防御特化と魔王軍。
別日、全ての『魔王の魔力』を手に入れたメイプルはギルドメンバー全員を集めて最後の戦いに向かうための作戦会議を開始した。
「さてと、『魔王の魔力』は集まったのは集まったんだが……どうするかだよな」
「ああ。まだ情報もまともに出揃っていない。四層エリアのボス戦の時のようにはいかないだろう。ましてや相手は十層そのもののラスボス、あれ以上の強敵だと考えるのが自然だ」
「だとすると……助けを借りるしかないです」
「私もお姉ちゃんと同じことを思ってます。えっと、クロムさんの言っていた助っ人っていうのはどうなんですか?」
「呼べば来てくれるはずだ。ただ、必要なら早めに声はかけたい。二十四人が同じ日同じ時間に集まるとなると直前に声をかけるわけにもいかないだろ?」
「そうね。私も助っ人を呼ぶことには賛成よ。八人でクリアできるならもちろんいいけれど、やっぱりリスクが大きいと思うわ」
「僕もそう思う。対応力の不足とダメージの不足を突かれると思うんだ」
ギルドメンバーの意見は一致していた。元より【楓の木】の十層の目標はメイプルとサリーが遊び尽くした上でゲームを離れられるようにすること。
魔王の討伐はその最後にして最大の関門であり、それと同時に、やり切ったと言うためには欠けてはならないピースなのだ。
故にギルドメンバー全員がより勝率を高めることを選択したのも自然な流れだったと言える。
「メイプル、どうする?クロムさんに頼んでみようか?」
「……一つ試してみたいことがあるんですけどいいですか?えっと、上手くいくかは分からないんですけど」
メイプルがそう言うと全員が続く言葉を聞く体勢をとった。そして、メイプルが試してみたいことを話し終えると、全員がその内容を落とし込んでなるほどと頷く。
「そりゃアリだな。って言ってもあくまで結果待ちなのは変わらないが」
「私も賛成だ。実現するならそれが最善だろう」
「「私達もいいと思います!」」
「メイプルらしいと思う。ふふふ、上手くいくといいな」
「私も異論なし。その結果次第ですぐ次の行動に移ろう」
「うん!皆、じゃあ私やってみるね!」
メイプルは全員から賛同を得ると、魔王討伐に向けて最後の準備を開始したのだった。
ギルドホームに集合しての作戦会議から数日。楓と理沙は放課後の教室で話をしていた。
「春休みも近づいてくるねー」
「うん。きっとしばらくしたら暖かくなってくる」
「すぐに暑いくらいになっちゃうよ」
「そうだね。気は早いけど、春って短いし」
春が来ればまたクラス替えもある。環境も変わることだろう。現実世界も、そして今年はゲームの中でも。
「あの話はどう?」
「上手くまとまりそう!」
「本当?ふふ、楓のここまでの行いがよかったのかな」
「そうかな?」
「うん。そうだよ。結果が何よりの証拠だと思う」
「そう思っておこっと」
「それがいいよ。でも、これでいよいよ本当に準備は整ったね」
楓と理沙はここまでの全てのハードルを乗り越えた。振り返るとそれだけでいくらでも話せそうなそんな日々だ。
「もうすぐって考えると本当に緊張してきたかも」
「最善は尽くした。けど、それでも未知の強敵だし……一度きりだしね」
「理沙はさ、緊張しないの?」
「私?んー、大会とかで一発勝負の大舞台を楓よりは多く経験してるから、落ち着き方を知ってるみたいな」
「それってどんなの?聞きたい聞きたい!」
「あくまで私のやり方の一つだけど。緊張するのを忘れるくらい楽しむこと!」
そう言う理沙の表情はこれまでで一番と言っていいだろう強敵との戦いを前に昂っているように見えた。
戦闘そのものを楽しむ理沙であれば、高まる集中力と激しい敵の攻撃、そのやり取りの中で感じる高揚感の間に緊張が入り込むだけの隙間はないのかもしれない。
「あはは、理沙っぽいかも」
「やっぱり真似できなそう?」
「うーん……ちょっと難しいかなあ」
「……じゃあ楓に効きそうな緊張をほぐす方法がもう一つあるよ」
「ほんと!?」
「うん」
「聞かせて聞かせて」
「戦ってる間ずっと……隣の私を信じてて」
「……!」
「どんなことがあってもメイプルを助けてみせるし、勝たせてみせる」
