防御特化とイベント六日目。
五十話目です。やったぜ。
しばらくして二人が起き上がる。
魔法陣に乗って転移した先はあの崖の上だった。
振り返ると廃墟が見える。
海を貫くような深い穴も無くなってしまっていた。
「これで、攻略完了かな?」
「多分ね…メダル足りなかったけど」
「あーそうか…あと二枚」
二人は結構な時間眠ってしまい、現在は六日目の午前九時である。
「まだ攻略されてないダンジョンは…高難度か…発見すらされないようなものだろうね」
「そっか…じゃあ、すぐにでも歩き出さないとね」
メイプルが歩き出そうとする。
しかし。
「うん。そうなんだけどね?メイプルは【今日の分のスキル】もう無いよね?」
「えっ?……あっ!そうだ!」
深夜十二時を過ぎてからのイカとの戦闘である。
【悪食】も【毒竜】ももう六日目ではまともに使えない。
メイプルの弱点の一つはこの燃費の悪さである。
日を跨いだ直後の戦闘はその日一日のメイプルの行動を大きく制限する。
「まあ、プレイヤーは私が何とかするし…ダンジョンを見つけてから考えればいいよ」
メイプルが全力を尽くしていなければイカとの戦闘の結果もまた変わってしまっていただろう。
終わったことをどうこう言っても仕方がない。
「取り敢えず海沿いを行こう。まだ続いてるしね」
二人は廃墟を後にして先へと進んだ。
「あと二枚メダルを取ったら朧とシロップの育成をしようか?」
「いいね、それ!」
メイプルとサリーは強力な敵とばかり戦っているため二匹を育てることが出来なかった。
そのため、まだレベルも低いままだ。
「ダンジョンは…一度攻略されると入れなくなるんだっけ?」
「カナデがそんなこと言ってたね」
二人は流石に海ダンジョンはもうないだろうと踏んでいた。
左は海。右は森が続くばかりで特に変わったところはない。
「これは本格的にプレイヤーを狙わないと駄目かも」
「むぅ…仕方ないか」
メイプルはPKにあまり積極的ではなかったが、狩るか狩られるかの環境においてそれは仕方ないことだと割り切ることが出来た。
今まで出会ったプレイヤーもメイプル達を倒そうとする者が多かった。
そのため、それが一般的だと考えたのである。
「なら…森に入ろう。メイプル?あの山見える?」
「んー?見えるよ」
「あっちに行こう。ああいう目立つ場所ならプレイヤーも集まってくると思う」
サリーが指差すのは二人が二日目に登った山岳地帯とは少し違う場所の別の山だ。
ダンジョンがありそうなものだが、目立つ地形のためあったとしても攻略されてしまっている可能性が高い。
「じゃあ…行こうか」
二人は山に向かっていった。
二人が方針を決めてから三時間後。
二人は山の中腹の洞窟の中にいた。
途中で遠くに数人のプレイヤーを見つけたものの全速力で逃げられてしまった。
戦闘力が極限まで低下したメイプルを置いていくくらいならばとサリーはそのプレイヤー達を追うのを諦めた。
「という訳で…メイプルはここに隠れてて?」
「了解!ごめんね?」
「いいよいいよ!イカ戦で活躍してくれたし」
サリーは青いパネルを操作すると、装備していた指輪をメイプルに渡す。
それは朧との繋がりを持つための指輪だった。
「HP下がっちゃうけど…朧も護衛に置いていくね?」
メイプルはタフネスリングを外して指輪をはめるとシロップと朧を呼び出した。
「じゃあ…行ってくる!」
「頑張って!」
サリーが洞窟から出ていく。
シロップと朧は並のプレイヤー程度の性能を持っている。
ある程度護衛の役目を果たせる能力だ。
メイプルがやられれば今まででに稼いだメダルが無くなってしまう。
「責任重大だよ……そうだ!」
ボス部屋こそ無かったものの元はダンジョンだったのか、この洞窟は広かった。
山の内部に蟻の巣が出来ているような構造の洞窟だった。
メイプルはその洞窟の最奥にいるのだ。
「【ヴェノムカプセル】!」
誤爆防止のために朧とシロップを戻すと毒のカプセルを広げる。
これはメイプルが素の状態でも使える能力である。
