防御特化とリベンジ3。
フレデリカとの戦いを終えてサリーは再度走り出す。数度の強制バトルロイヤルに好戦的なプレイヤーとの邂逅による突然の戦闘開始、そうして時間はじりじりと消費されていく。イベントの残り時間もそう長いわけではない。
まだやり残しが一つある。
ひた走るサリーを包み込むように、目の前でバトルロイヤルの開始を示す赤い光が壁のように立ち上がる。
「危なっ……巻き込まれるとこだった」
今それに費やしている時間はない。ギリギリのところで範囲外にいられたサリーは、自分の幸運に感謝して赤い壁の外縁を走っていく。
と、この戦いを横目に駆けていくつもりだったサリーの足を一つのエフェクトが止めた。
赤く光る壁の向こうでもはっきりと分かる白く光る天を衝く柱。
「ベルベット……!」
あれは間違いなく【極光】の輝き。運任せに走り回っても目的の相手に出会える確率は低い。それならば事情をよく知り、協力可能な唯一のプレイヤーにコンタクトを取ることに価値はある。一人より二人、捜索人数は多いに越したことはない。
しばらくして、サリーは赤い光が消えたのを見て、最後に見えた雷光の元へと駆けていく。
ベルベットはそう簡単に負けるプレイヤーではない。フレデリカについで決闘を繰り返してきた相手だからこそ、その強さは身に染みて知っている。
そうやって駆け込んだ先には正に戦闘を終えて歩き出そうとしているベルベットがいた。
「ん、サリー!」
「ベルベット!」
茂みを抜けて飛び出してきたサリーに、ベルベットは足を止めて近づいてくる。ただ、その瞳にはいつも宿している戦意はない。代わりにサリーに対する心配や憂慮がその表情から見て取れた。
「どうっすか!?」
「駄目、まだ会えてない。どこかで見なかった?」
「いや、私も見てないっす。どっちの方で戦ってたっすか?」
「ええっと……」
イベントフィールドのマップは存在する。二人がここで初めて出会ったということは、これまでの道のりを照らし合わせれば未探索のエリアが浮かび上がる。
そしてそれは二人が出会っていないプレイヤー、つまりメイプルのいるであろう場所だ。
「となるとこの辺りっすね」
「そんなに激しく動き回りはしないだろうし、シロップや【機械神】も見てない」
本人の性格や機動力を考えても、あちこち動き回るようには思えない。ベルベットに出会えたことによって探索先は大きく絞られた。
「こっちから回っていくっすよ!サリーが逆から回って……見かけたら雷で知らせるっす!」
「ありがとう。助かる」
「焚き付けた本人として私にも責任があるっすから!さあ、急いで行くっすよ」
「うん」
サリーとベルベットは一度トンと拳を突き合わせて、二手に分かれて捜索を再開するのだった。
ミィとの一戦を終えたメイプルはのんびりと歩きながら所謂虐殺を繰り返していた。
やはり、戦闘の度スキル全てのクールタイムが解消される今回の形式は、メイプルにとってあまりにも強い追い風だった。
元より一対多に強いメイプルはせっかくだからと、記念に一戦仕掛けてくるプレイヤーを手加減なく一人残らず蹂躙して、手のつけられないレイドボスと化していたのである。
そもそも一対一でミィが敗北した相手であるという客観的事実一つとっても、対等に戦えるプレイヤーがいかに少ないかは自明だった。
「とぉーぅ!」
「うあぁぁっ!」
【ピアースガード】で万が一を無くされて、触れれば即死、対処不可能なメイプルの触手がまた一人を抱きしめ、木っ端微塵にして観戦エリアへ送り返す。
その姿を見ていた観戦エリアでは、改めてメイプルがいかに倒せない存在であるのかを実感する声が飛び交っていた。
「毎回【再誕の闇】スタートだもんなあ」
「あれが残ってる時にはやりたくないけど今回はな……」
