防御特化とリベンジ。
メイプルとミィは互いにある程度距離をとって、決闘開始の合図と共に行動を開始した。
決闘用にエリアが区切られ、メイプルとミィだけが中に閉じ込められ、もしこの領域外へ出れば大きなダメージを受け続けることになる。
特に観戦者を締め出す設定にしなかったため、上空からは二人の様子を観戦用のカメラが撮影しモニターに映しており、ギャラリーが注目する中二人の決闘が始まった。
「【冥界の炎】!」
「【砲身展開】【攻撃開始】!」
「【フレアアクセル】!」
ミィはメイプルの助力も受けて手に入れたスキル【冥界の炎】を早速披露する。ミィの周りに六つの黒炎が浮かび、周囲の地面にも黒い炎が広がっていく。
メイプルが記憶している限りでは、ボスが放ってきたあの黒い炎は固定ダメージの効果があったはずだ。
無闇に近づくべきではないと兵器による砲撃を選択したメイプルに、ミィは移動速度を上げて回避を試みた。
「【古代兵器】!」
メイプルの兵器は二種類ある。ガキンと音を立てて変形したキューブが次々に青いレーザーを放ちミィに回避を強要する。
「逃げてばかりもいられないな!」
ミィが角度を変えてメイプルに向かって走り出す。超遠距離からの攻撃では、いつまで経ってもメイプルを倒しきれないからだ。
ミィは魔法使いだが保持している特殊な炎魔法の射程は中距離程度のものが多く、特に貫通効果を持つものは短中距離に偏っている。
ただ、距離を詰めながらとなると、【フレアアクセル】で補助していても、ミィの速度では回避は難しくなる。
そしてメイプルが二種の兵器から放つ攻撃が、迫るミィを確かに捉えた。
「……!」
しかしミィに弾丸が直撃すると思ったその時、ミィを守るように浮かぶ六つの炎のうち一つが大きく燃え上がり、その弾丸を消滅させて消えていく。正確な効果は分からないものの、メイプルの攻撃を炎を対価にして打ち消したことは間違いない。
あの浮かぶ黒炎の数だけの防御。つまりミィは自身に付与した、あと五回分のダメージ無効効果を活かして、この弾幕を突破しようというわけだ。
「【滲み出る混沌】!」
「【爆炎】!」
メイプルの攻撃を自ら生み出した【爆風】に乗ることによって回避し、ミィは距離を詰めていく。
「捉えきれない……!シロップ【沈む大地】!」
メイプルはシロップの力を借り、地面を変質させてミィの接近を拒絶する。
踏み込めば沈み込む沼がメイプルの防壁だ。ミィがダメージ無効効果を複数回発動可能でも、動きを封じればその上から倒しきれる。
ミィの周りに広がる黒炎、メイプルをその範囲内に捉えることが目的だったが、メイプルもそう簡単には近付かせはしない。
「イグニス【巨大化】!」
陸路は無理だと判断したミィはイグニスの背に乗って高く舞い上がる。
距離を開け直したことで、メイプルの攻撃は余裕を持って躱されるがミィも同じく有効打がない。
「むむ……」
メイプルにどう動くか迷いが生じる。メイプルは空へのアクセスが可能ではあるものの、その手段はどれも真っ当なものではない。
シロップを【念力】で浮かべるか、【救いの手】に持たせた盾を足場にするか、【機械神】による自爆飛行を敢行するか。
しかし、どの方法でも高速かつ自在に飛行するイグニスを捉えるのは困難だ。
無理矢理飛んでいる者と元より飛べる者の間にはあまりに大きな差がある。
「【毒竜】!【毒性分裂体】」
であるならば、地上は自分が支配する。メイプルは三体の毒の分身を作り出し、全員で地面に毒を撒き散らす。
ミィも当然毒無効は持っているが、既にメイプルの毒はただの毒にあらず。
【蠱毒の呪法】による即死効果は、毒沼の毒沼としての意義を復活させている。
ミィが空を選ぶならもう二度と地上には戻らせない。メイプルは地上に根を下ろし、守りを固めながらミィに対抗する。
こうして二人はそれぞれ自分の陣地を確定させた。
「【古代兵器】!【攻撃開始】!」
メイプルはミィに対して攻撃を続けるものの、どうしても距離が離れ過ぎているためまともに攻撃が当たらない。
「どうしよう……」
ミィにも考えがあるのは間違いない。
メイプルが知っている中で危険だと思えるものは【火炎牢】と【インフェルノ】そして【冥界の炎】だ。直接体で受けたスキルは【火炎牢】だけだが、この三つのスキルはどれも固定継続ダメージがあるとメイプルは予想している。
