防御特化と八層エリア。
撃破と同時にゆっくりと霧は晴れていき、空中に残る『魔王の魔力』も分かりやすく見えるようになった。
メイプルは忘れないようにしっかりとそれをインベントリにしまい込む。
「よーし!『魔王の魔力Ⅴ』!」
「ナイスファイト。これでようやく後一つだな」
「うー、いよいよ魔王との戦いですね」
「緊張します……」
現状【楓の木】が保有できうる挑戦権は一つだけとなる。失敗すればボスラッシュをもう一度乗り越えなければならない。マイとユイが緊張するのも不思議ではない。
「まずは最後の『魔王の魔力』を集めるところからだから、そっちは任せて!」
「はいっ!」
「頑張ってくださいメイプルさん!」
「俺達は空いた時間で集められそうなとこの『魔王の魔力』の予備を集めとくってのはどうだ?五層エリアなんかは無理だが、もし再挑戦が必要になった時も多少は早くやり直せるだろ?」
「いいですね!」
「他にどうしても行かないといけない場所もないですし……」
「助かりますっ!」
マイとユイそしてそれを守るクロムがいれば、ボス相手でもしっかり戦える形が作り出せる。
「話もまとまった訳だし、さっさと戻るとするか。サリーにとっても悪いしな」
「外に出たらすぐ【暴虐】使うね!」
「うん……」
集中力で恐怖を遠ざけていた側面も多少はあったようで、ボス戦を終えてぐったりとした様子のサリーを連れて、メイプル達は魔法陣に乗りボス部屋を後にするのだった。
無事に六層エリアの探索を終えたメイプルとサリー。ホラーエリアのギルドホームから離れ、心穏やかといった様子でソファに体を預けるのはサリーだ。
「はー、しばらくホラーはいいよ……」
「あはは、でも本当にしばらくは出てこないんじゃない?」
テーマに特化した広大なエリアを改めて作ったのだ。総まとめの十層はともかく、同じような層を再度生み出すことはしないだろう。
「魔王が変なの出してこないといいな」
「あー、各エリアのボス!とかありそうかも」
「だよね。そうでなくても召喚はしてきそうだし。やっぱり王だからね、王」
「部下とか多そうだもんね」
その中にアンデッドの類がいないことを祈るしかない。いた時は優先的に撃破することで、甚大な精神的被害を少しでも食い止める立ち回りになるだろう。
「っとと、そんなことはまあ置いておいて……大事なのは八層エリア!」
「そうだね!ちゃんと潜水服も持ったよ!」
八層の時に使った潜水服が変わらず使えるのは確認済み。メイプル達は八層の深海探索もしっかり味わった後であるため、潜水服の強化も全域を探索するに十分だ。
「早速転移しようか。待ってくれてるし」
「うん!行っちゃおう!」
二人はギルドホームからギルドホームへ移動する。転移を済ませロビーに出ると、二人に気づいたカナデがひらひらと手を振って微笑みかけた。
「やあ。いよいよ八層エリアだね」
「うん!どう?カナデは順調に進んでる?」
「勿論。たくさん時間もあったしね。面白そうなところと、僕一人じゃ戦えないようなところが残ってるよ」
カナデは本のストックの内容次第で出力が大きく変わる。魔導者が一回きりしか撃てない都合上、大規模対人戦で主要なスキルを使い切ってしまったところからの現状復帰はまだまだ済んでいない。
「対人戦に向けてはかなり長い期間準備してたからさ。同じようなスキルを集め直すには運もいるよね」
「この後には魔王戦が控えてるしカナデにはできるだけスキルを温存してもらわないと」
「そのつもり。ちょうどいいし、だから二人を待ってたんだ」
「八層は謎解きがあるんだっけ?」
「うん、そうだよ。僕はもう解き方も分かってるんだけど……せっかくの謎解きなんだし全部答えを聞いてもつまらないでしょ?」
そう言うとカナデはインベントリからメモの束を取り出す。
「水の中でも見られるから、このヒントを使いながら解くのはどうかな。必要なら僕が詳しいヒントを出すよ」
「うん、やってみよサリー!」
「オーケー。一旦手をつけてみようか」
「よし、じゃあ用意した第一問から順にいこう。ふふふ、正解できたところから攻略するのもいいかもね」
現地に行かずともカナデは既に何ヶ所かの謎を記録して残してある。
