防御特化と遥か水底。
寄り道の探索も行って、八層エリアの攻略も進めて。メイプルとサリーは八層エリアの最終攻略へと乗り出した。
ここから先は水中遺跡の中でもさらに深部。前提アイテムの紋章を鍵として入ることができるエリアであり、敵の攻撃パターンは多彩になり火力と手数も上がる。
メイプルの【身捧ぐ慈愛】がなければサリーはまだしもカナデの生存は難しくなる。
ここからはメイプルの攻撃力は勿論、やはりその防御力を活かした立ち回りが必要になってくるだろう。
メイプル、サリー、カナデの三人はギルドホームに集合すると長いダンジョンである最後の水中遺跡へと移動を開始する。
「メイプルとサリーの準備は大丈夫そうだね」
「うん!スキルも全部使えるよ!」
「こっちも問題ない。いつでも全力でやれる。カナデは?」
「魔導書の用意はそれなりかな。無敵スキルもいくつかは引けたし高威力の魔法の準備もある。流石にイベント前ほど万全じゃないけど……心配しないで、二人の足は引っ張らないよ」
一度きりしか使えないという制限があり、魔導書も補充しきれていない。それでもカナデの手札の量は普通の魔法使いを上回っている。謙遜こそしているものの、その実【楓の木】の一員として出力は十分なのだ。
メイプル達が行き着いたのは、辺り一面一切建造物のない水底深きエリア。この底にメイプル達が向かう八層エリアのラストダンジョンがある。まずはそこまで一直線に潜るところからだ。三人は潜水服を着込むと遥か下、見えない水底へ向かって潜水を開始した。
「【身捧ぐ慈愛】!【救済の残光】!」
メイプルはまず二重の防御フィールドを展開する。水中は潜るにつれて敵の様相も変化する。メイプル達にとってまず厄介なのは、道程にして半分ほどまでは定期的に襲ってくる小魚の群れだ。凶暴で攻撃能力も高く、群れに飲み込まれれば巻き込まれて、そのまま運ばれながら攻撃され続けてしまう。
メイプル以外は受けられない上、魚群が大きく範囲も広い。三人は【身捧ぐ慈愛】と【糸使い】を組み合わせることで、運ばれるメイプルを押し留めて強行突破するつもりなのだ。
「来たよ!」
「サリー、お願いっ!」
「任せて」
【身捧ぐ慈愛】の効果範囲は円柱状。サリーはぐんと加速して一人深く潜ると、襲いくる小魚の群れの軌道から外れてメイプルに糸を伸ばす。
直後メイプルは魚群に飲まれ、ミキサーにでもかけられるように滅茶苦茶に振り回されるが、下から伸ばしたサリーの糸が遠くへ飛ばされることを阻害する。
「【ライトニングボルト】!」
カナデの放った電撃が水中に拡散し、小魚の群れを焼き焦がす。量が多い替わりにHPは少ない小魚達は、カナデの攻撃がしっかり決まった対象から消滅して光に変わっていく。
「サリー、そのままメイプルを引っ張って潜っていこう。こっちは僕が倒しながら行くよ」
「ん、任せた。メイプル!引っ張るよ!」
「はーい!いつでも大丈夫ー!」
しばらくの間メイプルは撒き餌となってもらっておくのが最善。カナデとサリーは邪魔にならない程度にモンスターを間引きながら、次第に光が届かず暗くなっていく水の中を潜り続ける。
そうしているうちメイプルを取り囲んでいた小魚達のテリトリーを抜けたのか、魚群にシェイクされていたメイプルがサリーに引かれるままに二人の元へ戻ってくる。
「よっ、と。お疲れ様メイプル」
「引き受けてもらったお陰で楽に進めたよ。メイプルの方は大変だったとは思うけど」
「ううん、水族館の水槽の中にいるみたいだった!」
「ああー、イワシの群れのやつね」
「ふふ、逞しいなあ。でもその様子なら僕らが心配する必要はなさそうだね」
「まっかせて!まだまだ元気だよ!」
「ならよし。ここからが本番だしね。一層気を引き締めていこう」
「おー!」
三人はゆっくりと深みへ沈んでいく。辺りから近寄ってくる魚のサイズは大きく、スピードは速くなったが、替わりに数は減った。
となれば今度はサリーの出番だ。
「【トリプルスラッシュ】!」
