防御特化と願い。
メイプルとサリーが最後のエリアに手をつけて数日。カナデがついているため答えが導けないということもなく、謎解きは順調に楽しく進んで、ダンジョンもいくつか踏破した。
水中かつ失われた古代の技術が中心の要素ということもあって、出てくる敵は基本メイプルの【古代兵器】のような謎の動力で動く兵器か海の生物かの二択である。
水中であるが故に地上とは異なる立体的な動きも必要になるが、飛行機械を用いての三次元的な戦闘がメインとなっていた十層の経験は、水中戦闘にもプラスに働いたようだ。
探索、攻略。長く続いたダンジョンラッシュもいよいよ終わりが見える中で、学校から帰る途中の二人の話題の中心はやはり『New World Online』についてのものだった。
「一個前のダンジョンすごかったよね!」
「大渦に飲まれて勝手に進んでいくやつね。まさかここで強制スクロールのダンジョンに挑むことになるとは思わなかったなあ」
「あとは珊瑚の中を進んでいったのとか!」
「あはは、巨大イソギンチャクの中に突っ込んでクマノミみたいになってたね。楓は毒とか気にしなくていいからなあ」
「ふふふ、そうそうそれ。写真も撮ったんだよ!」
「あー、そうだったんだ。攻略中にその余裕を作れるのは楓くらいだもんね。ね、次遊ぶ時に見せてよ」
「うんっ、もちろん!」
「うんうん。楓が楽しそうで何より」
「八層もすっごい広かったのに、そこになかったダンジョンとボスがいるってすごいよね」
「しかもまだ見つかってない隠しダンジョンもいくつもあるはずだから」
まだ楓と理沙、いやそれだけでなく、どのプレイヤーも見つけていないボスもゲーム内にはいることだろう。
誰にでも未知の何かに突然出会う可能性はある。幸運にもその楽しさに何度も触れられた二人は、その輝きにここまで引っ張られてきた。
「全部見て回るのは無理だもんねえ」
「時間的にも運的にもね。あ、いや……運は足りてそうか」
「えー?でもちょっとは自信あるかも?」
「楓はこのゲームのダンジョンと波長があってるのかも。ほら、プレイヤーというよりボスっぽいし、ダンジョンの方が仲間だと思って手招きしてる」
「そんなことあるのかなあ?」
「いや、ないはずだけどね。ないはずなんだけど……」
同じように仮想世界で会って、現実世界でもその日々を再度共有し合う。繰り返しても話が弾むのはそれだけ共に駆ける冒険の日々が二人にとって輝いているからだった。
「楓はどこか行きたいとかある?ほら、『魔王の魔力』集めは順調に進んでるけど、それでも残った時間はそんなに多くないし」
「うーん……」
魔王は一発クリアするという心意気でいるとしても、二人がのびのびとゲームを続けられる時間には限りがある。
理沙は楓の心残りがないように、今のうちに行っておきたい所は行っておこうとそう提案したのだ。楓が満足のいくように力を尽くしたい。
だからこそ、口元に手を当てて悩んで目を閉じていた楓の次の言葉に目を丸くした。
「ね、理沙は何がしたい?」
「え?」
答えの替わりに質問が返ってきて、理沙は楓の方に顔を向ける。
「ああー、えっと……」
深い意味などない。と、そう自分の中で落とし込むものの、真っ直ぐに理沙を見つめる視線は心の内を見透かしているようでもあった。
戦いたいならそう言って。
いや、それは自分がそう思っているから出た結論だと、理沙は首を軽く振って考えを振り払う。楓はそういうやり取りをするタイプではない。それは理沙が一番よく知っていることだ。
「…………」
それでも、楓の言葉にその意図がなくとも。今ここで自分の望みを口に出せばそれは高い確率で叶うだろう。
あとは口に出すだけ。
「……楓の行きたい所かな」
「もー、またそう言うんだからー」
「本当のことだからね」
「えへへ、じゃあ何個か行ってみたい所があるかも!」
「いいね。聞かせて」
悪い結果だけ考えることも、決断を先延ばしにすることもいいやり方ではないとその聡明な頭では分かっている。しかし同時に、その聡明さ故に理沙はあと一歩を踏み出せずにいるのだった。




