防御特化と魔王3。
敵が接近の際見せた挙動。少ない情報から判断し即座に割り当てを決めて、それぞれボスクラスの異形の対処に向かったメイプル達。
その割り当てに間違いはなかった。
「メイプルが控えてるってのは頼もしいな!」
「ああ。だが、これを抜けさせるわけにはいかないだろう。明らかに……後衛を狙っている」
シンとカスミが向き合う異形は大きな翼で空を飛び、頭部と両腕が砲身のように変形しており、少しでも攻撃の手を緩めると後衛に対しそれを向けてくる。
可能な限り前衛を無視して後衛を狙うように作られたそれは素直に通してしまえば、魔王が際限なく生み出す小型の異形を火力支援によって押さえ込んでくれている後衛に被害をもたらし、この均衡を崩してくるだろう。
「飛行機械がない今こそ、俺の技も輝くってもんだ!」
シンは【崩剣】を発動して浮かぶ剣の上に乗ると空へと舞い上がる。
「ウェン【風神】!」
吹き荒れる風の刃がシンの【崩剣】と共に異形の体に傷をつける。フレデリカ、ウィルバート、ヒナタ、三人を筆頭に普段以上のバフデバフが関与する攻撃は、本来手数で攻めるシンの技からは想像できない見た目以上の威力で異形を襲った。
「かなり強化されてるはずなんだけどな!タフなやつだ」
ダメージを与えたシンに反応し、シンの放った攻撃にも負けない数の赤い銃弾が反撃として迫る。
「はっ、舐めるな!」
自分の周りに待機させておいた剣を急加速させて銃弾を撃ち落とし、それでも抜けてくる分を足場にした剣を動かすことで回避する。それぞれが自動で移動と反撃を行なっているかのような自然な動き。これは長い間ただ一つ【崩剣】のみを軸として戦ってきたが故の練度の高さがなせる技だった。
「カスミ!」
「ああ!」
防御と回避をこなしながら、シンは残る剣を階段状に配置してカスミの足場を作り攻撃のサポートも行う。
「【血刀】!」
用意された剣の階段を駆け上がり、鞭のように振るわれた液状の刀が異形の体に傷を残す。
カスミに対しても同様に銃弾が放たれるが、カスミはシンとはまた別のアプローチで対処を図った。
「【一ノ太刀•陽炎】!」
敵を指定しての瞬間移動。【カバームーブ】のような高速移動ではないこれに移動経路は存在しない。直撃する軌道であるはずの銃弾は消失したカスミを捉えられず、目の前への瞬間移動を許し、カスミの重い一撃が胴を斬り裂く。
「魔王ほどではないが、これは……!」
最上級のバフがかかっている攻撃は決して軽いものではない。しかし、目の前の異形一体を倒すにはまだしばらくかかる。異形の高いHPと防御力は加えた攻撃とHPバーの残量から推し量れた。
戦場全体の状況も考慮して、あまり長引かせたくはない。畳み掛けるつもりの二人を後押しするように、どこにでも介入する総大将からの支援砲撃が飛んだ。
「【古代兵器】!」
青いレーザーが異形の体を焦がす。遠距離攻撃を持ちフリーで動けるメイプルが、ヒナタの【重力制御】を受けて空中に浮かび、全ての敵に射線を通せるポジションを確保し防御の合間に攻撃に参加したのだ。
横からの攻撃に反応し、異形が移動を完全に止め頭部をメイプルの方へ向ける。
それは、繰り広げられる息もつかせぬ戦闘の中で異形が見せた大きな隙だった。
「ウェン【不可視の剣】!」
「【三ノ太刀•孤月】【四ノ太刀•旋風】!」
追加ダメージを付与し、防御に回していた分の【崩剣】も使って攻めるシンと、スキルで飛びかかり連撃を重ねるカスミ。
後ろのことも自分達の安全も気にしなくていい、さらには狙われたのはメイプルであり、仮に攻撃が放たれても問題ない。
ダメージを出すことに集中できる条件は完璧に揃っていた。
叩き込まれた連撃がメイプルから再度二人に注意を向けさせる。当然まだ倒れはしないものの、異形討伐に向けて二人は大きく前進した。
「いい支援だ。ったく本当大盾使いとは思えないな!」
「それには同感だ。この調子で削ろう。勝利のためには魔王に辿り着かなければ」
「だな。もたついてらんねえ!」
砲身状の両腕と頭部が音を立てて変形し砲口が二つに変わっていく。
呼び出された配下が当然のように形態変化を持つ現状を受け止めながら、二人は魔王を倒すためにまず目の前の脅威の排除に注力するのだった。
ベルベット、ドラグ、リリィが向かい合うのは赤い杖を持った細身の異形。それがトンと地面を杖で突くたび赤い魔法陣が展開され、魔王同様に次から次に異形を召喚してくる、まるで魔王の副官のような敵だった。
「【極光】!」
