防御特化と再突入2。
再度雲の迷宮に足を踏み入れた二人はまさに雲を掻き分けながら進んでいた。
「これ武器振れないね。メイプル足元気をつけて」
「うえー、【発毛】使った時の中みたい」
目の前の真っ白な壁をぐいっと手で引っ張ると裂け目ができてそこに体を滑り込ませていく。当然そんな入り方をすれば手を離した途端壁は元に戻って二人を圧迫してくる。
サリーの言うように、これでは武器もまともに振れない状態な上、突然雲の中から何かが飛び出てきても対処できるだけのスペースがない。
ここのモンスターは高威力な貫通攻撃を持っていた前例があるため、積極的に使いたい訳ではないものの【身捧ぐ慈愛】は展開済みだ。
その上でダメージを抑えるための【救済の残光】も発動して、ここのところお馴染みとなった六枚羽のメイプルの完成である。
ちゃんと両方を使っておかなければならないと思わせるあたり、一筋縄ではいかない敵が増えていることを改めて二人に実感させる。
「今のところ何もないけど……ん?」
遠くから響くゴロゴロという音。それはメイプルもちょうど最近聞いたことがあるような。そんなことを思っていると雪のように真っ白だったあたりの雲が墨を吸ったように真っ黒に変わっていく。
それが示すことは何か、考えるより早くピシャァンと轟音が響きメイプル達を雷が襲う。
「わあ」
「最近雷多いね」
「ねー」
雷雲の中に放り込まれているとは思えない会話。嵐の日に家の中で窓の外を眺めてくつろいでいるような雰囲気で二人は歩き続ける。
麻痺とスタンに耐性を持ちダメージを無効化してしまっている今のメイプルにとって雷は嬉しい相手だ。
雷は防御貫通よりは速度と範囲、そして付随する状態異常を重視した作りになっていることが多く、特に気にする必要がないからである。
強いて言えば少々うるさいことが唯一の難点といったところだ。
「何か壁から押されてない?」
「お、押されてるかも。というか纏わりつかれてるかも!」
「あー……」
前を歩いていたメイプルの姿が雷雲に覆われていく。サリーがスパークの光に目を細めつつメイプルに纏わりついている雲を見ると、小さな丸い目がいくつかあり、複数の雷雲のモンスターなのだと推察できた。
「【悪食】はもう残ってないもんね」
「うん、気にしなくて大丈夫!」
「とりあえず剥がしながら行こう」
「よろしくお願いします」
サリーはメイプルに攻撃を仕掛けている雲をダガーでさくさくと引き剥がしていく。引き剥がす、それ即ち死であるのは仕方がない。
こちらも前に進まなければならないのだ。
「スタンも効かなくなってるし順番が良かったかもね。カスミにまたお礼言っておこう。あの蛇相手はすごい長い戦いになっちゃったし」
「うん。でもお陰でいろんな時に役に立ちそう!」
「五層エリアも雷雲を使った攻撃ってイメージしやすいし、まだまだ効いてくるタイミングありそうだね」
「そんな気がする!」
このモンスターはメイプルが圧倒的に相性有利だ。ダメージを受けないために生じた余裕で、HP減少で他の攻撃パターンに移行しないことまでしっかり確認して、安全にこの雷雲地帯を突破する。
「ぷはっ!」
「ふー……んー!ようやく広いところ出たね!」
ポンっと雷雲から飛び出たメイプルは斜面をコロコロと転がっていき坂の終わりで停止する。
「ふぃー、歩きにくいところは大変だね」
「ね。ふふ、メイプルは他の人より歩きやすいと思うけど、っと」
サリーも坂を滑り降りてきて周りを確認する。二人がいる場所は円形の広間になっており、三本の道が伸びている。
ただ、今回はそれぞれに分かりやすく特徴があり、何が待ち受けているか完全な運ではなく、選択によってよりよい相手を選ぶことができる余地が残っていた。
「こっちはすごい風だね」
「ここは雹が降ってるみたい」
「で、最後は大雨と。さて、どれがいい?」
通路の前に立って奥を見るだけで分かる明らかな違い。おそらく出てくるモンスターにも差があるだろう。
「うーん、氷は……ちょっと嫌かなあ」
「貫通攻撃のイメージあるしね。氷柱とか尖った氷飛ばしてきたり」
「そうそう!」
「じゃあ暴風か大雨か。どっちがいい?」
「……雨で!雨だったらノックバックって感じもしないし」
「ちょうど風属性のノックバックを見たところだしね。よし、じゃあそれでいこう!」
二人が選択したのは大雨の通路。雨雲でできた通路は薄暗く、滝のような雨は視界を奪っている。
「せっかくだし傘さしていこうよ!」
「五層の時に買ったやつね」
「まだ持ってる?」
「勿論」
「やった!」
メイプルは全てのパーツが雲でできたふわふわの傘を、サリーは装備と似た青色の傘を取り出して、二人並んで通路へと歩を進める。
「梅雨の時より降ってるねー」
「台風とかそのレベル。風はないけど」
あまりにも雨が強すぎることと、天井から壁、床に至るまで全て灰色の雲でできていることもあって、目の前の道がどこまで続いているかも把握しにくいのが現状だ。