ミィの行動はというと、長射程の魔法でメイプルの【機械神】の兵器を破壊することにとどめており、現状大きな動きはない。
上空で自由にさせ続ければ、隙を見て【火炎牢】の詠唱が始まりメイプルを取り囲むだろう。しかし、第四回イベントで【火炎牢】をまともに受けた時は、【機械神】の自爆飛行により突破した。だが、それはミィも分かっていることのはずだ。
それでも決闘を挑んできたのはミィの方である。
つまりミィには何か勝算があり、一見互いに有効打が無いように思えるこの状況は、ミィの狙ったものであるかもしれないのだ。
「何とかしないと!」
根拠は薄くともこの不気味な均衡に嫌な予感が走ったメイプルは、その予感に従って自分から動き出すことにした。
「【再誕の闇】【古代ノ海】【捕食者】!」
メイプルは闇を広げて大量の異形を召喚する。【毒性分裂体】も【捕食者】も放り込んで、生み出した異形を絡み合わせて一つの生き物のように変え、空へと向かって伸ばしていく。
「【豪炎】!」
「【身捧ぐ慈愛】!」
決闘空間は空も区切られ限界がある。迫ってくる異形を焼き払おうとしたミィの業火を、メイプルの【身捧ぐ慈愛】が守り抜く。
メイプルの守護が働いている間、ゲーム内の魔法とスキルの大部分は存在しないのと同じことになる。
高い威力を持つミィの【豪炎】も、メイプルの守りを貫くことはできない。
「イグニス!……【我が身を火に】!」
ミィがイグニスを加速させ近づく異形達から距離を取ると、高い空の果てでイグニスはその身を炎に変えミィを包み込む。
それはまるで太陽のようだった。
「【インフェルノ】!」
「【古代兵器】!」
ミィが放った炎が異形を飲み込みながら地面へと拡散する。【インフェルノ】には持続ダメージがあり、ミィとしても【身捧ぐ慈愛】を使った今は好機だった。
しかしメイプルも自分のスキルの弱点は良く知っている。ミィのインフェルノを見て即座に【身捧ぐ慈愛】を解除し、シロップを指輪に戻して、動きの止まったミィにレーザーを撃ち込む。
「むむむ、当たってそう……だけど!いたたた……」
メイプルは取り出したイズのポーションを飲んで、【インフェルノ】の持続ダメージでガリガリと削られるHPを回復しながら、再度動き出したミィを牽制し接近を拒否する。
地面の炎が収まればこのダメージも止まる。適切に回復し続ければ、これだけではメイプルを倒せない。
ただ、メイプル程の防御力を持たず、直撃した炎そのものからもダメージを受けた異形は全て焼き尽くされて消滅してしまった。
「よしっ……!」
【再誕の闇】は異形の素材がない。【捕食者】と【毒性分裂体】そして【身捧ぐ慈愛】はもうクールタイムに入って使えない。
しかし、メイプルにとってこれは狙い通りだった。アクションを起こしたのはメイプル側からであり、その狙いはミィにスキルを使わせること。
メイプルは大きな脅威と確かな隙を見せつけてミィに対処を強要したのである。
【身捧ぐ慈愛】を使えばプレイヤーはその弱点を突いてくる。サリーからずっと言われてきたことはメイプルの頭に染み付いていた。
細かい作戦を考えていたわけではないものの、これまでの体験から【身捧ぐ慈愛】を使えばスキルを誘発できることは分かっていた。
「あとは【火炎牢】!」
いくつもの切り札を切ったが、ミィから【インフェルノ】をもぎ取った。そしてその手札全てが切り札と言ってもいいメイプルは、ミィと比べて状況を一変させるスキルをより多く持っている。
【火炎牢】は一度打ち破っている。そのうえでメイプルは油断なくミィに攻撃を続け、一気に攻め入る隙を探す。
「【攻撃開始】!」
【インフェルノ】のクールタイムは長く、この戦いの間は気にする必要はない。足元の炎も収まり、メイプルを倒すには至らなかった。
ミィにとって最後の明確な勝ち筋である【火炎牢】は慎重に撃ってくるだろう。
こちらからのアクションに対応して使うようなスキルでもないため、メイプルは万全の状態でミィの【火炎牢】を待ち受ける。
もし可能なら【火炎牢】そのものを回避して、完璧な有利を手にしたいところだ。
「【範囲拡大】【噴火】!」
先に動いたのはミィだった。
ミィの魔法によりメイプルの足元から天を衝く豪炎が噴き上がる。
メイプルにダメージこそないものの、炎は【機械神】の兵器を破壊し機動力を削ぎ落とす。
「【爆炎】!」
炎の向こうから聞こえてきた声、足元からの爆風がメイプルの体を突き上げる。
「【古代兵器】【毒竜】!」
