防御特化と回避特化2。
【暴虐】は【ディフェンスブレイク】一発では倒しきれない。楓が常に敵に課す、防御を貫ける攻撃以外は無意味という制約は、当然理沙にとっても有効だ。
距離を取り直した理沙は楓に一人語りかける。
「【鎧通し】。敵の【VIT】の値に等しいダメージを与えるスキル。貫通攻撃じゃないから、【ピアースガード】でも防げない」
理沙が偽物を倒したスキルは【体術】。
武器をしまった上でゼロ距離でしか撃てず、ほとんどの敵にはたいしたダメージにもならない。
だが、楓にとっては必殺の武器になる。
「いつか……戦うことがあったら。そう言って秘密にしあった、私が勝った理由」
「うぅ……」
「クールタイムも短いよ。さ、続きをやろう」
理沙はまだどこか寂しそうで、楓はどうしようもなくそれをどうにかしたくて、しかしその方法が分からない。
「【水の道】!」
理沙が再度迫る。
【鎧通し】以外は自分にとって問題ない。
だから近づけさせなければ。
そんなことを考えて、しかし考えている限り理沙が先手を取っていく。
それを得意としているのは理沙の方だ。
口から吐き出した炎を避けて、【水の道】を遮るように腕を振れば、【糸使い】で地面へと逃げる。
大振りな【暴虐】の攻撃では、思考でも速度でも先を行く理沙を捉えきれず、楓は容易く背後を取られてしまう。
「【鎧通し】」
理沙の言ったことにブラフはない。【鎧通し】のクールタイムは実際に非常に短く、【暴虐】の外殻を突き破って中にいた楓を地面へと放り出す。
「【大地の揺籠】!」
地面に落ちた楓は追撃を嫌って地面へと潜り込む。
そして、それは反撃の準備でもあった。
潜ってから少しして楓が地面から飛び出す。
その背に漆黒の四枚の羽を伸ばして、地中で【滅殺領域】を展開した楓は理沙の位置を確認する。
「どう……え、っ!?」
「当たってあげられないかな」
その戦法は理沙もよく知っているもの。
楓以上に完璧に【滅殺領域】の範囲を把握している理沙は、当然遥か遠くに離れていた。
さらに、楓は地面から出た先の光景に目を丸くする。楓を取り囲み檻となるよう設置された【氷柱】は、即座に走り出すことを許さない。
あまりに完璧な対処。
楓の持つ大技全てに対策が用意されている。楓はそれを乗り越えなければ舞台にすら上がれない。
スキルを撃つだけでは駄目、ただ技量では理沙に勝てるはずがない。
楓の思考は勝ちへの道を見つけられずにいた。
【反転再誕】の効果で発動している【滅殺領域】の効果時間は五分。【氷柱】の持続時間は一分。
楓は包囲が解けた瞬間兵器を展開して理沙の方へと飛ぶ。
「【全武装展開】【攻撃開始】!」
【滅殺領域】の範囲は異常に広い。一瞬でも理沙を範囲内に収められれば、それで理沙は何らかの対処を求められる。
「【鉄砲水】」
「うっ……!?」
近づこうとする楓を噴き出す水が拒絶する。それでもと必死で追いかければ【蜃気楼】が裏をかく。
「どうやったら……」
圧倒的な攻撃範囲を持ちながら、結局楓は五分間理沙を範囲内に捉えることができず、【滅殺領域】が効果を失い背中の羽が消滅する。
また一つ、何もできないまま楓の武器がもぎ取られる。
初めて対面して改めて分かる大きな差。
諦めるには十分納得のいく戦況。楓がいつも通りなら理沙の勝ちで終わるだろう状況で、もやもやとした何かが楓の中で渦を巻き、それが諦めに向かう足を止めていた。
理沙がまだ笑っていない。
たくさんの楽しいをくれた理沙に何かを返せていない気がする。
それは、嫌だ。
「【毒竜】!【毒性分裂体】!」
その思いが楓に次の一手を打たせる。
【毒性分裂体】は楓と同じ防御力を持ち、理沙が【鎧通し】で触れるわけにはいかない毒の塊だ。
限りなく撃破困難な分身を【毒竜】と共に理沙へとけしかける。
