防御特化と夢の終わり。
楓が再度距離を空けて、理沙は魔法で攻めながら一つ一つ丁寧に楓の様子をチェックする。
「【フレイムバレット】【ウィンドカッター】!」
楓が大盾で理沙の魔法を受け、それが特に飲まれることなく弾かれたのを見て【悪食】が残っていないことは確認できた。
理沙にとって残るスキルで対処に追われる厄介なものは一つ。
それが何か、どれだけ強いかは楓も分かっていた。
「【再誕の闇】【古代ノ海】!」
「使ってきたね!」
「これで勝っちゃうから!」
「どうかな……!」
楓は理沙に異形達を押し付けながら次の手を打つ。理沙と話していない、今思いついたことを実践してみるのだ。
「【氷柱】!【水の道】!」
理沙は異形に直接襲われないよう【氷柱】へと糸を伸ばし、水の流れに乗ってエリアの端まで移動する。
そこに砂煙を舞いあげながら走り込んでくる異形達。理沙は限界までそれを引きつけると、足元をすり抜け、隙間を飛び上がって、完璧な間合い管理でダメージを受けることなくすれ違う。あとは【毒性分裂体】の時と同じように外に押し流すだけだ。
「激……!」
「【パラライズシャウト】!」
「っと!」
最早それは反射的なもの。楓のスキル宣言に合わせて勝手に手が動き、ポーチからクリスタルを取り出して叩き割る。
「間に合っちゃうの……!?」
「まあね【激流】!」
しかし、理沙は自分を包む【パラライズシャウト】のエフェクトを確かに見た。楓は遠く離れているにも拘らずだ。
また、理沙の考えたものでない策を思いついたらしい。
「【デッドリーブレス】!」
「【ウィンドブラスト】!……【救いの手】か!」
異形達の足元、砂煙と巨体に隠れるように、短刀を持つ白い手が浮かぶ。
遮蔽物に隠して必殺の状態異常。
限界まで楓戦を想定し鍛え上げていなければ、今の一瞬で死んでいただろう。
「【ウェーブライド】【氷結領域】!」
異形達を押し出した後、そのまま波を凍結させ身動きを取れなくする。少しすれば解放されるだろうが、それで死なずとも次はもう押し出す必要もない。
【剣ノ舞】で強化された一撃は【身捧ぐ慈愛】で守られていない瀕死の異形を倒すことくらい容易である。
しかし、楓は【鎧通し】がある限り【身捧ぐ慈愛】は使えない。
互いのスキルが互いの立ち回りを制限しあう中、楓は異形を贅沢に囮として使い本命の短刀を通しに行ったが、ここは理沙が上回った。
「二度は効かないよ、楓」
【デッドリーブレス】は無力化し、理沙が楓へと距離を詰める。
「それだけじゃない!」
理沙の足元で次々に明滅する光が様々な属性の魔法をばら撒く。
【再誕の闇】で理沙を捉えられないことなど承知の上で、異形を遮蔽として楓は大量のアイテムを設置した。
「【攻撃開始】!【毒竜】!」
物量による飽和攻撃が理沙に襲いかかる。【救いの手】は背後から【毒竜】を、前方からは弾丸を放ち、アイテムにより満足な回避スペースを与えない。
「やっぱり……理沙はすごいや……!」
それでも僅かな隙間に体を捩じ込み、理沙は縫うようにほぼロスなく楓の方へと向かってくる。
理沙が一つ輝きを放つ度、楓は嬉しくなった。
もっと、自分の手で引き出したい。理沙のすごいところを!
楓はパネルを呼び出しインベントリを開く。
「【氷柱】!」
「っ!」
足元から突き上げてきた【鉄砲水】に【ヘビーボディ】を切ることはできない。
今移動不能に陥ることは死を受け入れることに等しいからだ。
【鉄砲水】により跳ね上げられ無防備になったところに、理沙が【鎧通し】で勝負を決めにくる。
「理沙……!」
絶好のチャンス。しかし、理沙は同時に頭に鳴り響いた警鐘を信じ、後一歩攻め込まない。
楓が何かカウンターを準備している事を察しているのだ。
そしてそれは正しい。楓が胸につけた時限爆弾が爆発し、【鉄砲水】で動けなかった楓を吹き飛ばして避難させ、理沙が近づいてきたなら爆殺することもできる攻防一体の一手。
爆発し吹き飛びながら、楓は呼び出したままの青いパネルを操作し、次の爆弾を胸にセットする。
爆発に次ぐ爆発で理沙の追撃を防ぎ、【古代兵器】で攻撃しつつ詰められた距離を離し直す。
「器用なことするね!」
「攻撃っ、できないでしょ!」
「それがある限りはね」
「うっ」
理沙と比べ機動力で劣る楓は、アイテムと【機械神】の二種類の自爆を使いこなして、理沙が【鎧通し】のレンジ内に入ってくることを拒否し続けてあともう一発攻撃を当てたい。
足を止めれば、死は急速に近づいてくる。
しかし、【機械神】と爆弾の数にも限界はある。
