防御特化とマイブーム。
イズを手伝ってクエストをクリアすること数日。日に日に付属物の増えるイズの飛行機械はいよいよメイプルの【機械神】をも上回る量の兵器が取り付けられた凄まじい代物になっていた。メイプル、サリー、イズの三人は最早原型を留めていないその姿を見ながら感嘆のため息をこぼす。
「すごいことになってきましたね」
「そうね。他のエリアにもこのまま持っていけたらいいんだけれど」
「できないんですか?」
「このままっていうのは無理ね」
三層エリアの裏クエスト。どうやらそこで得られる破格の強さのアタッチメントは三層エリアから離れるとその能力が大幅にダウンしてしまうとのことだ。
「三層エリアの特殊なエネルギーが作用して……そんな注意書きがあるのよ。実際に町からある程度離れると弱くなっちゃうわ。んー、メイン要素となるこの場所でならより楽しく使えるというわけね。ただ、それでも十分役に立つとは思うわ」
弱体化するといえども各種属性の遠距離攻撃や移動能力の強化は、本来それらを持たず、フィールドでの戦闘参加や素材採取が難しいイズのような生産職にとって心強いものだ。
飛行機械があれば十層の強力なモンスター達を相手に戦力になれる。
「やっぱり三層エリアは生産職の人向けのエリアだったのかも」
「そうね。前も色々な面白いアイテムや素材が増えて嬉しかった記憶があるもの」
「で、今日はいよいよですね!」
イズの飛行機械の強化が【機械神】越えまで進んだこと、それは即ち三層エリアのクエストもようやく大詰めまできたことを示していた。
「『魔王の魔力・Ⅱ』……やっと手に入るクエストまで来られたわ」
「ナンバーがⅡになっているってことはやっぱり二層エリアは明確にはないってことみたいですね」
「確かに……順番になってそうだもんね」
「おーい、来たぞー」
「攻略は順調みたいだな」
「僕が思ったより早かったね。二人とも流石」
「もう三層エリアもここまで来たんですね!」
「今日は頑張りますっ」
今日は三層エリアの最後のクエストの攻略予定日。各エリアへと散っていたメンバーも集まってきて、全員で確実に勝つつもりなのだ。
「そっちのエリアはどうですか?」
「四層エリアは……まあ、なんだ……楽しくやらせてもらっている。攻略は結果的に順調だ」
四層エリアの雰囲気はカスミお気に入りの四層そのものだ。他のエリアと違い他層には似た環境、つまり和風のダンジョンやフィールドはほぼないため、久しぶりの新規実装を相当楽しんでいるようだ。
「六層エリアはマイとユイが来てくれたからな。お陰で進みも良くなった」
「「頑張ってます!」」
モンスターの撃破数が重要な分、マイとユイは適任だった。その分八層エリアはカナデが一人で探索することとなっているが、現状問題はないらしい。
「謎解きはほぼ終わっているよ。答えを知りたいなら教えられるし、そうじゃないならヒントだけ聞いて最初から頑張ってみるのもいいかもね」
流石にカナデが一人で戦って勝てるボスは少ない。雑魚との戦闘も極力避けて水中探索を続けた結果、カナデは確かな成果を手にしたらしい。
「じゃあ今度は八層エリアもいかないとだ!」
「ふふ、待ってるよ」
エリアの攻略はそれぞれ順調に進んでいるようで、この調子ならメイプルがゲームを続けていられるうちに『魔王の魔力』を集め切ることもできそうだ。
「三層エリアのボスはまだ情報はないんだったか」
「ないですね。裏クエストはカナデが見つけ出したのが最初だったので多分一番乗り……そうじゃなくても正確な情報はまだなかったです」
「となると……まずはいつも通りの入りでいくべきだろうな」
いつも通り。マイとユイにバフをかけてボス前に輸送し連撃。
いくらボスとてこれに耐えられる者はそう多くない。二人の攻撃に耐えられるということはその他大勢のアタッカーにとっては何なら勝てないような相手になるからだ。そんなボスはそう多くは生み出されない。
外れ値であることの強み。バックアップを大量に用意し、対応不可能なパワーで敵を押し潰すのだ。
「クエストはもう受けてあるわ。飛行機械に乗って早速行きましょう」
「一回目でさくっとクリアしたいところだね。ふふふ、マイ、ユイ期待してるよ」
「「はいっ!」」
「さ、乗って乗って!八人だって余裕なのよ!」
イズはそう言うと先に操縦席に乗り込んでガチャガチャとボタンを操作する。
すると、コンパクトなサイズだった機体が音を立てて中央から伸び、まるでリムジンのような胴長の機体となった。
「おお!こんなこともできるのか」
「改造を済ませればね。大人数を運べるテイムモンスターに頼らなくてもいいし結構便利よ」
戦闘中は小回りが効かないため流石にこの形態にはできないが、移動にはもってこいだ。
飛行機械ならハクやシロップの巨大化形スキルを温存することもでき都合がいい。
メイプル達がイズに続いて乗り込むと、飛行機械はゆっくりと浮き上がって空を飛んで目的地へ向かっていく。
「一人で事前に向かったから下調べは少しは済んでいるの。入口すぐの所で倒されちゃったから、本当に少しだけだからあまり期待はしないでね?」
戦闘中に大きすぎるダメージを受ければ飛行機械も壊れてしまう。イズの場合数え切れないくらいの改造を施しているため、それらが全て破損するようなことになれば修理も気が遠くなるほど大変になる。
