防御特化としたいこと。
地上に戻ったメイプル達は長いダンジョンの攻略を終え、時間もそれなりにかかったこと、カナデがこの後に用があることもあって、今日はここで解散することとなった。
「どうだった?楽しかったかな?」
「うん!ボスがいないのも新鮮だった!」
「癖のあるボス続きだったからね。魔王戦前の息抜きにもなったかも」
ダンジョンの攻略がメインの十層。メイプルとサリーが遊んでいられる時間が限られていることもあり、合間を空けずにひたすらダンジョンを踏破していたため、のんびりとした探索とダンジョン攻略のちょうど間くらいの感覚で遺跡攻略を楽しむことができた。
「次は手に入ったアイテムを使う所だね!」
「そうなるね。ここからはこのアイテムで扉を開けたりする。最初は魚とかと戦うことが多いけど、ここからは古代の遺跡の守護者みたいなのが多くなるかも」
『深きに沈みし大国の紋章』は水中の遺跡を探索するための鍵のようなものだと言っていい。これを使って入るような場所は、敵の質も変わってくるため油断は禁物だ。
「ふふっ、もちろん今まで以上に暗号文字も出てくるからちゃんと復習しておくように」
「はーい!」
「元々遺跡で使われてたものだしね」
ここからは遺跡探索が続いていく。当然トラップも増え、複雑な動きの敵も出てくる。ここまで順調だった分、気を引き締めて挑むことにして、三人は次の日程を決めるのだった。
日程を決めるとカナデはログアウトしていった。残された二人はさてと顔を見合わせる。
「サリーは今日はこれで止める?」
「んー、特に予定はないよ。どこか行く?」
八層エリアが最後に残った場所であるため、現場他に攻略必須な場所はなく、レベルも十分上がっているため、レベリングを躍起になって行う必要もない。
「面白くてちょっと懐かしい所をいくつか見つけたんだよ!今のうちにそこに行ってみたいなーって」
「なるほど?面白くて懐かしい場所か……ちなみに十層?」
「うん!最近見つかった所ばっかりなんだけどね」
「あー、攻略が済んだ人も増えてきて、脇道の探索にも手が回るようになりだしたのかな」
「そうかも!ペインさんも、ミィ達ももう全部終わったって言ってたし!」
「いいね。私も興味ある。メイプル、期待しておくから案内してよ」
「もっちろん!ツアー参加一名様で!」
「よろしくお願いしまーす」
攻略ばかりの日々に休憩を一つ。【楓の木】のギルドメンバーがメイプルとサリーに与えてくれたのは、最後までこのゲームを楽しめる環境。そこにはできた余裕であちこち巡ることも含まれているに違いなかった。
「行き先は八層エリア?」
「えーっとね……一層エリアから三層エリアの辺りにどれもあるらしいから一旦転移しないと!」
「オーケー。あの辺りか……エリア自体は特徴が少ないし予想が難しいなあ」
メイプルが行きたいと言ってきた場所だ。何か目を引くようなものがあるのだろうと、サリーは期待に胸を膨らませつつ、メイプルの行く先へついていくことにした。
所変わって一層エリア。二人が最初に攻略し『魔王の魔力』を手に入れたその場所には、今も変わらずファンタジーと聞いてまず思い浮かべるような広々とした草原や高い山々、澄んだ湖に深い森、そして最後にモンスターといった最初に触れるにはちょうどいいエリアが広がっている。
二人がギルドホームを出て、町の中央の広場までやってきたところでサリーは辺りを見渡す。
「もうちょっと懐かしい感じがするけど、そういうわけじゃないんでしょ?」
「そういうわけじゃないんだなー」
「ふふふ、オーケーオーケー」
十層を駆け回って、多くのボスを打ち倒してきた今。一層エリアを探索したのは随分前のことのようだ。さらに言えば、一層エリアのベースとなったのはより昔に体験した一層そのもの。歩いているだけで懐かしく感じるのもおかしなことではない。