爆弾は楓のメインウェポンではないため、常に上限まで持っているわけではなく、【機械神】は理沙を完全に自由にしないためにばら撒き続けている弾幕によって残量を減らし続けている。
理沙は確かに楓を攻めきれないが、これはあくまで時間稼ぎ。
もっと確実で、理沙も思いつかないような一手。楓は移動手段を失う時間切れの時までにそれを見つけ、実行しなければならないのだ。
「でも……インベントリか。それ、面白い!」
理沙は足を止めると楓同様空中に青いパネルを出してアイテムの並びを確認する。
「覚えた。これで、わざわざポーチを探る必要もない」
衝撃的な理沙の宣言に楓は目を丸くする。
理沙の能力にはいつも驚かされるばかりだが、その言葉を疑いはしない。
理沙ができるというならできるのだろう。
練習一つせずとも、新たな技術を身につけられるほど今の理沙の集中力は高まっているのだ。
今の理沙ならどんなプレーもやってのける。
「もう一回でいいのに……!」
楓が先程理沙の【空蝉】をもぎ取った一撃は、もちろんいい攻めではあったものの、それ以上に理沙が驚いたように足を止めたことが大きい。
楓が楓だけの力で理沙を倒す、そのルートがどうしても見えない。
「時間もなくなってきたし……のんびりさせてあげないよ」
「【攻撃開始】!」
ゆっくり考えている余裕はない。それは時間の面でも理沙の攻撃の苛烈さという面でも。
楓は今までにないくらいに様々な物事を並列で処理していく。
迫り来る理沙への対処、【救いの手】の持つ短刀での攻撃、兵器の展開に移動用の爆弾の再設置。そして、自分のスキルの中で理沙の命に届くものがあるかの吟味。
こんなにも考えることができたのかと、冷静に俯瞰する自分さえ顔を出す。
そうして初めての激しい並列思考の中で、パズルが解かれていくように一つの策が浮かび上がってくる。
それは理沙に届きうる、と不遜にもそう思える一つの策。
今までで一番考え、調子もかつてなくいい今日、思考の果てに導き出した一つの答え。
楓はこれを最後の一手として選択することにした。
「理沙に……勝つんだ!」
楓は理沙に聞こえるように、理沙へと決意の言葉を叫ぶ。理沙の纏う雰囲気が変わり、その表情からは歓喜が、そして必要以上に力を込めて強く踏み出した一歩からは、それ以上の強いプレッシャーが放たれる。
やってみせろ。
見せてみろ。
理沙は楓が導き出した回答が何か、その目で確かめるためにレーザーの雨の中を駆けて行くのだった。
繰り返す突撃に理沙はリソースを使わない。しかし、楓はその対応に不可逆のリソースを切る必要がある。
爆弾のストック、【機械神】の兵器の残量。
それが残り僅かになっている事に理沙は数字を見ずとも気づいているだろう。
【機械神】の残量を楓以上に正確に把握して戦っているのが理沙だ。今回に限ってカウントしていないなどという事はない。
「イベント終了間近です。イベント終了間近です。」
爆弾を取り出すため開いたままの青いパネルからアナウンスが流れる。そこには残り時間も表示されていた。
ここでようやく楓は最後の一手を打つ決断をする。
理沙が乗ってくるかどうか確定はしない。
が、今の理沙なら楓を倒さないで終わろうとはしないはずだ。
「【全武装展開】【攻撃開始】!【相棒の助力】!」
「……!」
楓が足元に置いた大量の爆弾を見て、理沙はバックステップを踏む。
今まで理沙から逃げて隙を窺っていた時とは明確に違う意図のある動き。
理沙が近づけない環境を作ると、楓はアイテムと兵器、全ての爆風に乗って遥か高くまで打ち上がった。
「乗るに決まってる!」
意味もなく逃げるためだけに飛んだわけではなく、誘い込みたいのだろうということは分かっている。
それでも理沙は楓の真下へ着くと【氷柱】を立て、糸を伸ばして上を目指す。
楓の【機械神】は残りおよそ弾幕一回分、時限爆弾は使い果たした。
楓の空での機動力は大幅に落ちている。
リソース全てを吐き出して、それでも楓が飛ぶ理由は策があるからだと危険予測は告げている。
知ったことか。
ここで行かなければ、もう楓を倒す時間も機会もありはしない。
楓は理沙とのこれまで全てを人質にとって。
他でもない、自分自身を人質にして。
理沙を罠の中へ呼び込んだ。
理沙もそれを望んだ。
夢の終わりは自分の手で決める。
タイムリミットによる目覚めなどいらない。
「【城壁】!【攻撃開始】【古代兵器】【滲み出る混沌】!」
「【黄泉への一歩】【水の道】!」
楓がシロップから継承したスキルは【城壁】。
理沙を高い岩の壁の中へ閉じ込めて、上空から大量のスキルを叩きつける。
それに対し理沙は空中に足場を作り、上りながら完璧な回避を続ける。
足場を縛った程度で崩れる理沙ではない。
