防御特化と回避特化3。
互いの命を狙って楓と理沙は攻め合い、牽制を繰り返す。
「【水の道】!」
「【毒竜】【攻撃開始】!」
「【氷柱】!」
「【パラライズシャウト】!」
「……!」
「【古代兵器】!」
明確にやりにくくなった。
急速に成長していく楓の姿に、理沙の目が輝き挑戦的な笑みが浮かぶ。
偶然ではない。何かをきっかけに楓が殻を破り、距離を詰めてくるのを感じる。
弾丸の裏に弾丸を隠す。
逃げ先にレーザーを置いて制限する。
要所で挟む【パラライズシャウト】は理沙にアイテム使用を強要し、ダガーによるパリィとの選択を強いる。
「なるほど……なるほど……!」
この急成長のトリック、理沙は楓の言葉と動きを照らし合わせて一つの答えを得た。
回避先には必ず次の攻撃が先置きされており、パリィのタイミングには決まって僅かに遅れた二発目が飛ぶ。
未来を見ているかのように、楓は理沙の次の動きを読み切っている。
これまでの日々の全てが、初めて出会ったその日から共有してきた経験が、唯一理沙の動きだけを楓に異常な精度で予測させていた。
当然楓は理論立てて説明など出来はしない。
それでも何となく分かる。
その感覚に全てを賭けられる。
楓が思い切ってその感覚に全てを委ねることができるのは、理沙への全幅の信頼と同じものを源としていた。
信頼の源泉は共に過ごした年月、体験してきた日々、理沙が教えてくれた理沙についての蓄積が示す次の動作の予感。
楓はあの日々を心の底から信じているのだ。
その迷いのなさ、一瞬の逡巡すらない決断が楓を理沙の速度に追い付かせている。
「【氷柱】!」
立体的な動きを取り入れ、楓の隙を探りながら、理沙は時折ふと不思議に思っていたことに納得のいく答えを得た。
楓の動きは理沙のそれと比べてどうしても精度も反応速度も劣る。故に多くの連携をセットプレイとして用意してきた。
それでも、目まぐるしく変化する戦場では、想定外のことや即興で動かなければならない展開は発生する。
そんな時、楓は時たま素晴らしい反応と対処を見せてきた。
普段は反応できないはずのものに、指示もないままに理沙に負けない速度でついてくる。
必要なスキルを切って、適切な対応で敵に反撃する。
思い返せばそれはいつだって決まって理沙に合わせる行動の時だった。
「なるほど!」
敵ではなく味方。
敵に反応する理沙に反応するというような即興かつ高速の連携。
ただ一人理沙のみを対象とできる、楓の本来のスペックを超えた未来視にも近い直感。
ペインやミィ、ベルベットやリリィ相手にこの先読みはできない。
しかし、共に積み重ねてきた理沙にだけはこの動きが可能になる。
楓は積み上げてきたものを認識し自分の制御下に置きつつあり、それは今まさに理沙の攻めを阻んでいる。
「私も、もっと……!」
ああ、何と幸せな日だろうか。
楓は追いついてきてくれた。
我儘に答えてくれた。
くだらない終わりにはさせない。
もっとパフォーマンスを上げて、楓の未来視に匹敵する直感すら越えてみせる。
理沙は強く踏み込むと、再び【鎧通し】を叩き込む気で楓に向かって走り出す。
「見える……変な感じ……」
楓には今までにないくらい正確に次の理沙の動きが分かる。一つ一つのフェイント、狙っている本命の動き、それらがなぜそうなっているのかは分からずとも、選ぶであろう選択肢だけが完璧に分かる歪な急成長。
「私も、理沙みたいに……」
蓄積し続けていた経験値がここにきて意味をなした訳。理沙に楽しんでほしいという純粋な気持ちが、楓のある無意識下の決定を覆したのだ。
それは諦観。
本人がそうだと気づかない程自然で前向きな諦め。
楓にとってのゲームプレイヤーは長い間理沙一人で、そのあまりにも洗練された動きは楓のゲームへのあり方を決定づけた。
テレビの向こうを見るように、特別な人達の才能の発露と目を見張るプレーの鑑賞。
楓は理沙のあまりに強く輝く才能に、そこへ並び立とうとするより先に傍観者になった。
それで十分過ぎるほど楽しかった。
向こう側に行きたい訳じゃない、見ていられればそれでいい。
楓のゲームの楽しみ方とはそういうものだった。
理沙の楽しそうな姿を見るのは楽しかった。
いつからか、それに自分が必要になったことなど露知らず。
理沙に楽しんでもらいたい。
そのために、楓は今プレイヤーになった。