まずは一切制限のないギルドホームで謎解きのチュートリアルからだ。
二人はカナデから受け取った紙を眺めると、その情報量に目を細める。
そこに書かれていたのは見たことのない文字を解読するための対応表。そしていくつかの短文だった。
「これは一番ベーシックなやつだね。文字を解読できれば答えがそのまま書いてある」
「ふんふん」
「この対応表はどこで?」
「情報収集用の書物から。一から探すとちょっと大変かもね」
カナデはパラパラと見るだけで頭に入って忘れないがメイプル達はそうはいかない。
そのためのメモではある。覚えきれずともこの対応表があれば解読は可能だ。
「あとはこの文字を中心に、より難しい変換が入ったりするんだけど……それはまた後で。さ、読んでみてよ」
メイプルとサリーは二人で対応表と暗号の文字を交互に見て、内容を確認し文字を解読していく。
「えーっと、これはこれだから……」
「そうだね。こっちはこれ……で文章になるから」
二人がカナデから渡された暗号を順に読み解くと、通路の正しい進み方が書かれていることが分かった。
「読めたかな?」
「読めたと思う!」
「じゃあそのダンジョンの攻略に行ってみよう。答え合わせは現地で、ね?」
「分かった!」
「行こうか。飛行機械で飛んでいく?」
「うん、それで。そんなに遠くないからさ」
メイプル達はギルドホームから出ると水上を飛んでいく。八層エリアは十層でも端に位置するエリアだ。果てなく続くような静かな水面が水平線まで続いており、所々にかつての建造物の先端だけが見える。
メイプル達が飛行機械を停止させたのはそんな建物のうちの一つだった。
随分風化してしまっている建物には当然窓ガラスなどなく、開いた穴から中の様子を見ると階段が下へと続いていた。
「その先は水の中だから、階段を降る前に潜水服を用意してね」
「はーい!」
「戦闘もある?」
「すぐにはないよ。二人なら対処が難しい相手もいないんじゃないかな。ほら、ここは貫通攻撃がないから」
「あ、じゃあ安心だね!」
「なら【身捧ぐ慈愛】は使っておいてもらうか」
「それがいいと思うな。一応久しぶりの水中探索だし、謎解きの答え合わせもしないといけないからさ」
【身捧ぐ慈愛】で戦闘で負ける可能性を排除することにして、三人は潜水服に身を包む。
「よーし、【身捧ぐ慈愛】!」
背中から天使の羽を伸ばして準備を済ませたメイプル達は、いよいよ水中へと歩みを進めることにした。
水に沈んだ建物の中、三人が奥へと進んでいくとすぐに下への階段は無くなってしまったが、替わりに壁に文字が書かれているのを発見した。
「あっ!サリーサリー!これじゃない?」
「本当だ。さっき読んだ文章のままだね。ということは……階段の位置に背を向けて左端の床を押す」
「さあ、正解かどうか試してみようか」
「うん!」
メイプルが泳いでいって指示された床をぐっと押すと、一部がガコッと音を立てて沈み込み、少ししてその部分がくり抜いたように開いて下のフロアへの道が開ける。
「合ってたよ!」
「ナイスメイプル。なるほど……こんな感じか」
「あくまでまだ基礎的なものだけどね。二人ならここはサクサク進めそうかも」
「でも、これならカナデも攻略できたんじゃない?私達が解けるような謎だった訳だし」
カナデの言う通り基礎的な暗号解読であり、そもそもここに来る前からカナデは答えがわかっているようだった。
「謎解きだけならね?ここがクリアされずに残っている理由は別なんだ」
カナデはそう言うと困ったように笑う。
「ボスが強い」
「「あぁー」」
「ふふ、そういうこと。戦いは任せたよ。二人を頼りにしてるからさ」
「オーケー」
「任せて!しっかり倒しちゃうから!」
「勿論僕も支援はするからさ。まずは一番奥にあるボス部屋まで下っていこう。探索に時間をかけ過ぎるとボスと戦うための時間も減っちゃうしね」
「そっか水中だもんね!」
「ボスのことをカナデに聞きながら潜っていこう」
「そんなに色々知ってる訳じゃないけどね。すぐ倒されちゃったから残っている訳だし」
今回は謎解きは済んでいる。メイプル達は急いで水没した建物を下へ下へと突き進んでいくのだった。




