防御特化と一歩前進。
優雅と言っていいものか分からない行軍は続く。メイプルの【身捧ぐ慈愛】に守られた異形達が敵を引き裂き押し潰し続ける。
鳴り響くアラートが聞こえなくなる度、メイプル達は対峙していたのであろう敵全てが息絶えたことを実感する。
「あ、詰まったわね」
「お?着いたか?」
目の前では行き場を失ったようにぐにぐにと壁に体を押し付けながら蠢く異形達が気味の悪い動きを続けている。
「一旦下がってもらいますね!」
メイプルの号令で異形達はがさがさと動いて後方へと下がっていく。
そうして出てきたのはボス部屋を示す扉。異形の群れはきっちりとメイプル達をボス部屋まで運んでくれた。
「っし、一旦下りるか」
「そうね。戦闘中はこの形態だと取り回しも悪いわ」
イズは地面に着陸すると八人を下ろして、飛行機械を戦闘用のコンパクトな形状に戻す。
「一旦私達が前に出ておく?ボスが見えなくなっちゃうしね」
雑魚モンスター程度ならともかくボスの動きが分からないのはまずい部分が多い。
「扉は通れるのか?」
「一体ずつなら通りそうだけどね。入れられる分だけ入れてみようよ。もう一回呼び出すのは難しいしさ」
まずはメイプル達が中に入り、その後すぐに異形を呼び込む。
一旦それで決めて、マイとユイにバフを乗せる。今回の軸は二つ。マイユイ一撃必殺ルートと異形の群れルート。どちらでも勝利を手にできるだけの出力があるため、メイプルは自信を持って扉を開けた。
中に入ってすぐ、メイプルは行儀良く待っていた異形を呼び込んでいく。ただ、途中でボスがメイプル達に気づいてしまい、扉が閉じて五体しか中には入れられなかった。
それならそれで仕方ないと、メイプルは改めて前を向きボスの様子を確認する。
ボスは最初に見た雑魚モンスターと似た特徴を持っていた。顔には液晶パネルが張り付いており、赤い輝きで怒ったような表情が表示されている。真っ白い陶器のような体からは六本の長い腕を伸ばし、足はない替わりに飛行機械のように僅かに宙に浮いて左右に揺れるように少し移動している。
ゴウンと起動音らしきものが鳴り、ボスの背後の壁に設置されたベルトコンベアが動き出す。
同時にヴンと音が鳴って、ボスの表情と同じ赤い光が部屋中に広がりメイプル達を包み込む。
その光はマイとユイのバフを消し、メイプルの【身捧ぐ慈愛】と異形を消失させる。
持続効果や発動中のスキルの打ち消し。それはこのボスが一定以上の格を持っていることをメイプル達に伝えてきた。
「こいつ……!」
「強いことの証明だ。気を引き締めよう!」
「メイプル、マイをお願い!クロムさん、ユイの方を!」
【身捧ぐ慈愛】がない今、二人を真っ当な方法で守る必要がある。【楓の木】には大盾使いが二人いる。敵は上手くやったがまだまだ崩れはしない。
「【救済の残光】!」
打ち消し連打はないだろうと、メイプルはダメージカットと持続回復のバフを展開する。
これでクロムを筆頭に全員の耐久力は底上げされた。
こちらの準備が進むのと同様に敵も準備を済ませる。背後のベルトコンベアに流れてきたのはボスの体と同じ真っ白な武器。六本の腕を活かして二つを手に取ると、メイプル達に向けてそれを構える。
一つはいくつもの穴が空いた四角い箱。もう一つは誰がどう見てもガトリングガンだ。
ガトリングガンが放たれ、もう片方の箱からは小さなミサイルが煙の尾を引いて連射される。
それを見た瞬間、防御の要である二人が反応した。
「「【挑発】【カバー】!」」
メイプルとクロムが注意を引いて防御する。【悪食】こそ発動してしまうが、今回は火力の心配はないため問題はない。
「大丈夫!行ってサリー!」
「カスミ!セットアップ頼んだ!」
二人に託されてボスの攻撃とすれ違うようにサリーとカスミが飛び出す。
それに合わせて、ボスは後ろのベルトコンベアさらに二つの武器を手に取った。
一つは地面に向かって伸びる青く輝く紐のようなもの。もう一つは大きなベルだ。
「私が先に入る。安全そうなら飛び込んでくれ」
「分かった」
「【心眼】!」
最初の二つの武器と違って、次の二つは得体が知れない。カスミはミスの許されないサリーより先に射程内へと飛び込みボスの出方を窺う。
ベルが鳴り、紐を持った手がグンと動く。
【心眼】を使ったカスミの視界には敵の攻撃を示す赤い輝き。空中を滅茶苦茶に横断するものと地面のあちこちが大きな円形に光っているもの。
「【十ノ太刀・金剛】!」
範囲と発生速度から回避は困難だと感じたカスミは、メイプルのダメージカットに自前のものを重ねて攻撃に備える。
青い紐は腕の振りに合わせて伸びると鞭のようにしなりカスミを強かに打つ。ベルは地面を何箇所か指定すると爆破させ、カスミを巻き込んでダメージを加速させる。