「勝てれば文句なしの大英雄だぞ!何なら十層の魔王討伐よりすごいかもしれん」
「それはまあ、そうね。だってメイプルを倒したプレイヤーって聞いたことないもの」
「でもミィでも無理だったしなあ」
「あとはそれこそペインくらいか……」
魔王は既に討伐され、噂によると真の姿もあるらしいが、メイプルを討伐したという話は噂ですら流れてこない。
「しかもさ、見間違いじゃなければ何か増えてるんだよな」
「あのサイズで見間違える訳ないわな」
メイプルの背後には巨大な双剣を持ったそれ相応のサイズの異形の姿。
それはメイプルの近くにいるプレイヤーを容赦なく斬りつけ、口からはレーザーを吐き出してくる。
見覚えのない従者がまた一人メイプルに仕えているのを見て、さてどうしたものかと作戦だけは立ててみる。
「【再誕の闇】のバケモン倒して、【捕食者】のバケモン倒して、【百鬼夜行】のバケモン倒して、【魔王】のバケモン倒して……」
「ちょっと、本体が遠過ぎるかもな」
メイプルに辿り着くまでに倒さなければならない取り巻きの数が多過ぎるのだ。
それでいて本体は二種の兵器を振り回しながら、触れれば即死の触手も伸ばしてきて、ダメージカットと継続ダメージのエリアを作り、化物にもなるうえ一撃では絶対に倒されない。
改めて言葉にするととても一対一で相手をするものではなく、同時にミィがいかに強いのかもよく分かる。
「フルパーティー組むくらいはできないとな」
「そうねえ」
「十分スキルチェックはできたし、あの背中の異形に初見殺しされることもなくなったからそれだけでも悪くはないかなあ」
この情報を活かすことはないのは彼らの知る由もない事である。
今回のイベントは実践も交えながら、多くのプレイヤーのスキルや立ち回りを確認するいい機会だ。
彼らはメイプルの動きをしばらく確認し、戦闘が終わって次の戦場に画面が切り替わったのを見て、それぞれぱらぱらとイベントフィールドへ戻っていく。
そうして一人の男性プレイヤーが、ちらと観戦用モニターを振り返りながら、再度戦場へ向かおうとした時、一つ気づいたことがあった。
その時モニターに映っていたのは激しいバトルロイヤルの中央で無双状態のペイン。ただ、気になったのはそこではなく写り込んだ景色の方だった。
「メイプルとも近そうだな」
ともすれば巡り会う可能性がある。といってもイベントによる強制戦闘が発生していなければ、戦闘にならなくてもおかしくはない。
ペインもメイプルも見つけ次第突然攻撃を仕掛けるようなタイプではなく、そもそも出会わないというオチも考えられる。
それでも何かが起こるような気がして、イベントフィールドへ向かう足を止め、彼は観戦モニターに目を向け直すのだった。
しばらく歩いていたメイプルは一度休憩することにして、平地で呼び出した【捕食者】にもたれかかって時間を過ごす。
メイプルとしてはもう十分なほど戦ったため、自分から積極的に戦闘相手を探すことはない。
ただ、最後のイベントの終わりはイベントフィールドで迎えるつもりだったため、今は強制的な開戦があればといったところだ。
残り時間も減りつつあり、バトルロイヤルに参加するとしてもあと一度というところだろう。
このフィールドでは常にPVPが起こりうるが、仮に特にルールを設定せずいきなり襲いかかってこられても、【捕食者】が勝手に気づいてくれるようになっているため安心できる。
イズからもらったお菓子の一つを食べながらのんびりとしていると背中の【捕食者】が反応する。
「ストップ!……あっ!」
攻撃を仕掛けようとする【捕食者】を一旦止めて、近づいてきた誰かが何者か確認する。
「ペインさん!」
「メイプル、魔王戦以来だな」
メイプルは【捕食者】を一旦解除して立ち上がる。遠目から見ても誰か分かる状態のメイプルに近づいてくるプレイヤーなど、何らかの目的がなければあり得ない。
