防御特化と魔王6。
メイプル達は【身捧ぐ慈愛】を活かし魔王の体力を削り続ける。
メイプルの【STR】にかかったデバフは時間が延長され続け、最早この戦闘中に解除されることはない状態だが問題はない。
「【電磁跳躍】【渾身の一撃】!」
全員で囲んで隙を作り、ベルベットの一撃が魔王の背に突き刺さる。魔王の強力な行動パターンを相性差によって上手く凌ぎ、残り七割程までHPを減らすと動きが再度変化した。
赤いエフェクトと共に魔王を中心に暴風が吹き荒れる。効果範囲は広く、前衛全員を瞬時に巻き込んだ赤い風をメイプルが全て庇うこととなり、魔王から離れるように体が跳ね飛ばされる。
「っ……!」
「メイプル!」
「ありがとうサリー!」
ノックバックで吹き飛んでいくところだったメイプルをサリーが糸で素早く引き戻す。
メイプルが受けたことにより陣形崩壊は免れたが、魔王の周りで吹き荒れる赤いエフェクトは風が継続的に展開されていることを意味しており、そのまま空を飛んで離れていく魔王への追撃は不可能だ。
「嫌な感じっす……!」
魔王が自ら遠のいたことで大きく開いた彼我の距離。それは今なお迸る赤いオーラを纏う双剣の射程外に出る行為。
魔王の得物が意味をなさない事実、それはまるで別の攻撃手段があると伝えているかのようだ。
遠く浮かんだ魔王の背後、先ほどまで足元に展開されていたのと同規模の、巨大な魔法陣が浮かび上がったのを見て嫌な予感は的中する。
ドレッドとサリーの本能が警鐘を鳴らす。
アレはこちらを殺せるものだ。
研ぎ澄まされた直感は、そこから放たれる何かがメイプルにも受けさせられないものだと告げている。
「シャドウ【群れの解放】【影世界】!」
【群れの解放】により【影世界】のクールタイムを解消すると、メイプル達を連れて影の中に潜り【一夜城】へと退避する。
「フレデリカ!全力で防御しろ!」
「……っ!【マナの海】!」
ドレッドの鬼気迫る呼びかけにフレデリカは迷うことなく切り札を切る。ドレッドが危険だと言った、
それで判断基準としては十分。【マナの海】によりフレデリカの体から溢れ出る魔力の輝きが迸る。
「ノーツ【輪唱】!【超多重障壁】!」
全員の前に展開された膨大な量の魔法障壁。
到底一人のプレイヤーが展開したものとは思えない防御機構に対し魔王の攻撃が放たれる。
背後の魔法陣からズルリと這い出た大きな異形。
上半身だけでメイプルの【暴虐】を上回るサイズのそれは、大きな両手で魔王を守るように覆い隠すと、耳障りな泣き声と共に口を大きく開け、メイプル達に向けて極太の真紅の光線を吐き出した。
「ちょっ……強すぎ……!【超多重障壁】!」
光線が触れた瞬間から爆ぜるように砕ける障壁。フレデリカが休むことなく壁を張り続けるが、異形の吐き出す光線も無尽蔵。
これは【マナの海】を前提に維持されている均衡であり、突破されるのは時間の問題だ。
「ちょっ、と……何とかしてー!これ、そんなに長く持たないんだからー!」
「レイ!【聖竜の息吹】!」
ペインがレイに長射程の輝くブレスを撃たせて魔王に攻撃する。
しかしそれは渦巻く暴風と異形の手によるガードにより、ほんの僅かしか魔王のHPを減らせない。
【聖竜の息吹】はペインがしっかり育て上げたレイの放つ一番の大技だ。先程とは異なり遠距離攻撃こそ通るものの、レイの攻撃でこのダメージとなると、体力を削ることによる攻撃パターンの変化には相当な時間がかかることが予想される。
「リリィさん!」
「ああ!言われなくとも!」
「そのつもりです……!」
メイプルが頼ったのは誰よりも強力な遠距離攻撃を有する二人。メイプル本人もイベントで随分苦しめられたその超火力に、状況を打破する力を期待した。
「「【クイックチェンジ】!」」
メイプルの呼びかけに応えて装備を切り替えたのはリリィとウィルバート。二人も求められる役割が何かは分かっている。
