防御特化と魔王軍2。
メイプル達は【集う聖剣】、【炎帝ノ国】、【thunder storm】、【ラピッドファイア】の力を借りて考えられる限りのベストメンバーでもって魔王討伐へ乗り出した。
今ここにいるメンバー全員を集められることが決まったその日から、メイプルは先に攻略を続けていたペイン達トップギルドが得た知見を吸収してきた。
魔王の攻撃方法は多彩でパターンも侵入ごとに変化する。四つのトップギルドが見た攻撃パターンを全てつき合わせてみた時に、それぞれのギルドが知らないパターンがあったことは、魔王が一筋縄ではいかない相手であることを証明していた。
メイプル達はそれら既知のパターンについてを頭に叩き込んだ。
それは一発クリアという困難な目標の達成を目指す上での最低条件。既知のパターンに対応できない状態では、未知の攻撃への対応など考えている場合ではない。
魔王の元へと移動する間も【楓の木】の面々は、どの攻撃にどのスキルで対応するかを復習していた。
「メイプルは特にちゃんと覚えないとね」
「うん!大丈夫だよ!」
防御の要はメイプルだ。【身捧ぐ慈愛】を上手く敵の攻撃に合わせれば、本来無敵になるスキルでなければ凌げない攻撃もチャンスに変わる。
注意すべきは固定ダメージと防御貫通、そして発動中のスキルの打ち消しだ。既知の攻撃のうち、いくつがそれに該当するか頭に叩き込んでおくことで、メイプルの防御能力は真価を発揮する。
復習も完璧。メイプルの頭の中にはいくつもの行動パターンがしっかりと記憶されていた。
「勿論即興で対応する場面も多くなるから、集中してやろう。他のギルドとのアドリブでの連携はどうしても詰めきれてないから」
「頑張るよ!負けるわけにはいかないもんね!」
敵として味方として、これまで何度も戦ってきた面々ではあるが、【楓の木】のギルドメンバーとするような息のあった連携は難しい。
それでも、事前に擦り合わせておいた、それぞれが持つスキルを組み合わせてのセットプレイの数は多く、アドリブを要求される状況そのものを減らすための準備は怠らなかった。
「俺達もやれることはやったんだ。あとはぶつけてみるだけってやつだろ」
「ああ。私達も二人に勝利を届けたいと思っている」
「「攻撃なら任せてください!」」
「バックアップは私に任せて。今回は頼もしい味方も多いもの。腕がなるわ!」
「今日は【神界書庫】の引きもいい。僕の本棚も魔王討伐に乗り気みたいだ」
魔王討伐。打ち立てた大目標に向かって、決戦の時は近づき、メイプル達の士気も集中力と共に高まる。
そうしてメイプル達が辿り着いたのは、十層マップの中でここまで唯一踏み入ることのできなかったエリア。高い山々が連なり、『魔王の魔力』を持っていなければ解錠できない複数の門によって、奥までの道は閉ざされている。
ただ、既に全ての『魔王の魔力』を揃えたメイプル達なら奥へと進む権利がある。
山々の向こうへ続く洞窟。その入り口となる最初の扉。ボス部屋のものと同じ作りの大きなそれは、魔王との戦いがすぐそばまで迫っていることを改めて実感させた。
「おおー!開いた!」
メイプルが持つ『魔王の魔力・Ⅰ』が反応し、地響きと共に扉が開く。
順に扉を開け、魔王の元まで辿り着くためには全ての『魔王の魔力』が必要なのだ。
「モンスターも出るが、【楓の木】は基本控えていてくれればいい。ボス戦までは魔法での先制攻撃を主軸として遠距離攻撃で攻める」
「はいっ!」
今回は【楓の木】だけでの攻略ではないため、ペインの言うように魔法に長けたプレイヤーが十分確保できている。
フレデリカ、ヒナタ、ミザリー、ミィ、せっかく助っ人を呼んだのだから頼れる時は頼るべきだ。
メイプルの【機械神】など使えば減っていくリソースやクールタイムの長いスキルは温存し、ポーションでいくらでも回復できるMPの消費だけで、高威力かつ広範囲攻撃を繰り出せる魔法で道中を進んでいく予定なのだ。
重要なスキルは全て温存。それを振るう先は魔王と決まっている。
「【灼熱】!」
「んー、【多重風刃】!」
「【神罰】!」
「【重力の斧】」
そう広くない洞窟の中に、そのどれもが受けてはいけないような威力の魔法が吹き荒れる。