そう言う理沙の瞳には磨き上げられた技術と積み重ねてきた経験からなる自信が色濃く感じられた。
「緊張しなくなったかも!」
「言っといてなんだけど本当?」
「うん!ちゃーんと守ってね?」
「ふふ、そっちこそ」
「任せて!なんてったって大盾使いですから!」
「うん。その意気でいこう。今日は帰ったらどうする?」
「ちょっとだけレベル上げもしようかな?後は最後にメダルで手に入るスキルを選ぼうかなって」
「ああ、いいね。明確な強化になるし。目星はつけてるの?」
「無敵スキルとかもいいのかなーって思ったんだけど……」
「まあ無難ではあるね。一周回って楓だと使い道が少なくなっちゃうんだけどさ」
「強いのかは分からないけど……取ってみたいなって思ったのは【相棒の助力】!」
「お、それかあ。私もそうしようかなって思ってたんだよね」
「えっ、そうなの?」
「うん。クールタイムは長いけど、テイムモンスターのスキルを一つ借りられるのはすごくいい。既に使ったスキルも借りた後はクールタイムが解消されてるし」
理沙の場合朧から【神隠し】を借りれば朧自身に使わせる分も含めて、どうしようもない敵の攻撃を一回多く避けることができるようになる。理沙の戦闘スタイルにおいてケアできるスキルが一つ増えることが与える影響は大きい。
「理沙ともお揃いならそれにしちゃおうかな」
「強いスキルではあると思う。用途に合わせて借りるスキルをその場その場で選択できるのも面白いし」
「シロップに力を貸してもらってるって何だかいいなーって」
「そういう良さもあるね。もう随分一緒に戦ってきたしなあ」
シロップ、朧の二匹との付き合いは【楓の木】結成よりも長いのだ。その分愛着も湧くというものである。
「じゃあ今日の夜はゲーム内で会おっか」
「うん!魔王に負けないようにレベルを上げる!」
今夜の予定を決めて、二人は変わらず話しながら揃って帰路に着くのだった。
それぞれがレベル上げやアイテム調達など最後の準備を終えて迎えたその日。
魔王討伐の決行当日。メイプル達【楓の木】のギルドメンバー八人はギルドホームで残る攻略メンバーの到着を待っていた。
「ふー……できる限りの準備はしたが、いざ実践ってなると不安もあるな」
「腹を括るしかないだろう。なに、今回勝てないのならば諦めもつくほどだ」
「そうだね。僕もベストメンバーだと思うな。メイプルの連携の取りやすさとかを考えても」
「頑張ろうねお姉ちゃん」
「うん……間違えて攻撃に当たっちゃったりしないように気をつけないと」
「メイプルちゃんの【身捧ぐ慈愛】も最初から最後まで発動させておくのは難しいと思うわ。私もアイテムで壁を作るつもりだから、上手く使ってね」
「「はいっ!」」
「そろそろかな?」
「うん!あっ!」
定めておいた集合時間が近づく中、ギルドホームの扉が開く。
「ミィ!来てくれてありがとう!」
「他でもないメイプルの頼みだ。断るわけもない」
入ってきたのは【炎帝ノ国】のミィ、ミザリー、マルクス、シンの四人。
メイプルが読んだ頼もしい助っ人。その一勢力だ。
「魔王は強敵だぞ。如何に【楓の木】といえど油断すれば一瞬で吹き飛ぶからな?」
「気をつけた方がいいよ……まあ気をつけたところでまともに対処できないことも多いんだけど」
「ミィ達はもう倒したんだっけ?」
「ああ。一度撃破した。しかし何敗したかは覚えていない程だ。奴の厄介なところは行動パターンが多様すぎる上、決まった順序がないことだ。クリアしたとはいえ与えられる有益な情報はそう多くない」
「結局、初挑戦から撃破まで、知らない攻撃を受けることの方が多かったように思います。これだけでも魔王が別格なボスだと分かるんじゃないでしょうか」
今までのボスとは一線を画す相手。【炎帝ノ国】が苦戦したと言う事実は、この四人が助っ人に来てくれただけでは勝てると言い切れない材料にもなっていた。
とはいえあくまでこの四人だけではという話だ。パーティー人数上限までには空きがある。そしてメイプルが声をかけた相手もまだいるのだ。
ミィ達と話しているとガチャリとギルドホームの扉が開き、メイプルの呼んだ助っ人がさらに入ってきた。