ただ、メイプルの行きたい場所は勿論一層エリアそのものではない。
「まず下準備をします!」
「はい。それはなんでしょう?」
「まず、あっちのショップに入ります!」
「おー、NPCのショップか」
『まず』。メイプルがそう言ったからには、まだ次の工程があるのだろうとサリーは予想しつつ、メイプルの案内に従ってショップへと入る。
「おお……?」
そこでサリーを待っていたのは予想していなかった光景だった。
「メイプル、これ何の店?」
「虫取り網専門店!」
「????」
そんな店があるのかだとか、そこで何をするつもりなのかだとか。色々な疑問は思い浮かぶが、壁に飾られた多種多様な虫取り網は、ここがメイプルの言う通り虫取り網専門店なのだと強烈に主張してきていた。
「えー……買う?」
「もっちろん!」
「虫取りに目覚めたとかそういうことでは……」
「ふふふ、ないよー。これが必要なんだって」
「……最初に見つけた人もすごいな。いや、確かに何かはありそうだけどさ」
意味もなく設置するにしては尖り過ぎているその店は、勘のいいプレイヤーなら何かのイベントにつながっていると予想できるだろう。
「一応種類が分かれてるみたいだけど、どれ買うの?」
「この……一番いいの!」
「え゛……百万!?いや、まあ、今の私達なら払えるけど」
数えきれない数のモンスターを屠り、素材も換金アイテムも大量に手に入れた二人なら店売りのもので買えないアイテムはないだろう。ただそれにしても、虫取り網一本に百万ゴールドというのは面食らうものだ。
「必要なら買うかー。これはその分期待も膨らむね」
「たくさんモンスターを倒しておいてよかった!」
「十層入ってからだけでもかなり稼いだんじゃない?」
「うん!もうほくほくだったよー」
探索と攻略に積極的だったメイプルの懐も随分温まったらしい。かつてギルドホームを建てることになったり、イズに大盾を作ってもらったりしていた頃のメイプルとは訳が違うのだ。
決して安くはない金額だが、払えないほどでもない。二人は最高額の虫取り網をそれぞれ一本買って店を出る。
「で、この網だけ持ってればいいの?」
「もう一つ必要なものがあるんだけど……うーんとね、フィールドに時々小さな町があるでしょ?次に行くのはその一つ!」
拠点ではないためギルドホームは設置されていないものの、ポーション等の消耗品を手に入れられたり、フィールドでの狩りに役立つサポートが受けられる施設がある小さな町は点在している。
メイプルとサリーが戦闘時に消耗するものがほぼないこと、バフを必要としないスタイルであることが重なり使用機会は少なかったが、町と呼べる場所は確かにいくつもあるのだ。
今回メイプルが行かなければならないと言っているのはこれであり、マップを開いて町の場所をサリーにも見せるら、
「場所は……ここ!」
「そんなに遠くないね。これなら直接向かうのが良さそう」
「まずは下準備からだよ!」
「ん。引き続き案内よろしく」
「はーい!」
メイプルは飛行機械を起動するとサリーを連れて空を飛んでいった。
広大な草原の入り口、ここで物資を補給してから入ることを薦めるかのように、そこには数軒の家が建っていた。
二人はそのうちの一軒に入り、真っ先に必要なアイテムを買って外へと出てきた。
「白いチケット……確かに意味深なアイテムだね。どこかで使ってくださいって感じの」
二人が購入したのはアイテムショップにひっそりと売られていた真っ白なチケット。アイテム名でこれがチケットだと分かっていなければ、ただの光沢紙の切れ端に見えてもおかしくはない。ただ、何の効果もないアイテムはむしろ怪しく見えるものだ。最初にこれと虫取り網の関係性を見つけたプレイヤーもそう感じて血眼になって探したのだろう。
「あってよかったー。置いてない日とか別の店で見つかったりとかもあるんだって!」
