防御特化と五層エリア。
三つの『魔王の魔力』を手に入れて、【楓の木】の十層探索も大詰めに向かっていく中。メイプルとサリーは五層エリアの雲の中へとやってきていた。
五層エリアはパーティー内で最も進みが遅いプレイヤーに合わせた位置から攻略が再開される大迷宮。二人で始めたからには二人で終わらせなければ二度手間になってしまう。
メイプルとサリーは何度目かのチェックポイントとなる雲の町の中で、再突入のための準備を整えていた。
「さてと、そろそろ行こうか」
「うん!頑張ろー!今回で終わるかな?」
「んー、まだかかりそうだけど……あくまで私達の攻略速度とリソース次第ってとこだね」
詰まることなく進めば、一度の探索で五層エリアの攻略を終えることも可能だろう。
ただ、これまでのことを考えてもボスは強敵であるのは間違いなく、大迷宮なだけあって道中も何度もボス級のモンスターが現れる。
一日に使える回数の限られるリソースがあることを踏まえると、強敵との連戦にはリスクが伴う。万全の態勢を整えて戦っていれば勝てない相手はそうはいない。大事なのはむしろ引き際を見極めることだ。
無理はしすぎないと決めて、二人は再度雲の迷宮へと足を踏み入れた。
そんな二人を出迎えたのは雨。
正確には形容するとしたら雨となるもの。
「おー……」
「当たるとまずそうな雰囲気だね」
一歩踏み出した先で降る雨はまるで槍の穂先かのように地面に突き刺さり、しばらくするとばしゃっと弾けて床に吸われていく。
貫通攻撃であったとしてもおかしくはない見た目は、メイプルであってもよし受けてみようとは思えない。
しかし、チェックポイントでもある雲の町を隅まで探索していた二人は、しっかりとそれに対抗するためのアイテムを手に入れていたのだ。
「まさに使えってタイミングじゃない?」
「だよね!」
二人は買ってあった『雨避けの兜』を装備すると、まず何かあっても【不屈の守護者】と【暴虐】でリカバリーが可能なメイプルから先に雨の中へと歩み出る。
「よーし……えいっ!……おおー、大丈夫!」
『雨避けの兜』の名に偽りはないようで、メイプルの真上に降ってきた鋭い雨粒はぐんとその軌道を変えて、メイプルを避けて足元に突き刺さる。
「買っておいて正解だったね。これからも町はちゃんと見て回っておいたほうがいいかも」
「そうだね。あるのとないのとでは大違いだもん」
盾や障壁で防ぐという選択肢もなくはないが、動きを制限されないこのアイテムの自由度には勝てない。
「イズさんに作ってもらった装備は外れてるから、HPにだけは気をつけておいて」
「分かった!」
装備品枠が足りないため、メイプルのHPは多少下がってしまうが、それでもこの雨を無視できるのは大きい。
メイプルの体を張った安全確認にお礼を言って
サリーも雨の中へと歩み出る。
「貫通攻撃じゃなかったとしても、ただの雨じゃないのは間違いないし……結構強いボスが出てくるかも」
「気をつけるね。サリーの予想って当たるもん」
「警戒しておくに越したことはないしさ」
「うん!」
そうして対策アイテムを十分に活かして、槍のような雨の中をぐんぐん進む二人の視界に、確かに動く雨とは違う何かの姿。ぴたりと足を止めて、二人は目を凝らし様子を窺う。
「え、えっと……あれは?」
「多分モンスター……だけどどう来るか読みづらい」
通路の奥で動いていた、いや浮遊していたのは二つの水の塊。ふよふよと浮かぶその水の塊はある時にはウニのように棘だらけになり、ある時は板のように平たく変形して、壁にぶつかっては跳ね返るという風な意思のない動きを繰り返していた。
よくあるトラップでないことは上に表示されたHPバーが教えてくれているが、サリーの言うようにその動きからは敵の出方は窺えない。
分かりやすく武器でも持っていれば、ああそれで攻撃してくるのだなと予想もつく。故に読み取れる情報量が少ない敵程戦いにくくなる。
「いきなり襲いかかって来るわけじゃないみたいだし、今回も安全を確保してから刺激してみるのはどうかな?」
「うん!じゃあいつも通り遠距離から!」
「それでお願い」
メイプルは念の為、尖った雨に打たれても壊れない兵装である【古代兵器】を使用するべく、ドリルを体に装着し自分の体を掘削させてエネルギーを貯めるとそれを一気に解き放った。
「【古代兵器】!」
バキンと音を立てて青い光を放ちながら変形した漆黒のキューブは、いくつもの筒に分離し一つの円の外縁を形成する。
その内側に青い光が弾けたかと思うと、そこを砲口として青く輝くレーザーが前方へ放たれた。
メイプルは盾を構えて防御を固め、サリーはその後ろで敵の観察に集中する。
メイプルの攻撃が着弾すると同時、意外にもモンスターはパリンと一瞬にして砕け散った。
しかし。
「……!」
「わわっ!?」
直後カウンターとばかり飛んできたのは大量の鋭い雨粒の棘。それと同時にあちこちに水でできた薄い膜のようなものも展開され二人を取り囲む。
「……ふー、びっくりしたあ」
「習性はトラップに近いね。死に際に良くない効果を残していく訳か……」