「雨は当たっても大丈夫みたいだし、視界を奪って攻撃が一番可能性高いかも」
メイプルが傘の外に手を出して雨に打たれてみたものの、ステータスダウン等の影響はなかった。勿論ダメージもない。となると敵がこの雨を有効に使って戦うのだろうが、道は真っ直ぐ前に伸びており、メイプルが大盾をしっかり構えていれば正面からの攻撃はほぼ確実にガードできるだろう。
その想定通り前へ進んでいたメイプルの大盾に、バシャンと音を立てて水の塊がぶつかり弾ける。
「おおっ?」
「何かいるみたいだね。メイプル、とりあえず撃ってみて」
「【砲身展開】【攻撃開始】!」
降り注ぐ雨を遮ってメイプルの放つ真紅のレーザーが通路の奥へと飛んでいく。
「……当たってないかも?」
「手応えなし?」
「うん」
「メイプルの兵器の射程は長い方だから……んー、そうなるとかなりの長射程なのか転移とかで逃げてるのか」
「まあでも盾を構えておけば大丈夫だし!」
「ん。それもそうだね。変に考える必要もないか」
大盾で素直に防がれるような水を飛ばしてくる程度なら、ここまで数多の強敵を倒してきた二人からすれば可愛いものだ。
姿を現すようなら即撃破すればいいと割り切って、再度歩き始める。
時折飛んでくる水の塊はメイプルに防がれて終わり。この雲の迷宮もまだ始まったばかりでたいしたことのない敵もいるのだろうと、順調に歩を進めていたはずの二人だったが、次第に違和感を覚え始める。
「サリー、何だろう……うーん」
「そうだね。言い表しづらいけど、何か起こってる気がする」
それはあくまで違和感でしかない。ただずっと同じところを歩いているような、前すら見えないこの雨がそうさせているのかは不明だが、とにかく二人は前に進んでいないような気がし始めたのだ。
「結構歩いたのにずっと直線っていうのも引っかかるし。ちょっと周りを注意深く確認してみよっか」
「だよね!一番何かありそうなのは……やっぱりあの水が飛んでくる時?」
「目の付け所はいいと思う。私も何かあるならヒントになるものがあるんじゃないかなって」
まずは何かありそうな所から。二人は急ぎ足で雨の中を駆けていき、メイプルに再び水の塊が着弾した所で立ち止まった。
「この辺りに何かないかな?」
「探してみよう!」
二人で辺りを調べるとそれは案外あっさり見つかった。豪雨に隠された壁の僅かな亀裂。メイプルがそこをぐっと手で開くと同じように滝のような雨が降り注ぐ別の道が現れる。
「多分ずっと同じところをぐるぐるしてたってことだね」
「雨のせいで全然気づかなかった……」
「でもこれで求められていることも分かったし、壁際と床をチェックしながら行こう。今回は水でヒントを貰えたけど次もそうとは限らないし」
「うん!見逃さないようにじっくり見る!」
「傘も正解だったね。これで雨を遮れば見やすくなるし」
「やっぱり雨の日は傘だね!」
「ふふ、そういうことかも」
謎を一つ解き明かして、新たな通路へと進んだ二人はその後も雨の中を適切な道へ移動する。
傘だけでなく【救いの手】に持たせた盾にも雨を遮らせて周りがよく見えるようにしたことで、隠された真の道の早期発見が可能になり、最初に迷った以降の進行は順調そのものだった。
そんな二人はというと、途中休憩用とばかりに設けられた雨の降らない窪みで一旦休息をとっていた。
「ふー、モンスターがいないからこの道は結構楽かも」
「飛ばしてくる水の量は増えてるけど、あれが増えてもなあ……」
「全然だいじょーぶ!」
形式上は雨宿り用のスペースになるのだろうが、この雨は待っていても止みそうにはない。
疲れを抜きつつ、他愛のない話をする。落ち着いた時間が流れる中、サリーはメイプルに問いかける。
「メイプルはさ、十層はどう?一つ一つは目新しいものではないけど」
「懐かしい感じ……かなあ。あー、こんな所もあったなあって」
そう言ってこれまでを思い出すように目を閉じて記憶を巡るメイプルはふと何かに気づいたようでふにゃっと笑う。
「ちょっと新鮮かも」
「……懐かしいのに?」
「うん。懐かしいって新鮮な感じ。このゲームでたっくさん思い出ができたんだなあって」
懐かしむものが残るより先にゲームから離れていたメイプルにとって、幸せな思い出の数々を懐かしむことができることそれそのものが新鮮なものだったのだ。
「いいね」
「うん。すっごくいい」
「聞きたいな。メイプルの思い出、一つでも多く。私もその『楽しかった』を共有したい」
「ええー?うーん……えへへ、サリーも知ってることばっかりかも?」
今もそうであるように二人で行動している時間は大半を占めている。メイプルの思い出の多くにサリーは登場することだろう。
「それでも。メイプルの口から聞きたいな」
「いいよ!じゃあまずはねー……」
メイプルが楽しげに語る思い出の数々。話が前後したり、当然オチなどないことがほとんどではある。それでも時折サリーがその時はどうだったと相槌混じりに返して、これ以上楽しい話などないというように、二人話に花を咲かせるのだった。