【爆炎】と叫んだミィの声の近さ、そして長い付き合いのうちに知った【爆炎】の射程から、ミィが側まで来ていることを認識し、辺りに滅茶苦茶に攻撃をばら撒く。
ミィは機動力こそある程度あるものの、ステータスは魔法使い然としたものだ。
メイプルの攻撃が直撃すればただでは済まない。
しかし、ここはミィの距離感と幸運が上回った。【噴火】のエフェクトで自身にも見えにくくなっているメイプルの攻撃を回避しミィは次の準備を進める。
「……受けるがいい、【火炎牢】!」
メイプルを包み込む【噴火】の炎が収まった代わりに、炎の牢獄がその身を捕える。ミィの完璧なセットアップからの魔法行使は、メイプルの移動速度では回避しきれなかった。
「【救済の残光】【天王の玉座】【瞑想】!」
メイプルはイズのアイテムで回復の霧を発生させ、同時に取り出したポーションを片手にHPバーを睨む。
ダメージカットと回復を重ねがけして、まず【火炎牢】のダメージを確認からだ。
「……!」
かつて戦った時より成長しているのはメイプルだけではない。
ミィの【火炎牢】の威力は飛躍的に上昇していた。【死霊の泥】と【冥界の炎】が与えるダメージに、魔法威力自体の向上。
イズからもらったポーションを飲み続けなければ回復量が追いつかない。
ポーションには限りがある、この均衡は必ず崩れ、その時に死ぬのはメイプルだ。
可能ならこの中で耐えて策を練るつもりだったメイプルだが、そんな余裕は与えてはもらえない。
「抜けられるものなら抜けてみろ!」
ミィの声が響く中、メイプルは持っている移動手段を素早く吟味する。
現実的なものは二つ。【方舟】と自爆飛行だけがここから脱することができる可能性を持つ手段だ。
ただ、【方舟】にはリスクがある。大規模対人戦においてメイプルはこのスキルを使っている。観戦エリアも存在したイベントであるため、そこから見ていた【炎帝ノ国】ギルドメンバーからの情報共有により、スキルの効果はおおよそ把握されていると思われる。
つまりミィが【方舟】の存在を知らない可能性は低く、その上で【火炎牢】を撃ってきたのなら、それは【方舟】の転移で突破できないと暗に示しているようなものなのだ。
「【全武装展開】!【攻撃開始】!」
【方舟】を使えば【救済の残光】の効果も終わってしまうため、ダメージカットが一つ減ることも嫌ったメイプルは、自爆飛行による上空からの脱出を試みた。
爆炎の尾を引いて【火炎牢】を上へ上へと脱獄に向かう。しかしその出口、上空で待ち構えていたのはミィだった。
「【爆炎】!」
「わぁっ!?」
強烈なノックバックがメイプルを地上へと叩き返す。落下していくメイプルに対し、ミィはイグニスの上から語りかけた。
「以前とは違う。私にはイグニスがいる!空はもうメイプルだけの領域ではないぞ!」
前回はあった【火炎牢】の隙。ミィはイグニスの助けを借りることでその弱点を消して、メイプルを再度炎の檻の中へと送り返す。
「このままじゃ……!【暴虐】!」
自爆飛行を試みて移動したことで、【天王の玉座】と【瞑想】そして回復の霧が全て適用されなくなり、ポーションも使えなかったメイプルはHPが急速に減少していくのを見て【暴虐】によって外殻を纏う。
【暴虐】により得た一時的なHPで落下時間を耐え抜いたが、この【暴虐】は攻めには一切寄与しない。
地面に叩きつけられそのままダメージを受け続ければ、すぐに解除されてしまうだろう。
メイプルのポーションがなくなるまで、ミィは看守として【火炎牢】の出口を封鎖し続ける。
【爆炎】によるノックバックをどうにかしなくてはならないが、ここから移動したい現状は【ヘビーボディ】の移動不可を受けながらのノックバック無効と噛み合いが悪い。
落下しながらメイプルは思考を巡らせる。
どうしようもないように思えた時、それでも限られた手札の中から解決策を見出す。
その姿を見せ続けてきてくれた最も身近なプレイヤー、親友であるサリーの姿が過ぎる。
そうして今日ここに至るまで、メイプルの中に蓄積してきた戦闘経験が一つの策を閃かせた。
【暴虐】無しでは落下中のダメージを耐えられるかは怪しい。何度も挑戦するうちミィも何かに気づくかもしれない。
やるなら今。いつになくよく回っているような気がする頭を褒めておいて、メイプルは自分の閃きに賭けることにした。
【暴虐】の外殻が燃え落ちて、メイプル本体が飛び出て地面に叩きつけられるその瞬間。
