防御特化と魔王。
闇が噴き出るように黒が一帯に溢れ出し、紫の塊に裂け目が走り中から魔王が姿を現す。
「……!?」
その瞬間全員がこの戦いに起きた異変を察知した。
中から出てくるのは魔王。
外の兵士と同じような闇を固めて作ったような鎧に包まれ、巨大な武器を持ち、揺らめく黒い炎でできた顔の中に表情のように見える赤い輝きを放つ性別すら不明な巨躯の人型モンスター。
そうであるはずだ。
しかし、覚醒しメイプル達の前に今現れたのは、透き通るような白い肌に真紅のドレスを身に纏い、背丈以上に長い雪のような白の髪を靡かせ、ドレスにも劣らぬ紅の瞳でこちらを見る女だった。
姿形からはとても戦闘に長けているようには見えない。それでも、放たれる威圧感が既に一度魔王を撃破した面々に警鐘を鳴らす。
あれはより危険な生命体であると。
「……なるほど。【楓の木】の旅には波乱と予想外がつきものだったな。俺もすっかり忘れていた」
「そうか。どうやら最後まで一筋縄ではいかないようだな」
ペインとミィが構えた武器により力を込める。
幾度となく繰り返した挑戦で確認した魔王の行動パターンは、戦闘のたびまだあるのかと思わされるほど多く、未確認のものもあるだろう。
しかし、【集う聖剣】【炎帝ノ国】【thunder storm】【ラピッドファイア】の全ての試行において魔王の見た目は不変だった。
発生した明確な異常。組み上げてきたプランが音を立てて崩れていく中、それでも全員が勝利のために前を見据える。
「どんな相手になっても勝つだけっすよ!」
「はは、気が合うね。その通り。そうでなくてはこうして呼ばれた意味を示せないというものさ」
「皆さん……勝ちましょう!よろしくお願いします!」
我らが総大将、メイプルが全員を奮い立たせる。魔王は既知から未知に変容した。まずは出方を窺わなければならない。
「人の勇者達か……随分精鋭揃いのようだ。これより始まる私の支配、その始まりには相応しいだろう。光栄に思うといい、お前達のことは最初の供物として受け取ってやろう」
地面に降り立つと同時に響いた声。魔王の力なのか空間内に静かに響くその声音からは絶対的な余裕と自信を感じ取れる。
直後、魔王が細い腕を前に伸ばすと赤い魔法陣が展開され同色の光が波紋のように拡散した。
「アース【覚醒】!【突進】【岩の守り】!全員備えとけ!俺がチェックする!」
即座に反応したのはドラグ。魔王の攻撃パターンは多岐に渡るが、その初手は決まってかかっている効果の打ち消しだった。
しかし、魔王は既にその行動パターンから逸脱。
何度も繰り返した【集う聖剣】での攻略手順に則り、高耐久のアースにバフをかけた上で飛び出させ、敵の放った技の効果をリスクを抑えながら探りにいく。
先行したアースへ波紋が直撃すると同時、HPが半分程吹き飛びながら【岩の守り】のバフが消失し、デバフが大量に重なったことを即座に確認してドラグは顔を顰めて叫ぶ。
「クソっ、当たんな!終わるぜ!」
「「「「【大規模魔法障壁】!」」」」
ドラグはアースを【休眠】によって回収し、カナデ、フレデリカ、ミザリー、ヒナタが巨大な障壁を展開し波紋から全員を守る。
魔王の先制攻撃を防ぎ切って、フレデリカ、ミザリー、リリィ、カナデからのバフを受けながら魔王へ向けて飛び出したのは六人。
サリー、カスミ、ペイン、ドレッド、シン、ベルベット。近接戦闘で最も力を発揮する六人は、後ろでまごついているわけにはいかない。
「【フレイムバレット】!」
サリーが先頭で魔法による牽制攻撃を放つも、それは魔王が伸ばした手の先で発生した障壁に防がれる。