「カスミ!」
「問題ない」
HPは減っているものの受けきれない訳ではない。こうして一度見たなら次はもっと上手く対処できる。
「【古代兵器】!」
「【紅蓮波】!」
「ロックオン、発射!」
後方からの支援砲撃。メイプル、カナデ、搭乗したイズも加わってボスに大きなダメージを与えていく。
よろめくボスの隙を突いて、二人は足元まで飛び込むと一気に攻撃を加えた。
「【クインタプルスラッシュ】!」
「【武者の腕】【四ノ太刀・旋風】!」
二人の連撃がボスの体に深い傷を作る。二人の攻撃力も一線級、無視できるダメージではない。再度ベルが鳴り、鞭が振るわれる。
それでも、カスミは【心眼】と一度目の経験で、サリーは持ち前の回避能力で鞭と爆発を回避する。
【挑発】によって注意を引くメイプルとクロム。それぞれ高威力の攻撃を続ける四人。ただ何もせず守られるだけの二人はこうしてボスの狙いから外れていく。
本当に危険なのは何か、プレイヤーでもなければ気づけはしない。
攻撃を受け止めながらゆっくりと前進するクロムとメイプル。
これまで何度もこのメンバーで戦ってきた。既に全員が主要なスキルの射程を把握している。
メイプルとクロムからのアイコンタクト。意味など聞かずとも二人には正確に伝わった。
メイプルの陰からマイが飛び出す。構えるのは八本の大槌。数えきれないほどのモンスター、強力なボスを叩き潰してきた最強の矛。
「【ウェポンスロー】!」
放たれた死を示す八つの塊の着弾を前にしてボスも抗う。空いた二つの手で、ベルトコンベアから二つのシールドを持ってくると目の前に六角形をいくつもつなぎ合わせた青く透き通る障壁が展開される。
直後、マイの大槌の着弾が轟音と共に障壁を破壊する。それでも障壁の効果は凄まじく、ダメージを受けることなく防ぎ切ったのだ。
しかし。
死をもたらす者。破壊の化身は二人いる。
「【ウェポンスロー】!」
敵を高く評価しているからこそ、マイとユイは攻撃のタイミングをずらした。
障壁のない一瞬を突いて、ユイの大槌がボスに突き刺さる。
本来全損してもおかしくないHPバーは、大きく減少しはしたものの未だなお健在で、一定値以上のダメージを受けないことをメイプル達に伝えてくる。
だが、そんなことはもう想定済みだ。驚くことも狼狽えることもなく、【楓の木】は詰めにかかる。
「乗って!」
「オーケー!」
「二人とも、こっちっ!」
カナデを屋根に乗せたイズの飛行機械が地面スレスレを飛んでくる。減速に合わせてメイプル達四人が飛び乗ると、イズはそのままボスに向かって再加速する。
「【クイックチェンジ】!」
「【ヒール】!」
「ネクロ【死の重み】だ」
メイプルは白装備に装備変更。カナデが即座に回復し必要な分のHPを確保。敵の移動を阻害し闘争を許さない。
マイとユイも慣れた手つきで装備を解除し再装備することで投げた武器を手元に戻した。
準備完了。ボスは壊れて役に立たなくなったシールドを大砲と剣に持ち替えて迎撃を試みるがもう遅い。
「【イージス】!」
敵が強くなり多彩な攻撃をしてくるようになればなるほど【イージス】が持つ確実性は作戦に組み込みやすい。
一定時間攻撃を無効化する。それはほんの僅かな間ではあるものの絶対的な防御だ。
そしてバーストダメージなら【楓の木】は他の追随を許さない。
既にボスに張りついているカスミとサリーに合流して、飛行機械から飛び降りたマイとユイが武器を振りかぶる。
「「【ダブルインパクト】!」」
一方的に攻撃を無効化して叩き込まれる攻撃。ボスが勝つためにはもう一度スキルを打ち消すくらいはできなければならなかったのだった。
ボスが爆散しそこに残骸が残るのみとなって、クエストはクリアされ、メイプル達の求めていたアイテムがようやく手に入る。
「ちゃんと手に入ったわ。『魔王の魔力・Ⅱ』!」
「おお、これで二つ目か!」
「順調だな。このペースなら二人がいるうちに間に合う」
「残りも急いで集めないとね。戦うなら全力は出すけど……ほら、一回で魔王に勝てるとも言いきれない訳だし」
戦う際に『魔王の魔力』は消費してしまう。一度撤退を余儀なくされれば、『魔王の魔力』は集め直しだ。一度挑んで敗北し、再挑戦できずに終わりでは悔いが残る。クエストは余裕を持って進める必要があるだろう。
「魔王……ですもんね」
「相当強いはずです!」
「皆と一緒なら勝てると思ってるよ!」
「そうだね。私も信じてる。まずは急いで挑戦権を手に入れよう」
「うんっ!」
また一歩前進。手に入れた『魔王の魔力』を満足そうに眺めて、メイプル達は三層エリアの攻略を終えたのだった。