「確かに、買う時に店主のおじさんも何だこれって言ってたしね。じゃあどこかから紛れ込んでくる不思議なアイテムってことか……何となくメイプルの行きたい場所の方向性も掴めてくるかも」
「ふふふ、いつものことながら察しがいいですなあ」
「当たってるかどうかは実際に行ってみてからだけどね」
「チケットもちゃんと手に入ったしあとは目的地まで一直線だよ!」
「ならその目的地の方へ向かいますか」
「虫取り網を持ってね!」
「高かったんだからこれにはちゃんと仕事してもらわないと」
二人は虫取り網を持って再度空を飛んで移動する。そうしてメイプルが降り立ったのは木漏れ日が降り注ぎ、小さな花がぽつぽつと咲いている自然豊かな森の前だった。
「おー、目当ての虫がいそうな所だね」
「そういうこと!でもモンスターも多いから……【捕食者】!【毒性分裂体】!」
ズルッと地面から化け物が這い出て、メイプルが三人に分裂する。
邪魔をするものは喰うか溶かすか。道を開けぬものにかける情けはない。
「あっ」
早速飛び込んできた煌びやかな甲虫を【捕食者】がバクンと一噛みで葬り去る。
その光景にサリーが食虫植物めいたものを感じる中、また次の獲物が噛み砕かれて消えていった。
「私はしばらく何もしなくてよさそうかな。あー、でも虫取り網で捕まえるのも間違って食べちゃったりしない?」
【捕食者】は飼主に似て食欲旺盛である。範囲内にふらふらと入ってくれば勝手に食べてしまうだろう。
「大丈夫!捕まえる方はモンスターじゃないはずだから。入口の方には出ないからこのまま奥の方へ行っちゃおう!」
メイプルは見逃すことがないように捕獲対象の虫の見た目をサリーに伝えて、二人見逃すまいと目を皿のようにして、目的の虫の生息地である森の奥へと進んでいった。
昆虫を主体としたモンスター自体は十層の中でも弱い方であり、【捕食者】と【毒性分裂体】がいれば十分相手取れる程度の敵だったため、メイプルとサリーは問題なく森の奥地まで辿り着いた。
「おお……」
「きれーい!」
広がっていたのは木漏れ日が降り注ぐ花畑。色とりどりの花が咲き誇り蝶が飛ぶその場所は美しく、これだけでも十分来たかいがあったと言えるものだったが、メイプルの真の目的はまだこの先にある。
「この中に綺麗な青い蝶がたまに出るらしいんだけど、それを捕まえたくて」
「青い蝶だね。花に止まってるのは見やすいけど……んー、いないか?」
「待ってたらしばらくいた蝶は飛んでいくみたい!替わりに新しいのが来てくれるって」
「オーケー。じゃあ、見逃さないように見張っておけばいい訳だ」
やることは明確。ここにはモンスターも出ないようで、邪魔されることもない。しっかり集中して見ていれば失敗もしないだろうと、二人は並んで座り込んで飛び交う蝶を観察する。
「……メイプル!あれそうじゃない?」
「ほんとだ!」
サリーの指差すその先には二匹仲良くひらひらと舞う青い蝶。
「一人一匹捕まえないとだから」
「分かった。メイプルもミスっちゃダメだからね!」
「うんっ!」
二人は虫取り網を構え蝶に近づいて、素早く振り下ろす。正確に振るわれた虫網の中には、狙っていた青い蝶がしっかり捕えられており、それは数瞬の後アイテムとしてそれぞれのインベントリに収まった。
「捕った!」
「うん!捕れたよ!よかったー」
「結構早く出てきてくれたね」
「ねー」
二人は無事捕まえることができた蝶をインベントリから確認する。
「【夢導きの蝶】……これが最後に頼る必要のある案内人ってことか」
「そうそう!見つからなかったらどうしようかと思ったよー」
「で、この蝶を……使えばいいの?」
アイテムには使用の項目がある。ただもしまだその時ではなかった場合捕まえ直しになってしまうかもしれない。
「大丈夫!ねね、せーので使わない?」
「いいよ。じゃあ……」
「「せーの!」」