「また知らないことを……!」
サリーが聞かされた情報の中に存在しない防衛機構。目の前の存在が魔王であり魔王でないことを改めて認識したところで魔王の背後、空中に無数の赤い魔法陣が出現する。
放たれるのは赤い弾丸。先頭を駆けるサリーを狙ったそれは、しかしサリーには直撃しない。
「今更、その程度!」
メイプルの背後からの弾幕すら避けてみせるサリーに対し、躱すスペースのある攻撃は意味を持たない。
しかし、地面への着弾と同時にばしゃりと弾けて血液のように広がった弾丸はただ消えていってはくれなかった。あちこちにできた跡からは次々に異形が這い出して敵勢力が拡大する。
一体一体はユイとマイくらいのサイズだが、放たれる弾丸全てが異形達の卵のようなものであり、躱せども防げども着弾地点にべったりと張り付き、そこからは目鼻がなくのっぺりとした頭部に、ぱっくりと裂けた大きな口を持ち、細く長い手足が特徴的な異形達が生まれてくる。
「【雷神再臨】【稲妻の雨】【落雷の原野】【嵐の中心】!」
「【崩剣】!」
それでも怯むことなく、ベルベットが引き起こしたのは雷雲の中かのような破壊的な雷。
それは現れた異形達を次々に焦がし、確かなダメージを与える。
「こいつらは任せて欲しいっす!」
「一対多は俺らの十八番ってなぁ!」
「助かる!」
飛び出した面々の中でベルベットとシンは継続的な範囲攻撃に長けている。
吹き荒れる強烈な雷や飛び回る剣をその身に受けてなおすぐには倒れない異形達。
それがただの雑魚モンスターでないことは理解しつつ、サリーは自分の役割は一対一を制することだと目の前まで迫った魔王に集中する。
「疾く斬り伏せてやろう」
「……!」
サリーの接近に合わせて魔王がその手に顕現させたのは二振りの長剣。
カスミの【血刀】にも似た、血を凝固させたかのような鮮烈な赤。
プレイヤーでない魔王にはユニークシリーズを活かしたフェイクによる揺さぶりも効かない。
「【竜炎槍】!」
両手に炎の槍を携えて、敵の得物のリーチに負けないよう準備を整えると、サリーは自身の技量による真っ向勝負を仕掛ける。
魔王が舞うように二本の剣を振るい、サリーはそれを受けて槍を突き出さんとする。
「っ、重い……な!」
その細腕からは想像できない重い一撃。魔王の人外の膂力に体ごと吹き飛ばされる感覚に、サリーは逆らわず後ろへと跳ねて距離を取る。
サリーは空中で態勢を立て直すと、飛んでくる赤い弾丸を魔法によって撃ち落として地面に着地する。
「ドレッド、援護を頼む!」
「ああ……!」
サリーでも目の前に張り付くことが難しい相手。自分達が倒した魔王とは全く違うものであることをより強く確信しながらペインとドレッドが入れ替わりで飛び込む。
「シャドウ【覚醒】【影の群れ】!」
ドレッドはシャドウに命じて影でできた狼を大量に呼び出すと一気にけしかける。
放たれる赤い弾丸に撃ち抜かれて次々に消失してなお、十分な数を遺して魔王に飛びかかった狼達。
しかし魔王は手に持った剣を目の前で一本に纏めると回転しながら横薙ぎに振るう。
赤く鮮烈なエフェクトが剣の軌道に太く残り、一瞬の後狼全てを巻き込んで激しく爆ぜた。
「「隙だらけだ!」」
ドレッドが誘発した大技、その一瞬を見逃さずカスミとペインが距離を詰める。
「【一ノ太刀・陽炎】!」
「【断罪ノ聖剣】!」
ドレッドが誘発した大技、その一瞬に魔王を挟み込むように迫った二人が重い一撃を叩き込む。防御用に展開された赤い障壁を斬り裂いて、戦闘開始から初めて魔王の体に剣が届いた。
「「……!」」
