防御特化と研鑽の果てに。
無事攻略を済ませ、新装備でHPを増やしたことの良さも確認できた。
十分な成果を得て満足したい所だが、まだクエストは残っている。
「後は鍛冶師の人のクエストだね」
「ああ。難易度はそう大きくは変わらないはずだ」
先程のような大幅に機動力を削ぐフィールドでなく全力を出せる場所ならば、この三人が負ける相手などそうはいないだろう。
「ただ……今日は結構遅くなったからな。次も有用なスキルが手に入るような戦闘になるかもしれない。また余裕がある時に挑戦でもいいと思うがどうだろう」
「あー、確かに。それは悪くないかも。そこまでどうしようもないくらい切羽詰まってるわけではないし」
「じゃあ今日は一旦解散?」
「そうなるな」
「じゃあまた呼んでね!全力でサポートするから!」
「ああ。頼りにしている」
メイプルも今日は【スタン無効】という大きな収穫もあったためもうレベル上げはいいだろうと、二人に見送られて先にログアウトしていった。残った二人はさて、と一息つく。
「カスミはこの後は?」
「特別用事はないが、今日は私も少ししたらログアウトするつもりだ。何か用はあるか?」
「可能なら……一戦」
「構わない。相手になるかは分からないが」
「そんなことないよ」
「ふふ、分かった。なら……訓練所へ行こう」
その言葉と共にカスミの雰囲気が変わる。先程のボス戦よりもより鋭利な、殺気にも似たそれは今から戦う相手がボス以上に強い相手であると認識していることの証左だった。
訓練所で向かい合い互いに武器を抜く。同じギルドメンバー、手の内も互いに知り尽くしている。前回の対人戦に向けてこうして何度も戦い、使いがちな戦法や好む組み立ても理解している。
「…………」
カスミは刀の切先越しに二本のダガーを構えるサリーを見る。そこには隙がない。文字通り一切の隙がないのだ。脳内で攻め方をシミュレートする間サリーはただじっと待っている。これもいつものことだ。
誘ってきたのはサリー、しかし挑戦者はカスミの方だ。
「【武者の腕】【戦場の修羅】【一ノ太刀・陽炎】!」
カスミの姿がかき消えてサリーの目の前に転移し即座に斬りつける。
「【超加速】!【剣山】!」
サリーの回避に合わせて高速で踏み込み、足元から刀が飛び出す。カスミのスキルは全てクールダウンが大幅に短縮されている。強力なスキルを連打して、ステータスを跳ね上げ、転移を繰り返してサリーに斬りかかる。
「くっ……」
カスミはそれでもただの一撃すら加えられない事実に顔を顰める。他でもない自分自身がサリーの練度を上げ続けていることに気づいているのだ。最初はダガーで弾くこともあった攻撃はやがて余裕を持って回避されるようになり、今となっては数ミリ単位の隙間を残して避けられている。
スキルを使用した瞬間、武器の軌道も速度も固定される。その情報を活かして戦うのは上位プレイヤーの間では当然のことだが、それにしてもこれは異常事態だ。
せいぜいガード、ないしはバックステップで回避するのが普通とされている中で必要以上の精度の距離感覚と身体制御。思わず寒気がするような、完璧としか形容できない動き。そこまでする必要はないはずなのだ。
一通りの攻撃を仕掛け、【戦場の修羅】の効果が切れたところでカスミは降参を宣言する。
ここまでがいつもの流れだった。
「通常攻撃も混ぜていったが……流石にもう当たらないな」
「ありがとう。お陰でかなり上手くなれた」
「役に立てたなら何よりだ。太刀の発動速度に不満を感じるのはサリー相手の時くらいだとも」
スキルは発声によって行われる。たとえば【スラッシュ】と【一ノ太刀・陽炎】では言葉に出す際に僅かな秒数の差がある。それが影響するかというとそこまでシビアではないことがほとんどだが、サリー相手ではスキル宣言が長ければ長いほど完璧な対処が待っている。
「これでは流石に魔王も当てるのは難しいか」
「どうかな。当てられるなら……いや、うん。当ててみて欲しい」
「いい自信だ。そうだと言うならもう少し手心を加えてやらないといけないかもしれないが……」
「それは……しない」
「それはそうだろうな」
「うん」
「私としてもこの訓練でかなり多くの攻めのパターンを考えられた。まあ……実際にどれくらい効くかが分かりにくいのが玉に瑕だがな」
「それは……ごめんね?」
「いや、いいんだ。また何か思いついた時は、今度はこちらから声をかけよう」
「ありがとう」
ただ一戦。されど濃厚な時間に満足して二人は別れる。サリーも自分の成長に確かな手応えを感じていた。今まで多くのゲームを遊んできたサリーだがそれ全てを振り返ってもここまでの仕上がりは一度としてなかった。
それが聞き覚えのあるスキル宣言であれば、そこに回避できるだけのスペースがあれば、数ミリ単位で回避することができるという確信がある。
「ふぅ、もう少し動きを詰めるか」
サリーは一つ伸びをするとまだ満足しないとばかりに、自らの技を研ぎ澄ませるため訓練所の自動攻撃システムを起動するのだった。




