防御特化と祝勝会。
所変わって【楓の木】のギルドホーム。
魔王討伐の興奮も冷めやらぬ中、テーブルにはイズ作の料理がずらりと並び、各々が最高級の料理に舌鼓を打ちながら魔王戦の感想を交わしていた。
「美味え!にしてもこの量の料理、すぐに用意できるもんじゃねえよな」
「ああ、準備してたんだろ。最初から勝つつもりだった……ってことだ」
「ええ。だってこんなに強いメンバーが揃ったのよ。それに、挑戦できるのが一度だけ、負ける気なんてないなら、勝った時の準備はしっかりしておくのがいいわ」
ドラグとドレッドもイズの返答に頷く。
実際、今回メイプルが集めたメンバーよりも強いパーティーを作れと言われても難しい。
その上で今回ここにいる全員が同日に集まれたという事実は奇跡的と言ってもよかった。
「しかし……スキル、魔法の打ち消しはやはり課題だな。【炎帝ノ国】は魔法使いも多い。魔王のような相手はどうしても苦境に立たされる」
「そこはパーティー編成でカバーするより他ないさ。私とウィルもそうだが、そもそもこのゲームにおいてスキルは重要な立ち位置だ。封じられれば弱体化は免れない」
「今後はこうした相手も増える。運営から暗にそう言われているんだろう。今回の真の姿程ではなかったが、通常の魔王も打ち消しは搭載していた。【集う聖剣】の中にはステータスを重視し、【フォートレス】のようなステータス強化のパッシブを優先しているギルドメンバーも多いが、それでも対応できるかは敵次第だ」
今回の真なる姿の魔王の存在は各ギルドマスターに今後のことを考えさせるものだった。
勿論、これが基準となって十層以降のモンスターが作られるということはないだろうが、強力なボスを用意する際に脳裏をよぎる存在であるのは間違いない。
打ち消し、防御貫通、瞬間移動、即死級火力に連続ダメージによる【不屈の守護者】等の対策と、敵に回したくない要素が詰め込まれていた。
十一層、十二層。ボスの強度は上がっていく。メイプルへの助力という形ではあったが、今回の戦闘は各ギルドにとっても有意義なものとなった。
そうしえ全員がそれぞれ話したいことを話し、祝勝会も落ち着いていく。
メイプルは熱気あふれていた部屋から抜け、一度ベランダに出て今日の戦いを振り返っていた。
「上手くいってよかった……」
各プレイヤーに呼びかけたのはメイプルだ。今日の戦いが始まる前、本当に勝てるかどうか一番気にしていたのもメイプルだったのだ。
「メイプル!」
「あ、サリー!」
「ちょっと休憩?」
「うん、そんなとこ」
「魔王強かったねー」
「強かったあ。ちょっとミスしてたら危なかったよね」
「一気に崩されることもあったかも。それにメイプル、全員生きて勝ちたいって思ってたでしょ。最後まで誰も死なないっていうのは大変なんだから」
今回は【リザレクト】もあったが、それでも魔王の攻撃はどれも容易く命を刈り取る。
全員が生きて勝利の時を迎えられたのは、最上の結果と言っていいだろう。
「これであとはイベントかあ」
「……そうだね」
次のイベント。
それはメイプルとサリーが最後に参加するお祭り。
総まとめの十層という一区切りの層に合わせて開催され、参加してメダルを貰い、後はベストを尽くせばいい、ひたすら上を目指す必要などないある種気楽なものだ。
だが、サリーの心は晴れない。十層を探索し、『魔王の心臓』を集め遂に魔王を打ち倒すに至った。
そう、時は来たのだ。
「うーん、どうしようかなあ……」
「……」
「なーにしてるっすか!」
「わあっ!?べ、ベルベットー……もー、びっくりしたよー」
「あはは、悪かったっす」
「サリーとイベントの話をしてたの」
「ああー!メイプルはどうする予定っすか?」
「うーん……PVPはあんまり得意じゃないし、何もなければ皆でPVEかなあ」