悪魔といった風貌のモンスターだったり、唸り声を上げる獣だったり、磨き上げられた剣を持つ騎士だったり。雑魚モンスターとはいえそのどれもがこの十層のラストダンジョンに相応しい能力を与えられている。
それでも、人間側魔王軍であるメイプル達は魔王に挑むに相応しい面々であり、いかにラストダンジョンといえど雑魚モンスターに歩みを止められることはない。
「やっぱり魔法をメインにしてる人の魔法の火力は違うなあ。よっぽど想定外のことが起こらない限り道中では出番はなさそうだね」
「気をつけて【カバー】だけ見ておけばよさそう!」
「うん。だと思う」
魔法だけでなく、ウィルバートの矢もシンの【崩剣】も控えている。万が一の場合に備え、武器を構える近接戦のエキスパート達もいる。
嵐のような魔法の暴威を乗り越えたとしてその先に待ち構える、一人でここのモンスターを相手取れるプレイヤー達。
ここで負けるようなことはない。それは油断でも慢心でもなく確信だった。
「んー、洞窟結構長いからなー。私も自動攻撃魔法とか欲しー」
迫り来るモンスターを的確に排除しながらフレデリカがそう口にする。
「私が持っている召喚系のスキルは自動攻撃に近いかもしれないな」
「僕のトラップの一部も……」
リリィにマルクス、メイプルは勿論、カナデの魔導書でも配下を召喚するスキルは存在する。
簡単な指示ができて敵に勝手に向かっていく。自動攻撃と言い表しても大きく外れてはいないだろう。
ありふれていると言うほどではないが、持っているプレイヤーを確かに見かける。それらはそんな位置付けである。
特に魔法使いなどは咄嗟に目の前に前衛を用意する手段としても使える上、魔法のバフ対象を増やせたりもする相性のいいものだ。
「スキルだと多重化できないから魔法でいいのがないか探してるんだよねー」
フレデリカは雑談しながらも、ミィ達と協力して片手間でモンスターを吹き飛ばす。
「なるほど。多重魔法で数を増やせたなら、もしかすると私の召喚にも匹敵するかもしれないね」
リリィの召喚する配下の数は相当なものだが、ノーツの【輪唱】による数の上乗せに【マナの海】を使っての【超多重魔法】まで重ねれば、匹敵するというのもそう非現実的な話ではない。
所属しているギルドが【集う聖剣】であることを踏まえると、そこまでの出力を目指さずともバフに徹するだけで大抵のモンスターには勝てるだろうが、フレデリカには上を目指す明確な理由があった。
「数で押すのが有効な場合もあるでしょー?」
フレデリカはちらっとサリーの方を見る。サリーが最も得意とするのは一対一。
範囲攻撃が特別得意でなく、回避によって戦闘継続を可能にしているサリーに対する戦法として単純な物量の押し付けは悪くない手だ。
フレデリカは勝ち逃げはさせないと、イベントでのサリーとの対人戦を見据えているのである。
「魔王戦に間に合ったらもーっと活躍を見せてあげたのになー」
「残念。またの機会に期待しておく」
サリーはフレデリカをそうあしらっておいて、前方の蹂躙を眺める。
洞窟内の進軍は特に言うこともなく順調に進んでいる。やがて洞窟も抜けて、その先々も苦戦することなく魔王の前まで辿り着くだろう。
用意された戦力は文句のつけようがない。
出番が全く来ない程順調であるが故に、サリーの意識は目の前のことから少し先のことへ向く。
しばらくして開催されるメイプルとサリーにとって最後のイベント。PVEかPVPか、誰とどう参加するのか。結局選択はまだ済んでいない。
「…………」
「サリー?」
どこか上の空なその様子に気づいたメイプルに声をかけられてサリーは我に返る。
「ん?……ああ、これだけ皆強いとやっぱり魔王までは特に気にすることないなって」
「その分魔王に集中だね!」
「うん。そうする」
遠くを見ていて目の前でつまづくわけにはいかない。まず今向き合うべきは魔王だ。
こうしてサリーは目の前の敵に集中した。言いようによっては、またほんの少し決断を先送りして。
和やかに、死体を積み上げる進軍は続く。この歩みを止められるものなどいはしないのだ。
いざ、最終章へ。