理沙の前に立てる存在に変質した。
理沙が丁寧に勝つための考え方を教え続けた日々は、上質なコーチングのようなもの。
その経験値はどんな形であろうと、傍観者の立場を捨て舞台へ上がるその時を待ち続けていたのだ。
「理沙、楽しそう。よし……!」
もっと、もっとまだできることがある気がする。
脳の蓋が開いたようにこれまで考えもしなかった作戦が溢れてくる。
そして、それでも足りない部分を補う強力なスキル。楓には花開いたばかりの技術を支えて、理沙と対等に戦えるだけの暴力的な出力がある。
「【鎧通し】以外は大丈夫……!」
防御特化であることは楓にとって大きかった。
理沙のスキルをほぼ全てないものにして、【鎧通し】に警戒対象を絞ることができるため、理沙が真横まで来なければいい。
発展途上の直感でも、これだけ支えがあれば理沙を上回る瞬間もある。
走り込んでくる理沙に対し、楓も受けるだけではいけない。
理沙がより楽しそうに笑う時がどんな時か、楓が知らないはずはない。
「ふーっ……」
攻めなきゃ、強敵にならなきゃ。
もっと楽しんでほしい。
この戦いは理沙のお願いの一つで我儘なのだ。
その楽しげな姿に魅せられ、その熱中が放つ輝きを愛したのだ。
そして、楓の目に強い意志の炎が宿る。
理沙はより集中力を高めて楓の銃弾を弾きながら迫る。【蜃気楼】での幻影は今の楓には通じないため、【鉄砲水】や【激流】のノックバックで体勢を崩して【鎧通し】を叩き込む必要がある。
楓の攻撃が理沙を捉えられないまま、理沙が距離を詰めていく。
そんな中、楓は展開した兵器を解除して、構えた大盾の裏にするりと身を隠した。
カウンター狙い。
第四回イベントでペインに致命傷を与えた戦法。
であれば大盾の裏で兵器を構えるはずだと、警戒する理沙だったが、直後爆発音と共にメイプルの大盾が真っ直ぐ吹き飛んで来るのを見て目を見開く。
自爆飛行の要領で弾丸として放たれた大盾に一瞬驚きはするものの、理沙は辺りに飛び散った弾丸も含め回避可能なものであると判断し、高速で飛来する大盾は体を数センチ逸らして回避する。
理沙にとっていつも通りの動きだった。
そしてそれは楓にとって想定通りの動きだった。
「朧【神隠し】!」
視界の端に一瞬映った赤い光、直感が鳴らす警鐘に従って理沙が咄嗟に叫ぶ。
直後、巻き起こったのは連続する大爆発。【神隠し】を使っていなければ即死していただろう。
「煙幕……!」
爆発は大盾の裏に貼り付けられた爆弾によるもの。
理沙が目の端で捉えた赤い光は、盾の裏にびっしりと並んだ爆弾のタイマーの点滅だった。
同時に撒き散らされた煙幕が視界を奪う。【神隠し】の効果が切れる中、理沙の耳は爆弾の爆発音に紛れた別の爆発音を捉えていた。
「……!」
煙幕を斬り裂いて、片腕から【機械神】による長い刀身を伸ばした楓が飛んでくる。
リスクが高く、その割にダメージの見込めない作戦。これは理沙の考案したものではない。これは1ダメージでも与えられればいい、そんな作戦である。
つまりこれは楓が今、理沙を倒すために考え出したもの。
「やあぁぁっ!」
剣を突き出す楓の瞳に吸い寄せられる。
初めて向けられた、敵と相対する真剣な表情。
理沙を倒そうとする確かな意志と勝ちを目指す気迫の宿る瞳。
ずっと待っていた一瞬。
今日ここに至るまでの幸せな思い出が、諦めてきたはずの景色が、何年分もの重みとなって、ほんの僅か白峯理沙の足を止めた。
「ゔっ、わっ、あっ!?」
着地のことなど考えていない楓が理沙とすれ違い地面を転がっていく。
理沙は頬を掠めた剣の傷痕を愛おしいものに触れるようになぞって、【空蝉】のエフェクトを散らせながら振り返った。
「楓!」
「……当たった?」
「うん。本当に、上手くなったねえ」
「本当に!?」
「本当だって。嬉しいよ。でも……ふふっ、もう一回はそう簡単に当てさせてあげないから」
そう言うと理沙は二本のダガーを構え直す。どこか、いや誰が見ても楽しそうにしている理沙を見て楓も笑顔で立ち上がる。
「よーし……負けないよ!理沙!」
「負けない、か……そうこなくっちゃね!」
いつまでも続けと願うこの時間も、イベント終了という明確な終わりがある。
残り時間はそう長くなく、そのうえで二人は決着をつけに行く。
初めて二人、互いに勝利を目指し合って。




