つの推測というか可能性が頭に浮かんでいる。
瑠華が二人を見れば、なんて言っていいのか分からない、という表情をしている。
瑠華を含めた三人は、孤児院で院長先生の友人が寄付してくれた漫画やラノベ等をよく読んでいた。他の人はあまり興味がないようだったが。
その本の中には、ファンタジーで異世界に召喚されるという話も多くあった。
今の状況が、その本に書かれていたことに似ている。本に書かれていたこと、しかも異世界召喚などといきなり言ったら、普通は痛い人を見る目で心療科を勧められるだろう。
だから二人はあんな顔なんだろう。
でも状況を見てその可能性が高いなら、言ってみるべきだろう。痛い人を見る目で見ないでほしいけど。
「もしかしたら、異世界に召喚されたとか?」
わざと(ここ大事‼)えへっと小首を傾げながら可愛らしく言えば、内容よりもその仕種に呆れた顔を返された。
いや若干一名、可愛い……と微笑みながら言ってくれたが、あえてスルーしてみる。
「まぁ、瑠華はともかく、俺もそんな感じがする。そういう本、読んだことある」
「…………俺も」
やはり、環と刹那も瑠華と同じ考えだった。他の者もバカにするでもなく真剣に考えてた。
けれど考え込むのは今は止めたほうがいいだろう。肌寒さが寒いに変わってきた。
「考えるのは後にしないか?ここに居たら風邪を引いてしまう。取り敢えず外に出てみよう」
「そうだな、動こう。ここにいても仕方ない」
瑠華の言葉に皆が立ち上がる。
「うぅ、寒くなってきた。せっちゃん、上着ちょうだい!」
「ちょうだいって言われると、あげたくなくなるのは何故でしょう?」
「Sだからじゃないの?」
「それだけは違うと、俺の名誉にかけて否定させてもらうね」
「ふむ、出口はどっちだ?」
紗霧が寒そうにして刹那に上着をねだる。口ではなんと言っても笑いながら上着を脱いで渡す刹那を見て、お前ら早く付き合っちゃえよ!と見ていた全員が心の中で突っ込んでおく。
そして疾風、君はいつもブレないね。
「取り敢えずこっちから行ってみる?間違っていたら引き返せばいいんだし」
瑠華はさっき覗いた方の道を指す。根拠はないがさっき見たし、という感じだ。皆も特に否定はないようで頷いた。
言い出しっぺなので、瑠華が先頭を歩くことにした。全員が格闘技経験者なので、なにかあった時対処できるかもしれないが油断しないようにしよう。
皆には言えなかったが、僕は目が覚めてから激しい違和感を感じていた。
自分がいるべき場所に帰ってきたような懐かしさと歓喜、そして焦燥感が心に渦巻いている。
なんだろうか、この気持ちは………。
先ほど皆には冗談めかして言ってみたが、僕はここが異世界だと確信している。
彼方の世界とは、明らかに空気が違う。何故こんなことを思うのか分からないが、解る。空気が濃い。ここの空気を吸っていると、身体中にナニかが満たされていく感覚がある。
ナニかは分からないが、不快なものでも体に害をなすものでもないと思う。
取り敢えず少し落ち着ける場所を見つけるまで、この気持ちは誰にも言わないでおこう。
それに彼方で光に呑まれて意識を失う直前に聞いた、あの女の嗤い声。
何故あの嗤い声を聞いただけで、あんなにも心が乱されたのだろう。
何故あんなにも、嫌悪感が心に沸き起こったのだろう。
何故かは分からないが、なにかとても嫌な予感がする…………。
読んで頂いてありがとうございました。




