防御特化と魔王4。
全体に気を配りつつ、サリーはドレッドと二人高速戦闘を続けていた。
相手取る異形は異様に長い両腕の先の鉤爪を武器としており、二人を上回る移動速度から攻撃を繰り返してくる。
呼び出された異形の中、飛び抜けた速度で動き出したそれに反応したのが二人だった。
【一夜城】までのルートをカットして、二人は一切スキルを使うことなく異形と繊細なやり取りを繰り返す。スキルの硬直はこの相手には致命的。
かけられたバフとデバフを活かしじりじりと、しかし確実にHPを削り取る。
飛びかかってきた異形に対し、ドレッドは臆せず踏み込むことで鉤爪を躱してカウンターで腕を斬り裂く。
異形が勢いのまま切り返してサリーに迫れば、爪を的確に叩き落とされ、全身に深く傷を負う。
こういった相手と対峙した時の二人のスタイルは酷似している。敵の攻撃を捌いて、安全マージンを確保して、的確なカウンターを叩き込むのだ。
「「……!」」
削れたHPが次のモーションを誘発する。回転して周囲を爪で攻撃。二人は示し合わせたようにバックステップで攻撃を避け、攻め直そうと再度踏み込んだところで同時に直感する。
「【氷柱】!」
「シャドウ【影潜り】!」
サリーは上空へ、ドレッドは影の中へ。ただ、危険だと感じた。その事実だけで回避に全てを懸けることを二人は躊躇わない。
ドレッドの【神速】のように姿が消失し、辺りの地面に次々に深く爪痕が刻まれる。それが収まるにつれ異形の速度が落ち姿が視認できるようになる。
「面倒な……」
「距離を開ければ対応できますが……もしくは弾いてしまえば」
「ああ……それも悪くないか」
「提案はしましたけど、可能ですか?」
「初めて剣を交えたイベントの時から、俺が進歩してねえって?……習得は面倒だったぜ」
サリー程完璧ではないと付け足しはしたものの、ドレッドにも自信があるようだった。
サリーがドレッドの直感による回避を盗み取ったように、ドレッドもまたサリーの超絶技巧によってなされるパリィを習得していた。
「分かりました。信じます」
「あーそれでいい。やるぞ」
「はい」
再度異形が急加速する。距離を一瞬にして詰め、不可視の鉤爪を振り抜いて。
ギィインと音を立ててドレッドがそれを弾く。
「はっ!」
すれ違いざま振るった短剣が空中にダメージエフェクトを散らし光の尾を伸ばしていく。
「簡単にしてもらっちゃったな」
サリーもまた当然のように見えない鉤爪を弾く。ドレッドにつけられた傷口から発生するダメージエフェクトが目印になってくれているとはいえ、その程度で対処できるようなものなら苦労はないのだ。
二人を攻撃する度、代わりに傷口が増える。速度を落とし姿が見えるようになった時、身体中に傷をつけて満身創痍の様相を呈していたのは異形側だった。
「次の技がないなら、死ぬまで攻めてきなよ」
「なくていい。あっても面倒なだけだからな」
二人は並んで武器を構える。さあ来い。自ら死地に飛び込んで来い。
強力な攻撃スキルも、魔法も、無敵も、回復も、何一つ必要ない。
信じるものは己の技術。
魔王の手下程度に破られるような柔な作りはしていない。二人を支える最強の武器、戦闘技術ただそれ一つで目の前の高速の異形を詰ませる。
間を置かず繰り出される異形の苛烈な攻撃は、ダメージを受ける速度を上げるだけのものになって、自らを急速に死へと追いやっていくのだった。
飛び抜けた能力を持つメイプル達、その中でも特に高い戦闘力を持っていると言えるペインとミィが相対したのは魔王の正面。大きな槍と盾を構え、強固な防御と堅実かつ苛烈な攻撃により魔王への道を閉ざす異形の一人。
「【破砕ノ聖剣】!」
ペインが聖剣を振り下ろす。異形はそれを正確にガードしカウンターとして突き出してきた赤い長槍がスキルモーションで硬直したペインの肩を貫きダメージエフェクトを散らせる。
しかし持ち前の高いステータスと、パッシブスキルを含む複数のダメージカットスキルが効果を発揮しそのダメージは最小限で済む。
ペインがこのまま数発受けたとて死は遥か遠い。そうしているうちミザリーの回復が間に合うだろう。
攻撃がヒットしたところでHPがまともに減らない、圧倒的高水準の基本性能がペインの最大の強み。突くべき弱点などそもそも存在しないのだ。
「【守護ノ聖剣】!」
槍を受けながら盾のガードを避けて剣を捩じ込む。互いにダメージを与え合えば、回復能力がなくダメージカットに乏しい異形が先に耐えられなくなる。ノーガードの殴り合いだが勝算はこちらにあった。
「【炎帝】!【噴火】!」
ミィの放つ燃え盛る炎が異形を包み込む。【フレアアクセル】により加速したミィは魔法使いとは思えない機動力を持ち、攻撃入り乱れる前線においても戦える。
適切な距離を保ち、槍の射程外から一方的に炎を叩き込む。
ペインがダメージ覚悟で張り付き敵に超接近戦を迫ることでミィがフリーで攻撃できていた。
「【炎槍】!【豪炎】!」
盾を構えていようと関係ない。前座に手間取っている気などさらさらない。
高火力の魔法を押し付けて、形態変化を気にも止めずにその肉体を破壊する。
奥に見える大盾持ちの異形に守られ魔法を行使し続ける魔王の姿。向かう先はそこであり、目の前の異形などではない。