「【ライトニングボルト】!」
サリーの斬撃で怯んだ所にカナデが雷撃を叩き込む。三人ともただの魚に苦戦するつもりはさらさらなく、高威力のスキルで近づくものから順に全て撃破していく。
「二人ともナーイス!」
「ま、これくらいはね」
「しばらく攻撃は僕らに任せてよ。【機械神】の兵器なんかは残しておきたいし」
神経質になるほど生成量は少なくはないが、【機械神】の作り出す兵器には限りがある。回復するMPと再使用可能なスキルで対応できるなら使わないに越したことはない。
そうしてやってきた暗い水の中。遠く水面からの光は届かず、三人はライトを点けてさらに潜水を継続する。
「サリー、無理なら大丈夫なんだけど、気配探知ってできる?」
「いける。スキルは残しといていいよ」
「助かる。いや、変な話なんだけどさ」
サリーにとってはスキルなしでモンスターの接近を察知するのが当たり前になっている。ただ、それは最上位のプレイヤーですら普通はできるものではない。
「……右斜め後ろから来る!」
「【ハイドロレーザー】!」
サリーの索敵を信じて迷いなくカナデが水のレーザーを放つ。暗闇の中水を裂いて真っ直ぐに飛んだカナデの魔法は、大きな口を開けて迫ってきていた魚を頭から尾まで貫いて、血液の替わりに大量のダメージエフェクトを撒き散らす。
「おー、流石の精度……!」
「まあね……【ダブルスラッシュ】!」
素早く近づいたサリーが魚のエラからダガーを差し込み、そのまま連撃で頭を落とす。
「サリーのお陰でここは大丈夫そう!」
「うん。一応魔導書で索敵魔法を用意してたけどいらなそうだし温存できると嬉しいな。あんまり種類が多い魔法じゃないから引くのも大変なんだよね」
【神界書庫】による抽選は全スキルからランダムに行われるため、索敵用のスキルや魔法はただの攻撃スキルと比べて類似スキルが少ない分手に入りにくい。
温存できるなら今後サリーがいない場面でも同様の警戒網を敷く選択肢を残せる。
カナデの強さは手札の多さによるもの。温存できればできるほどいいのは間違いない。
「左から一匹!真後ろから二匹!」
「後ろはまとめて僕がやる」
「メイプル!左を一緒にやろう!」
「了解!」
「【トルネード】【スパーク】!」
「【古代兵器】!」
「【トリプルスラッシュ】!」
サリーの言った通りにモンスターは暗闇から姿を現し、三人の攻撃によってその命を散らせていく。こうも完璧な対処を見せられては暗闇に乗じて接近し攻撃している意味がない。
ただ三人も重要なのはこんな雑魚モンスターとの戦いでないことは把握している。そして、最初の関門までもう少しであることも。
「ストップ!……いる。これ、中ボスだ」
「……!オッケー!全力でやるね!」
「対処は頼んだよサリー」
「任された」
暗闇の中、さらに下に青い輝きが二つ。それは瞳だった。ギョロギョロと動き三人を視認すると、メイプル達を囲むように輪を描く青い光がポツポツと数を増やしていく。
輝いていたのは吸盤の縁、遥か下から十本の触手を伸ばすのは大きなイカ。いわゆるクラーケンだった。
「昔戦った大蛸みたいに倒しちゃうぞー!」
「ん?僕が覚えてる限りだと確かそれって……」
「今はメイプルの触手になってるやつ」
「両手とも触手は……ちょっと怖いかな?」
このイカを倒した時にそうなっている可能性もある。それならそれで、ギルドマスターのどんな姿も受け入れようと覚悟だけ決めて、三人は遺跡への侵入を阻むクラーケンと相対した。
「【トルネード】!」
「【古代兵器】!」
メイプルとカナデが本体に向けて攻撃を仕掛ける。継続的な遠距離攻撃は二人の領分。クラーケンのHPは少しずつ削れてはいるものの、その巨体に見合ったタフネスで攻撃をものともせずに反撃を繰り出してくる。
クラーケンの獲物はその触手。
三人を取り囲む触手の位置は光る吸盤によって把握できる。メイプル達を叩き潰さんと触手が揺れたその瞬間、サリーがダガーによる強烈な一撃を加えた。