【黄泉への一歩】でステータスが下がれども、楓に届きさえすれば、【鎧通し】は楓の【VIT】を参照してダメージを与える。【STR】すら決着には必要ないのだ。
次第に遅くなる足、ズレていく回避のテンポ。
しかし理沙は人の域を超えた修正力で修正して回避の質を保ち続ける。
【機械神】は弾切れ。
高く飛んだ楓がそのまま落ちてくるのを見て、理沙は【鎧通し】までのイメージを描き。
「【大噴火】!」
そのイメージは視界を埋め尽くす赤に塗り潰された。
【大噴火】
第八回イベントの塔の中で手に入れた、着弾地点に自他ともに防御無視のダメージを与えるエリアを生むスキル。楓とも理沙とも相性が悪く、楓はMP不足で使えなかった。
今初めて、スキルスロットにセットした。
スキルスロットであればMP消費を無視できる。撃たないはずのスキルを撃って、楓は理沙を仕留めにきた。
高まる集中力が溶岩をスローに見せる。【城壁】に囲まれ逃げ道はない。
が、そもそも逃げているだけの残り時間もない。
ならやることなど一つだけだ。
「【相棒の助力】!朧【休眠】……【神隠し】!」
赤く輝く溶岩が直撃する一瞬前、極限まで引きつけた上で、理沙は【神隠し】により全てをすり抜ける。
【黄泉への一歩】で作った足場を高速で飛び移り、効果時間内に溶岩を突き抜け、その向こうの楓を見据えた。
「【毒竜】!」
自由落下により近づく距離。楓は最後の攻撃に大盾の結晶全てを叩き割っての【毒竜】を選んだ。
雨のように降る毒液を避けきって、理沙は【鎧通し】の範囲に辿り着く。
「【クイックチェンジ】【不壊の盾】!」
楓は装備を変更する。それは純白の大天使。
高いHP補正と一切伸びない【VIT】補正が特徴の楓のもう一つのセット装備。
ダメージカットと装備変更を行い、楓は理沙の【鎧通し】を受けにいった。
それでも、楓は防御極振りだ。
理沙の頭は楓の【VIT】値を計算し、【鎧通し】のダメージを算出し、楓の死を解として出した。
「【鎧通し】!」
胸に突き刺すように手を伸ばし、落ちてきた楓に【鎧通し】を叩き込む。
十分過ぎる程に楽しませてもらえた。
これ以上などないと心から思える。
楓の全力をこんなにも浴びられると、昨日の自分に言っても信じないだろう。
楓の体からダメージエフェクトが弾ける。
それは長い長い夢の終わり。
そのはずだった。
「えっ……?」
「捕まえたっ!」
理沙の口から自然に声が溢れたのは、突き出した手を掴んだ楓が理沙を強く抱きしめたから。
理沙は間違いなくその手で夢を終わらせたはずだった。だが、楓の頭上に見えるHPバーは半分以上残っている。
【クイックチェンジ】【不壊の盾】。
それではこうもダメージは抑えられない。
「【ブレイク・コア】!」
楓の中心にエネルギーが爆ぜる。
一度発動すれば範囲内では攻撃行動は取れなくなる確実な自爆。
理沙を抱きしめたまま楓は上手くいったと笑顔を見せた。
「あ……」
「えへへ、【廃棄】しちゃった」
理沙もようやく気づく。
楓は防御極振り。
それはもう誰に聞いても知っている当然のことだ。
故に通じるスキルは少なく、合理的な判断で最後の攻撃に理沙は【鎧通し】を選択した。
楓はそれを見越して、【大噴火】の突破も【毒竜】の回避も見越して、いや信じて。
【絶対防御】を【大物喰らい】を【フォートレス】を、全て【廃棄】によって投げ捨て忘れ去った。
【VIT】を高めたスキルは、もうない。
人の身を外れた防御は、今ここで理沙を抱きしめるために捨ててきたのだ。
それは、長い長い冒険の中でたった一度きり使える秘策だった。
「【STR】も……もうないな」
「お揃いだね」
「はは、そうなるね」
【黄泉への一歩】で【STR】はゼロまで落ちた。
もう、理沙は楓の腕を振り払えない。
もっとも、そうするつもりもないのだが。
【城壁】が崩れ夕陽が二人を照らし出す。
【ブレイク・コア】の放つエネルギーの輝きは強くなり爆発が近づく。
「ね、お願い三つまで聞いてくれるんだっけ?」
「え?……うんっ!そうだよ!」
「じゃあ、二つ目」
そう言うと、背中に手を回して抱きしめられているより強く抱きしめ返し、二つ目のお願いを口にした。
「一緒に、死んで」
「……!」
予期せぬ言葉にただ目を丸くする様子を見て、悪戯が成功した子どものように、そして心の底から満足したように笑う。
その笑顔を見て、ああ、これでよかったのだと安心したように笑みが溢れた。
終わらせたはずの夢の先で、まだ夢の続きを見せてくれた。
直後、夕暮れの空に太陽が生まれ、膨張する輝きは二人を包み込んで灼き尽くしていった。