二人同時に使用のボタンを押すと、青いエフェクトを散らせながら、目の前に捕まえたばかりの二匹の蝶が現れる。
「追いかければ……?」
「いい!」
「おっけ。見失わないように気をつけておく」
モンスターの対処は相変わらず側で控えている化物達に任せておけばそれでいい。茂みを掻き分け、木々の合間をすり抜けて、飛んできた虫を齧る。もちろん齧ったのは【捕食者】だが。
そうしてどれほど歩いただろうか。目の前を飛ぶ二匹の蝶は、木々と蔓が絡み合ってできた自然のトンネルの中へ二人を誘った。
「普通にここに来てもいい感じ?」
「蝶に連れてきてもらわないとこのトンネルが出てこないみたい」
「なるほど。じゃあ偶然入るのは無理ってことだね」
入口がなければどうしようもない。しっかりと前提条件を見つけ出してくれた見知らぬ誰かに感謝しつつ薄暗いトンネルを抜けるとぱっと光が降り注いだ。
「ここが?」
「目的地でーす!」
「おおー……店?」
「正解!」
ちょうどここに来る前に蝶を捕まえた花畑のような綺麗な景色を想像していたサリーにとって、目の前の建物は想定外のものだった。
見上げるような大木に直接暗い茶色の扉が一つと二階があるのだろうかいくつかの窓がついている。扉には見覚えがあるがよく知らない文字。しかし今の二人ならかろうじて読める、八層エリアの暗号文字を用いて、オープンと書かれた札がかかっていた。
「普通の店じゃなさそうだね」
「今なら文字も読めるでしょ?」
「確かに。ちょうどしっかり覚えてるタイミングかも」
「入ろっか!」
「うん」
メイプルがずっしりと重い扉を開け、二人はちらと中の様子を見る。
古びた木のカウンターの向こうには珈琲豆の入った瓶の他に、青かったり白かったり、中身の見当がつかない何かも並んでいる。
ただ、真に二人の目を引いたのは、カウンター向こうにある物品ではなく、向こうにいるマスターの方だった。
ベストを着た真っ黒な何か。人間の影をそのまま立体化したような黒一色の人物は、長い腕を四本生やしており、それぞれを器用に動かして背を向けて棚の方を見て作業をしていたが、メイプルとサリーの入店に気づいて振り返った。
顔には一切の凹凸がなく、本来あるべきパーツが存在しない。その上で引っ掛ける耳も鼻もないにも関わらず付けられている眼鏡が印象的だった。
「わっ!?」
「このためのってことね」
二人のインベントリから勝手に飛び出した白いチケットが宙を待ってマスターの元へ飛んでいく。きっちり準備を済ませてきたため、入店のための資格はある。
それを見て二人の側に店員なのだろう、マスターより小さな黒い影が現れた。
二人は影に案内されるままテーブルにつき、目の前に置かれたメニューを広げる。
「やっぱり全部暗号文字か」
「私下から読んでいくから、サリーは上から見ていってよ。面白そうなメニューを頼んでみよ?」
「うん。そうしようか」
二人で手分けしてメニューの解読を行う。するとすぐに並んでいる文字が示すメニューのほとんどが、味の想像すらつかない未知のものであることが読み取れた。
「下の方は飲み物みたい……多分?」
「上はスイーツとかなのかな?いや、確証はないんだけど……」
「『月食珈琲』『隕石孔タルト』……」
「『星海月のゼリー』に『兎餅』、この辺りは何となく悪くなさそうだけど。何となく味の想像もつくし」
「ね!これは『天穹の白』だって、飲み物っぽいけど……」
「飲み物を一つずつ別のもの。食べ物も同じ感じで頼んでみよっか」
「そうしよう!」
メイプルは『天穹の白』なる飲み物と『星海月のゼリー』を、サリーは『月食珈琲』と『隕石孔タルト』を注文して話しながら出来上がるのを待つ。
店のマスターはそれが当然であるように、四本の腕を器用にそれぞれ動かして料理を作っているようだった。
「マイとユイもあんな感じなのかな?」