「サリーが戻って来るまで…生きないとね」
メイプルの毒は一定時間ごとに狭い洞窟の通路を侵食していく。
ダンジョンが毒沼のギミックで覆われていく。
それはまるで、メイプルが新たにこのダンジョンのボスになったかのような光景だった。
「くるなー!誰もくるなー!」
メイプルはカプセルを広げていった。
メイプルが毒を放出しているころ、サリーは洞窟外に出てきていた。
「私一人なら…倒せると思うプレイヤーも多いはず」
メイプルの姿は多くのプレイヤーに知られている。
逃げていくプレイヤーはメイプルの特徴的な装備を見て逃走しているのだ。
皆がメイプルの危険性を把握している。
だが、サリーは違う。
サリーはまだ何も知られていない。
サリーはメイプルと同レベルの異常能力を持ち、メイプルよりも好戦的だ。
そんなことを知るものは殆どいない。
そして、サリーには現在失うものが何もない。
メダルは全てメイプルに預けてきているのだ。
「久しぶりに……思いっきり暴れてみようかな?」
サリーにとってはメイプルとの共闘も楽しいが、一人での戦闘にもまた違った魅力があった。
サリーが山を駆け下りていく。
時間帯はまだ昼過ぎで視界も良好だ。
「お!いたいた」
サリーは森の中を歩く女性二人組を見つけた。ちょうど二人も周りを警戒していたようで、サリーの接近に気付く。
「やるよ!」
「おっけー!」
装備はそれぞれ片手剣と槍。
片手剣持ちは盾も装備している。
「【疾風突き】!」
片手剣装備のプレイヤーは、サリーに向けて突き出された槍に対するサリーの対応を予想し次の行動に出ていた。
ダガー装備ならば恐らく回避してくるのでバランスを崩しているところを叩く。
そういう予定だったのだろう。
一般的なプレイヤーなら後ろに引いて回避するか横に避ける。
片手剣の女性は、今回は後ろに下がることを想定しつつダッシュで距離を詰めていた。
これならば横に避けられても対応しやすく最善だっただろう。
サリーが一般的ならばだが。
「えっ!?」
サリーの回避は違う。
体を捻り槍をすれすれで回避し、前進する。ダガーが隙だらけの槍使いに迫る。
「【ダブルスラッシュ】!」
赤いエフェクトが飛び散るが、女性は何とか生き残った。
咄嗟に槍を引き戻して横薙ぎに払う。
「嘘!?」
サリーはその槍を上体反らしで回避したのだ。反応速度が人間とは思えないその回避に女性の思考が止まる。
「はい、おしまい」
サリーのダガーは今度こそ女性のHPバーをゼロにした。
「【パワーブレイド】!」
素早い縦切りがサリーの背後から迫る。
いける。
女性はそう思った。
「………っ!」
まるで後ろに目がついているかのようだった。
サリーがその体を半身にする。
ただそれだけでサリーの中心を狙った剣は、まるで自らサリーを避けているかのようにすれすれを通って抜けていくのだ。
「【スラッシュ】!」
体を斬りつけながらサリーが女性の横をすり抜ける。
女性は酷く不気味に感じた。
攻撃すれば攻撃するだけ自分の状況が不利になっていくのだ。
「くっ…」
「【ウィンドカッター】!」
どうすれば攻撃が当たるかを考えてサリーを睨んでいた彼女は、相手から魔法攻撃をしてくることなど頭になかった。
それだけ、異常な相手を前に焦っていたのである。
「くっ!」
女性は横っとびで回避する。
それはまさに最初に自分達が仕掛けようとしたことだと、女性はバランスの崩れる中で気付いた。
「さよなら」
一般的なプレイヤーが常軌を逸したプレイヤーに真っ向勝負で勝つことは厳しい。
今回は、奇跡は起こらなかった。
「さて、メダルは無し…と」
サリーは次の獲物を求めて歩き出した。
偶然にも、六日目にこの辺りにいたプレイヤーは多かった。
そのプレイヤー達はイベント後に口々に語り始める。
曰く、【幻のように消える】。
曰く、【剣が避けていく】。
曰く、【まさに幻影】。
【六日目の悪夢】と呼ばれる出来事を生み出した殲滅劇の始まりはまさに今この瞬間だった。