そのため、メイプル達と共に戦った時にも大活躍した兵器での攻撃は一旦使わずに、従来の爆弾での攻撃で挑んだのだ。
「魔法陣で転移して、その先は……工場?研究所?そんな感じだったわ。灰色のつるつるした壁と床で、長い通路が続いているの」
少し進んだイズを待ち構えていたのはイズとそう身長も変わらない人型のロボット。頭部には顔のパーツの替わりに液晶が一つついており、そこにデフォルメされた表情が浮かんでいたとのことだ。
「私を見つけると怒った感じの顔になって。アラートがなって奥からすごい数のロボットが出てきて逃げ場のないレーザー攻撃ですぐ倒されちゃったわ」
イズの防御力がそう高くないことは事実だが、それを前提としても威力は中々高いとのことだ。
「でも今回は防御貫通はなかったわ。装備を切り替えて防御力を変えて何度か確認したから間違いないわよ」
「助かります!」
「お陰でとりあえず心配事は一つ減らせたね」
「うん!」
雑魚モンスターが防御貫通攻撃を持っていることはそう多くないのだが、三層エリアには前例もある。イズの丁寧な確認によって、メイプルの【身捧ぐ慈愛】が有効であることが分かったことでやりやすさは段違いに上がった。
「奥の方はどうなっているか分からないから要注意よ」
「分かりました!」
しばらく操縦を続けていたイズが飛行機械を停めたのは荒野の中で土に埋もれながら地面に広がる灰色の床の中央部分だった。
「最後はここだったかあ。確かに図書館にそれらしい話があったような……」
「クエストを受けていれば反応があるはずよ」
イズを先頭にして歩いていくと地面が反応し、少しの振動と共に扉が開くように床の一部がスライドして地下へと続く階段が現れる。
「入りましょうか」
「横に三人くらいなら並べるか。とりあえず俺とメイプル、カスミで前を歩こう」
「分かった」
「先に【身捧ぐ慈愛】!」
忘れないうちに【身捧ぐ慈愛】で防御を固めて、万が一の時のために前衛適正の高い二人を並べる。
両側の壁には熱を感じない明かりが等間隔に設置されており、明るさは確保されている。そうしてしばらく長い階段を降りていくとイズが言っていた無機質な通路へ辿り着いた。
「お、ここからは広いな」
「敵は大軍で来たと言っていた。そのためのスペースなのだろう」
【楓の木】のメンバーが手を伸ばして横に並んでも余裕がある広い通路。戦う時に武器の取り回しを気にして陣形を組む必要はなさそうだ。
しかし、カスミの言ったようにそれは敵も同じこと。
「メイプル、ノックバックには気をつけてね。ここ広いから」
「そうだね。これだと飛んでいっちゃう」
メイプルは【ヘビーボディ】と【天王の玉座】の発動を意識しつつ奥へと進む。
当然移動速度の問題、追加で【身捧ぐ慈愛】の効果範囲のこともあり、移動はメイプル中心だ。そうして通路を少し行ったところで、前方に三体のロボットがいるのが見える。正確な表情は窺い知ることができないが、顔に取り付けられた液晶パネルには黒の背景に青い光が浮かんでいる。
「あれが赤色になったら見つかった証拠よ」
「ということは僕らはまだ索敵範囲外ってことだね」
今なら先制攻撃や、アラート後の軍勢に備えるなど、何かしら策を講じる余裕がある。
「どうやって戦う?マイとユイに鉄球で倒してもらうのもアリかな」
三体がある程度距離を空けて立っているため、三つ以上の鉄球もしくは【ウェポンスロー】での攻撃で一網打尽にする必要がある。
攻撃すれば流石に距離に関わらずアラートが鳴るだろう。
的は小さいが練習してきたマイとユイなら当てられないこともない。
「私が守ってあげられるし、一気に突破しちゃう方が楽にならないかな?」
「ま、それもそうか。そうだね」
策を講じてより安全に。そんなことを考えずとも全てを踏み潰せるなら、圧倒的な強者であるなら、策など必要ないのだ。
「なら敵が大量に出てきた上で簡単に倒せるのがいいな」
マイとユイに倒させる。それも悪くないが、よりオートマチックに、自分達が楽できる方法を模索した結果。
メイプルはちょうど覚えた所のあの戦法で行くことにした。
「お、それ美味そうだな」
「四層エリアで買った和菓子だ。四層にはなかった新商品だ」
「へぇー。八層エリアは新鮮な魚ならいるんだけどなあ」
「六層は……あんまりその辺りは」
「うーん、観光って感じじゃないところが多いですし」
イズの飛行機械をリムジンモードに切り替えて、各エリアごとのお土産を取り出して中央のテーブルに並べる。
「イズさん、大丈夫そうですか?」
「ええ。問題ないわ」
「すっすめー!」
ゆっくりと進む機体の操縦席から見えるのは真っ黒な景色。
もちろんそれは暗闇などではなく、【再誕の闇】によって生み出された異形達の山だ。
リリィとの一件もあり、これは強いとメイプルの中でちょうどブームが来ていた攻略法。
バキバキという音と共に消滅していく残骸だけが流れてくるのを見て、問題なさそうだとメイプル、サリーも座席へと戻っていく。
これが新たな効率的ダンジョン探索の形の一つとして、プレイヤー達に広まっていく。
などということは間違いなく起こらないだろう。