「【救いの手】ね。メイプルも持ってるでしょ?」
「私が使う時は足場にするくらいだからあんまり複雑な動きはしてなくて」
「一応【暴虐】も腕複数あるよ」
「そっちの方が自然に動かせてるかも」
「馴染むの早かったよね。体のサイズも違うのに」
「お陰でたくさん役に立ちました」
「戦闘から運送までね。話は変わるんだけど、メイプルはどうしてここに来ようって?」
「面白そうだなって思って!それに、ゲームの中にしかない食べ物って食べてみたくならない?」
「確かに。現実と違ってお金もカロリーも気にする必要ないし。イズさんに作ってもらうのもいいけど、変なものってなるとこういうイベントを見つけるしかないもんね」
ゲーム内とはいえ不思議なものを出してくれる店は限られる。それも町にあるようなものではなく、こういった隠しエリアにあるケースが多い。メイプルはむしろそういったゲームならではの体験を楽しんでいるようだった。
二人が話をしていると、出来上がった料理が目の前に並べられる。
ことっと小さな音を立てて置かれた皿とカップは、それぞれが注文した聞き覚えのない食べ物達だ。
「おおー、これが……」
「見た目は結構普通だね。味は……食べてみないと分からないけど」
メイプルの目の前には『天穹の白』と『星海月のゼリー』、サリーの目の前には『月食珈琲』と『隕石孔タルト』が並んでいる。
『天穹の白』はキラキラと光る何かが混ざっているミルクのような不透明な白い液体。『星海月のゼリー』は海月のクローバー模様が星型になった透明なゼリーのようで、メイプルが皿を揺らすとそれに合わせてぷるぷると揺れている。
サリーの目の前にある『月食珈琲』は珈琲というよりは紅茶に近い色合いであり、黒っぽいというよりは薄い赤。ただ、不透明であることから紅茶でもないのは間違いない。
『隕石孔タルト』の方はクレーターらしき生地に綺麗な黄色の果実が使われたタルトではあるが、よく見ると果実は黄桃ではないようだ。
「「いただきます」」
まずは飲み物から。二人が恐る恐るそれぞれのカップを手に取って口に運ぶ。
「……甘いかも?」
「こっちはすっきりした珈琲……あんまり苦くなくてメイプルも飲みやすいかも。そっちはミルク?」
「うん!ホットミルクが近いのかな」
「優しい甘さって感じだね」
「ゼリーはどう?」
「…………」
メイプルは口にゼリーを運び咀嚼する。固めのゼリーからは柑橘系の爽やかな味が口の中に広がり、時折炭酸のようなパチパチと弾ける刺激的な感覚。
「お、それすごいね」
「……?……わっ!?」
サリーが指差す方を見ると、メイプルもすぐに変化に気づいた。
メイプルの周りから黄色い星のエフェクトが弾け、それが海月となって空中をふよふよと漂う。体を縮めて伸ばしてを繰り返す度、流れ星のように星形の光を軌跡として残す可愛らしい小さな姿。しかし、メイプルが捕まえようと手を伸ばすとそれはぱちんと弾けて消えてしまった。
「残念。連れて帰れはしないみたい」
「そっかあ……テイクアウトあったかな?」
「ゼリーを持って帰れたらいいもんね。後で確認してみよっか」
「タルトの方は?」
「何か面白い変化があればいいけど……」
サリーがタルトを口に運ぶ。黄桃のような見た目の果実は、その実林檎のような食感をしており、一口ごと別の果実の味がする未知の果物だった。
「すごい。葡萄だったり苺だったり……一口食べる?」
「うん!ゼリーと交換ね!」
「おっけー……ん!?」
「わわっ!?」
交換しようと一口分をスプーンで掬おうとした時、机に小さな隕石が次々と落ちてきてぶつかっては砕けて消えていく。
「おっ……」
「あっ、いい匂い!」
隕石は砕けると同時、甘いいい香りを辺りに漂わせる。呆気に取られて見ているうちに隕石は降り終わったようで、二人は残された甘い香りに包まれる。
