防御特化とスタン。
その後、敵は数種類現れた。空を飛び急降下から攻撃を仕掛けてくる鳥。地中を動き回り、死角から攻撃してくるだけでなく、開けた穴を通して四方八方から電撃を放つ土竜。
ただ、それらは今目の前で火炙りにされて丸焦げになっていた。
「つよーい」
「対抗手段を持たない相手が悪いということか……」
ばら撒いたアイテムで自分もろともハクの包囲の中を火炎地獄に変貌させたメイプルは燃える炎の中で健在だ。
地面の中へ避難する土竜はこの地獄から逃げることができてしまうため、電撃にも使う穴を逆に利用して中へ爆発物を流し込む徹底ぶりできっちりと滅殺する。
「よーし!」
「ナイスー。ハクも大活躍だね」
「狭いダンジョンでは留守番をするしかないからな。その分こういった場面では活躍してもらおう」
「ここの敵とは相性良さそうだね。手数と機動力がコンセプトっぽいし、一撃の重さに賭けてきてる感じじゃない」
「貫通攻撃じゃないなら大丈夫!」
相性のいい相手なら完封できるのは変わらないメイプルの強みの一つだ。
「さて、随分近づいてきたが……こうなっていたのか」
星のように輝く光の元までやってきた三人は、遠くから見えていたそれがどういったものなのかを正確に把握し始める。
空から伸びているのか空へ伸びているのか分からないような、夜空と同じ色をして表面に星に似た輝きが点在する背の高い岩石。遠目に見た時には空と同化して分からなかったが、得体の知れない塔とも言える高い岩の頂点で紫の輝きは雷鳴と共にその光を増していく。
「あの光も雷そのものだったか」
「みたいだね。メイプル、気をつけて。多分そろそろボスが来る」
「分かった」
空を見上げて様子を確認しつつ一歩ずつ前へ進んでいくと、雷光は螺旋階段のように岩に巻きついて地上までスルスル下りてくる。
その動きに三人が感じた既視感。その正体に気づくのに時間はかからなかった。
雷はその質感を変えていき、紫のツヤツヤとした鱗を持つ長い体に口からチロチロと出る赤い舌、それはやがて大蛇そのものに変貌した。
「まるでミラーマッチだね」
「今回はハクと出会った時とは違って倒せる大蛇のようだな」
「ハクより大きいし、囲い込みは難しいから……メイプルは距離感に気をつけて!」
鎌首をもたげるボスに向かって武器を向けるサリーとカスミ。ここからが本番、メイプルのバックアップが勝負の鍵を握るだろう。
「攻撃は任せたから!」
「「任された!」」
「【挑発】!」
メイプルを中央に【身捧ぐ慈愛】の範囲を意識しつつ二人が前へ出る。
しかし、デバフの影響もあって初動はボスが先手を取る。
バチィンと電撃の弾ける大きな音。急加速したボスの体は再び雷そのものとなり、サリーとカスミをすり抜けて電撃による攻撃を仕掛け、自動的に攻撃を引き受けたメイプルにスタンを与えると、そのまま一気に距離を詰めて襲いかかる。
目の前で実体化した蛇の大きな口。本来反撃できる距離ではあるがスタンがそれを許さない。手に持った短刀と大盾を落として、そのまま噛みつかれて拘束され電撃がメイプルを襲う。
「だいっ、じょーぶ!気をつけて!」
メイプルは強制的に二人から引き剥がされていることを理解し二人に声をかける。
適切な距離感が保てなければ【身捧ぐ慈愛】は効果を発揮しない。
メイプルを連れ去ったまま、大蛇は円を描くように空へと舞い上がる。
「雷の体なだけある……!」
「【心眼】!サリー、何か降ってくるぞ!」
「オーケー」
敵の攻撃を予感して【心眼】を起動したカスミの視界に映ったのは空と地面を繋ぐように伸びる円柱状の赤いダメージゾーン。
サリーの予測も異次元の精度だが、今のカスミは答えが見えているようなものだ。
より確実な回避のためカスミが短く安全なポジションを伝えてサリーが動く。
大量の落雷が地面に焦げた痕を残したのはその一瞬後のことだった。
「幸いメイプルは引っついてくれてるし、すれ違いざまに攻撃してみよう」
「手が出せないからな……それでいこう」
頭部を攻撃する際に間違いなく電撃によるカウンターが待っているだろう。だが、メイプルが咥えられている限りはその瞬間は間違いなく安全だ。
飛び道具が禁じられている以上、メイプルを無理に救出するよりも今の状態を活かしてHPを削りたい。
敵の攻撃は雷による範囲攻撃と巨体による体当たり。カスミとサリーでは庇い合うことは難しいため、範囲攻撃に同時に巻き込まれないよう距離をとって突進を待つ。
電撃を強めたのを予兆として、雷鳴を残して急加速し、瞬間移動と言っていい程の速さでサリーの目の前に大口を開けた頭部が迫る。
「それは見た」
メイプルとサリーの明確な差。その回避能力でもって喰らいつきを避けるとダガーで深く口元を裂く。電撃が地面を抉りながら迸り、強烈なスパークがサリーを捉える。ただこれは【身捧ぐ慈愛】の範囲内だ。
「あうっ!」
「あ。ここで解放されるのか」
大きく口を開けてサリーを攻撃したことで咥えていたメイプルが地面に転がり落ちる。サリーが避けたことで替わりに拘束するプレイヤーなしで空中に戻っていく。
スタンしたメイプルの元へカスミも戻ってきて、降り注ぐ雷をやり過ごす。
「メイプル以外が捕まるとまずいか」
「うん。多分メイプルは追いつけないし私達だと耐えられない」
「胴体はダメージを与えられなかった。雷そのものといった感じだ」
「確認助かる。じゃあ地道にいくしかないね。メイプルのお陰でこれでも大分楽になってるし」
「……はっ!」
「おはよう。ありがとうメイプル。で、起きたところ悪いんだけど、あの喰らいつきはメイプルに受けてもらうしかないかも」
「……」
「メイプル?」
雷はメイプルによって無効化されている。気になることがあるなら再度突撃してくる前に消化しておきたい。
「スタン耐性……貰えちゃったりしないかな?」
「なるほど?」
十層の見るからに強力なボスだ。実際たった今メイプルにスタンも与えていた。
最終戦闘の魔王も多様な攻撃を使ってくることが考えられるためここで試しておく価値はある。手に入ればここにきてメイプルの死角がまた一つ減ることになるからだ。
「サリーとカスミは大丈夫……?」
メイプルが拘束されている間は拘束でメイプルの位置が動き続けるため【身捧ぐ慈愛】の恩恵を受けづらくなる。
それはメイプルのために二人が絶えず電撃に晒されるということでもある。
「問題ない。一撃程度なら耐えられるはずだ。回復手段を用意すれば時間は作れる」
カスミもインファイトを仕掛けるプレイヤー、接近戦でのダメージトレードに耐えられるようダメージカットの手段は持ち合わせている。
カスミから肯定的な反応が返ってきたメイプルはサリーの方を見る。
「勿論。私は避けられる」
「ありがとう!」
再接近するボスに笑顔のメイプルを差し出すという【楓の木】特有のプレイングで、二人は空へ連れ去られていくその姿を見送った。