「【大地の揺籠】!」
メイプルは地面へと潜り込んだ。
「……」
ミィはそれを見て冷静に杖を構える。ドレッドのテイムモンスターの使う【影世界】とは違い【大地の揺籠】は移動しない。
メイプルは入ったところからそのまま出てくる。
緊急避難用のカードは二枚切った。ミィとしても【火炎牢】がメイプルに届きうる最後の武器だ。ここを突破させるつもりはない。
「【攻撃開始】!」
眼下で地面から出てきたメイプルがそのまま自爆し飛んでくる。
ミィはその姿を見て無慈悲に杖を構えた。
「【全武装展開】!」
「【灼熱】!」
メイプルの兵器再展開を確認してミィは火を放つ。それはメイプルにはダメージを与えないものの、続く推進力となるはずの兵器を溶かし尽くしてメイプルの翼をもぎ取る。
防御力を活かして炎を貫きミィに迫るが、ミィは叩き落とす準備を済ませていた。
「【爆炎】!」
「【クイックチェンジ】!」
「……!」
メイプルは即座に装備を切り替える。【救いの手】が持つ浮かぶ盾を背中に回して体を支え、遥か地上へと落ちるだけだったはずの未来を書き換える。
【機械神】の兵器再展開に警戒。
そう思考するミィの前でメイプルの背が急に火を吹き、巨大な爆発が起こってメイプルを撃ち出す。
それは完全に想定の外。
未知の推進力による急加速だった。
「なっ……!?イグニス!」
「【古代兵器】!」
急加速し弾丸のように飛ぶメイプルの宣言で、古代兵器が音を立てて変形し拡散する。それは互いを青いレーザーで結び、イグニスを捕らえた。
「【水底への誘い】!」
イグニスが逃げるより早く、メイプルは勢いのままに触手を叩きつける。
それは【冥界の炎】に守られないイグニスを、一瞬にして飲み込み消し飛ばした。
二人で地上に落ちたとしてもメイプルは生き残れる。ミィは驚きで大きく見開いた目でメイプルを見つめ、その背中からぱらぱらと落ちる破片に気づいた。
「爆弾……?そうか……!」
自爆飛行同様、メイプルにしかできない方法。地中で背に貼り付けた時限爆弾は時間が来るまでは如何なる衝撃を受けようと爆発しない。
それは大規模対人戦でも使う機会のなかった、メイプル最後の移動方法だった。
メイプルが空中で振り返り、二種類の兵器を構える。それを見てミィは満足したような笑みを浮かべて叫んだ。
「ふふ、見事だ!メイプル!」
「【古代兵器】【攻撃開始】!」
そうして【冥界の炎】の防御ごと撃ち抜いて、落下ダメージと共にミィのHPを削り切り、決闘の勝者はここに決まったのだった。
HPがゼロになったミィは別の場所でのリスポーンも選択できたが、メイプルと少し話すために同じ場所に戻ってきた。
「…………」
ミィは戦闘が終わったことで、観戦用のカメラが離れたことを確認して一つ大きく息を吐く。
「負けたかあ……読みきれなかったな」
メイプルのスキルとステータスがいかに強く、自分の負け筋になりうるものかを、ミィはよく知っていたし警戒していた。強力なスキルの押し付けはメイプルの得意技だからだ。
しかし、メイプルがミィの牢獄を破った方法はスキルの押し付けではなかった。
ミィへの対応として丁寧な装備変更から洗練された大盾の操作、爆弾を使ったメイプル固有の移動、それは積み重ねられた鍛錬からなる細かな動作と技術を感じさせるものだったのである。
メイプルに対して抱いていた印象から外れていた分、ミィは隙を突かれることとなったのだ。
「ね、あの飛び直した時のってイズさんの爆弾?」
「そう!貼り付けられる時限爆弾なんだよ!」
「なるほど……店売りじゃないし、想定外だったなあ。それに、メイプルの動きもすごい良かったね」
「ほんと!?」
「うん。爆発で綺麗に上に飛ぶのってそもそも難しいし、私も自分のスキルの爆風で加速したりすることあるけど、一発勝負の時にはやれたものじゃないから」
「私も上手くいってほっとしたよー」
「リベンジの機会はお預けだなあ。しばらく離れるんでしょ?」
「うん」
「戻ってくるかも未定だろうけど、のんびり鍛えて勝手に待ってるから」
「分かった!」
「じゃあ、またね。って言っておく!」
「うん、またね!」
そう言って別れるとミィは決闘が終わり復活したイグニスに乗って空を飛んでいく。
「ふー……強かったあ……」
メイプルは遠のいていくミィに手を振りながら、イベントフィールドをまたとことこと歩き出すのだった。