理沙は広がる毒沼を避けながら決闘エリアを端へ端へと駆けていく。
「【氷柱】」
「【攻撃開始】!」
理沙が氷に糸を伸ばしたのを見て楓は銃弾を放つ。ただ、それが理沙にとって有効打にならないことはすぐに分からされた。
ギィンギィンと音を立て弾き返される弾丸。当たらない軌道のものは全て、たとえ数センチ隣であろうと回避行動すら誘発しない。
「【ウェーブライド】」
引きつけた【毒性分裂体】の裏を取って呼び出した大波が三体の毒塊をエリアの外へ押し流す。
「【氷柱】」
バリケードを素早く追加で設置し、戻るルートを封鎖する。エリアの外はシステムが用意したダメージゾーン、防御力が高かろうと関係はない。
「今回はこれが一番」
背後で消滅していく【毒性分裂体】に目を向けることなく、理沙は楓の弾丸を叩き落とす。
一つ既知の策を提示する度、即座に潰される。
これでは【再誕の闇】も同様にエリアを活かして潰されるだろう。
それはゆっくりと締め上げられるような、それでいてある種試されているような感覚。
新たな何かができなければ楓はここで終わる。
ただ、戦いにおいて戦略を組み、実行可能なものとして仕上げてきたのはいつだって……。
そう、目の前にいる白峯理沙だ。
「うぅっ、どうすれば……」
楓に必要なのは理沙の想像もつかない戦略を今この瞬間生み出すこと。
そんなことができるのであればだが。
「楓、今からもう一度【鎧通し】を当てにいく」
「…………!」
理沙の表情は変わらない。ずっと、この戦いの終わりをどこか寂しげに見つめている。
楓は思考を回し続けるが、どれも理沙に届くイメージが湧かない。
「いくよ……!」
理沙が真っ直ぐに楓に向かって走り出す。
この後のやりとりがこの戦いにおいて最後のものになる、そんな直感。
いや、自明の事実。
理沙に笑ってほしい。そのために、まだ戦っていたい。そのために、理沙に届く何かがいる。
自分の中で一番信じられるもの、一番強く輝いているもの。
楓は『それ』に賭けてみることにした。
「……よし」
楓は思考を止めて、代わりにした『それ』に全てを委ねる。
ここ一度、理沙の攻撃を防ぎきる。
話はそれからだ。
ここまで理沙の想定通りにことは進んでいた。といっても悪い方にではあったが。
理沙は積み上げ過ぎた。あまりに強くなり過ぎた。
楓が今の理沙の攻めを捌き、逆に攻撃を当てる未来は理沙にも見えていない。
既存のパターンは全て対処でき、そこで手を抜くことに価値はない。
「【超加速】」
「【古代兵器】【攻撃開始】【滲み出る混沌】!」
理沙は加速して真っ直ぐに楓へ向かっていく。戦闘中に背後からでも捌ききれる攻撃を、それのみに集中できる状態で避けられないはずがない。
「朧【黒煙】【影分身】」
朧の煙幕で姿を隠し、バラバラに走り出す分身達。
楓が理沙の分身に注意を向けたその瞬間に煙幕の中でクリスタルを高く放り投げる。
クリスタルは一定時間後、楓の背後に落ちて【鎧通し】と音を出す。
フレデリカに対して使った時より事前準備は少ないが、その分発動タイミングをずらすことのできない一手。
それでも、これで決められるという確信があればそれでいい。
理沙は【瞬影】により消失し、背後に落ちてくるクリスタルを挟むように楓へと近づいた。
「【鎧通し】!」
楓の背後でクリスタルが理沙の声を再生する。そこに【蜃気楼】を合わせ対処を強いて、本物の理沙は姿を消したまま楓に近づく。
これで終わらせる。
理沙はそのつもりでいた。
「【攻撃開始】……!」
「………!」
理沙は目を見開く。楓は背後からの【鎧通し】の声を聞いたうえで、そちらを一切向くことなく、見えないはずの自分に向けてぴたりと銃口を向けてきた。
