防御特化と大脱線。
第三回イベントの期間は一週間。
五日目にメイプルは目的のスキルまでたどり着いた。
「よし【カウンター】ゲット!」
メイプルがこのスキルを手に入れることを恐れていたプレイヤーは多かっただろう。
ただ、それを阻止することはどうやっても出来なかった。
メイプルはどんどんとその弱点を埋めつつある。
ただ、周りの対策により最強の攻撃手段である毒も効果を失いつつある。
メイプルについてのみ考えるのならば今回の【カウンター】はかなりの強化だろう。
そして、これでメイプルは自身の目標を達成したことになる。
このままさらに上を目指したところで得られる物は少ないため牛探しに全力を注ぐことを止めた。
あまりやる気が出なかったのもあった。
メイプルが牛探しをほぼ終える。
これはそのままメイプルの自由行動につながる。
これを知ったプレイヤーの何人かは全力で牛を倒すことの良さについて語ることだろう。
メイプルを取り囲むかもしれない。
ただ、現在メイプルの周りにはそんなプレイヤーは一人もいなかった。
「シロップー?どこ行こうか?」
返事はないものの話しかける。
特に目的が無くなってしまったためだ。
ギルド報酬もあるため完全に探すことを止めはしないが、サリーとカスミとクロムが稼いだポイントで事足りそうな勢いだった。
「何かないかなぁ……凄い大きい牛とかいないかなぁ……」
眼下には森が広がり始めた。
メイプルは上空からの探索を止めて飛び降りる。
「ここは、大天使の欠片を手に入れた時の森……だったっけ?まだきっちり覚えてないなぁ」
サリーは割とすぐにマップを覚えられるとのことだった。
慣れによるものもあるだろう。
メイプルは強者の仲間入りをしたもののプレイ時間は初心者相応である。
ここも牛探しには向かない場所なため、静かだった。
メイプルがすることも、たまに現れる牛を倒すだけの単調な作業である。
そうして歩いているうちにメイプルは見覚えのある建物にたどり着いた。
「あの時の教会だ」
メイプルは前回はあまり探索をしなかった教会の中に入った。
以前は【大天使の欠片】を手に入れてすぐに出ていってしまったため、メイプルは今回は隅々まで見て回ることにした。
「全部ボロボロだけど……どこかに本とかないかな?」
メイプルは第二回イベントの時の本のような、何かのヒントになっている本を探した。
メイプルが長椅子の下から壁際までくまなく探していくが、これといった成果はあげられなかった。
「あとは…あそこだけだね」
メイプルが向かったのは【大天使の欠片】が落ちていた地点だ。
そこには小瓶の代わりに赤い小さな文字が床に書かれていた。
メイプルは立ったままではその文字を読めなかったため、寝そべるようにしてさらに指でなぞりつつ文字を読む。
「えっと……【召喚】?」
メイプルがそう呟いた瞬間。
教会の床が赤く輝き始める。
輝きはどんどんと強くなり壁や天井をも赤く染め上げる。
「えっ……ちょっ!?」
メイプルは反射的にその場から逃げようとしたが、それより先に視界が光輝く赤に染まった。
しばらくして光は収まり、メイプルが眩しくて閉じた目を開ける。
「…………えっ、え?」
目の前に広がっていたのは教会と同じ内装でありつつ、全てが灰色に塗り替えられた光景だった。
不気味な場所である。
「ここ……どこ?」
ここでのイベントが長引くようなら帰ることも視野に入れなければならない。
その場合はログアウトすればいいだけだが、もう一度ここに来ることが出来るかは分からない。
慎重に判断しなくてはならない。
メイプルは取り敢えず教会の外へと出た。
「うわぁ……凄い荒れてる」
灰色の世界は外も同じだった。
青々とした森はなくなり、遠くまで見渡せる灰色の大地に変わった。
まるで時間が止まっているかのように、あちこちで宙に瓦礫が浮かんだまま止まっている。
「サリーはここ嫌がりそうだなぁ……」
メイプルが呟きつつ荒地を歩いていく。
目的地がないわけではない。
メイプルはこの灰色の世界の中で一つだけ灰色でないものを遠くに見つけていたのだ。
メイプルはその近くへと向かって歩いていた。
メイプルが灰色でない物体のもとにたどり着く。
それは真っ黒な球だった。
真っ黒な球はメイプルが近づいたことで反応したのか、ボコボコと表面が隆起し始める。
そして遂に球体が弾けて中から炭のような黒い液体と共に何かが落ちてきた。
ボロボロのローブの下から伸びる尻尾。
頭には羊のような巻角がある。
それは俯いたまま話し始める。
「食事が来たか……」
その発言に警戒したメイプルが大盾を構える。
それは俯いていた顔を上げ、メイプルの方を見て何かに気づいた。
「あ?お前あの時の?天使の力が混ざって……こいつは運がいい……!お前を食って悪魔としての格上げだ。神殿ではやられたが、ここなら全力でいける!」
そう言うと悪魔は吼えた。
間違いなく和解の道などない。
戦わなければならないだろう。
メイプルは恐れるよりも、戦おうとするよりも先に悪魔の発言についてあることを思った。
「食べる?……私もそうしようかな?」
メイプルは不穏な言葉を口にして戦闘態勢に入る。
第三回イベントから脱線した先にはちょうどよく異常に向かうレールが伸びていたのだった。




