防御特化とリベンジ2。
メイプル、ミィと同様に、向かい合ったフレデリカとサリーは決闘開始の合図と共に動き出した。
「【多重炎弾】【多重風刃】!」
フレデリカの魔法に対し、サリーは真っ直ぐに走り込む。到底避ける隙間がないように思える二属性の魔法を、僅かな着弾時間の差を突いてスピードを落とさずすり抜ける。
「【多重障壁】!ノーツ【輪唱】!」
大量に展開された障壁がサリーの行く手を阻む。隙間がなければサリーもすり抜けようがなく、ダガーを振るって障壁を砕く。
「【多重炎弾】!」
サリーの入り口を一つに絞ればそこに魔法を殺到させて、回避不可能な攻撃を放つことができる。
サリーは障壁を砕きながらサイドにステップして入り口を広げることで対処するが、フレデリカもその程度では接近を許さない。
しかし、フレデリカはそんなサリーの様子に怪訝そうな顔をする。
「……ふーん。どうしたのー?いつもより元気ないんじゃない!」
幻を交えたスタイルも、機動力を活かした立体的な戦法も使ってこない。それはサリーが未だ全力でない証拠だった。
「ん?【マナの海】はいつ使うのかなって」
フレデリカはこれまで決闘では【マナの海】は使っていない。つまり【超多重魔法】を使っていないのだ。
「使うまで待ってあげる。これで最後なんだし、出し惜しんでる間に倒されちゃったら悔いが残るでしょ」
「随分な自信だねー」
魔法を撃ち込みやり取りを続けるフレデリカだが、サリーは宣言通り深く踏み込んではこない。
こうして適切な距離を保たれていては、フレデリカの【多重魔法】ではどれだけ時間をかけてもサリーには届かないだろう。
そう、【多重魔法】では。
フレデリカがサリーに杖を向けるのを止めたのを見てサリーも立ち止まる。
「いーよ。お望み通り使ってあげるー」
「私も一つ約束しておくよ。時間切れを待つなんてことはしない。真っ向勝負で……打ち破ってあげる」
「……やれるならやってみなよ!【マナの海】!」
フレデリカの体から強大な魔力が溢れ出す。それを見てサリーもダガーを構え直した。
「【超多重炎弾】!ノーツ【増幅】!」
サリーに杖を向けると同時、ノーツによって強化され大きく膨れた数えきれないほどの炎弾が放たれる。
「【水の道】【氷柱】【水纏】!」
サリーが即座にスキルを発動し、立体的な戦闘の準備を整える。
回避に使えるスペースを拡大しつつ、サリーの狙いはもう一つ。
「【超多重加速】!」
「へぇ……」
フレデリカの動きは一見不可解なものだった。サリーのスキルに合わせて速度を上げて、距離があるにも拘わらずバックステップを踏む。
直後、フレデリカのいた場所から勢いよく水が噴き出した。
「原理は分からなくても、警戒はできるでしょー?」
「確かに……ね」
サリーは何らかの方法で使っていないはずのスキルを撃ってくる。それが【偽装】によるものだとはフレデリカは分からない。
しかし、今の所全て何らかのスキルを撃った際に、別のスキルが発動しているのは観測できた事実だ。
致命的な攻撃を受けずに済ませるため、フレデリカはサリーのスキル宣言の度に回避行動を挟む。その程度の隙なら魔法使いとして適切な距離を空けられていれば追撃は凌げる。
こうして【水纏】に【偽装】した【鉄砲水】を避けて見せたのだ。
「【超多重炎弾】【超多重風刃】!」
今回は【多重魔法】とは訳が違う。最早エフェクトが重なって壁のように見える炎と風がサリーへと迫る。
「【氷柱】!【超加速】!」
「【超多重水弾】!」
サリーは複数本の【氷柱】を生成すると、糸を伸ばして炎と風の範囲外へ逃げて魔法を回避し、速度を上げながらフレデリカの背後に生成した【氷柱】へと移動した。
しかしそのまま倒されるフレデリカではない。大量の水の弾丸が放たれると、サリーは攻め込むためのスペースを失い【水の道】による撤退を余儀なくされる。
「【超多重障壁】【超多重重圧】【超多重水弾】【超多重炎弾】【超多重風刃】!」
「朧【神隠し】!【相棒の助力】!」
フレデリカは無限の魔力で通常魔法の数百発分の魔法を一気に発動する。サリーを障壁で囲い込んで逃げ場をなくし、【超多重重圧】で機動力を削ぎ落とし魔法を当てる算段。
しかし、サリーもおとなしく囲われている訳にはいかないと、【神隠し】で障壁をすり抜けて窮地を脱する。
「朧【黒煙】」
急速に広がる黒い煙がサリーの姿を覆い隠したかと思うと、十人のサリーがバラバラに煙の中から飛び出した。
「……!」
本物のサリーなら最後まで魔法には当たらないはず。フレデリカは【超多重魔法】による異常な手数を利用して、全ての幻影を撃ち抜きにいく。幻影全てが倒れれば、サリーの居場所は自ずと分かる。
フレデリカの炎弾が一人また一人とサリーの幻を消し飛ばし、ついに全員を消失させる。
「ノーツ【ソナー】!」
【蜃気楼】と【瞬影】を使っての消失。完全にロストしたサリーの位置を把握しなければこのまま負けると、フレデリカは一度切りのスキルによる探知を敢行する。
「【超多重光砲】!」
