防御特化と霧の向こう2。
霧で視界を奪い、毒沼で移動を制限して、ボスの圧力でスキルの使用を縛ってなお、メイプル達の進撃は止まらなかった。
それも当然と言えば当然で、メイプルは奥義と言えるようなスキルを大量に持ってこそいるものの、それは大盾使いとしての最低限の性能を持っていないことを意味しない。
【身捧ぐ慈愛】はなくとも大盾でのガードもまた十分堅牢な守りだ。
さらに、継戦能力が高く道中でも細かくスキルを使っていけるクロムもいる。
トップクラスの大盾使いがマンツーマンでアタッカーを守る布陣はそう容易くは崩せない。それを崩したいのなら、ボスモンスターになれる程の出力が必要になるのだ。
そして、メイプル達はついにそれと相対しようとしていた。
目の前には大きな墓標。古びたそれに一歩前に出たクロムが手を触れる。
響きわたる嘆きの声、青白い炎が漏れ出始める墓標は辺りに炎を伝播させ、魔法陣を形成する。
「よし、情報通り。クエストで手に入れたアイテムで開くな」
「ありがとうございますクロムさん!」
「おう、ギルド全員で協力して進めるって話だったからな。当然ちゃんと用意してある」
カスミが四層エリアを担当したように、六層エリアはクロムがメイン。メイプルとサリーが来る前に必要なものは手に入れてある。この分担が【楓の木】の攻略速度を支えているのだ。
「んじゃあサリーを解放するか」
「開けるよー、サリー」
メイプルはボスの元へと行く前に箱に詰めておいたサリーを取り出す。
ツキミとシロップも指輪に戻して守るべき対象を絞る。あとは作戦の通りに動けるかどうかだ。
「サリー大丈夫そう?」
「任せて。ミスはしない……!」
自分を鼓舞するようにサリーはそう言う。万全の状態とは言い難いが、何かあったとしても守り抜くためにメイプルとクロムがいるのだ。
「よし、準備はいいな?行くぞ!」
準備を整え転移する五人。転移した先は同じように深い霧に包まれており、視界状況は良くないが、事前にボスのことを確認しておいたメイプル達はこの部屋の構造を把握できている。
ここはメイプル達のいる位置を中心としたドーム型の部屋。ボスの出現位置は真上だ。
転移前にも聞いた嘆き声が響き渡り、サリーを除く四人が頭上に目を向ける。
霧の向こうに大きな影。霧に隠されて直接姿は見えないものの、青い炎を伴う影の正体は長い腕とひらひらと舞うドレスが特徴的な霊体。
それこそがこの部屋に現れるボス、デバフと絡め手で攻め立てる厄介な亡霊の親玉である。
「最初に炎が来るが気にしなくていい!」
クロムが言った直後、ボスが身に纏った青い炎が拡散し地面に降り注ぐ。それは見た目に反してダメージは与えないものの、替わりにかかっているバフを全て剥ぎ取ってくる。
これがあるためメイプルは【身捧ぐ慈愛】を残しておいたのだ。
「【挑発】!」
ボスの注意を引いたのはクロム。いくつか理由はあるが、他の四人と比較して遠距離攻撃が得意でないクロムの役割は攻撃を引き受けることになるからだ。
【デッド・オア・アライブ】によって複数回の復活も不可能でないクロムなら、相手によってはメイプルよりも無理が利く。
遥か上空で旋回する影だけしか見えないボスだったが、クロムをターゲットに定めると一気に攻撃に移った。
「知ってなきゃ反応できねえな……!」
霧の中、背中側に光源を感じたクロムは素早く体を捻り背後に向き直る。
そこでは冥界の炎と言うべき青白い炎を纏った透き通る腕がするりと忍び寄ってきており、背後からの攻撃が来ると知っていたクロムは大盾を構えて防御を間に合わせる。
「盾で防いでもステータスを持ってかれるってのはキツイな!」