棘形態で爆ぜれば全方位への無差別攻撃、板形態で爆ぜれば触れることで移動不能効果を与える水の膜の大量展開。
控えめに言っても爆発してほしいとは言えない嫌なモンスターだと二人は顔を見合わせる。
「倒さない方がいいのかな?」
「時限爆弾みたいに起動する可能性もあるし、近づいたら強制的に自爆するなんてのも考えられる」
「うわあ、それだったら大変かも」
「確かめておこっか。ボスの攻撃に関わってたら嫌だしさ」
「分かった!【ピアースガード】も準備しておくね!」
「他の形態のも見ておきたいな。なんか棒みたいな形もあったし」
道中は貴重な情報収集のタイミング。仮にこれがボス戦で全く活きない調査だったとしても、やっておくことで一つまた一つリスクを減らせるのは事実だ。
時間があるなら慎重に。焦ることはないと二人は敵の挙動をメモに残しつつ奥へ奥へと進んでいくのだった。
敵の挙動を理解していくうち、積極的に攻撃してこない上に遠距離から安全に起爆できるメイプル達にとって、道中はかなり穏やかなものとなっていた。
ウニのような棘だらけのものはなかなか厄介で、これが放つ棘は周りの水塊にも突き刺さり連鎖的に起爆してしまうことが判明した。
それによる大規模な影響にさえ注意すれば二人にとって対処できないものではない。
二、三体で浮かんでいる程度なら適当に起爆しても問題ないのだ。
「ボス部屋での大量召喚とかがありそうなのが嫌だけど……それは必要以上に考えても仕方ないし」
「絶対倒して通らないといけないもんね」
「そういうこと」
敵の攻めが比較的穏やかであるため、会話をする余裕も生まれてくる。
「メイプルは五層エリアの後はどっちに行きたい?」
「うーん、先に六層エリア……かなあ」
「その心は?」
「六層エリアはサリーが苦手な所だし、最後は一緒に探索しながらがいいから!」
六層では同行するとしても【暴虐】の口の中か目隠しをしてシロップの上に張り付いているかだろう。これでは一緒にいるといえども、共に探索をしたとは言い難い。
「それに順番に振り返っていく感じでちょうどいいかも!」
「たまたま『魔王の魔力』の手に入る順も同じになったしね」
攻略順を自由に決められる十層において、これは意図したものではなかったが、五層エリアの次は六層エリア。かつてと同じ流れは記憶の中の鮮やかな思い出をより刺激してくれる。あんなこともこんなこともあった。これまでを振り返るにはこの攻略順が適しているのだ。
「メイプルも色んなスキルを使えるようたけど、どう?全部馴染んだ?」
「サリーみたいに上手くは使えないよー。でもでも、よく使うスキルは結構できるようになってきたかも?」
最初に手にした【毒竜】や【悪食】。【身捧ぐ慈愛】に【機械神】、【暴虐】を始めとした化物関連スキルに、最近だと【古代兵器】も悪くない。逆に本人の防御力が余りにも高過ぎて大抵の攻撃を無効化するが故に、使用機会の少ない【不壊の盾】や【大地の揺籠】は咄嗟には出にくいだろう。
「メイプルは複数のスキルを中心に戦うから、普通の大盾使いより忙しいかもね」
それはそっくりそのままできることの多彩さにも繋がっているため、受け入れざるを得ない点だった。
「サリーはさ私のスキルとか使わない?」
「ん?【虚実反転】でってこと?」
「そうじゃなくて、ほら魔王はすっごい強いらしいし使いたいスキルがあれば手に入れ方は分かってるから」
「ああ、そういうこと」
マイとユイに【救いの手】を獲得させたように、サリーにも何か力を貸せたなら。決戦前の最後の強化として、メイプルの持つスキルをサリーが手に入れられればそれ程大きなことはない。サリーならどのスキルであってもメイプル以上の速度ですぐにでも使いこなしてみせるだろう。
それでも、サリーは首を横に振った。
「スキルを増やしていくより、私は今の技術を磨いていく方が上手くいくと思ってさ。新しいことを身につけなくてもこれが私の一番の武器」
と、そこまで言ったところでサリーはふふっと笑ってメイプルの方に向き直る。
「って、まあ一番の理由はそんなことじゃなくて、やっぱりただ私がこだわってるだけなんだけど」
メイプルの言っていることは正しい。最もらしい理由を考えたところで、スキルそのものにデメリットがないのなら、基本戦闘における選択肢は増やせば増やすだけ得をする。
それが分からないサリーではない。
「メイプルが防御力だけに振ってるのと同じで、私は今の武器で挑みたい。そういうこだわりがゲームを面白くしてくれるから」
「ちょっと分かるかも?」
「本当?ふふ、メイプルも分かってきたかあ」
「うん!じゃあこのままで!」
「ん。あ、勿論それでも負けるつもりはないからね。【楓の木】の出力が十分足りると考えた上でのこだわりだから」
「サリーのことだもん、信じてる」
「任せて。と言っておこう」
誰と遊ぶか、どう遊ぶか。楽しいの形はそれぞれで、それならより楽しいと感じる方へ。
弱み強みはそのままに、補い合える策を改めて練りながら二人は雲の迷宮を進むのだった。