「PVPに参加すると聞いたときは驚いた」
「ベルベットからよければ来て欲しいって言われたんです。でも……」
「なるほど。このイベントフィールドもなかなか広い。出会えなくともおかしくはないだろう。ただ、そうだな……何か目印を打ち上げてみるくらいは試してもいいんじゃないか?」
「……!確かに、そうですね!えっと、ちょっと離れていてもらっていいですか?」
「ああ」
メイプルはペインを離れさせると、おもむろに体に何かを巻きつけだして、そのまま兵器を展開する。
「【攻撃開始】!」
爆炎を突き抜けてメイプルが空へと打ち上がり、そこで【救いの手】が持つ盾を足場にしてさらに高く飛ぶ。そうして飛び上がった遥か上空で巻きつけた何か、その導線に火をつけた。
数瞬後、メイプルを中心にして大きな爆発が起こり、辺りに色とりどりの輝きがばら撒かれる。
メイプルの得意とする目印作成方法。
通称人間花火を打ち上げてそのまま地面に落ちてくると、轟音と共に大きな砂煙を巻き上げながらケロッとした様子で立ち上がる。
離れていたペインもメイプルが落ちてきたのを観測してまた戻ってきた。
「……まあ、ともかく。これでもし気になったなら近くまで来てくれるだろう」
「はいっ!うぅ、事前に合図を決めておけばよかった……」
「ベルベットから提案があってもおかしくなかったが、彼女も前のめりになる時が多いからな……」
ベルベットの真の意図が違っていたが故に、合流のための提案についてが抜けていたことをメイプルは知る由もない。
「ペインさんは皆でPVPですか?」
「いや、ドラグとドレッドはPVE側の様子を見ている。フレデリカがPVPに参加する予定だったからな」
イベントを楽しむ気持ちはもちろんあるものの、【集う聖剣】としての行動指針は情報収集だ。
飛び抜けて強いプレイヤーが新たに出てきたかどうかのチェックと、ここで用意されたモンスターがどういったレベルのものかの確認。
それは今後も【集う聖剣】が最上位のギルドでいるための動きだ。
「ペインさんもミィみたいに……戦いにきたんですか?」
PVPのイベントフィールドでコンタクトを取る理由など戦うため以外にはない。
「それに関して少し迷いがある。というのも、最後にメイプルと戦うならベストコンディションの時だ。と、そう思っていたが……」
「【捕食者】なら決闘を始めればまた使えるようになりますよ?」
「いや、そうじゃない。俺は戦うならメイプルサリーのコンビ相手だと考えていたんだ」
「サリーと一緒にですか?」
「ああ。勿論、二人を甘く見ている訳じゃない。敵対に共闘、【楓の木】を交えた攻略やイベントの回数が増える度認識は変わっていった。メイプルが最も強いタイミング。俺が打ち倒したいと強く思うタイミングは、サリーと組んでいる時だと思っただけだ」
二体一になったとしてもそれは望むところ。挑戦者として打ち破るべきは最強の形であり、ペインはそれをメイプルとサリーの連携に見たというだけのことなのだ。
「すみません。今回は一人だったので」
「ああ、気にしないでくれ。こうして話してみて、やはり戦うなら二人揃った時だと思い直したよ。いつになるかは分からないが、次の機会を待つことにしよう」
「分かりました」
「【楓の木】の面々にも改めて伝えておいてくれ、もし何かあった時は今と変わらず協力する用意があると」
「はいっ!私達もきっといつでも駆けつけます!」
「そうであれば助かる。少数精鋭とはまさに【楓の木】のためにあるような言葉だ」
メイプルとサリーが抜けてなお、【楓の木】は十分魅力的な同盟先だ。二人が抜けたことでより顕著になった人数不足も、【集う聖剣】との協力体制があれば幾分マシになるだろう。