「【灼熱】!」
「【光輝ノ聖剣】!」
この相手に単純なHPの削り合いで負けることはないという確信が、二人を迷いなく攻撃に向かわせた。
高まる敵のダメージを自己回復とダメージカットをさらに重ねることで無力化し、遂に目の前の異形を消し飛ばしたペインとミィはそのまま一足先に魔王へ向けて踏み出す。
「ミィ、手前の異形ごと吹き飛ばす」
「ああ。全力で行く」
「「【覚醒】!」」
二人の【絆の架け橋】が輝き、レイとイグニスが姿を現す。
「レイ【光の奔流】【全魔力解放】」
「イグニス【我が身を火に】」
ペインを聖竜の光が、ミィを不死鳥の炎が包み込み、二人のダメージと攻撃範囲をさらに撥ね上げる。
ペインの聖剣が輝きミィの杖が炎を噴き上げる。
それは臨界点を迎えると前方に向けての破滅的な一撃となった。
「【聖竜の光剣】!」
「【殺戮の豪炎】!」
吹き荒れる光と炎が眩しいくらいの輝きとなって視界を埋め尽くす。
二人が持つ最大火力は魔王を守護する異形が構える大盾ごと全てを吹き飛ばした。
発生した炎上するダメージゾーンに聖剣由来の魔王達への特攻効果。
この一撃が戦況に与える影響は大きいはず。手応えは十分。二人は白と赤の輝きの向こう、魔王の出方を窺う。
二色の光を斬り裂いて弾丸のように一つの影が迫る。二人の攻撃を受けて吹き飛んだ大盾を持つ異形の裏から、その背に翼を生やし、ダメージエフェクトを散らしながら、魔王が笑みを湛えて高速で飛んできた。
HPは多少削れているものの二人の放った大技の威力からすると物足りない。異形に庇わせ直撃を避けたことが見て取れるHP状況だが、接近戦はペインにとっても望む所だ。
「【灼熱】!【紅蓮波】!」
ただで通れると思うなとペインの後ろからミィが火を放つ。波のように迫る広範囲攻撃だが、魔王は真っ直ぐに飛んでミィの炎に突っ込むと、両手の剣を振るい炎をかき消した。
「なるほど……!」
ペインが剣を構える中、魔王は急加速し一瞬にして視界から消えた。
【神速】に似た技、異形にできることが魔王にできぬ道理もない。
「レイ、【聖なる守護】!」
咄嗟に発動した防御スキル。防御のために構えた剣を避けて顕現した魔王の二本の剣は、ペインを肩口から深く斬り裂いて大量のダメージエフェクトを散らせる。
異形の槍で何度突き刺さしても揺らぐことのなかったペインのHPが六割程吹き飛ぶ。
サリーが感じ取った剣の重さがダメージとして可視化される。
受けたのがペインでなければその一撃が即死級。ダメージに顔を歪めながらペインは反撃を試みる。
振り下ろした剣を後方へ飛んで避けると、魔王はその僅かな隙に突っ込んでくる。
異様に高い機動力に攻撃力、ダメージカットと回復込みでダメージトレードが成り立たない可能性が過ぎるライン。振り抜かれる双剣を前に、ペインはいつものように自分の手札から繰り出せる最善手を探る。
「【カバームーブ】!」
その刹那の攻防。魔王と勇者の生死をかける戦闘に割って入るジョーカー。
ペインとミィが飛び出した分を【重力制御】によって詰めてもらったメイプルが魔王とペイン、二人の隙間に飛び込んだ。
「やああっ!」
ペインと同じように高速の剣技を体で受け、されどそのHPは一切減少することはなく。
誰も真似できない方法でダメージトレードを破壊してメイプルが大盾を叩きつける。
その特殊なステータスを活かすことで、防御を一切意識しないでいい分メイプルの攻撃の出は速い。横薙ぎに振った大盾の直撃と共に【悪食】が起動して魔王のHPをガクンと減らす。
【集う聖剣】ですら持っていない特別なカード。メイプルの強烈なカウンターが魔王の腹を食い破り、距離を取らせることに成功した。
「大丈夫ですか!」
「ああ!助かった!」
「メイプル、ペイン!気をつけろ、また来る!」
三人のギルドマスターが最前線で見据える先、魔王は双剣からドレスと同色の真紅のオーラを大きく噴き上げる。
リーチの延長、威力の増加、様々なものが考えられる中、その背に展開していた異形召喚に繋がる弾丸発射用の魔法陣が薄れて消滅していく。
メイプルの【悪食】のクリーンヒットにより次の攻撃パターンに移り変わったのだ。
降り続ける魔法により小型の異形が数を減らして、召喚した特殊な異形が完璧な対応を見せた面々に次々に撃破されていく中、魔王は前方にオーラ迸る剣を向けた。
直後メイプル達の足元に展開される巨大な魔法陣。部屋全域とはいかないが、まともに回避できる範囲のものでもない。
「【陣形変更】!」
事前に決めておいた役割。一定の状況下に置かれた時に順に切ると決めた切り札の一枚。
リリィのスキルによって瞬時に範囲外の【一夜城】の中まで移動したメイプル達は、目の前の魔法陣が炎のような真紅の光を噴き上げるのを目の当たりにした。
「ありがとうございますっ!」
「元よりその予定だったからね。しかしどうしたものか……!」
メイプルに礼には及ばないと返しリリィは前方を見やる。当然のように見覚えのない攻撃パターン、さらに地面の魔法陣はなおも薄く輝きを放っている。
それは先程の超広範囲攻撃の再発動を強く予感させるものだ。
さあこの上で戦えと、魔王はそう宣言していた。