それを聞くとベルベットはぽんっと手を叩き、メイプルの肩をがしっと掴む。
「それっす!それっすよ!」
「え、ええっ!?」
「メイプルにPVPに参加してもらえないかと思ってお願いしに来たっす!……もう一度戦える機会があったらなって」
そう言ってベルベットは真剣そうな表情をする。
前回のイベントは陣営対陣営の勝負ではあったが、ベルベットとヒナタ、メイプルとサリーは直接対決をしており、その時はメイプル達に軍配が上がった。
元よりどちらがいいという強い意思もなかったメイプルだ。ベルベットのいつにも増して真剣な様子の提案は、どっちつかずだったメイプルを揺らがせる。
「うーん、じゃあサリーと一緒にPVPかなあ?」
「そこっす!そこっすよ!」
「え、ええっ!?な、何?」
「ふふふ、今回は一対一がしたいっす!魔王討伐の助っ人の報酬ってことでどうっすか?」
「むむむ……そう言われると……」
メイプルは今回の魔王戦への助力に対して、明確な報酬を提示していたわけではない。
それでもこうしてこれだけのメンバーが集まってくれたのは、メイプルの人望によるところが大きい。
だからこそ報酬として、と言われるとメイプルも弱いのだ。
「勿論無理にとは言わないっす。でもどうするか迷ってるなら、受けてくれると嬉しいっす!」
「うーん、サリーはどう?私が一人で参加するならサリーとは一緒にできないけど……」
「あ、ああー……や、まあ。それならそれでPVPに参加、するかな。ほら、元々悪くないなって思ってたから」
「サリーPVP得意だもんね!」
「うん、そう。そう……」
想定していない展開に、珍しくサリーは歯切れ悪く答える。
「全員でPVEじゃないし……サリーも一人でっていうなら……うん!皆にも聞いてくる!ベルベット、ちょっと待ってて!」
「分かったっす!」
メイプルが部屋の方へパタパタと駆けていき、姿が見えなくなったところでベルベットは口を開いた。
「一つ貸しっすよ」
「…………!」
「あはは、珍しい顔してるっす。ちょっと強引だったっすけど」
ベルベットの目的はサリーにもよく分かった。ベルベットの目的は、メイプルにPVPを選ばせることでも、ましてや自分が一対一で戦うことでもない。
その目的は、メイプルとサリー、二人を別の枠でPVPに参加させること。つまり、サリーがメイプルに挑める機会を作ることだ。
ベルベットはサリーの想いを知っていたから。
「迷うのはいいっすよ?でも、迷い過ぎて後で後悔するのはよくないっす。サリー……私は少しくらい我儘言ってみてもいいと思うっす」
「……うん」
「これが最初で最後のチャンスなら、立ち止まって見逃すのはもったいないっすよ」
「うん」
ベルベットの瞳を見つめ返すサリーの瞳にはもう迷いはなかった。
「私はメイプルを倒しにいく。これまでの全てを賭けて」
積み上げてきた全ては、願ってきたものは、一体何のためで、何であるのか。
サリーはもうそれを誤魔化さない。
「ははっ、吹っ切れたっすね。結果、教えてくれないと駄目っすよ?」
「うん。ありがとう。取ったら怒るからね?」
「あはは、取らないっすよ!」
「冗談。でも……うん。メイプルを倒すのは私、私が死ぬなら、その相手は一人だけ。誰にも渡したくない、渡さない」
これまでの迷いの分だけ、諦めてきた時間の分だけ、決意は強い炎となってサリーの中で煌々と輝く。
「じゃあそろそろ戻るっす。あ、その前に普段通りの雰囲気に戻しておかないと駄目っすよ?」
「あ、そうだね。分かった……本当にありがとう」
「別にいいっすよ!それより……ちゃんと、戦えるといいっすね」
「うん。私、頑張ってみる」
こうして、二人は遅れて部屋へと戻っていく。
そこにはメイプルの知らない話が一つあったのだった。
決意




