防御特化と八層エリア2。
謎解きを事前に済ませていること、仮に分からなくなることがあっても、隣にはヒントも答えも自在に与えられるカナデがいることもあって、ギミックを解くこと自体は容易くボスは強力であっても雑魚モンスターに苦戦するような三人ではない。
「これはこう!」
「正解正解。いいね、っと僕の記憶が正しければ……」
「つまり絶対ってことだね」
「次はもうボスだ」
「おおー!」
メイプルがガコンと壁を押し込む。すると壁は中央で二つに割れ、ズズズッとゆっくりずれて三人に道を開ける。
その先にあったのはもうお馴染みになったボス部屋を示す扉だった。
「バフは最低限かけておくよ。大丈夫。ボスが強いっていってもバフ解除までしてくる程じゃないからさ」
エリアごとに存在するラスボスなら搭載していてもおかしくはないが、あくまでここは一般ボス。
強いといえど限度もある。
カナデはバフをかけるとメイプルとサリーを前に出して後衛の立ち位置をとった。
【楓の木】は前衛のポジションが最適なプレイヤーがほとんどで、後方支援はイズとカナデに任せきりである。
多様なスキルを保持するカナデがいれば取れる選択肢は多くなり、戦いやすくなる。同じくカナデ一人では強い、勝てないと感じたボスも、前に立って攻撃を引きつけ壁になってくれるプレイヤーがいれば状況は変わってくる。
持ちつ持たれつ。互いの強みを補強し合って、良さを活かせるように立ち回ることを意識すると、三人はボス部屋の扉を開き中へと泳いでいく。
「蟹だ!」
「うん。どう見ても」
「茹でてないのに赤い種類のね」
最深部、崩れた瓦礫と天然の岩をうまく活かして作られた住処の中には大きな鋏を持った真っ赤な大蟹が一匹。
メイプル達とは距離があるものの、大蟹も侵入者の存在に気づいたようで、ぐっとハサミを持ち上げて威嚇するようなポーズを取る。
「メイプル、先手を取ろう!」
「分かった!【砲身展開】【攻撃開始】!」
「【トルネード】!」
メイプルは手を銃に変えて、カナデは風の魔法で、遠距離から先制攻撃を仕掛ける。大蟹は攻撃に対し、避けることなく文字通り体を固めて対応する。結晶のような氷のような煌めく外殻が大蟹のボディを上から包み込み、直撃したメイプル達の攻撃のダメージを大きく減少させる。クリーンヒットはしたものの、ダメージは小さく撃破は遠い。
大蟹はというと二人の攻撃を受けつつ、耐久力を活かしてそのままじりじりと前に進んでくる。そうして三人を自分の射程に収めると反撃を開始した。
「うわ!ほんとに!?」
「飛んできた!」
ドンと音を立てて飛んできたのは大きなハサミ。ロケットパンチよろしくブースターによって加速した蟹のハサミは、ガチガチと音を立てて敵を挟むための予備動作を繰り返しながら迫ってくる。
メイプルが【古代兵器】を手に入れたのも水中の遺跡だった。ようはこの大蟹もそれに近しい要素を持っていたのである。
「メイプル!喰って!」
「【水底への誘い】!」
あちらが蟹ならこちらは蛸だ。そう言わんばかりにメイプルは片腕を触手へと変質させ、がばっと開いて迎え撃つ。
勢いよく迫るハサミに挟まれるより早く伸びた触手が鋏を包み込み、抵抗なく飲み込み消滅させる。
「もう一発来るからね!」
「任せて!」
「カナデ、私は前に出る」
「オーケー。援護する」
メイプルは飛んできたもう一つのハサミを同じように【悪食】で消し飛ばす。
【悪食】はなくなったが大蟹の分かりやすい武器だった両のハサミもなくなった。
ボスが強い。ここに来る前そう言ったカナデが一人で様子を見にきた時、挟まれて体を両断されたハサミは完璧な対処がなされ消滅した。自分一人では出すことが難しい高出力に改めて頼もしさを感じながら、カナデはサリーの支援にスキルを回す。