「来たっすよ!いざ魔王討伐っす!」
「よろしくお願いしますメイプルさん。私とベルベットさんも全力を尽くしに来ました」
「私達も右に同じだ。いやはやそれにしても豪華なメンバーだね」
「僅かな助力ではありますが、私とリリィも手を貸しましょう」
やってきたのは【thunder storm】と【ラピッドファイア】のツートップ。ベルベット、ヒナタとリリィ、ウィルバートの四人だった。
「ありがとー!」
「こんな貴重な共闘の機会、逃すのは勿体無いっすよ!」
「同感だね。【楓の木】とはイベントでは敵対関係だった……そんなメイプル達と共闘できるというだけでも十分な価値だ」
「というのは理由の一つでして……ですよね、リリィ?」
「ああ。私個人として助けようと思った。ただそれだけのシンプルな理由だよ」
「えっと、ベルベットさんも……」
「おんなじっす!メイプルに頼まれたなら断らないっすよ!」
メイプルが積み重ねてきた関係性の構築、それが今この時これだけのメンバーを集めるだけの力を発揮している。
真っ直ぐにゲームを楽しむ中でメイプルが手に入れたかけがえのないものの一つだ。
「ふむ。顔ぶれを見るに後はあの四人だけのようだね」
「そうっすね!あの四人との共闘も楽しみっす!対人戦では敵だったっすから……」
「同感だね。と、噂をすればというやつかな?」
ギルドホームの扉を開けて最後に入ってきたのは【集う聖剣】の中心メンバー達。ペイン、ドレッド、ドラグ、フレデリカの四人だった。
「やっほーメイプルー。ちゃんと『魔王の魔力』は集まったみたいだねー」
「うんっ!でも一セットだけなんだけどね」
「おう、んじゃあ負けらんねえ戦いってわけだ!」
「ああ集め直しは面倒だからな……」
「そうならないように俺達が手を貸しにきた。メイプル、【集う聖剣】のギルドマスターとして勝利のために手を貸そう」
「ありがとうございます!えっと、これで全員ですね!」
「すごいメンバー……いや、本当よく集まったと思うよ」
サリーも集まった錚々たる顔ぶれに驚きを隠せないようだ。メイプルが集めたいといったプレイヤー達。これまでの交友関係のことを考えるとこうなるのは自然なのだが、全員が全員一騎当千、トップギルドのトッププレイヤー。半分だけでも凄まじい戦力である。
少ない選択肢の中でこうして全員が集まれる日程があったこともメイプルの幸運なのかもしれなかった。
「集まってくれてありがとうございます!ここにいる皆で魔王の討伐に行きたいと思います!よろしくお願いします!」
「ゲーム内でもここまで強力な勇者パーティーってのはなかったと思うぜ」
「だよなあ。俺も話を聞いた時はここまで集まるとは思ってなかったなぁ」
ドラグとシンも集まったプレイヤーの顔を見て、これならしっかり勝てるだけの出力があると頷く。
「あははー。でもー、メイプルがリーダーだと勇者パーティーっていうより魔王軍ー?」
「あ、それ……そうかも」
「言い得て妙っすね」
「え、ええっ!?」
フレデリカの言葉に【暴虐】を想起しつつマルクスがすぐに賛同し、その空気のまま全員がどちらかというとそうかもしれないと納得した様子。それもこれも【暴虐】だの【捕食者】だの悍ましいスキルの数々のせい。さらには触手を生やしたり、堕天したり、【再誕の闇】によるイベントでの味方喰いからの殺戮もそのイメージに大きく影響しただろう。
その経歴は勇者というにはあまりにも、あまりだった。
「じゃあどっちの魔王軍が強いか、比べに行こうよメイプル」
「もーサリーまでー!でも……うんっ!」
メイプルは一つ咳払いをすると集まった全員に呼びかける。
「よしっ……魔王に私達の強さを見せに行きますっ!えーっと、人間側魔王軍として!」
人間側魔王軍。その独特な響きに全員少し可笑しそうにしながら、それでも確かに士気は高まったようで、鬨の声が上がる。
魔王を倒すのは勇者だけとは限らない。
全ての準備をここに終えて、頼れる仲間を連れて、プレイヤーによっていつしか魔王と呼ばれるようになっていたプレイヤー『メイプル』は戦場へと向かうのだった。