ベルベットを中心に雷の柱が発生し、範囲内の敵全てに電撃が走る。これもまた並の敵なら即消滅させられるベルベットの大技の一つ。しかし本体はもちろん杖を持つ異形に呼び出された配下も生き残る。
「【土波】!」
ドラグのスキルによって地面が波打ち、裂けるように弾けて散弾のように石を飛ばす。
ダメージはそう大きくない。重要なのは当たった敵にもれなくノックバックを与えることの方だ。
「【一斉掃射】」
召喚は何も敵だけの特権ではない。リリィが並べた兵が銃弾をばら撒き、降り続けるベルベットの雷と共に異形達を少しずつ減らしていく。
「悪くねえ。粘ってれば雷の雨で本体も削れてくぜ!」
「ノックバック。いい能力だね。防御も自在とは流石【集う聖剣】最高戦力の一人という訳だ」
ドラグのパッシブによるノックバック付与は自分のスキル全てにかかる。一度範囲攻撃を放てばノックバックを無効化していない限りまともに近づけない。
いつもならそうして体勢を崩した相手に【突進】で追撃をかけるが、今回はひたすら相手の接近を拒否する役割だ。
HPを削るうち一本だった杖は二本に増え、召喚される異形も数を増していく。リリィが召喚ペースを上げてついていってはいるものの、召喚兵の耐久力の差が次第に戦線に影響を与え始める。
「このままだとかなり時間がかかるっす!できることなら直接攻撃を狙いたいっすけど……!」
「道を作るくらいならできるぜ!つってもリスクもあるがな!」
「それでも狙うべきだ。万一の場合は私が【陣形変更】で回収すればいいさ。このまま押されると状況が悪くなる」
リリィは手に持った旗を大きく振ると二人の突撃を支持した。
「……!分かったっす!」
「っしゃあ!なら突っ込むぞ!」
「【エレキアクセル】!」
弾けた電撃がベルベットとドラグの移動速度を上げる。二人は際限なく湧き出してくる異形達の向こうに見える、杖を持つ大元の異形へと駆け出した。
「【ラピッドファクトリー】【再生産】【玩具の兵体】【砂の群れ】【一斉掃射】!」
リリィは流れるようにスキルを詠唱し、瞬間的に大量の兵を呼び出すと銃弾をばら撒く。
「【古代兵器】【滲み出る混沌】【攻撃開始】!」
「はっ、相変わらずいい威力だね」
「頑張ってくださいっ!」
「ああ!十分だ!」
リリィは二人が突撃を決めた時、大きく旗を振った。それはメイプルとヒナタへの合図。
呼び出された最強の兵はメイプル。空中からの容赦ない攻撃が、リリィの兵士達の銃撃に混じって異形達にダメージを与えて怯ませる。
「【地割り】!【グランドランス】!」
「【轟雷】!」
倒せるものは倒し、足止めで十分なものはドラグがノックバックで弾き飛ばす。
地面から突き出る岩の槍、放射状に広がる雷の柱。二人は突進しながら広範囲にダメージをばら撒く。
「【バーンアックス】!おら!邪魔だぜどいたどいたぁ!」
「【重双撃】!通してもらうっすよ!」
吹き飛ばして吹き飛ばして、無理やりに道を開けた二人に背後から生き残った異形が迫る。
「【追加招集】【傀儡の城壁】!」
両者を遮るようにリリィが呼び出した兵。それは即座に分解され分厚い壁として再構築され、二人と異形を断絶した。
「邪魔は無しだ。その分私が相手さ、それでは不満かな?」
背後を気にする必要がなくなった二人は目の前の敵だけを意識する。
「【突進】!【フルスイング】!」
ドラグがベルベットの前に出て先に杖を持つ異形に接敵する。召喚を軸に戦っているだけあって、接近戦は不得意だったらしく、ドラグが振り上げた斧をまともに受けてそのまま真上に跳ね上がる。
ノックバックならぬノックアップ。高く飛ばされた異形は身動きできないまま自由落下を受け入れるしかない。
「【闘気覚醒】!」
爆発的なオーラの噴出。拳を構えて真下で落下を待つのはベルベットだ。
「【爆砕拳】!」
ベルベットの最高火力スキル。重い一撃が異形に突き刺さり、雷の雨とは比べ物にならないダメージが入る。異形の体がボコボコと蠢き第三、第四の杖を持つ腕が生成されるが、二人の知ったことではない。
「【パワーアックス】!」
ドゴッと音を立てて、ドラグの斧がベルベットの拳で一瞬支えられていた異形の体を再度空中に跳ね上げる。
「死ぬまでそうしててもらうぜ」
「次の一撃……行くっすよ!」
バチバチと雷の弾ける拳を再度構えて、ベルベットは異形を待ち構える。
耐久力が高いのなら、敵が耐えきれず弾け飛ぶその時まで動けなくして殴り続ける。
シンプルでだからこそ対抗する術の少ない暴力的なプラン。リリィに防御を丸投げして攻撃にのみ注力しただけの価値がある成果。
二人は敵の撃破でもって献身的な防御に応えることとした。