一方、ハサミがなくなったことを確認したサリーはここが攻め時だと前に飛び出した。
「【超加速】!」
魚と変わらないような速度で水柱を泳ぎ、サリーは大蟹に急速に接近する。ハサミがなくなってしまった体では抵抗もできない、ということもなく。大蟹は腹部の殻を外側へ開くと中からずらっと並んだ魚雷が姿を現した。
「おぉ……生物というより機械寄りなんだ」
白い泡を噴き上げてサリーに向かって高速で迫る魚雷をそれ以上の速度で躱して大蟹に肉薄する。魚雷を放つために殻を開いたせいか、大蟹が纏うダメージカット用の煌めく外殻は消滅していた。
「【水纏】【クインタプルスラッシュ】!」
防御を固めていた時とは違い、サリーの攻撃は深く大蟹を斬り裂いてダメージエフェクトを散らせた。
最初のやり取りで大きく上回ったメイプル達だが、ボスのHPはまだ残っている。気を引き締め直して、サリーはヒットアンドアウェイで暴れる大蟹との距離を取り直す。
メイプルとカナデの元へ戻る途中、蟹の口から大きな泡が溢れて三人の方へ噴きつけられる。
「メイプル!カナデは回復準備!」
「オーケー」
「【身捧ぐ慈愛】【救済の残光】!」
サリーはばら撒かれた泡がこちらを害するものであると仮定。メイプルに防御フィールドを展開させ、二人で回復によるバックアップの準備をする。
間を最適なルートで抜ければ回避は可能。ただ、どう動くにしてもこれが何であるかは知っておいた方が安全だ。
「メイプル、受けてみて」
「大丈夫、回復はできるよ」
「分かった!」
メイプルが初めに近づいてきた大きな泡にそのまま直撃する。ステータスダウンか、爆発か、回復魔法とポーションを構えて様子を見守る中、メイプルはぽんっと泡の中に入ってしまった。
中は空気が詰まっているようで、水中とは違い支えがなくなったメイプルは前につんのめるが、泡は割れずにメイプルが与えた衝撃の分、方向を変えてゆっくりと漂い始める。
「【スラッシュ】!」
ダメージがないことから拘束系の技であると判断したサリーは、即座に外からの刺激を加えて破壊を試みるが泡は割れてはくれない。
「【ウィンドカッター】……魔法もダメか」
「大丈夫大丈夫!とりあえずついてきて!」
【身捧ぐ慈愛】があればサリーとカナデは守ることができる。大事なのはしっかりメイプルの入った泡の周りにいることだ。
メイプルが声をかけて三人で大蟹の方へと向かっていく。ハサミを最速でもぎ取られた大蟹は、動きを制限するための泡こそ展開したものの、追撃は腹部を開いての魚雷しかない。
放たれた魚雷はメイプルに直撃し大きな爆発が起こったが、メイプルにも泡にも傷はつかなかった。
「へーきへーき!痛くないよ!」
「なら……」
「うん。押し潰しちゃおう」
これ以上妙なことをする前に畳み掛ける。相手に次の手を打つ時間を与えない。
「メイプル、武器貸して」
「僕も借りるよ」
「【古代兵器】【砲身展開】!」
メイプルが兵器を展開し攻撃を開始する。それは泡に阻まれて内部で反射しメイプルを攻撃する。が、それは何の結果も生み出さない。メイプルの攻撃はメイプルには効かないのだ。
青と赤にビカビカと光り輝く泡が出来上がったがそれだけである。そしてこれでサリーはメイプルの武器を使えるようになった。
「ソウ【覚醒】。頼んだよ」
「【虚実反転】【古代兵器】!」
「ソウ【古代兵器】【砲身展開】【攻撃開始】!」
メイプルの武器をそれぞれのスキルでコピーして総攻撃を仕掛ける。叩き込んだ攻撃は大蟹のHPを削り取るものの、煌めく外殻でもってダメージを防ぐ。
「また防御を固めたか」
「うん。でもこれはジリ貧ってやつだよね」
カナデはメイプルに擬態したソウはそのままに、自前の魔導書を取り出してさらに各種属性の魔法でも攻撃を続ける。
片手間で魔法を習得しているサリーと違い、カナデは純粋な魔法使いだ。