サリーの居場所は前方左斜め上。
空中に足場を作って駆けてくるところに大量のレーザーを撃ち込むが、サリーは姿を現しつつも当然のように隙間を縫って地上まで降り立つ。
「避け過ぎでしょ……!」
フレデリカとしても【超多重魔法】をサリーに撃つのはこれが初めてだ。いくら相手がサリーといえど、数十では無理でも数百の魔法であれば捉えられる。
その認識が甘かった。
サリーの動きは異常と言っていい正確さで、これまでの動きを遥かに上回る。『これまでで一番強い』というサリーの言葉に嘘はなかった。
だからこそ、フレデリカは今日勝ちたいのだ。
次々に魔法を撃ち込むも、サリーはその全てを避けてみせる。そこに一切の綻びはなく、付け入る隙が見当たらない。
それでも、この手数の違いがフレデリカの優位なのは間違いなく、サリーに対処を強い続けることを止めるつもりはないのだ。
「【超多重炎弾】【超多重風刃】……【超多重障壁】!」
二種の魔法を壁のように放ち、足を止めざるを得ないサリーを即座に障壁で囲い込む。
「捕らえた……!」
「【神隠し】」
「……っ!?」
ここで倒してやると集中力を高めたフレデリカの斜め後ろからサリーの声。
あり得ない、いつの間に、このままだと死ぬ。
幻にできないことの一つはスキルの使用。
聞き間違えようのないサリーの声が、いつの間にかサリーと幻が入れ替わっていたことを告げている。
フレデリカが振り返るとそこではサリーがダガーを振り抜く直前だった。
「【突風】っ!」
【神隠し】を使われていてはダメージの与えようがない。フレデリカは【超多重魔法】よりも遥かに発声の短い魔法によって風を生み出し、自らそれに吹き飛ばされる事で無理やり距離を確保する。
全力の対処でサリーを遠ざけて、【神隠し】の効果切れの瞬間を狙って【超多重魔法】を叩き込むために杖を構えたフレデリカは再び目を丸くした。
「嘘……」
絶対に本物であるはずのサリーが目の前で煙のようにぼやけて消える。
フレデリカが自ら生み出した風に吹き飛ばされながら目を向けた【超多重障壁】の中にはサリーはおらず、代わりにすぐ側に走り込んできた勢いのままダガーを振り下ろすその姿が、首が落ちる最後の瞬間にフレデリカの目に映ったのだった。
HPが吹き飛んだフレデリカは迷う事なく元の場所にリスポーンした。
「なんでなんでなんでなんでー!」
「うわっ」
「いつ!?どこでどう近づいたの!?」
フレデリカは障壁の中にサリーを囲い込んだはず。
しかし気づいた時には【神隠し】を発動したサリーが側にいて、対応した時には幻と入れ替わっていた。
サリーもこれが最後の決闘であるため、フレデリカに種を明かすことにした。
「フレデリカが【マナの海】を使って私と戦ったことがなかったのと同じで、私もフレデリカに一度も見せてなかったものがある。フレデリカの背後に現れた私は最初から最後まで幻だったんだ」
「えっ!?そ、そんなはずない。だって【神隠し】使ってたでしょー!」
サリーはそう言うフレデリカを置いて、少し歩いていくと、地面に落ちていた小さなクリスタルを拾い上げて操作する。
「【神隠し】!【神隠し】!【神隠し】!」
「あ……」
「こういうこと。さっきはタイマーをセットしておいて、勝手に録音された声が流れた」
「うぅー……っ!」
サリーがフレデリカの背後に【氷柱】を立てて攻め込んだ時、本当の目的は【氷柱】にこの録音済みのクリスタルを貼り付けることだった。
フレデリカの戦闘スタイルは基本固定砲台でそう大きく動き回らない。
タイミングよく【氷柱】を解除すればクリスタルは落ちてきて、タイマーに合わせてサリーの声を流す。そこに幻を合わせれば本物にしかできないスキル宣言をしてみせる幻の完成だ。
サリー本人はそれを囮に真っ直ぐに距離を詰めただけ。サリーは本物であると確信できるだけの偽の情報を渡すことで、フレデリカの注意の向け先を完全に掌握し操ってみせたのである。
「ぐぅ……はぁ、負け負けー。私の負けー。あーあ、なんでそんなに強いわけー?」
「今日は特にね。普段だったら【超多重魔法】はこんなに避けられてないと思う」
「そんな頑張らなくていーのにさー。もー!結局全敗かー……」
フレデリカが悔しそうに杖をクルクルと回す。
「初勝利はお預けだね。ずっと?」
「勝ち逃げはずるいよねー?……今日はこの一戦だけって話だし。戻ってくるのを待ってるよー。瞬殺できるくらいになってねー」
一度離れるサリーがまた戻ってきた時が再戦の合図だと、フレデリカは回していた杖をサリーに向ける。
「ふふ、頑張って鍛えておかないと、それで負けたら……」
「負けた時のことは考えないのー。じゃあね、ずっと首洗って待っておくんだよー」
「本当、負け続けてるのにいつも去り際は強気だなあ」
「弱気になってもしかないでしょー?」
「そうだね……何というか、ありがとう。ずっと戦ってくれて。嬉しかったよ」
「お礼の一勝待ってまーす」
いつも通り互いに煽り合って、二人は決闘を終えそれぞれ歩き出すのだった。