触手への攻撃はクラーケンのHPを削りはしないものの、近接武器による攻撃で高いダメージを叩き込んだ時にのみ、攻撃を中断させることができる。
高威力かつ防御貫通効果を搭載した触手は、メイプルといえど二発受ければ【不屈の守護者】を使わされてしまう。
サリーが未然に止め続けることが戦況を有利なまま進めるための鍵だ。
「【超加速】!」
加速するサリーは触手の予備動作を察知し、泳ぎ回って触手を斬りつけて攻撃を阻害する。【剣ノ舞】によるダメージアップが十分なダメージを生み出しており、触手への反応の速さも相まって、一人でも安定した対処ができていた。
「二人は気にせず攻撃を続けて!」
メイプルとカナデでは近接武器による攻撃は困難。役割を分担した上で、サリーは自分の役目を全うする。
そしてそれはメイプルとカナデにとってもそうだった。
「【連鎖爆撃】【滅殺の光】【深淵の魔弾】」
カナデが魔導書を取り出し、強烈な攻撃スキルでクラーケンを攻撃する。着弾と同時に爆発が起こり、その後にヒットした攻撃にも追加ダメージ効果を付与する【連鎖爆撃】。
防御力を低下させながら大きなダメージを与える【滅殺の光】と【深淵の魔弾】。そのどれもがメイプルの攻撃のダメージをも底上げすることができるスキルだ。
「【砲身展開】【攻撃開始】!【古代兵器】【滲み出る混沌】!」
降り注ぐ銃弾光弾。暗闇の中ではあるが、巨体を誇るクラーケン相手なら的は外さない。カナデのかけたダメージ増強効果は、弾幕による攻撃を行うメイプルと相性がいい。
雨のように降る二種の弾が一つ当たる度、大きな爆発が起こりクラーケンから大量のダメージエフェクトが散る。これには堪らず、触手を動かしメイプルを叩き潰そうとするが、それは全てサリーによって斬り払われまともに動かせない。
窮地に陥ったクラーケンは暗闇の底で体を捩ると、移動して水底で旋回し始める。
それは大きな渦を作り三人を底へ向けて引き込まんとする。ただ、【身捧ぐ慈愛】がある都合上引き込まれるのはメイプルのみ。カナデとサリーは円柱状に伸びる効果範囲によって守られ続けている。
「【ピアースガード】!もっともっと……どーだっ!」
吸い込まれながらもメイプルは攻撃を続ける。一人距離が離れたことで追随してきた触手がメイプルを叩きつけてくるが、ここは【ピアースガード】で防いで、さらにダメージを蓄積させる。
引き寄せられてクラーケンに近づいたメイプル。しかし、近接戦はメイプルも得意とするところ。さらに、今はもう一つ狙いがあったのだ。
「あった!」
メイプルが大型モンスターに近づいた時、いつでも探しているのは口である。つまり体内へアクセスできる入り口を求めているのだ。
「えいっ!……【毒竜】!」
メイプルは短刀を持った腕を肩口まで大きな口に捩じ込むとフルパワーの【毒竜】を発動して体内に大量の激毒を流し込む。水に溶けて拡散するため撃てなかった【毒竜】も体内に直接注ぐなら使えるというものだ。
「インベントリ……操作よしっ!」
メイプルはマイとユイに使ってもらうためにインベントリに入れておいた超高耐久の鉄球を取り出す。出した先は当然手を突っ込んだ先、クラーケンの口の中だ。
クラーケンの体を毒を入れる壺にし、それに蓋をして安全を確保すると、のたうちまわり旋回を止めたクラーケンを尻目に【機械神】の兵器を起爆して、渦のなくなった水中をサリー達の元まで浮上する。
「お帰りメイプル」
「わぁ、すごいダメージ。何して来たの?」
「体の中に毒を入れてきた!」
「「あぁ……」」
継続的なダメージを受け続けるクラーケンの体内では【毒竜】が暴れ回っている。寄生虫やウイルスでもほとんどはここまで直接的に毒ではないだろう。
とんでもないものを体に注ぎ込まれて、さらに上からは変わらず魔法と弾幕が降り続ける。
この隙のない攻撃を前には、いかに高い体力を持つクラーケンといえど耐えることはできないのだった。