「この隕石……実は上に乗ってるこのフルーツの正体なのかな?」
「ああー、だからかも!」
「これもテイクアウトできるか確認しよっか」
「うん!」
「もしかしたらイズさんなら再現できるかもしれないし」
「できたらいいなあ」
「イズさんはスキルで他の人は作れないアイテムも作れたりするし可能性はあるかも?私は生産系のスキルは伸ばしてないし、レシピの仕様も完璧には掴めてないから何とも言えない部分はあるけどさ」
「他のも頼んでみようよ」
「お腹は膨れないから全部だって試せるね」
「お金も十分あります!」
「じゃあ豪勢にいっちゃおう」
「うん!」
二人は並んだ未知のスイーツとドリンクを頼んでは楽しそうに口に運ぶ。
見た目からは想像のつかない味だったり、エフェクトによる演出があったり、どれもがゲーム内特有の体験だったのは間違いない。
「美味しかったし、楽しかったー!」
「行きたい所まず一つ目だね」
「サリーはどうだった?」
「面白かったよ。食べる度に驚かされたし。やっぱり攻略とは別の所を歩いて回るのもいいね」
「今度はサリーの行きたい所を教えてよ」
「行きたい所いくつか見つけたって言ってなかった?先にそっちでも……」
サリーがそう言うと、メイプルは少し考えるようにうーんと唸って、サリーの方をじっと見た。
「だって、何も言わなかったら、サリーは私の行きたい所が行きたい所だって言ってくれるでしょ?私はサリーの行きたい場所も行ってみたい!」
「私の、ね……」
「したいことでもいいよ?」
「…………」
完全に看破したわけではない。それでも最後の時が近づく中で、サリーに何か思うところがあるのだとメイプルはぼんやり察している。
直近で二回目になるメイプルの問いに、それは間違いないのだとサリーは確信を得た。
常にふわふわした雰囲気を纏ってはいるものの、やはりメイプルは察しがいい所がある。そう感じながらサリーは返すべき言葉を探した。
「考えておくよ。大丈夫、ちゃんと決めて……見つかったらメイプルに言うからさ」
「分かった!絶対だよ?」
「うん。絶対ね」
もう見つかってるでしょ。流石にそう聞いてくることはないだろうメイプルに伝えたいことは募るばかりだった。
「そろそろ出ようか」
「うん!結局全部食べちゃったね」
「現実世界じゃなくてよかった」
「外だったらすごいことになっちゃうよ」
金銭的にもカロリー的にも。カロリーはゼロ、全メニュー分の金銭はモンスターを倒して手に入れたゴールドで乗り越えて、二人は大満足で店を出た。
入ってきた時と同じ重い木の扉を開けて外へと出ると、差し込む木漏れ日が眩しく二人は目を細める。
店内は落ち着いた優しい灯りが照らすばかりだった分、しばらくぶりの日の光は随分眩しく感じられた。
「また来ようね!」
「そうしよう。入店用のチケットは見かけたら買っておくよ」
「むむむ、見つけた時に買っておかないと……今日は運が良かったから」
最後に記念写真でもと振り返ったメイプルは目を丸くする。そこには何の変哲もない森が広がるばかりで、先程まで二人がいたはずの大木の中の店は影も形もなかったのだ。
「本当、幻みたいな店だね。店すら消えちゃうなら、テイクアウトできないのも納得かあ」
夢は夢の中だけで。体験を共有していなければ、全部幻だったのかと錯覚してしまいそうだが、二人食べたものの記憶はしっかりと残っている。
「さてと、テイクアウトはできなかったけど……せっかくだしイズさんに伝えてみようよ。喫茶店【楓の木】のマスターも負けてないはず」
「うんっ!ふふふ、二号店を開店してもらっちゃおう!」
「いいねそれ」
最後の記念写真こそ撮れなかったが、出てきたスイーツやドリンクはちゃんと写真に残してある。これがあればイズの発想を刺激する手助けができるだろう。
こうして二人は深い森を抜けて、またいつものフィールドへと戻っていくのだった。