二人はそのまま少しこれからのことを話し合う。それは去り行くギルドマスターであるメイプルの重要な務めでもあった。
そうして有意義な話を済ませたペインは、メイプルに別れを告げると、レイに乗ってその場を去ろうとする。
その時だった。
凄まじい速度で森から飛び出し平野から駆けてきた何者かが迫ってきたのは。
「「……!」」
二人が急いで武器を抜き、そちらを向いたその瞬間、走り込んできたのが誰かを理解して構えた武器を下す。
「サリー!」
「はぁ……はぁ……メイプル、ここにいたんだ」
メイプルが打ち上げた、正確にはメイプルが打ち上がったベルベットへに向けての合図。
それはベルベットには届かなかったものの、ただ一人サリーには正確に届いた。
あの合図は元々【楓の木】が集まるために、第八回イベントで考えたものである。
メイプルがここでそれと同じ合図を出すことも、それが見える場所にいたことも全ては偶然だった。
それでもその偶然が全て。
運命はこの日、二人を巡り合わせた。
「うん!ペインさんと話してたんだ」
「今から戦闘?」
「いや、俺は戦う気はない。ちょうど話していたところだったんだ。メイプルとサリー二人の連携に挑むことができるならとな」
「……!そうだサリー!ねえねえ、せっかくちょうど来てくれたんだし、一緒にペインさんと戦わない?」
予期せぬサリーの合流に、メイプルは一つ思いついたとばかりにポンと手を打つ。
「えっ?」
「しかし、もうパーティーは組めないだろう?」
「それはそうなんですけど。最後だし、やりたいって言ってくれたことだし……」
メイプルがぽつぽつとそう話すのを見て、サリーはどうしたものかと頭を掻く。
ここにきてもなお、いや最後だからこそメイプルの意思は尊重したい。
そもそもそれこそがここまでサリーを迷わせた大事なものだったのだから。
「メイプルがそうしたいなら私はいいよ」
「どうですかペインさん?」
「……客観的事実として、これはシステム上1対1対1だ。あくまで二人はパーティーではない。メイプル、言っていることは分かるだろう?」
「はい!」
メイプルとサリーがパーティーを組んでいないという事実は、メイプルの【身捧ぐ慈愛】や【救済の残光】はサリーに効果がなく、【機械神】や【滅殺領域】はサリーを倒してしまうものになることを意味している。
二人と戦いたいとは言ったが、それでは連携も何もない。二人の強さは発揮されないと言っても過言ではない。
「サリー、本気と捉えていいのか?」
「……いいですよ。勿論できなくなることも多いですけど、負ける気はありません」
「……分からない。が、だからこそ二人の自信の根底は気になるな。二人がそう言うのなら、今この瞬間しか見られないだろう二人の立ち回り……是非見せてもらいたい」
二人が敵でありながら味方としてふるまう瞬間。それはパーティーを組んだ二人と相対するより遥かに貴重な機会であり、向こうからその機会がやって来たのなら逃す理由はなかった。
「分かりました!サリー!」
「そうだね。ペインさん、ちょっとだけ作戦会議ということで」
「ああ。離れて後ろを向いていよう。決闘の設定は俺が準備しておく。準備が済んだら呼んでくれ」
ペインには待っていてもらって、メイプルとサリーは作戦を話し合う。
「で、メイプル。何か最高の案はある?」
「え、えっとぉ……」
「まあ、そんなことだとは思ってた」
「ええっ!?」
「……一つ策がある、けどこれは本当に一回切りの必殺技。チャンスを見逃さないこと。できる?」
「……!うんっ!」
「ふふっ、よろしい。で、メイプルにもう一つ……私のことを信じきれる?」
「もちろん!」
「私もメイプルを信じる。ペインさんは鋭いから、何より狙いを悟らせないことが大事」
サリーはそう言うとメイプルに一度きりの必殺技について話し始めたのだった。