使える魔法のレベルも高く、当然与えるダメージも大きい。軽減こそされてはいるが一方的な攻撃を続ければそれでいい。
ダメージを軽減できても防御を固めるだけでは駄目なのだ。メインウェポンであるハサミを奪われた大蟹は防御しつつ攻撃もできるメイプルのような存在ではなかったのだ。
「カナデ。守りが崩れたところでトドメを刺しにいく」
「オーケー、僕も出力を上げるよ。また防御を固められても面倒だしね。酸素のこともあるから」
「助かる。じゃあ行くよ!」
「うん!」
サリーが前に出るタイミングで大蟹は再度魚雷を発射する。HPの減少によってか、魚雷の数は増えていたもののもはや回避を考える必要もない。今も頭上で赤と青の二色に輝く泡がその攻撃を全て受け止めてくれるからだ。
「【クインタプルスラッシュ】!【ピンポイントアタック】!」
「【ハイドロレーザー】【ライトニングボルト】!」
二人の攻撃が柔らかくなった外殻を砕き、ボロボロになった巨体はゆっくりと崩れていく。
「あ!出られた!」
大蟹の死に合わせてメイプルを閉じ込めていた泡は弾け、中で乱反射していた二種の光が辺りに拡散していく。
それはまるで三人の勝利を祝福する光のように水中に降り注いだのだった。
大蟹を倒した三人はドロップした素材を素早く拾って魔法陣で地上へと帰還した。
メイプルは一旦潜水服を脱ぐとペタンと地面に座り込んだ。
「ふー、久しぶりの水中大変だったー」
「事前に謎解きを済ませてなかったら今回みたいに落ち着いてボス戦はできなかったかも」
酸素に余裕があったためにボスの耐久戦術にも焦ることなく対処できた。八層エリアは水中であり、酸素残量というタイムリミットがあるため、あらゆる探索はそれを頭に入れて可能な限り素早く済ませる必要があるのだ。
「どうする?また解いてから行く?タイムリミットがある中で解くのも緊張感があって面白いんだけど」
「も、もうちょっと慣れてから……かな?」
「私達はまだ文字を読むのも覚束ないしね」
「分かった。酸素さえ足りてれば二人が倒せない敵なんていなさそうだし……僕はあのハサミを壊せなくて倒せなかったけど、二人がいたら全然強くないと思えるくらいだったから」
「カナデは八層エリアはどこまで攻略したんだっけ?」
「うーん、半分ってところかな?謎解きだけはほぼ全部終わってるって言っていいけど。戦闘がたくさん残ってる。もう一つ二つ簡単な暗号解読のダンジョンがあるから、そこをクリアしたらもう少し難しい所にいくのはどう?」
「難しいってどれくらい?」
「文字を読めるのは前提で、進むために閃きが必要になってくるんだ。たとえば……夜の海に道は現れる……みたいなことが書かれていて夜の海って何だろう?って推理するみたいな」
「おー……分かるサリー?」
「素直に受け取ったら夜に来いってことだけど……違いそうだよね」
「そうだね。もう一捻り」
「なら、【闇魔法】を使うとかは?」
「お、当たり。流石サリー解くのが早いね。これは僕がクリアしたダンジョンで出題されたものだね」
「すごーいサリー!閃き力ってやつだね!」
「時間を縛るよりは持っている人が多いものを解にするかなって。でもそうか、スキルとかアイテムも使うことになるのか……」
「うん。でも本当に特殊なスキル……【暴虐】とか【身捧ぐ慈愛】とかね。それじゃないと行けないようなダンジョンは隠しダンジョンでも見つからないとなさそうだから心配しないで」
カナデは既にギミックを解いてある。だからこそ自信を持ってないと断言できるのだ。
「一旦カナデに次のダンジョンの問題をもらってからで。まずはスリルとかなしで解く!」
「さんせーい!」
「分かった。じゃあ次はここににしようか」
そう言うとカナデは次のダンジョンの謎解きを二人に出題するのだった。




