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防御特化と最終イベント。

イベント当日。参加区分を決定してメイプルは所定の時間を待つ。時間がくればPVP用のイベントフィールドに勝手に飛ばされて、イベントが始まるといった寸法である。

隣に立っているのはサリー。ただ、隣にいたとしても転移先の位置についてはランダムであり、あくまでスタート前に話していたいというだけなのだが。

これがスタート前最後の会話という訳だ。


「よーし、頑張るぞー!うー、緊張してきた……」


「メイプルより強い人なんていないと言ってもいいくらいだからさ。はい落ち着いて深呼吸」


「すー、はー、すー、はー……」


「ちょっとは落ち着いた?」


「うん!PVPっていっても今回は本当に一人だし、いきなりの攻撃とかには気をつけないと……!」


「確かにPVPはあっても大規模なのは一人じゃなかったしね。ま、不安になったら呼べばいいと思う」


「サリーを?」


「いや、異形とか【毒性分裂体】とか」


「ああー!そうだね、危なくなったら皆を呼ぶ!」


「メッセージは届かないらしいから現実的じゃないと思うけど、私を呼んでもらってもいいよ。あ、スキルは戦闘が終わる度にクールタイムが解消されるから毎回呼び出した方がお得」


「【再誕の闇】も【暴虐】も【悪食】も毎回使えるってすごいね!」


「うわぁ、嫌過ぎる。改めて聞くととんでもないなあ」

そうして話しているうち、イベント開始のカウントダウンが始まり、二人を光が包んでいく。


「じゃあ頑張って、メイプル」


「うん!サリーも頑張って!」

サリーが伸ばしてきた拳にメイプルも拳をトンと付き合わせて、二人はイベントフィールドへと転移していったのだった。





そうしてメイプルが転移してきたのは岩石地帯、背丈を越える高さの大岩が立ち並ぶ景観は奇襲に向いた死角の多い地形。

これまでの探索で似た地形を踏破してきたことはある。初めてのイベント参加の頃とは違いどこが危険か、何が起こったらどう対応するか、いくつかメイプルの頭に浮かんできた。

確かな成長を感じて思わずにこっと笑顔になるメイプルだが、続いて響いてきたアナウンスを聞いて急いで大盾を構える。


「バトルロイヤルエリア発生。範囲確定、隔壁を展開します」


運営からのアナウンスと思われるそんな音声が聞こえてくると同時。

大岩をいくつも越えた遠方から、空へと伸びるように赤い光がドーム状に、メイプルのいるエリアを丸ごと包み込んでいく。


「ええっと、バトルロイヤルエリアは……あった!最後の一組になるまで勝ち残れ、ふむふむ」

発生したエリアルールをイベント要項で確認して、メイプルはウィンドウを閉じる。

近くにはプレイヤーの姿は見えないがルールはバトルロイヤルだ。

赤い光で隔絶されたこの領域の中に、それなりの人数がいるのは間違いない。

このイベントは二人までならパーティーも組める。最後の一組とはそういう意味なのだろう。


「探しに行こうかなあ、待っててもいいけど……よしっ!」

第一回イベントの時は待ちを選択したメイプル。今回は違う道を選んでみようと、自らプレイヤーを探して歩き回ることにした。


「ふっふっふ、頑張るぞー!」

メイプルは気合を入れて歩いていく。その後ろ姿を岩陰から見る、二人組のプレイヤーがいたことに気づかないまま。


「…………」


「…………」

メイプルが大岩の向こうに消えていくのを見送って、二人のプレイヤーはほっとしたように胸を撫で下ろした。


「「終わってる!」」

そうして見送った直後、二人は揃って頭を抱える。


「初手アレ!?初手アレかあー……!」


「いくか!?ど、どうする?」


「まあまあまあ落ち着け、負けたって何か失う訳じゃない。むしろ万が一にも勝てればデカいギルドから声がかかるなんてこともある」

相手は率直に言って化物。それも化物じみたプレイヤーの中でもかなり化物寄りだ。

二人もイベントで巻き起こった暴力、蹂躙、虐殺、恐ろしくもある破壊の限りを見たことがある。それでも、だからこそ。倒すことができれば名を上げることにつながるというものだ。