遠距離攻撃が得意でないこと以外にも、クロムが防御を担う理由がこれだった。
全ての攻撃がステータス奪取の効果を持つわけではないが、マイやユイ、メイプルがステータスを奪われることがあれば、戦闘続行が不可能になってもおかしくない。
「攻撃を頼む!」
厄介なことにボスにダメージを与えられるタイミングは、敵が攻撃している時に限られる。要は攻撃時以外は実体化していないようなもので、マイとユイの鉄球攻撃や【飛撃】での先制攻撃は不可能だ。
敵の攻撃を受けてカウンターを決める。そんなやりとりが必須となるのである。
「「【飛撃】!」」
マイとユイの放った衝撃波は宙を舞うボスの影に向かって真っ直ぐに飛んでいったものの、地上からでは距離があることもあって実体化している内に捉えることができなかった。
「【水の道】【氷結領域】……!」
パキンと音を立てて噴き出した水が凍りつく。飛行機械と生成された足場を活かせば、マイとユイも柔軟に距離を詰め直撃を狙える。
「見えて……はないんだよな。音か……!」
ボスの悲鳴のような嘆く声。これを頼りにしているにしてはあまりに正確。しかしそうとしか考えられない。
サリーを必要以上に気にしなくていいと確信したクロムは、そのまま次の攻撃を受け足場も使って上空へと向かうメイプル、マイ、ユイの三人を見届けた。
「「【ウェポンスロー】!」」
「【砲身展開】【攻撃開始】【滲み出る混沌】!」
放たれた攻撃は今度はボスの体を確かに抉った。透けた体からダメージエフェクトが散るものの、ダメージはそう大きくない。それでも確かにHPバーが削れたのは事実で、三人に焦りはなくむしろ手応えを感じていた。
「次が来る!三人とも散ってくれ!サリー、任せるぞ!?」
「……はい。大丈夫です」
クロムは迷いを振り切って、部屋の端へと向かって飛行機械を使い加速して飛び去った。
部屋の中央から青白い炎が広がったのはその直後のこと。二度目のバフ解除と同時、地面から白い腕が次々に伸びて部屋の外縁と中央を分断するように一回り小さなドームを生成する。
中心にいる一人を捉えて逃がさない檻。固定ダメージの攻撃が飛び交うドーム内にはクロムしかいられないはずだった。
そう、本来なら。
クロムは濃霧に霞む白い腕でできた檻を外から見て、心配そうに解除の時を待つ。
サリーのやり方は完璧に避けての生か一撃受けての死のどちらかしかない。
クロムのように、避けられない攻撃はある程度受けながら耐えるという、比較的安定する選択肢は存在しないのだ。
この決断が間違っていたかいないかはサリーの動き次第なのである。
「頼んだぞ……」
成功すれば温存できたスキルでこの後の展開を大きく有利にできる。
中の様子が見えない中、ボスの攻撃が始まったことを示す音が聞こえ始めるのだった。
閉ざされた檻の中でサリーは目を閉じたまま辺りの様子を探る。ぼっ、ぼっと音を立てて空中に炎が漂う気配。
暗闇を映すばかりのはずの瞼の裏に、くっきりと戦場が描き出される。
空中に漂った後次々に飛んでくる炎を避け、ボスの分身が振るう腕から放たれる、地面を薙ぐような炎は飛び越えて躱す。
攻撃に付随する効果音を元に全ての攻撃を完璧に把握するサリーは、最早濃霧に包まれるメイプル達以上に戦場を見通せていた。
「……いけるね」
目の前にいるボスの姿形すらまともに見たことがないサリーにとって、目の前のボスは幽霊ですらなく攻撃の判定を定期的に発生させるトレーニング用のカカシという認識である。
目を閉じることでサリーは強化された。何を言っているのかは分からないがそうとしか言いようがないのだ。