ウィルバートは弓を構えると、光線と暴風、さらに異形の手の裏に隠れた魔王を、全て見通す特殊な目で見据えた。
「フレデリカさん。皆さんがかけたバフを集めていただけますか」
「……!オッケー!準備ができたら、っ、言ってー!【超多重水壁】【超多重光壁】!」
フレデリカが稼いだ時間でバフを撒き、【多重全転移】でウィルバートに注ぎ込む。
この攻撃を止める方法はHPを削ること、ただ一つそれだけだ。
「よろしくお願いします。私が一射で止めます。呼んでもらった分の仕事は果たしましょう」
「【王佐の才】【戦術指南】【理外の力】【賢王の指揮】【この身を糧に】【アドバイス】!」
「【バーサーク】【レイジ】!」
「【マジックブースト】【炎陣】【炎神の焔】!」
それぞれが自らの火力バフを可能な限り発動する。それ全てをウィルバートに注ぎ込むために。
「【アイテム強化】!ふふっ、こんなに沢山使うことなんてそうそうないもの。大盤振る舞いよ!」
「そうだね。普段は僕ら攻撃力を上げる必要なんてほとんどないから……【勝利の女神】【崩壊の力】【戦神降臨】【圧倒的暴力】【攻撃陣形】!あまり気味だったんだよね」
イズのインベントリから大量のアイテムが取り出されては、重力に引かれて地面へと落ちて砕けてその効果を発動させ、周囲にバフをばら撒いていく。
ユイとマイにかけるには過剰な、しかし効果時間の短さと引き換えにとてつもない上昇量の強力なバフがばら撒かれる。
カナデの本棚から大量の本が取り出されては、次々に展開される魔法陣が効果を発動させる。
同じく普段は使わなかったものの、そのどれもが持っているプレイヤーがいないようなレアスキルであり、一つ一つのバフの効果量は凄まじい。
「お願いします」
ウィルバートが静かに告げる。それを聞いてフレデリカは杖を振った。
「オッケー……!【戦いの歌】【高揚】!【超多重増力】!……あとはよろしく【多重全転移】!」
フレデリカがバフをありったけ吸い上げてウィルバートに注ぎ込む。
数え切れないほどのバフが重なり、七色に輝くオーラを纏ってウィルバートが弓を構えた。
「【引き絞り】【ロングレンジ】……【滅殺の矢】!」
赤黒いエフェクトが戦場を一瞬にして横断する。放たれたのはまさに必殺の一射。
視界がどれだけ遮られようと魔王の位置を正確に把握できるウィルバートの矢は、直撃と共に手前にあった異形の手を粉々に吹き飛ばし、暴風の守りを貫いて魔王の胴に深く突き刺さった。
噴き上がる尋常でない量のダメージエフェクトと共に、背後の異形が赤い液体となって崩壊しフレデリカが何とか止めていた光線が停止する。
「残念。ダメージ上限ということですか」
残り五割でぴたりと止まった魔王のHPを見てウィルバートがそう溢す。
【多重全転移】によりかつてない量のバフが乗った今の一射には手応えがあった。
それは概ね全てのボスのHPを一撃で全損させられるであろう出力であり、ここまでのダメージを見るにそれは魔王の防御力でも変わらない。
しかし魔王はそうはならず、一足飛びに撃破とはいかなかった。
「私の弓はここまでです。リリィ、あとは頼みました」
「十分だよ。助かった」
ウィルバートの矢は初撃で敵を倒せなければ大きく威力が低下する。
二人は再度装備を切り替え、ウィルバートはバフに徹することとした。
「私もガス欠ー、多少は頑張るけどー」
「ありがとー!その分頑張るからっ!」
「うん、ちゃーんと勝ってよー?」
フレデリカも【マナの海】の効果時間が終われば、以降魔法行使に制限がかかりまともに力を発揮できなくなる。メイプル達に後を託して概ね戦線離脱といったところだ。
頼もしい後衛陣により難局を乗り越えた代わりに二人が実質の機能停止。
確かな代償と引き換えに、魔王戦は後半へと突入するのだった。