「幸いそこまで索敵が上手い訳じゃない。後をつけていけるタイミングを探そう」


「オーケー。いや、お祭り騒ぎのイベントだと思ってたが、いきなり緊張してきたぜ……」


「分かる。っし、やってやるぞ!」

他のプレイヤーもメイプルを目にすれば一旦様子を見るだろう。場合によっては共闘もありうる、何人がかりだろうと倒せば最大級の栄誉だ。

そんなメイプルの立ち位置はまさに【魔王】と言っていいものだった。




「ふーんふふーん……ん?」

バトルロイヤルと言われているにもかかわらず、他のプレイヤーに出会えないままのんびり歩いていたメイプルは、大岩だけでなく背の低い草木が見られるエリアまで歩を進めた。

しかし、背後でがさっと音がしたのを聞いてふと立ち止まる。

このエリアにはモンスターはいない。

しかし、背後とはすなわちメイプルが歩いてきた方角だ。いつの間にか誰かに背後を取られていた。

その可能性に思い至ったメイプルは突如戦闘態勢に入る。このエリアに味方はいない。そもそも味方であるなら声をかけてくればいいのだ。

姿を表せないのであるならそこで死ね、そうでないなら出てきてみせろ。

メイプル自身にそのつもりはなくとも、発動したスキルはどうだろうか。果たしてそれは、感づかれたと思った何者かが動かずにいられる圧力だろうか。


「シロップ【大自然】!【捕食者】【魔王】【再誕の闇】【古代ノ海】!」

メイプルの背後からメイプルを抱くように現れたのは双剣を持つ巨大な異形。【再誕の闇】に飲み込まれることを避けるために、【大自然】が生み出した蔓の上に現れたのは長く共に連れ立ってきた相棒である【捕食者】。足元に広がった闇は【古代ノ海】の魚を貪り、対価として異形を吐き出す。

突然のフルスロットル。

目の前に広がった現世の地獄。

豹変したメイプルと一変した現状。

【再誕の闇】の産んだ異形が真っ先に何かがいたかもしれない場所へと向かっていくと、次々に悲鳴が上がり、距離を取って立て直そうとするプレイヤーの姿が見てとれた。


「ええっ!?全然気づかなかった……皆隠れるの上手いなあ」


「仕方ねえ!仕方ねえ!どうせやる気だったんだ!」


「ああ!ぶっ倒してやる!」

そこにいたのは十数人のプレイヤー、まだ隠れている者もいると考えると二十に届いてもおかしくはない。

彼らが共闘して戦いを挑んでくる。メイプルは第一回イベントを思い起こしながら、自分もあの時とは違うと武器を構える。


「えへへ、よーし!全員倒しちゃうんだから!」

浮かべるのは無邪気な笑顔だが、起こる現象はそれからはかけ離れたものだ。


「い、いくぞ!」


「お……おおっ!」

メイプルに魔法は基本通じない。遠距離からの牽制や制圧ができないなら、自分からあの死地に飛び込むことでしか物事を前に進められない。

溢れ出る異形のせいで分散しても囲い込むことはできず、むしろ各個撃破に近づくだけである。

十数人集めてなおメイプル一人に人数不利をつけられるという理不尽。

今はメイプルのスキルについて知らないプレイヤーは初心者だけだ。双剣を持った見慣れない巨大な異形が、メイプルの背後でこちらに瞳のない貌を向けているがそれは見ないことにして、プレイヤー達は【再誕の闇】の異形達に斬りかかった。


「【パラライズシャウト】【毒竜】!」

降り注ぐ麻痺と毒。しかし、麻痺対策は既に万全。環境にメイプルある限り麻痺と毒あり。これはPVPを意識する全ギルドの鉄則で、今更麻痺では崩れない。


「【大規模魔法障壁】!」

【毒竜】に障壁を叩き割られながらなんとか被害を抑え込む。毒そのものは効かずとも、【毒竜】は命中で別途大ダメージを与えてくる。


「【大切断】!」

【再誕の闇】を防ぎながら【毒竜】を捌き、全員で異形を一体倒したところで、心の奥から冷静な自分が声をかける。

これでやっと一体?

まるで雑魚モンスターかのように次々湧いてくるのに?


