防御特化と再突入3。
休憩も終えて、再度雨の中へと戻っていった二人が傘をさして歩き続けること三十分。
「あ!」
「おっ、抜けたね」
ぐいっと雲をかき分けるとその先に広がっていたのは雨の止んだ広い空間。地面には水たまりがいくつかできており、反射してキラキラと光り輝いている。
「メイプル」
「うん。ボスだよね?」
「おそらくね。どこから来るか分からないから気をつけて」
不自然に広い空間にはモンスターの一体すら見当たらない。こういう所にはボスが出るとメイプルも今や察することができる。
【身捧ぐ慈愛】はあるものの、警戒しつつ二人は広間に踏み入れる。
ずずっと地面に確かな揺れを感じたのはその直後だった。
床を構成する雲から勢いよく噴き出る水。染み込んでいた雨水が逆流するようにザバザバと音を立てて飛沫を上げ、空中に止まって形を成していく。
「カエルだ!」
「カエルだね」
五メートルはあるだろう全身水でできた透明なカエル。頭の上にHPバーが表示された瞬間、ガバッと口を開けて凄まじい勢いで透明な舌が伸びてきた。
薙ぎ払うように振るわれたそれをサリーは冷静に回避してカエルの方へ距離を詰める。
攻撃に勢いはあったものの距離が開いていたことを活かして、メイプルは大盾をしっかり軌道上に構えてがっしりと下を受け止める。
「あえ!?」
バチンと音を立てて盾と衝突した舌は、そのままメイプルをぐるんと巻き込んで一気に持ち上げ収縮する。
そう、これはただの水攻撃ではなくあくまで舌だったのだ。
前に飛び出したサリーを追い抜いてメイプルは一飲みにされて透明な体内にふよふよと浮かぶ。
「メイプル!中から攻撃できる?」
「……!」
メイプルはパクパクと口を動かした後、ぶんぶんと首を横に振る。
「スキルが使えない、インベントリも無理!合ってる?」
メイプルの様子からサリーが状況を推察して呼びかけると、メイプルは伝わるように大きく頷いた。
「ちょっと待って!急いでいろいろ試してみる!」
飛び跳ねて壁に張り付きながら、舌を伸ばして捕食しようとしてくるボスの攻撃を素早い動きで回避して、【水の道】で泳ぎながら距離を詰める。
「……!」
ボスがぶるぶると体を震わせると地面から鋭く尖った形をとった水が次々に飛び出し、泳ぐサリーに迫っていく。
それを見てサリーは即座に飛行機械を起動し、【水の道】から飛び出すと空中を自在に飛んで攻撃を避けてボスへと肉薄する。
「【氷結領域】!」
サリーから溢れ出た強烈な冷気。それは飛んできていた水だけでなくボスの体すらも一瞬で氷漬けにした。
「水でできてるなら効くでしょ!【クインタプルスラッシュ】!」
凍りついたボスの体にサリーの高速の連撃が突き刺さる。
ピシ、ピシッと音を立てて大きな亀裂が入ったかと思うとパリィンと高い音とともにボスの体は砕け中のメイプルが飛び出てくる。
サリーは伸ばした糸で素早くメイプルを回収すると、飛行機械の出力を上げ一気に距離を取る。
「大丈夫だった?」
「ありがとうサリー!お陰で何とか……消化タイマーっていうのが進んでて」
「うわ。中々怖いね」
「でも倒せたんじゃない?」
「いや……ほら!」
サリーはボスのHPゲージが減っていないことに気づいていた。
粉々になったボスの体は足元の雲に吸収されて行き、替わりにあちこちから水でできた小さなカエルがぴょこぴょこと顔を出し飛び跳ねる。
「メイプル!範囲攻撃お願い!」
「わ、分かった!【砲身展開】【攻撃開始】!【古代兵器】!【滲み出る混沌】!」
細かい狙いをつけることなく部屋全体を満遍なく薙ぎ払ったメイプルの攻撃は轟音の中にはっきりとしたゲコッという鳴き声を響かせた。
「あっ!」
「ヒット!HPも減った!」
サリーはこれでこのボスの倒し方について確信を得た。まず巨体モードにダメージを与えてバラバラにし、その中から本体と呼べる個体を叩く。目の前で再度水を呼び寄せて大きな体を形成していくのを見つつ、サリーは分かったことをメイプルに手短に伝える。
「メイプル、乗って。全部避けてあげる」
「任せた!」