渾身の一撃のクリーンヒット。バフも十分に乗った攻撃が二人分。しかし魔王の体力は攻撃が無効化されたと見紛うほど僅かにしか減っていない。
高い防御力と総HP、一度行動を起こす度、目の前の相手の異常さが伝わってくる。
僅かに削れたHPか、時間経過か、配下の撃破数か。
解明不可能な何かに反応して赤く輝くオーラが魔王から噴き上がる。
「……!シャドウ【影世界】!」
ドレッドの直感。漂う危険な香りが理屈を並べるより先に体を動かす。
シャドウにより影の中にパーティーメンバー全てを避難させ潜った直後、赤い爆発が魔王を中心に巻き起こった。
舞う濃い血煙のような赤い何かが魔王までの視界を遮る。後方まで退避したドレッドは、地上に出てきて全員の生存を確認すると、面倒だとばかりに息を吐く。
「ドレッド、流石だ。助かった」
「あれは骨が折れる……畳み掛けんのは厳しそうだ」
息もつかせぬ猛攻によって押し潰す戦略は魔王には通じないだろう。
「なら受け切りましょう。【楓の木】には【集う聖剣】にもないものがある」
サリーはそう言ってメイプルを指で示す。
「確かに。それは【集う聖剣】にも私達【炎帝ノ国】にもないものだ」
「そうっすね!なら……魔王の攻撃全部見た上で勝つ気でいくっすよ!」
「ここからが本番というわけだ……はは、魔王もお怒りのようだしね」
リリィが前方に目を凝らす。
赤い爆発が巻き上げた煙は収まっていき、代わりに爆発範囲の地面に広がった赤い液体。
魔王を守るように、こちらへ攻め込むように、次々に手に武器を持った異形達が現れる。
先程弾丸の跡から出てきたものとは比べ物にならないプレッシャーを放ち、大きいものはメイプルの【暴虐】形態ほどもあり、持った武器も様々だ。
「魔王が一人戦うものだと思っていたのか?配下一人いないと?勇者達よ、その浅慮には驚かされる」
不思議と響く声で魔王が再度語りかける。纏めた剣を再び二つに分け、異形達に指示を出すと、それらはメイプル達を殺すべく向かってきた。
「何もせず待ってたわけじゃない……【全トラップ起動】」
「【範囲拡大】【祝福の聖域】【回復の泉】!」
マルクスがトラップを起動させると【一夜城】による本陣が即座に生成され、辺りに防御用の柱が何本も屹立する。
ミザリーは【一夜城】全域をカバーできるよう、場所そのものにダメージカットと回復効果のあるスキルを設置する。
機動力に欠ける後衛陣を守る堅固な城。それは魔王と正面から戦うための重要な拠点。
「前衛の枚数がいる。出られる限り、前に出ないと……メイプル!防御は任せるよ!」
「うん!任せて!」
全体攻撃で楽に一掃できる相手でもない。呼び出されたモンスターの一体一体がボスクラス。後衛にそのまま殺到させるわけにはいかない。
「支援は任せてー。後ろは気にしなくていいくらいにするからー」
「そうね。バリケードももっと増やすわ!」
「いざとなればリリィの【陣形変更】がある。僕らはこの拠点を固めておかないと」
背後に残るのはイズ、カナデ、フレデリカ、ミザリー、マルクス、ウィルバート。
残る面々が城を飛び出し、それぞれ小さな部隊を作ってモンスターの対処に当たる。
これをどうにかしないことには大きな盾を持つ異形二体に守られた最奥の魔王に辿り着けない。
異形達との衝突が始まる中、少し後方でメイプルは隣のヒナタを見る。
「メイプルさん、では……行きます!」
「うん!頑張って!私も頑張る!」
「【重力制御】【重力強化】!」
メイプルにとってもヒナタにとっても普段は取れない戦略。
これは敵の動きに関わらず起動可能な、用意してきたプランの一つ。
戦況が制御不能になる前に、メイプル達は湧き出す敵の撃滅に乗り出した。