「おい馬鹿ぼーっとすんな!」


「あ」

メイプルの背後にいた異形。それがズルリとその身を伸ばし、一人の男を頭から呑んで大きく開けた口を閉じる。

バツンッと音を立てて上下に分かれた肉体。残された下半身が光になって消えていく様。

それは、目の前の生き物がいかに理外の存在であるかを克明に示していた。


「は、はぁ……!?」


「やば……っ」


「う、狼狽えるなって!こんなのは分かってたことだろ!」


「シロップ【眠りの花弁】!」

ふわりと舞った桃色の花弁、プレイヤーのうち何名かが【睡眠】の状態異常により行動を封じられ、【魔王】の双剣に斬られ、貪り食うように【再誕の闇】の異形が群がる。

麻痺と毒、そしてイメージこそないがメイプルは睡眠も手札として持っていた。広く知られた二種類とは違い、【睡眠耐性】は完璧ではなかったらしい。

目の前に広がる光景は勝てるか否かの細かいHPの計算などより先に、プレイヤーの心を折ることで勝敗を明確にした。


「ああ……魔王と変わんねえ」


「そうかも」


「【古代兵器】!」

まだ武器はあるぞ、さあこれからだぞと言わんばかりの青いレーザーがまた一人を焦がし、よろめいたところに異形が群がり断末魔を上げて誰かが消えていく。


「つ、次はきっちり奇襲からスタートしてやらぁ!」


「おう!今回のイベントは何回死んだって問題ないんだからなぁ!」


「私も全力で相手します!」

そう、少なくともメイプルは手を抜いてはいなかった。むしろ全力全開。このゲームにおける最高クラスのプレイヤー達の出力を正面からぶつけてきた。その距離は確かに感じつつ、こうしてそれを実感すれば、それを埋めるために必要なものが何か考えられるというもの。

ボロボロにされ、目標であった大金星は遥か遠かったものの収穫はあった。

人数が減り、かろうじて保たれていた均衡が崩れ異形が襲いかかる。

彼らが死の間際選んだのは、せめて目を閉じて生きながらに化物に体を貪られるという、トラウマものの光景は見ないようにしておく、ささやかなものだったのは仕方のないことだろう。




破壊の限りを尽くして容易く一対多を制したメイプルは、その後も異形全公開フルパワーで歩き回り、遠目にその姿を確認したプレイヤー全員に『うわ、いる』と思われ、絶妙な距離を取られながら移動を続けた。

とはいえこれはバトルロイヤル。

戦い合うことを強制させられるエリアであり、時間と共に戦闘エリアの範囲が縮小し、エリアから外れる位置にいたプレイヤーは内側に転移する。

そのギミックが効果を発揮し戦闘は激化。あちこちから怒号とスキルの発声、爆発音に何か恐ろしいものに襲われたかのような悲鳴が上がる。


「剣で斬られるのには慣れたけどよぉ!こんなのそうそうねえんだって!」


「モンスターでも大抵もっと可愛いだろうが!」


「【全武装展開】【攻撃開始】!【水底への誘い】!」


「ぐっ!【マルチヒール】!」


「あっ」


「おい!くそ!あの触手ヤバすぎる!」

全身を機械化し銃弾をばら撒きながら片腕を触手に変えて伸ばしてくる。その触手が隣の仲間に触れた瞬間触れたところからその体は弾けて、触手に吸い込まれるように消えていく。

ヤバいヤバいと語り草にしているプレイヤーから話は聞いており、大規模対人戦でも遠巻きに見てはいたものの、実際に敵として対面し間近で目にしなければ分からない恐ろしさもある。

実体験に勝る伝聞などそうそうないのだ。

メイプルは実際に立ち向かってみると、想像を遥かに越えて化物だった。


「あ!」

メイプルが最後の一人を触手の腕で握り込んで魔力に変換したところで、メイプルが発動していた全てのスキルが解除され、クールタイムが解消される。

遠くの空に見えた赤い光が薄れて消え、バトルロイヤルエリアが消滅して、自由にPVPが行われるフリーエリアに戻っていく。


「只今のバトルロイヤル、勝者はメイプル。勝者はメイプル」


「やったあ!ふふん、私も結構強くなったなあ」

繰り返し流れたアナウンスで勝利を伝えられたメイプルは、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ。

第一回イベントの頃からスキルを集め、レベルを上げて、もう攻め手が毒と麻痺だけだった頃のメイプルではない。

この一戦だけでも、進んできた道のりと皆で協力して冒険してきた日々が感じられた。


「よしっ!この調子で行こー!」

メイプルはそのままとことこと歩いていく、積極的に相手を探すわけではないものの、前向きにこのイベントを楽しむ気持ちで、その足取りはとても軽いものだった。

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― 新着の感想 ―
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初手魔王の絶望(笑) のっけから全力全開手加減なし(笑) 毎回スキルリセットがあるおかげで出し惜しみしなくていいのは助かったな。 何時でも万全なメイプルと戦える(戦わなくてはならない)。
【魔王】すら使役するメイプルは、もはや【魔皇帝】とかかな? 【機械神】も継承してるから、【魔神帝】かな?
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