「任された!」
邪魔になる盾は一旦しまって、展開した兵器を解除しサリーの背に飛び乗る。
一気に加速したサリーはビュンビュンと振り回されるボスの舌を的確に避けていく。その間メイプルは攻撃してボスを分裂させる役割になるが、【機械神】はサリーのバランスを崩しかねないため使えず、毒を生成してしまうスキルはもってのほか。召喚系も【身捧ぐ慈愛】を解除しないと舌の拘束効果がメイプルに吸い寄せられかねない。
となると空中で変形させられる【古代兵器】がベストなわけだが、これも攻撃をするか受けるかして起動用のエネルギーを貯めなければならないという難点がある。
いや、難点があった。
「ふっふっふ!」
「何でも作れる……」
「イズさーん!」
メイプルが取り出したのはベルトのついたドリル。それを襷のように体に回して固定する。
そう、勿論ドリルは内側に。
「スイッチオーン!」
回転を始めたドリルは敵ではなくメイプルに穴を開けようとガリガリと音を立てて回転する。
これまでは無理やり爆弾を並べて自爆して溜めていたエネルギーもこれならボタン一つ。
不安定な足場でも安心の簡単起動。
なんと画期的な発明だろう。
「【古代兵器】!」
ガシャンと音を立てて変形したキューブが細長い数本の筒になって、メイプルの頭上で高速回転を始める。それはガトリングガン。回転に合わせて次々に発射される青い光弾がボスの体を穴だらけにすると、ボスは形を維持できずに崩れ落ちる。
「【反転再誕】【滅殺領域】!」
背中の羽が黒く染まる。生まれたてのぷるぷるの水ガエル達は直後赤黒いスパークに焼かれて消滅していく。
【機械神】や【古代兵器】とは比べものにならない程効率のいい範囲攻撃は一瞬にして分裂フェーズを終わらせてボスの体を再構築させる。
「エネルギー溜まってまーす!」
「よし、撃てー!」
「【古代兵器】!」
惜しみなく最高峰のスキルを使っての滅殺。いかにボスといえども、『魔王の魔力』を持っているわけでもないただのボス程度ではこの度を過ぎた暴力を受け止め切ることはできなかったのだった。
文字通りの雨蛙を倒した二人はそのまま少し進んだところで二つ目の雲の中の町へと辿り着いた。
「また一歩前進だね!」
「うん。道中が楽だったし休憩もとってたから結構余裕を持ってやれたかな」
また迷宮の続きへ足を踏み入れてもいいが、まずは装備屋とアイテムショップの確認からだと歩き出したところで他のプレイヤーの話し声が聞こえてきた。
「えっ!?お前カエルちっちゃかった?」
「おお、ちょうど俺くらいだから一メートル七十とか?それでもでかいけど」
「迷った分デカくなんのかな……俺家みたいなサイズだったぞ」
「いやデカすぎ。こわ……」
「雨由来っぽかったし、そういうのも気にしないとかー」
どうやら同じギルド所属らしいプレイヤーがそんな話をしているのが聞こえてきて、二人もさっきのボスの話だと理解する。
「あれそういうことだったんだ……」
「最大サイズだったんじゃない?迷ったし、めちゃくちゃ喋ってのんびりしてたし」
「そ、そうかも。次からはもっと急いだ方がいいかな?」
「でもなんだかんだ余裕持って倒せたし自分のペースでいいんじゃないかな。飲み込まれた時はちょっとびっくりしたけど……」
「そう、なのかな?」
「そうそう。メイプルはちゃんと強いんだからどっしり構えていけるいける。それに慌てて探索したら次はそれを突かれるかも」
「むむむ、心理戦ってやつだね」
「ゆっくりいくとまずいって聞いたら次は誰でも急ぎたくなるしさ」
「難しいー……けど、うん!焦ってたら探索も楽しめないよね!」
「そうそう。それにちょっと強化されたくらいなら私が何とかするからさ」
「頼りにしてます!」
「そのために技を磨いてるからね。どんどん頼りたまえ」
「はーい!」
「んじゃあ、改めて装備屋へ行こっか」
「うん!面白い装備あるかなー?」
「ふふっ、あるといいね」
ここでしか買えないアイテムがまた店に並んでいるかもしれないと、期待に胸を膨らませつつ、二人は町を歩いていくのだった。