そうして放たれた弾丸を弾いたことで理沙の姿が露になる。楓の非合理的な想定外の一手が理沙の勝利に待ったをかけた。
「当たった!」
「どうして……?」
分身はスキルの発声を行わない。
それは楓も知っていること。
そして、この録音クリスタルを交えた戦い方をしたのはフレデリカ相手が初めて。【楓の木】の面々も知らないものだ。幻を現実とする背後からの攻撃を楓が無視できる理由はない。
ましてや、完全に姿の見えない理沙を狙い撃てるはずがないのだ。
「何となくそこにいる気がして」
「そう。なら、もう一回……!」
理沙は楓の周りを回るように走り出す。
距離を保って、いつでも仕掛けられるように。
「【氷柱】!朧、【幻影】!」
【氷柱】の真後ろに隠れた瞬間にバラバラに走り出させた分身。そこに【蜃気楼】を合わせて、再び空気に溶け込み楓の隙を窺う。
「【古代兵器】!」
「……っ!」
楓は再び銃口を向ける。
それは分身のいない場所の一つ。少なくとも理沙からすれば撃つ根拠がないと思える場所だ。
ただ、楓の銃口は再び理沙にぴたりと合わせられていた。
【蜃気楼】により見えないはずの理沙と楓の目が合う。その目から理沙は読み取った。
楓は幸運にかけて銃を撃っている訳ではなく、楓なりの何らかの理屈に基づいて理沙の位置を超高精度で看破している。
楓からのレーザーを避けて、再び空気から溶け出てくるように理沙の姿が視認できるようになる。驚きから目を丸くする理沙を見て、楓は一度銃を下ろした。
「すごい。どうやってるの?」
一度ならまだしも、この予測は二度あっていい精度ではない。
それだけでなく、楓の動きの質は明らかに変わった。今理沙を阻んでいるのは強力なスキルではない。不思議なことに、今理沙の勝利に待ったをかけているのは楓の技術の方なのである。
突然の覚醒は理沙の目には不可解に映った。
「理沙にね。たくさん教えてもらったことを思い出してるんだ」
「私に……?」
「うん。いろんなゲームでこうしたらいいよ、ああしたら強いよ……私はこうするのが好きだよって……」
それは『New World Online』だけの話ではなかった。毎日のように理沙の家に二人集まって色々なゲームを遊んだ。
といっても楓はほとんど見ているばかりで、遊んでもらってみても長続きすることはなく、理沙のスーパープレイや解説を聞いては目を輝かせていただけ。
そうして今日この日まで何日、何週、何ヶ月、何年。
理沙はそこではっとした。
理沙の思考の全て、プレイの全てを見続けてきた唯一の相手、それが楓だ。
ゲームを知らない楓が真っ白なキャンバスに、理沙自身が認識できないような癖も、得意なプレーも、不得意なプレーも、思い浮かべる戦略も、全てを描き写していたとしたら。
本当は何年もかけて作られた下地があって、それが何らかの理由で花開いたのが今だとしたら。
「だからね。私、理沙のことが分かる気がする」
楓から滲み出した強者の香り。
明確に描けていた勝利の未来がほんの少し、しかし確かに揺らぎ出したことで、理沙から思わず笑みが溢れる。
「ふふっ、ね……楓、私もっと遊びたい」
「あっ!」
「……?」
「やっと笑ってくれた!」
理沙の笑顔を見て、楓はほっとしたように胸を撫で下ろして、満面の笑みで返した。
「……でも、ねえ、我儘言っていい?」
「うん!」
「私……もっと楽しみたい」
どうせなら限界まで、行けるところまで行きたい。楓のこの変化は自分に届きうるのか。
楓を倒すのはそれは自分だ。
自分を倒す者がいるならそれは楓だ。
「うん、見てて!なんだか、理沙みたいにできる気がする!私にも、やれるのかも」
「あはは、言ったなー?……期待、裏切らないでよね?」
「やってみる!」
「オーケー」
二人は再び武器を構え、決着を求めて戦いを再開した。