目の前にいるボスはあくまで分身、どれだけ攻撃を叩き込んでもダメージには繋がらない。この檻は大量のデバフとステータス奪取を行いながら、分断されたプレイヤーを先に脱落させることを狙う、一方的に不利を背負わされるバトルフィールドである。
「【氷柱】!」
壁を作って、飛行機械を駆使して。ともすれば上下すら分からなくなってしまうような空中機動。何も見えていない中で、サリーの動きは完璧と評する以外になかった。長い長い耐久戦、全ての攻撃を躱しきって、サリーと亡霊、二人を隔絶していた檻が壊れる。
「マジでやってのけるか……!」
「サリー、任せて!」
「うん。任せた」
「【古代兵器】【攻撃開始】!」
メイプルが突き出した片腕は砲に変化し、その周りに青いスパークを散らせる【古代兵器】がエネルギー放出の時を待っていた。
檻の崩壊はまさに解放の時だったのである。
放たれた二色のレーザーが空中に姿を現したボスを貫く。サリーの奮闘によって一切リソースを切ることなく一つの山場を越えられたのだ。せっかくの攻撃可能タイミングは見逃せない。
メイプルの攻撃に合わせてユイとマイも空へと飛び上がり、【救いの手】で延長した射程を活かして大槌を叩きつける。
ダメージ軽減はあれど十分すぎる威力。一撃入れるごとにボスが死に大きく近づくことに変わりはない。
「全員俺の方に寄ってくれ!」
クロムの呼びかけに四人は即座に飛行機械の出力を上げてクロムの元へと飛び込んでいく。
一撃加えれば大技が帰ってくる。大事なのはタイミングとスキルの切り方だ。
クロムは霧の向こうに目を凝らし、降り注ぐバフ解除の炎の奥、本命の攻撃を無効化することに意識を割く。
守るためのスキルを切るのが早すぎるとバフ解除に引っかかる。二つの攻撃の合間、そこで素早くスキルを使わなければならない。
「ここだ……!【守護者】【精霊の光】!」
髑髏を形取った大きな炎の塊がクロムの守りの上から直撃する。
当たった瞬間からクロムのステータスは凄まじい勢いで吸い上げられていくものの、【守護者】でメイプル達を守りながら、【精霊の光】の効果でダメージそのものを無効化することには成功している。
この炎ではクロムを完全に無力化するところまでしか辿り着けない。
「っし、ステータスはもう吸ってこない。後は頼んだぞ、メイプル!」
炎を受け止めきってここでバトンタッチ。空では何体もの分身が耳障りな悲鳴を上げて、デバフ効果のある衝撃波を放っていることがエフェクトから分かる上、ボスそのものも雨のように冥界の炎を降らせている。
ただ、そんなことはもうどうでもいい。
「【身捧ぐ慈愛】!」
濃霧の中、輝きを放つ白い翼。これを解除するための技はクロムが全部吸いきった。
固定ダメージを与えうるタイミングはサリーが捌ききった。
単純なデバフのみではこの異次元の防御を貫くことはできないのだ。
「行くよ!マイ、ユイ!」
「「はいっ!」」
十層エリアは飛行機械のサポートがある。三人は足並みを揃えて真っ直ぐに空へと飛び上がると、濃霧を振り払いながらボスのすぐ側まで距離を詰める。
空に浮かぶ影でしかなかったボスの姿をはっきりと捉えたメイプルは、スキルを切ってボスの攻撃を誘発した。
「【挑発】!」
さあ、撃ってこい。メイプルが構える中、するりと静かに燃える両腕が迫る。
しかしそれとすれ違うように、本当の死をもたらすものが最後の一振りを構えて飛び込んだ。
「「【ダブルインパクト】!」」
ズドンと突き刺さった大槌は、脆いガラスを砕くように、透き通ったボスの体を粉砕する。
最後に大量のダメージエフェクトを噴き上げながら断末魔の叫びを上げて、ボスはキラキラとした輝きを残し爆散して消滅していくのだった。




